えっ?錬金術って釜かき混ぜるだけじゃないんですか? 作:どか0623
在庫の整理を終え、手を洗って工房の店先へ戻ると、ペペチが机の上で小さな青い塊を転がしていた。
「おい店主殿。これ、そろそろ棚に並べるぜぃ」
「ああ、頼むよ」
棚に並べるのは、先日調合したばかりの新商品だ。
以前作った『赤のアロマ』の評判が良かったのでもう一度作ろうとしたのだが、あいにく主原料のニューズが切れていた。そこで代わりに、手元にあったハーブ――ミスティカの葉をすり潰して使ってみたところ、まったく別の面白いものが出来上がったのだ。
■用意する材料
・ミスティカの葉:適量(爽やかな香気と清浄成分)
・超純水:適量(溶媒)
・中和剤(青):1本(水溶性と発泡性の調停)
■使用器具
・乳鉢、乳棒
・精密ガラスろ過器
・ガラス撹拌棒
・円錐プレート(成形用)
作り方は赤のアロマとほぼ同じだ。
乳鉢で細かくすり潰したミスティカのペーストに、多段ろ過器で抽出した不純物ゼロの超純水を加える。そこへ、冷却と水への親和性を高める『中和剤(青)』を滴下して練り合わせる。
型に詰めて自然乾燥させれば、指先サイズの青いアロマ錠の完成だ。
赤のアロマは火にくべて香りを広げる練り香だったが、この青のアロマは性質がまるで違う。
水に浸すと、細かい青い気体をシュワシュワと放ちながら溶け出し、あたり一面に爽やかな香りを広げる。しかも成分に油脂を分解する効果が含まれていて、洗浄する力は弱いながらも「発泡性の固形せっけん」のような使い方ができるのだ。
「水に放り込むだけで手や身体が洗える携帯せっけん……って触れ込みで行くか。地味だけど、旅人や冒険者には受けるかもしれねえな」
「そうなのか? 普通のせっけんの方が良いだろう。どうせ水もいるんだし」
「シュワシュワ泡が出るのがいいんだよ」
そういうもんかね。なんて、益体も無い話をしていたときだった。
工房の引き戸が、遠慮がちにギギ……と音を立てて開いた。
「あ、あの……ごめん、ください……」
入ってきたのは、ゲームではよく見慣れた少女――リオネラだった。
旅芸人風の華やかな衣装を着ているが、その立ち姿はひどく縮こまっている。そして何より目を引いたのは、彼女の持つふたつのでかいぬいぐるみだった。
「いらっしゃい。何か探し物かな?」
俺が柔らかく声をかけると、少女はびくっと肩を揺らし、すっと顔を伏せてしまった。
代わりに、右手の茶色い猫のぬいぐるみがクイッと首をもたげる。
『おいおい、なんだこの店は。薄暗くて変な器具ばっかり並んでるぞ』
『わー、でもすっごくいい匂いがするねー』
今度は左手の虎柄のぬいぐるみがのんびりと喋った。
見事な腹話術だ。少女の唇はほとんど動いていない。
「……ええと、旅芸人さんかな?」
『ロロナのやつが言ってたんだよ。職人通りに、変な錬金術の店があるってな』
「あ、ロロナちゃんと知り合いなんだ。でも年末の忘年会では見かけなかったけど……」
「あ……う……忘年会は……人が、いっぱい……だったので……」
少女は人形の影に隠れるようにして、消え入りそうな声で呟いた。
ゲームの通り極度の人見知りだ。忘年会なんて大勢の人でごった返していたから、怖くて近寄れなかったのだろう。
そのとき、少女の視線が机の上に止まった。
そこには、青のアロマを小瓶に詰めながら、退屈そうにあくびを噛み殺しているペペチの姿があった。
「あ……」
少女の目が丸くなる。
右手の茶色いぬいぐるみが、ペペチのほうをじっと指差した。
『おい、あそこに小さなお人形がいるぞ』
『動いてるよー。ひとり言を喋ってるねー』
「あの……その、お人形さん……どうやって動かしてるんですか……?」
恐る恐る尋ねてきた少女の言葉に、ペペチの額にピキッと青筋が浮かんだ。
「あァ? 誰が人形だ! オイラは妖精だぜぃ!」
「ひゃっ!?」
怒鳴り声を上げたペペチに、少女は小さく飛び上がった。
だが、相手が人間ではなく、自分より遥かに小さな妖精だと分かった途端、少女の強張っていた肩の力が少し抜けたようだった。
「よ、妖精さん……? 本当に……生きてるの……?」
「当たり前だ。人形呼ばわりとは失礼な客だな。オイラはここ『カッシュのアトリエ』の敏腕経営アドバイザー、ペペチ様だぜぃ」
うちってカッシュのアトリエって名前だったのか。
雑貨屋のつもりなんだけどな。まぁ何でもいいけどさ。
『へえ、生意気なチビ助だな』
『ちっちゃくてかわいいねー』
「チビって言うな。あとそっちの両手のぬいぐるみ、腹話術のくせに口が悪いぞ」
ペペチが机の上で地団駄を踏み、少女の両手のぬいぐるみがそれに軽口を返す。
さっきまで俺と目を合わせることすら怯えていた少女が、ペペチ相手には普通に言葉のキャッチボールをしていた。
……俺、完全に会話からあぶれてるな。
まあいいか。店主の俺より、ペペチのほうがよっぽど接客に向いている瞬間があるのはいつものことだ。
「……ふふ」
少女が、口元に手を当てて小さく笑った。
「あの……私、リオネラって言います。旅芸人をやってて……」
「オイラはペペチだ。で、リオネラのお嬢ちゃん、ひやかしじゃねえなら何か買っていくかい?」
「う……えっと、見るだけでもいいですか……?」
「しょうがねえな。ま、減るもんじゃねえし、ゆっくり見ていきな」
ペペチのぶっきらぼうな物言いに、リオネラはどこか安心したように小さく頷いた。
そしてぽつりと、ぬいぐるみの頭を撫でながら呟いた。
「あの……ここなら、私……もう少し人と普通に話せるようになれるかも……」
「オイラは妖精だけどな」
「うん……」
店内を歩き始めたリオネラは、棚に並べられたばかりの青い錠剤に目を留めた。
「これは……なんですか?」
「お、それに目をつけたかい。店主、客に説明しな」
「あ、うん」
急に話を振られた俺は、棚から青のアロマの瓶を手に取り、錠剤をひとつ手に取りだした。
「これは『青のアロマ』っていうんだ。固形のせっけんみたいなものだよ」
「せっけん……? でも、泡立つようには見えないですけど……」
「ちょっと待っててね」
作業台の脇にあった水受けの桶を引き寄せる。
その中へ、青のアロマを落としてみせた。
ジュワワワッ……。
水に触れた瞬間、青い錠剤が細かな気泡を激しく噴き出しながら、水中で溶け崩れていく。
立ち上る青い湯気とともに、工房の中へミントと柑橘を合わせたような、清涼感のある爽やかな香りがふわっと広がった。
『わぁ、青い煙が出てきたわ!』
『いい匂いだぞ、これ』
桶の水を手ですくい、軽く擦り合わせてみせる。
ぬめりはなく、手の汚れが綺麗に落ちて、肌にすっきりとした清涼感が残る。
「水に放り込むだけで溶けて、手や身体を洗えるんだ。水につけなければ溶けなから、取り扱いも簡単だと思うよ」
「すごい……! 旅をしていると、お風呂に入れない日も多いから……水だけで身体をさっぱりできるのは、すごく助かります……」
ちょっと生々しい話だな。
俺の感覚からするとそんな話をする方がよっぽど恥ずかしいと思うのだが……。
リオネラは目を輝かせ、桶の水面をじっと見つめていた。
その様子を見逃すペペチではない。すかさずニヤリと笑みを浮かべる。
「へっ、お嬢ちゃん、お目が高いぜぃ。旅芸人の必需品、1個20コールだ。3個まとめてなら50コールにしてやるぜぃ」
「あ、買います……3つ……ください」
リオネラは財布から硬貨を取り出し、嬉しそうに机の上へ置いた。
ペペチが手際よく小さな麻袋に青のアロマを詰め、リオネラへ手渡す。
「まいどあり」
「あの、また……お話しに来ても、いいですか……?」
「金払いのいい客なら、いつでも大歓迎だぜぃ」
ペペチのいつものセリフに、リオネラは「ふふっ」とはにかんだ。
胸元に紙袋を大切そうに抱え、彼女はぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございました。……また、来ますね」
工房の扉が閉まり、静けさが戻る。
机の上には、リオネラが置いていった50コール。
「……ペペチ、お前案外、人見知りの扱い上手いんだな」
リオネラは青のアロマが欲しいって言うより、ペペチと会話してテンションが上がったから買っていったって感じだったな。
商売上手と言えばそうなんだろうが、なんか腑に落ちない。
「相手が誰だろうと、客は客だぜぃ」
ペペチはそっぽを向いて、チャリンと音を立てて硬貨を小箱へ仕舞い込んだ。
青のアロマの爽やかな香りが、まだ工房の中に心地よく残っていた。