えっ?錬金術って釜かき混ぜるだけじゃないんですか?   作:どか0623

14 / 15
親の仕送りと赤のアロマ

 サンライズ食堂との『廃棄食材提携』が結ばれてから数日。

 我が工房の食卓は、じっくり煮込んだ牛骨野菜スープのおかげで劇的に潤っていた。空腹に怯えなくていいというのは、それだけで精神を健やかにしてくれる。

 

 そんな穏やかな朝、工房のドアを叩くノックの音が響いた。

 

「カール・シュミットさんかい? 遠方からの荷物のお届けだ!」

 

 現れたのは長距離の隊商(キャラバン)を束ねる運送屋のおじさんだった。

 カウンターの前にドスンと降ろされたのは、頑丈な鉄の留め具で厳重に封をされた巨大な木箱。伝票には見慣れた筆跡で、あの『両親』の名前が記されていた。

 

「うお! また今回は多いな」

 

 俺はバールを引っ張り出し、釘をギシギシと引き抜いて木箱のフタを押し開けた。

 中には、隙間を埋めるための大量のかんなくず。それをかき分けると――。

 

「……おい店主。こりゃ一体、何の冗談だ?」

 

 作業台の上から木箱を覗き込んだペペチの足が、ピタリと止まった。

 普段のふてぶてしい生意気さはどこへやら。その丸い目を大きく見開いていた。

 

「え? 何が?」

 

「何が、じゃねえよ……。ここに入っているもの全部だ――」

 

 ペペチが小さな手を伸ばし、紫色の結晶と、異様な艶を放つ植物の種をすくい上げた。

 その指先が、微かにピクッと震えている。

 

「大陸でこんな植生――鉱脈も。それどころか、オイラが知らねえものばっかりだ。……おい店主。お前の親父とお袋、どこで商売してやがるんだ……?」

 

 信じられないといった様子で、じっと俺を見上げてくるペペチ。

 だが、聞かれた俺としては首を傾げるしかない。

 

「どこって言われてもなぁ……あちこち旅して回る商人だって聞いてるだけで、俺もよく知らないんだよね。まあ、カノーネ岩のときもそうだったし、うちの両親って昔から謎のコネがあるみたいだから。お陰で助かってるよ」

 

 へらへらと笑う俺を見て、ペペチは呆れたように口をへの字に曲げた。

 俺と木箱を交互に見つめていたが、やがてフンと小さく鼻を鳴らした。

 

「……ケッ、まあいいや。深く突っ込むだけ損だな。で? その豪華すぎる仕送りを使って、次は何をすんだ?」

 

「実はさっき城へ行ったとき、エスティさんから聞いたんだ。ロロナちゃん、今度の課題で『癒しのアロマ』の納品を求められてるらしくて、すごく悩んでたみたいでさ」

 

「アロマ……香料系か。あのお嬢ちゃんなら、適当に花を釜に放り込んでポプリでも作りそうだがな」

 

「そうなんだよ。でも、もっと効果が高くて珍しいものを納品できれば、課題の評価も跳ね上がるはずだろ? 本棚の参考書に載ってたんだ。『赤のアロマ』っていう、特別なお香があるみたいだし、作って届けようかなって」

 

 俺はさっそく、届いたばかりの機材と素材を作業台の上に並べた。

 

【赤のアロマの調合レシピ】

 

■解説

 焚くとうっすらと赤い煙が立ち上る不思議なお香。

 心地よい刺激と深い鎮静効果をもたらし、嗅いだ者をなんとも言えない不思議で穏やかな気持ちにさせる。

 

■用意する材料

 ・ニューズ

 ・超純水:適量(溶媒)

 ・中和剤(赤):1本(油分と熱の調停)

 

■使用器具

 ・ろ過器

 ・ガラス器具

 ・フラスコ、アルコールランプ

 

「よし、まずは素材の純度を極限まで高めるための『超純水』作りからだ!」

 

 三層のガラスシリンダーが縦に連結された、美しい多段式ろ過器。

 最上段に粒状の活性炭、中段に超微粒子の珪砂、最下段に高密度フィルターをセットする。

 

 井戸から汲んできた清らかな水を、最上部の漏斗へ静かに注ぎ込む。

 ポタ……ポタ……と、ガラス管の中を水が伝い落ちていく。

 活性炭が不純物と雑味を吸着し、珪砂が目に見えない微粒子を絡め取る。最下部のフラスコに滴り落ちたのは、水底の輪郭すら見失いそうなほど澄み切った、純度100%の『超純水』だ。

 

「……すげえ。光にかざしても、塵ひとつ浮いてないぞ!」

「道具だけは一流だな。この街の職人は良い腕をしているぜい。」

 

 俺の腕も褒めろよ。

 なんて思うけどとりあえずは作業に集中する。

 

 ガラス製の乳鉢に、乾燥したニューズの種を放り込む。

 以前クラフトを作ったときは木の実ごと必要だったが、今回は種子に含まれる『油』と『樹脂』だけが目的だ。

 

 ガラスの乳棒を押し当て、体重をかけてゴリゴリと磨り潰していく。

 硬い種皮が割れ、中からオリーブオイルのような黄金色の油分が滲み出し、柑橘にスパイシーさを混ぜたような独特の芳香が立ち込めた。

 

 粉砕したニューズのペーストに、以前作った自家製の『中和剤(赤)』をスポイトで数滴垂らす。

 

 本来、油と水は絶対に混ざり合わない。さらにニューズの油分は熱を加えると急激に揮発・暴発しやすい性質を持つ。

 

 だが、火と油を調停する中和剤(赤)が触れた瞬間――ジュワッと微細な泡が立ち、油分が滑らかな乳化状態へと変質する!(※参考書に書いてあるだけ)

 

 そこへ、先ほど精製した『超純水』を少しずつ注ぎ足しながら、ガラス撹拌棒で入念に練り上げていく。

 

 超純水が余計なミネラルを含まないおかげで、香気成分が濁ることなく一気に引き出され、鮮やかな深紅の練り香ペーストが完成した。

 

 これを円錐状の成形プレートに手早く詰め込み、アタノールの微弱な温風で乾燥させる。

 

「……できたぁっ!!」

 

 プレートを裏返してトントンと叩くと、手のひらの上に、高さ2センチほどの小さな円錐形のお香がコロンと転がり出た。

 

 まるで小さな紅水晶のピラミッドのようだ。

 

「へえ……これが『赤のアロマ』かい」

 

 ペペチがつま先立ちで覗き込む。

 俺はさっそく小さな陶器の皿にお香を乗せ、先端に火打ち石で火を灯した。

 

 フッと火を吹き消すと、先端が赤く熾り――。

 

 スゥッ……と、部屋の中に『うっすらと赤い煙』が揺らぎながら立ち上った。

 

「うわ……本当に煙が赤い……」

 

 赤く透き通る幻想的な煙が、天井へ向かってリボンのようにたなびく。

 それと同時に、工房を満たしたのは――甘やかでありながら、どこか頭の芯をスッキリと解きほぐすような、嗅いだことのない極上の香りだった。

 

「んん……? なんだこれ……」

 

 ペペチが鼻をヒクヒクとさせ、そのまま作業台の上にとろりと崩れ落ちた。

 短い手足をだらしなく伸ばし、顔をとろけさせている。

 

「……ふわぁぁ……なんか、すっげえ力が抜けるぜぃ……。金儲けのこととか、どうでもよくなってきやがる……」

 

 んん、確かに良い香りだ。

 深呼吸すると心がすっきりして、良い感じにリフレッシュできる気がする。

 

 とはいえペペチは効き過ぎじゃないか?

 材料から考えてもそんなヤバいものは入っていない……はず。

 

 体が小さいから効能が強く出てるのかな。

 あるいは猫のマタタビみたいに妖精にだけ効く何かが入っているのか?

 

 まぁいいか、静かなら。

 こいつがうるさいときはこのお香を焚くことにしよう。

 

 なんて呑気なことを考えながら、俺は出来立てのお香を小箱に詰めるのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。