えっ?錬金術って釜かき混ぜるだけじゃないんですか? 作:どか0623
お酒アメが大ヒットしたのはいい。
だが、その結果として我が店の前には、昼間から赤ら顔の呑兵衛オヤジどもがたむろするようになってしまった。
「おい店主! これじゃあ『酒臭い吹き溜まり』だぜぃ!」
開店前、作業台の上で仁王立ちしたペペチが、短い腕を組んで怒鳴り散らしてくる。
お前がやれ言うたんやろ。記憶でも跳んだんかこいつ。
「小遣い稼ぎにはなったが、このままじゃ若い娘や金払いのいいマダムが寄り付かねえ! もっとこう……職人通りを歩く女どもが吸い寄せられるような、洒落たもんを考えろ!」
「急に無茶言うなよ……」
とはいえ、確かにこのままでは店の治安が悪化の一途を辿る。
困り果てた俺は、気分転換と情報収集を兼ねて、ロロナちゃんのアトリエへと相談に向かったのだった。
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「カッシュくん、おまたせ。はい、これ飲んでみて」
俺の前に、湯気を立てる白い陶器のカップがコトリと置かれた。
表面張力で揺れているのは、透き通った深い漆黒の液体。ふわりと鼻腔をくすぐったのは、どこか懐かしく、そして暴力的なまでに芳醇な「香ばしさ」だった。
「……ん? 紅茶……じゃないよね?」
「えへへ、ロロナ特製の『黒の香茶』だよ! すっごく苦い飲み物なんだけどね、疲れてる時に飲むと頭がシャキッとして、心も落ち着くんだよ!」
誇らしげに胸を張るロロナちゃんに促され、俺はカップに口をつけた。
ちびりとすする。
――ズズッ。
(…………っ!?)
舌の上を鋭い苦味が駆け抜け、直後に鼻へ抜ける強烈なロースト香。そして、微かな酸味と深いコク。思わず目を見開いた。
(これ……コーヒーじゃん!!!)
前世で社畜をやっていた頃、眠気覚ましに毎日のように胃袋へ流し込んでいたブラックコーヒーそのものだ。
ハーブティーか果実水ばかりだったこの世界で、まさか再会できるとは……!
「ロロナちゃん、これめちゃくちゃ美味いよ!」
「ホント!? えへへ、よかったぁ! 苦すぎるかなって心配だったんだ」
満面の笑みを浮かべるロロナちゃんを見つめながら、俺の頭の片隅で、古ぼけた参考書の記憶がカチリと噛み合った。
(待てよ……これがコーヒーなら……あのレシピ、作れるんじゃないか?)
参考書にあった【モカパウダー】のページだ。
お湯やミルクに溶かすだけで甘く香ばしい飲み物になるという嗜好品。
だが、そのレシピには『カリカリの実』と『ザラメ』が必要と書かれていた。『カリカリの実』はザールブルグシリーズのものだったし、そもそも希少な素材で、手に入るはずもないと思っていたのだが――。
「ねえ、ロロナちゃん。この黒の香茶って、何から作ったの?」
「え? えっとね、近くの森で拾ってきた、この黒い実だよ」
ロロナちゃんが麻袋から取り出して見せてくれたのは、小指の先ほどの大きさの、ゴツゴツとした黒褐色の実だった。表面にうっすらと油分が浮き、すでに焦がしたような独特の香気がある。
「これ、なんて木の実なの?」
「うーん……わかんない。森の奥に生えてて、いい匂いがしたから使ってみたら、このお茶ができたの。まだいっぱいあるから、カッシュくんに半分あげるね」
「いいの!? ありがとう!」
正体不明の木の実を躊躇なく飲食物にするロロナちゃんの豪胆さに戦慄しつつも、俺は確信した。
この謎の実の成分は、限りなくコーヒー豆に近い。
カリカリの実の代わりにこれを使えば――俺の店に足りない『女性向けの洒落た甘い嗜好品』ができる!
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店に戻るなり、俺は机の上に道具を広げた。
「おい店主。ロロナ嬢ちゃんのとこから戻ったかと思ったら、何ニヤついてんだ?」
「へへっ、いい素材を手に入れたんだよ。これで『モカパウダー』を作る!」
「モカパウダー……? よく分からねえが、それは女どもに売れるんだろうな?」
「任せろ。ミルクに溶かせば極上のカフェモカになる粉だ」
俺は羊皮紙に調合工程を書き殴り、すぐに作業へ取りかかった。
【必要な材料】
・謎の黒い実(カリカリの実の代用)
・ザラメ
【使用器具】
・アタノール、平底鉄鍋、石製乳鉢・乳棒、目の細かい篩(ふるい)、ガラス瓶
【精製手順】
1. 黒い実の水分を飛ばし香りを凝縮させるため、平底鉄鍋で極弱火にて乾煎りする。
2. 粗熱を取った実を乳鉢に入れ、乳棒で押し潰して殻を割り、円を描いて入念にすり潰す。
3. 篩にかけて粒度を分け、粗い粒だけを乳鉢に戻して再度すり潰す(均一な微粉末化)。
4. ザラメを投入。すり混ぜながら圧力をかけ、実の油分で砂糖の微粒子をコーティングする。
5. 手応えが滑らかなパウダー状に変化したら、乾燥したガラス瓶に密閉する。
「よし……焙煎からいくぞ!」
アタノールの余熱を使い、平底鉄鍋で黒い実を乾煎りしていく。
パチパチと小さな爆ぜる音が響き、作業場に香ばしいロースト臭が充満し始めた。
十分に冷ました実を、どっしりとした石製乳鉢へ放り込む。
両手で乳棒を握り、全体重をかけて押し潰した。
――バキッ、メキッ。
硬い殻が弾け、濃縮されたアロマが一気に爆発する。
そこから、乳鉢の内側に擦り付けるように円を描いてゴリゴリと挽いていく。
ゴリ、ゴリ、ジャリ、ジャリ……。
「……おい、粒が揃ってねえぞ」
「分かってるって。粗すぎると粉っぽくなるし、細かすぎても油分でダマになるんだ。均一にするのが一番大事なんだよ」
腕がきしみ、汗が顎を伝う。
篩にかけては乳鉢に戻し、ゴリゴリと挽く。これを三度繰り返した。
均一な微粉末になったところで、ザラメを投入。
ただ混ぜるのではなく、乳棒で圧力をかけながらすり混ぜていく。
ザリ、ザリ、サリ……サリサリサリ……。
音が変わった。
粗かった手応えがフッと抜け、シルクのように滑らかな感触になる。
黒褐色と白が混ざり合い、美しいミルクチョコレート色の、サラサラとした粉末へと変化した。
「できた。これが『モカパウダー』だ!」
「……へぇ。甘くて香ばしい、悪くねえ匂いだな」
ペペチも鼻をヒクつかせ、珍しく感心したように呟いた。
俺は小鍋で温めておいたミルクを木製カップに注ぎ、モカパウダーを大匙二杯投入。スプーンで手早くかき混ぜた。
クルクルと渦を巻くミルクが、柔らかなカフェオレ色へと染まり、甘くほろ苦い極上の湯気が立ち上る。
「よし、味見だ――」
俺がカップに口をつけようとした、まさにその瞬間だった。
――バァァァンッッ!!!
店の扉が、蝶番が悲鳴を上げるほどの勢いで蹴破るように開け放たれた。
「うわぁっ!? な、なんだ!?」
「な、なんだこの尋常じゃねえ匂いはぁぁぁっ!?」
怒鳴り込んできたのは、赤髪の少年だった。
手には野菜の入った木箱を抱えたまま、猛獣のような勢いで鼻をヒクヒクと激しく動かしている。
「甘い……いや、ただのミルクじゃねえ! 奥にすげえ深く焦がした香草か木の実の香りが潜んでやがる……ッ! おい、ここで一体何を作ってるんだ!?」
ギラギラとした料理人の瞳が、俺の手元のカップ、そして作業台の上のモカパウダーの瓶を射抜いた。
間違いない。サンライズ食堂の若き天才料理人――イクセル・ヤーンだ!
「え、あ……えっと……」
「俺はイクセル! サンライズ食堂の料理人だ! 名乗りは後だ、おい店主……そのカップの中身、俺にも一口飲ませろぉっ!!」
猛烈な気迫で詰め寄ってくるイクセルに、俺は思わず後ずさる。
だがその背後で――作業台の上のペペチが、ニヤリと口角を吊り上げたのを、俺は見逃さなかった。