えっ?錬金術って釜かき混ぜるだけじゃないんですか? 作:どか0623
結局、ペペチの理不尽な歩合給に言いくるめられた後、俺は気分転換と買い出しを兼ねて城下の広場へと足を向けた。
石畳の雪解け水を踏みながら歩いていると、掲示板の前で背伸びをしている見慣れた姿を見つける。
「よっ、ロロナちゃん」
「あ、カッシュくん! こんにちはー」
振り返ったロロナちゃんは、いつもの屈託のない笑顔を浮かべた。年末の忘年会で騒いで以来、食堂でばったり会ったり、仕入れのついでに顔を合わせたりとすっかり気心の知れた間柄だ。
「お仕事探し?」
「うん。あとね、一昨日2年目の最初の課題が出てたの。今回はね、『土地を豊かにする薬』……植物がよく育つようにするための【栄養剤】なんだって」
「……土の栄養剤か。要は肥料ってことか」
「うん。さっきアトリエで土のサンプルを並べて、どんな素材を合わせたら土が元気になるか試作を始めたところなの。これからちょっと素材の買い出しと、ついでにお仕事ないか見に来たんだ」
「そっか。応援してるよ。根詰めすぎて倒れないでね」
「えへへ、ありがとう! 頑張るね!」
手を振って市場へ小走りで向かうロロナちゃんを見送り、俺も買い出しを済ませて工房へと戻った。
作業台に荷物を下ろしながら、ふとさっきの単語が頭をよぎる。
「栄養剤……」
どこかで聞き覚えのある名前だと思い、工房の書棚に向かった。
親父とお袋から送られてきた、分厚い錬金術の参考書(ヘルメスの薬)だ。薬学の項目をパラパラとめくっていくと、目的のページが目に入った。
「あった……これだ。【栄養剤】」
羊皮紙に書かれた調合手順を読み、俺は思わず苦笑いをこぼした。
「用途が全然違うな。あっちは土用だけど、こっちに載ってるのは……人間が飲むほうの栄養ドリンクだ」
不眠不休で働きたい人たち向けの、疲れた身体に無理やり喝を入れるために作っていた滋養強壮薬。
材料を見ると、オニワライタケ、蒸留水、中和剤(緑)。
全部、工房の棚にある素材だ。
「……よし。ロロナちゃんは頑張ってたし、差し入れに作っていこうかな」
俺が棚から素材箱を取り出し始めると、机の上で金貨を数えていたペペチがじっとりとした視線を向けてきた。
「店主殿。オニワライタケなんか引っ張り出して、ついに暗殺稼業に手を染める気か?」
「誰が染めるか。毒と薬は表裏一体だ。ろ過器と緑の中和剤を使えば、危険な毒素だけを沈殿させて除去できるんだってさ。残った疲労感を吹き飛ばす強壮成分を使って薬を作るんだよ」
「へっ……ま、オイラに飲ませなきゃ好きにしな」
ペペチの呆れ声を背中に受けながら、俺は作業台の上に器具を並べた。
■用意する材料
・オニワライタケ:1個(乾燥させて刺激成分を濃縮したもの)
・蒸留水:適量(溶媒)
・中和剤(緑):1本(毒素のアルカロイドを無害化・沈殿させる)
■使用器具
・乳鉢、乳棒
・フラスコ、アルコールランプ
・ガラス撹拌棒
・精密ガラスろ過器(多段フィルター)
「よし、まずは主成分の抽出からだな」
乾燥したオニワライタケを、乳鉢の中へ放り込む。
乳棒を両手で握り、体重を乗せてゴリゴリと磨り潰していく。
パリパリと乾いた傘が砕け、すり鉢の底で微細な紫色の粉末へと変わっていく。途端に、鼻の奥がカビにも似た、キノコ特有の臭いが立ち込めた。
「うっ……臭ぇな。作業後はちゃんと換気しておけよ」
すり潰したオニワライタケの粉末を、丸底フラスコへ漏斗を使って流し込む。
そこへ蒸留水を適量注ぎ入れ、アルコールランプの微火にかける。
ぬるま湯(およそ60度)をキープしながら、ガラス撹拌棒でゆっくりと円を描くように混ぜ合わせる。
お湯の中でキノコの細胞がふやけ、神経興奮成分が水へとじわじわ溶出していく。フラスコの中は、いかにも体に悪そうな、濁った赤紫色の液体へと変わった。
温めた抽出液に、以前調合した自家製の『中和剤(緑)』をスポイトで吸い上げ、数滴ずつポタポタと垂らしていく。
オニワライタケの毒素であるアルカロイドは、そのまま口にすれば痙攣と吐き気を引き起こす劇毒だ。
だが、植物性の毒素を吸着・中和する緑の中和剤が触れた瞬間――ジュワッと細かな泡が立ち、毒性成分が茶褐色の沈殿物となって固まり始める。
「おお……本当に毒成分だけが固まってきたぞ」
「へぇ、理屈通りにいくもんだな。だが、そいつを綺麗に取り除けなきゃただの毒スープだぜぃ」
「分かってるよ」
ガラスろ過器をスタンドに固定する。
上段に活性炭、中段に珪砂、最下段に高密度のフィルターをセットする。
沈殿物の混ざったフラスコの液体を、最上部のガラス漏斗へ静かに注ぎ込む。
ポタ……ポタ……と、ガラス管の中を液体が伝い落ちていく。
茶色く濁った毒の塊は上段と中段で完全に遮断され、フィルターを通って最下部の受器へと滴り落ちていく。
落ちてきたのは、濁りひとつない、夕焼けのように澄み切った琥珀色の液体だった。
「……よし、落ちきった!」
小瓶に移し替えて光にかざしてみる。塵ひとつ浮いていない、透き通るような美しい琥珀色だ。
鼻を近づけると、さっきのカビっぽい臭さは消え失せ、薬草の清涼感と柑橘とも似た引き締まった香気だけが漂っていた。
「見た目だけは上等に見えるな」
「ああ、でも見た目だけじゃ意味ないからな」
俺はスプーンに一滴垂らし、用心深く舌先に乗せてみた。
――ッ!
強烈な苦味と酸味が口いっぱいに広がった。どうやらこのままだと濃度が高すぎるみたいだ。
薄めて味も調えないと――。
しばらく作業を続けていると、ふと体の変化に気がついた。
「……効いてるな、これ。目が冴えてきた」
「少なくとも死にはしねえみたいだな」
ペペチの軽口を無視して、俺は琥珀色の小瓶にコルク栓を詰める。
完成までに結構時間が掛かってしまった。
小瓶を上着のポケットに放り込んで、ペペチに声をかける。
「ちょっとアトリエに行ってくる」
「あいよ。あんまり油売ってねえで、戻ったらアタノールの炭の補充をしな」
工房を出て、石畳の道を歩いてロロナちゃんのアトリエへ向かう。
扉をノックすると、「はーい! 開いてますよー!」と中から元気な声が返ってきた。
ドアを開けて足を踏み入れると、中央の錬金釜からほのかなハーブの湯気が立ち上っていた。
作業机の上には、さっき買ってきたのであろう何種類もの腐植土や肥料の袋が広げられ、ロロナは腕まくりをして熱心にノートへ配合を書き留めているところだった。
「邪魔するよ、ロロナちゃん。調合は順調?」
「あ、カッシュくん! うん、土を元気にするには、ただ栄養を混ぜるだけじゃダメみたいで……土の硬さをほぐす成分と、水分を保つ成分のバランスをどうするか試してるところなの」
ノートを見せながら説明してくれるロロナちゃんだが、その顔には先ほど市場で会ったときよりも、少しだけ疲労の色が滲んでいた。あれからずっと、休まずに集中して試作を続けていたのだろう。
「根詰めてやってるみたいだね。……はい、これ。差し入れだよ」
「えっ、差し入れ? パイ?」
「……ごめん、パイではない。さっき話を聞いた後、うちの古い本をめくってたら載ってたんだよ。ロロナちゃんが作ってるのとは用途が違う、人間用の【栄養剤】だよ」
ポケットから琥珀色の小瓶を取り出し、机の上にコトンと置いた。
ロロナちゃんは不思議そうに瓶を持ち上げ、光に透かして見る。
「人間用の、栄養剤……? ……これ、飲んでも平気なの?」
「ああ、さっき俺も毒味したから安心して良いよ。オニワライタケから作ったから不安かもしれないけど、そこは安心して良いよ」
「オニワライタケ……? なら全然大丈夫だよ。あのキノコって煮込むだけで毒が抜けちゃうから」
「マジで?!」
おいおい、じゃああの参考書の工程は何だったんだよ。
煮込むだけで抜けるなら鍋でよかったじゃん。
ロロナちゃんはおっかなびっくりコルク栓を抜き、瓶に口を近づけてちびりと一口含んだ。
「……ん?」
目を丸くしたロロナちゃんは、そのままもう一口、コクコクと喉を鳴らして飲み干した。
「どう? 苦すぎたかな」
「ううん、ちょっと薬草っぽい苦味はあるけど……柑橘のすっぱさがあって、意外と飲みやすいよ。なんだか変わった味だけど、おいしいかも」
小瓶を口から離し、ロロナちゃんは息をふうと吐き出した。
「よかった。もうひと踏ん張りするための気休めにはなると思うよ」
「ううん、気休めなんかじゃないよ。すっごく身体が楽になったもん!」
ロロナちゃんは空になった小瓶を机に置き、ふにゃりと嬉しそうに笑った。
「よーし、もうひと頑張りしちゃおう!」
机の上には、土の配合メモと、広げられた肥料の山。
袖をまくり直し、両手で杓子をしっかりと握りしめるロロナちゃん。
その背中を見届けながら、俺は邪魔にならないよう、静かにアトリエの扉へと手をかけた。
「じゃあ俺は戻るね。あんまり無理しちゃダメだよ」
「はーい! 差し入れ、本当にごちそうさまでした!」
手を振るロロナちゃんに見送られ、工房へと戻る。
ペペチは俺が作った栄養剤を見て「商品化したら仕入れ値の倍で売れるぜぃ」なんて皮算用を始めていたから、帰ったらまた一悶着あるに違いない。
それに出がけに言われたアタノールの炭の補充もある。
俺も栄養剤を飲んでおくとしよう。
春の風を吸い込みながら小さく息をついた。