えっ?錬金術って釜かき混ぜるだけじゃないんですか? 作:どか0623
「名乗りは後だ! おい店主、そのカップの中身……俺にも一口飲ませろぉっ!!」
鼻息荒く詰め寄ってくるサンライズ食堂の若き料理人――イクセル・ヤーン。
そのただならぬ迫力に気圧された俺は、持っていた木製カップを両手で差し出した。
「え、あ……どうぞ」
「おう、いただくぜ!」
イクセルはカップをひったくるように受け取ると、躊躇なく一気に呷った。
ごくり、と喉が鳴る。
――そして、静寂が訪れた。
「…………」
カップを持ったまま、彫像のように硬直するイクセル。
目を見開き、口元に手を当てて小刻みに震えている。
……え、なに? 口に合わなかった? 毒でも入ってたみたいなリアクションだけど大丈夫か!?
「あ、あの……イクセルくん? 大丈夫……?」
「な……なんだ……なんだこれはぁぁぁっ!?」
突然、店の天井を突き破らんばかりの絶叫が響いた。
「苦い! 苦いのに、ミルクの甘みと混ざり合って極上のまろやかさになってやがる! そしてこの、鼻へ抜ける香ばしい匂いはなんだ!? ローストされた木の実の香りが、後味のコクを限界まで引き上げてやがるぞ……ッ!」
イクセルは空になったカップを見つめ、わなわなと肩を震わせた。
「おい店主! これ、何を混ぜたんだ!? それがあれば、食堂のデザートドリンクにできるだけじゃねえ! 肉料理のデミグラスソースの隠し味に使えば、深みとコクが今の五倍は跳ね上がるぞ!!」
「えっ、肉料理にもいけるの!?」
「当たり前だろ! 頼む、この粉をうちのサンライズ食堂に卸してくれ! 独占契約だ!!」
料理人魂を爆発させ、俺の両手をガシッと握りしめてくるイクセル。
元サラリーマンの俺としては、まさか自分の作った商品にこんな大口の取引先がつくなんて夢のようだ。
「いいよ。俺もロロナちゃんに実を分けてもらっただけだし、そんなに難しい調合じゃないから。それなりに安く――」
――グシャッ。
「おぶっ!?」
俺の言葉は、すねを撃ち抜かれた激痛によってかき消された。
涙目で視線を落とすと、作業台の上からペペチが俺を冷え切った目で見下ろしていた。
「おい店主、タダ同然で譲る気か? 頭沸いてんのか」
「ペ、ペペチ……」
ペペチは俺を押しのけ、腕を組んでイクセルの前に仁王立ちした。
その顔には、獲物を前にした百戦錬磨の悪魔の笑みが浮かんでいる。
「へいへい料理人の小僧。うちの店主はお人好しだが、オイラはそうはいかねえぜぃ。この『モカパウダー』は完全手作業、古式錬金術の粋を集めた超高級品だ。ただ卸すだけでなく独占となれば……相応の条件があるぜぃ」
「うっ、そ、それもそうだ。で、その条件ってなんだ……!?」
突然現れた生意気な緑のチビに、イクセルが眉をつり上げる。何故かイクセルが楽しそうに見えるのは気のせいだろうか……。
「条件は簡単だぜ。モカパウダーの定期納品に対する『適正な仕入れ代金』、それに加えて……オイラと店主の、サンライズ食堂での『毎日のまかない飯・永久無料パス』だ!」
「ちょっ!?」
まかない永久無料!? いくらなんでも要求がガメツすぎるだろ!
案の定、イクセルはあからさまに苦い顔をして腕を組んだ。
「……くっ、永久無料か。俺はまだ雇われの身だからな……店長に無断で全額無料なんてデカい約束はできねえ。店長に相談して話がまとまるまで待ってくれ」
「待てねえ。じゃあ、この契約はナシだな。別の店に持っていくぜ」
「ま、待てって! うーん……くそっ、でも俺の一存じゃメシ無料なんて決められねえし……!」
頭を抱えて唸るイクセル。
その姿を見て、ペペチは「しめしめ」と、計算通りと言わんばかりの意地悪な笑みを浮かべた。
まさかペペチのやつ、最初から断られるのを見越して――。
「ま、オイラも鬼じゃねえ。料理人の熱意に免じて、少し譲歩してやるぜぃ」
「えっ……? 譲歩?」
イクセルが顔を上げる。ペペチはニヤリと指を立てた。
「食堂で出る『廃棄予定の食材』――使い道のない野菜の端材や皮、肉の筋や骨、鮮度が落ちかけた野菜を、オイラたちに優先的に選んで持って行かせろ。それなら、お前の裁量だけで今すぐ決められるだろ?」
「な……ッ!?」
イクセルが目を見張る。
「……廃棄食材? そりゃあ、仕込みで毎日出るし、どのみち捨てるだけのゴミだけどよ……そんなもんで本当にいいのか?」
「ああ。適正なパウダーの代金と、その廃棄食材の引き取り権。これでどうだい?」
イクセルは少し呆気に取られていたが、すぐにパーッと表情を明るくし、力強く自分の胸を叩いた。
「それなら俺でも今すぐ決められるぜ! よし、乗った! 契約成立だ!!」
「毎度ありィ!」
がっちりと握手を交わすイクセルとペペチ。
完全に『ドア・イン・ザ・フェイス』だ。最初に無茶な要求をして相手に断らせ、本命の妥協案をすんなり通す交渉術じゃないか。
+
その日の夕方。
イクセルは約束通り、モカパウダーの初回納品分(小瓶三本分)の代金として【150コール】をきっちり支払い、さらに厨房の裏から大きな麻袋を担いできてくれた。
「ほらよ! 今日の仕込みで出たキャベツの外葉にニンジンの皮、それにスープを取ったあとの牛骨とスジ肉だ! まだ十分食えるけど、店じゃ出せないやつだから好きに使ってくれ!」
「ありがとう、イクセルくん!」
「へへっ、礼を言うのはこっちだぜ! さっそく今夜のディナーから、モカを使った新メニューの試作に入るからな! カール、また美味いもん作ったら味見させてくれよな!」
そう言って爽やかな笑顔で去っていくイクセル。
いい奴だ。本当にいい奴すぎる。
「……なあ、ペペチ」
作業台の上で麻袋の中身を改めながら、俺はチビ助に声をかけた。
「廃棄食材なんて貰って、どうする気だったんだ? ゴミを押し付けられただけじゃないか?」
「本当にお前は見る目がねえな」
ペペチが呆れたように牛骨をつつく。
「いいかい店主。参考書にポテトスープや森のきのこソースが載ってただろ。あれを応用すればなんでもスープやソースにできるだろ」
「あー、できるかも」
野菜の端材は緑の中和剤でアクを抜いて煮込めば、極上の野菜ブイヨンになる。スジ肉と牛骨はアタノールのとろ火で一晩コトコト煮込めば、骨からコラーゲンと旨味が溶け出して、濃厚スープができるだろう。
ゴミ同然の端材から、最高のスープやダシを抽出する――これぞまさに、物質を変質させる錬金術の真骨頂じゃないか!
とはいえ――
「それならもう少し粘って本当にまかない無料の方がてっとりばやいんじゃないか? まぁ交渉がうまくいくとは限らないけどさ」
「恩を売る方が結果的に得ってことがあるのさ。金は稼げる、タダで極上の食材は手に入る、食堂には恩を売れる。……三方良し(Win-Win-Win)ってやつだぜぃ」
ふんす、と小さな胸を張るペペチ。
俺は苦笑いしながら、さっそくアタノールの炉に火を入れ、寸胴鍋を火にかけた。
その夜、我が工房には、香ばしいモカの匂いに代わって、牛骨と香味野菜の暴力的なまでに美味そうなダシの香りが一晩中満ちていたのだった。