えっ?錬金術って釜かき混ぜるだけじゃないんですか? 作:どか0623
本話より第2部(2年目)がスタートします。2年目はほぼ書き溜め完了済みですので、これから第3部の執筆に入ります。
せっかくなので皆さんの読みたいアイテムの話を書きたいと思っています。リリー作品限定にはなりますが、「これを作ってほしい!」というアイテムがあれば、ぜひコメントで教えて欲しいです!(※ご期待に沿えるかは私の腕次第ですが……)
楽しんでいただけたら【ブクマ】や【評価】をいただけると励みになります!
職人通りを包んでいた厳しい寒波もようやく緩み、屋根の軒先からポタポタと雪解け水が滴る季節になった。
年が明けて、俺がこのアーランドという見知らぬ世界に転生してから、早くも2年目の春が始まろうとしている。
「さて……」
工房の机の上を片付けていた俺は、引き出しの奥に見慣れない小さな革張りの手帳が押し込まれているのを見つけた。
パラパラとめくってみると、驚くほど緻密で几帳面な文字と数字がびっしりと並んでいる。
「これ……うちの帳簿か?」
そういえば、と思い当たる。
所持金2コールで塩を舐めていた極貧時代から、フラムを売り、中和剤をお守りとして売り出し、イクセルとモカパウダーの提携を結ぶに至るまで――店の金銭出納や原価計算は、すべてあの妖精の相棒が「おい店主、オメエは計算がトロいからオイラに全部寄越せ!」と仕切っていたのだ。
昨年末の決算では「純利益8850コール」と告げられて諸手を挙げて喜んだが、そういえば細かい明細までは見ていなかった。
「どれどれ、我が雑貨屋の経営実態はと……」
仕入れ値、諸経費、アタノールの木炭代、家賃。
実に無駄のない完璧なキャッシュフローだ。さすが商売の鬼軍曹、元サラリーマンの俺から見ても文句のつけようがない。……ないのだが。
「ん……? なんだこれ。『役員報酬(ペペチ)』……?」
最終項目の下に、見過ごせない太文字が記されていた。
そこには、昨年の純利益からキッチリと【3割】が差し引かれ、ペペチの個人口座(?)へと流れる計算式が成り立っていたのである。
「おい待て。純利益の3割ってことは……2655コール!? 」
バシィッ!!
「ぐえっ!?」
「人のプライバシーを勝手に覗き見るとは、いい度胸じゃねえか店主殿ぉ!」
突然、横合いから猛烈な勢いで飛んできた小さな足が、俺の鳩尾を正確に捉えた。
悶絶して机に突っ伏した俺の手から、革の手帳が素早くひったくられる。見上げると、作業帽を斜めにかぶった身長30センチの居候妖精――ペペチが、帳簿を背中に隠しながら凶悪な笑みを浮かべていた。
「な、なんで……っ、自分の店の帳簿を見ただけで、鳩尾にドロップキック食らわなきゃならねえんだよ!」
「あァ? 店の帳簿なんざ、オイラが完璧に管理してんだから店主がわざわざ見る必要ねえだろ!」
「見る必要しかないわ! 俺が店長だぞ! オーナーだぞ! 店の金を把握してない経営者がどこにいる!」
「……チッ」
ペペチは派手に舌打ちをした。いま舌打ちしたぞこの妖精。
「……ま、それもそうだな。へっ、ほらよ」
意外にもあっさりと、ペペチは帳簿を机の上へ放り投げてよこした。
現金なやつめ。俺は痛む腹を押さえながら、さっきの該当ページを指差す。
「これだこれ! なんだよこの純利益の3割って! なんで固定給じゃないんだよ!?」
「何言ってんだ、寝言は昨年度の2コールに逆戻りしてから言え」
ペペチは机の上に仁王立ちになり、人差し指を俺の鼻先に突きつけて怒鳴り返してきた。
「いいか店主殿。うちがまともに利益出し始めたのなんてここ数ヶ月だぜぃ。それ以前の極貧時代に『月給200コール固定』なんて契約結んでたら、オイラへの給与未払いでテメエの工房はとっくに破産管財人に差し押さえられてたぞ。儲かってねえ工房から上前ハネるほどオイラも無慈悲じゃねえんだ。だから完全歩合制だ。利益が出なきゃゼロ、出たら3割。至極真っ当なリスクヘッジじゃねえか」
「う……」
ぐうの音も出ない正論だった。
確かに、最初の数ヶ月なんて客すら来なかったのだ。
あの状態で固定給なんて払えるはずもなかった。ペペチ指導してくれたお陰でフラムや中和剤も売れたし、モカパウダーの販路の確保ができた、今の黒字がある。
「ま、まあ……言われてみればそうだな。お前がいなきゃ餓死してたのは事実だし、妥当……なのか……?」
俺が頭を掻きながら納得しかけた、その瞬間。
バシィィィッ!!
「そこで納得してんじゃねえぞ!」
「いってええええええ!? なんで蹴るんだよ!?」
今度は右のスネを全力で蹴り上げられた。理不尽の極みである。
「もしも『妥当なのか……?』なんて思ったとしても、口には絶対出すな。『いやペペチさん、3割は取りすぎです2割にしてください』とか『そこをなんとか歩合25%で手を打ちませんか』とか、経営者なら交渉して利益を手元に残す努力をしやがれ。言われるがままホイホイ首縦に振ってたら、いずれ悪徳商人に骨の髄までしゃぶられて工房ごと売り飛ばされるぞ!」
「お前がしゃぶろうとしてる側だろうがよ!!」
自分で金を毟り取っておいて、「もっと抵抗しろ」と説教してくる教育係ってなんだよ。
「じゃあ分かったよ! ペペチさん、歩合2割に負けてくれ!」
「断るに決まってんだろ。純利益3割と言ったら3割だ。ビタ一文負けねえぜぃ」
「わけわかんねえよ!!」
息を乱しながら机に両手をつく俺を見て、ペペチはふんすと鼻を鳴らし、机の上の帳簿を懐(どこに入ってるんだそのサイズ)へしまい込んだ。結局、支払いは3割のまま据え置きである。俺の腹とスネの痛み損だ。
「……はぁ。っていうかさ、ペペチ。そもそもお前、妖精のくせに何でそんなに金を貯めこむ必要があるんだよ」
俺はため息混じりに尋ねた。
ザールブルグシリーズの妖精といえば、確かに金で雇われるキャラではあったが、それを差し引いても目の前にいるこいつは完全に資本主義の亡者だった。
俺の問いに、ペペチはニヤリと、これまでで一番ギラギラした笑みを浮かべた。
「へっ……決まってんだろ。オイラはな、将来アーランドの一等地に【金でできた大豪邸】を建てて、召使いを何十人も侍らせて、毎日高級な酒と肉をたらふく食って贅沢三昧して暮らすのが夢なんだぜぃ」
「……お前、絶対に妖精の里で浮いてただろ」
「浮いてたどころか追放……おっと、これ以上は企業秘密だ」
ペペチは素早く咳払いをすると、両腕を組んでジロリと俺を睨みつけてきた。
「いいか店主殿。オイラの血と汗と歩合の結晶である貯金に……テメエが1コールでも手を付けやがったらな」
「……手を付けたら?」
「地獄の果てまで追いかけて、オメエの内臓を裏返してでもむしり取ってやるから、そのつもりでいろよな!」
「怖すぎるわ!!」
2年目の春。
我が工房の財政状況は黒字だったが、俺の胃痛の種も、どうやら雪解けとともにすくすくと育っているようだった。