えっ?錬金術って釜かき混ぜるだけじゃないんですか? 作:どか0623
アーランドの街にしんしんと雪が降り積もる、1年目の年の瀬。
外の寒さを遮るように工房の木戸を固く閉ざし、俺は朝から年末の大掃除に追われていた。
「よっと……」
煤で汚れた小型溶鉱炉『アタノール』の鉄肌を布で磨き上げ、乳鉢と乳棒を綺麗に水洗いして棚へ並べる。
棚を見渡せば、この1年の足跡がずらりと並んでいた。
腕が千切れるほど擦り続けた『カノーネ岩』の小石。
蜂の巣を煮詰めて作った『ロウ』の塊と『燃えるリボン』。
真鍮の丸い型から抜いた古い型式の『フラム』。
子どもたちにバカ売れした三色の『中和剤』の空き瓶。
呑兵衛オヤジたちを唸らせた『お酒アメ』の型枠。
そして、食堂のイクセルと手を組むきっかけになった『モカパウダー』の茶色い粉末――。
「……なんだかんだ、色々作ったなぁ」
「何しみじみ浸ってんだい店主。手を動かせ、棚の埃がまだ残ってるぜぃ」
作業台の上で、とんがり帽子をかぶったペペチが脚を組んでふんぞり返っていた。
手元には、カタカタと音を立てる精密天秤と、数字がびっしり書き殴られた羊皮紙の帳簿。
「で? 敏腕アドバイザー様、我が店の1年目の経営状況はどうなんだ?」
「へっ、よーく聞きな」
ペペチはニヤリと口角を吊り上げ、机の上にドンと銀貨の詰まった革袋を置いた。
チャリン、と重厚で心地よい金属音が店内に響く。
「最初の晩、開店資金を使い果たして所持金2コール。机に突っ伏して塩舐めてたド級のダメダメ店主が……なんと現在、必要経費と家賃を全部差し引いても、手元に【8850コール】の純利益だぜぃ」
「は、8850コール……!」
「餓死寸前だったボロ店にしちゃ上出来だろ。これで春までの仕入れ資金も、オイラたち二人の飯代も十分に足りる。……ま、なんとか店としてやっていけそうじゃねえか」
腕を組み、ふんす、と誇らしげに鼻を鳴らすペペチ。
俺は思わず、そのちっこい頭をぽんと撫でそうになって――すんでのところで手を引っ込めた。油断するとすねを蹴られるからな。
「ペペチ、お前のおかげだよ。あの夜、ティファナさんの店で腕輪買って本当によかったわ」
「ケッ、調子のいいこと言ってんじゃねえよ。オイラはガッポリ稼ぐためにここにいるんだ。来年はもっとアーランド中から巻き上げてやるからな」
口の悪さは相変わらずだが、その横顔にはどこか満足げな色が浮かんでいた。
アタノールの残り火にかけた小さな鉄鍋から、シュンシュンと湯気が立ち上る。
イクセルから貰って作った牛骨の残りに、緑の中和剤で下処理した根菜を放り込んだだけの即席スープ。ふたりで木のお椀に分け合い、ふうふうと息を吹きかけながらすする。
じわりと、身体の芯から温かさが染み渡っていく。
外は猛烈な雪だが、工房の中は静かで、穏やかで、信じられないほど満ち足りていた。
いや、金あるならもっといいもの食わせろよ。
+
「よし。それじゃあ、年越しのための炭と、保存用の食料を買い出しに行くか」
「おう。美味い干し肉とチーズをたんまり買い込むぜぃ!」
どうやら年の瀬は何かと入用らしく、現代では電気ガス水道があるし、コンビニがあったから忘れていたが、冬場は食料だけでなく生活雑貨が異様に高いし買い込む必要があるのだ。というわけで無駄遣いは絶対に許さないとペペチに念を押されてしまった。
俺は分厚い外套を着込み、ペペチを肩の上に乗せて工房の鍵を閉めた。
通りに出ると、キンと張り詰めた冷気が頬を刺す。吐く息は真っ白で、踏みしめる雪がキュッキュッと音を立てた。
そして、あっという間に日が落ちる。
店と家との往復を何度か繰り返していたら、街が深い群青色の闇に包まれていた。
最後に夕飯用に水でも汲むために職人通りを歩いていると――向こうの角から、パタパタと慌ただしい足音が響いてきた。
「はぁっ、はぁっ……! あ、いたぁぁぁーーっ!!」
「……え?」
雪煙を上げながら、息を切らしてこちらへ全力疾走してくる影。
大きな三角帽子に、もこもこのマフラー。ロロナちゃんだった。流石にこの寒空をいつものあの服で出かけたりはしないようだった。
「カッシュくぅぅぅん! ペペちゃぁぁん! 探したよ〜〜っ!」
「わっ、ロロナちゃん!? ちょっと、滑るから走ったら危な――」
俺の制止も虚しく、案の定、ロロナちゃんは店の前の凍った雪に足を取られた。
つるんッ、と体が宙に浮く。
「きゃあぁぁぁ!?」
「おわっとぉ!?」
俺はとっさに滑り込み、落ちてきたロロナちゃんを正面からガシッと受け止めた。
ずしっ、と柔らかい重みが腕にかかり、ふたりして雪山へダイブする。
「……いったたた……だ、大丈夫?」
「ふぇぇ……ご、ごめんなさいカッシュくん、クッションにしてごめんね……!」
雪まみれになりながら、ロロナちゃんが申し訳なさそうにペコペコと頭を下げる。
俺の肩から雪の上へ避難していたペペチが、やれやれと首を振った。
「相変わらずドジなお嬢ちゃんだぜ。こんな雪の夜に、転びに来たのか?」
「違うよ〜! ふたりを呼びに来たの! 今夜、サンライズ食堂で『職人通りの大忘年会』があるんだよ!」
「え……忘年会?」
聞き返す俺に、ロロナちゃんは雪を払いながら満面の笑みで頷いた。
「うん! ハゲルさんも、ティファナさんも、クーちゃんも、イクセくんも、お城のエスティさんまでもう集まってるの! なのにカッシュくんたちのお店が閉まってて、誰もいないから、私、探しに来たんだよ!」
「いや……でも、俺たちみたいな新参者が、そんな古株の集まりに顔を出していいのかな。これから買い出しに行こうと思ってたし……」
遠慮がちに言う俺に、ロロナちゃんは目を丸くして、ぷくーっと頬を膨らませた。
「何言ってるの!? ハゲルさんもイクセくんも『カールのやつ、まだ来ねえのか!』ってずっと待ってるんだよ? カッシュくんもペペちゃんも、もう立派な職人通りの大事なお仲間さんなんだから!」
「…………」
お仲間さん、か。
ペペチと二人、顔を見合わせる。
「……へっ、奢りなら喜んで行ってやるぜぃ。イクセルの野郎に一番高い肉を焼かせようぜ、店主!」
「お前は本当にブレないな……」
立ち上がり、服の雪を払って歩き出す。
+
職人通りの一角、サンライズ食堂の前にたどり着く。
凍える夜の闇の中に、窓からこぼれる暖かなオレンジ色の光。中からは、すでにジョッキをぶつけ合う音や、豪快な笑い声が外まで漏れ聞こえていた。
扉を開けた瞬間、押し寄せてきたのは、むせ返るような肉とシチューの匂いと、仲間たちの温かな怒号と笑顔だった。
カランコロン、とドアベルが鳴り響く。
俺は少し照れくさそうに笑いながら、暖かな光の中へと足を踏み入れた。
すると、ロロナちゃんがふと思い出したように、ポンと手を叩いた。
「あ、そうだカッシュくん!」
「ん?」
「お城の課題……1年目の最後の課題、無事に合格したよ!」
明かりに照らされたロロナちゃんが、花が咲くような笑顔で振り返る。
「すっごく大変だったけど、なんとかやり切ったよ。……カッシュくんがいつも素材をくれたり、励ましてくれたおかげだよ。本当にありがとう!」
屈託のないその笑顔を見つめて、俺はその場に立ち尽くす。
「何つっ立ってんだ、店主」
肩の上から、ペペチが呆れたように俺の髪を引っ張った。
木戸が閉まり、冷たい外の吹雪を完全に遮断する。
アーランドの短い冬の夜。
賑やかな笑い声とグラスの鳴る音に包まれながら、俺たちの1年目が、静かに、そして温かく幕を閉じた。