えっ?錬金術って釜かき混ぜるだけじゃないんですか? 作:どか0623
リオネラと知り合ってしばらく経った頃。
俺は工房の机に肘をつきながら、ぼんやりと考えていた。
「旅芸人……」
前世の記憶を掘り返してみると、たしか『リリーのアトリエ』にも、イルマという名前の旅芸人の少女がいた気がする。
キャラバンで行商をしながら、占いでお金を稼いでいたはずだ。
「占い、か……」
そういえば、親父とお袋の仕送りの中にあった『魔法のえほん』というふざけたタイトルの参考書に、そんな道具のレシピが載っていたのを思い出した。
書棚から薄い本を引っ張り出し、該当のページを開く。
「……あった。【トラウアタロット】」
羊皮紙に書かれた解説文を声に出して読んでみる。
「『常に不吉な未来のみを暗示し、持ち主を深い憂鬱へと誘うカード』……ゲーム以外で誰が使うんだよってアイテムだよな」
「おい店主殿」
背後から、ぎらついた視線を感じた。
振り返ると、ペペチが机の端から身を乗り出し、目を爛々と輝かせていた。
「今『占い』って言ったか? そいつは初期投資のカード代だけで、あとは口先一本で客から金を巻き上げられる最高のビジネスじゃねえか。なんで今まで黙ってたんだぜぃ」
「いや、ビジネスって言ってもさ……これ、不吉な結果しか出ない欠陥品だよ。できるか分からんけど」
「占いなんざ不安を煽ってなんぼだ! 悪い結果が出たら『このお守りを買えば難を逃れられるぜぃ』って、うちの商品を抱き合わせで売りつければいいんだよ。ってわけで、さっさと作れ」
相変わらずの悪徳商人思考だ。
だが、材料を見てみると意外なことが分かった。
■用意する材料
・ゼッテル:数枚
・青のアロマ:1個(インクの定着と芳香)
■使用器具
・裁断バサミ
・絵の具皿、インクペン
・ガラスすり鉢
「ゼッテルと……青のアロマ? なんだ、この間作ったやつじゃないか」
「へっ、在庫の有効活用だな。材料費が浮いてオイラは嬉しいぜぃ」
作り方は驚くほどシンプルだった。
すり鉢で青のアロマを削って粉末にし、水で溶いて香りのある青い特殊インクを作る。
それを使い、裁断したゼッテルへ22枚の寓意図を描き込んでいく。
俺にはあいにく絵心がないため、作画のほうは器用なペペチに丸投げした。
青のアロマに含まれるミスティカの成分と中和剤の作用で、インクは紙の繊維の奥深くまで吸い込まれ、独特の青黒い光沢を放ち始めた。
乾かして束ねれば、手のひらサイズの『トラウアタロット』の完成だ。
青のアロマの爽やかな香りがほんのり漂うが、絵柄はどれもこれも陰鬱で、見ているだけで不吉そうなデザインをしている。
「……できたけどさ。ただのタロットカードだよこれ」
「どれ、オイラが試してやるぜぃ」
ペペチが机の上に飛び乗ると、偉そうに腕組みをしてカードの山を睨みつけた。
「いいか店主、オイラの将来の金運を占ってみろ。一等地に建てる金貨の大豪邸が、いつ完成するかをな」
「はいはい」
適当にシャッフルし、机の上に扇状に広げる。
ペペチが小さな手で、真ん中の一枚をツッと引いた。
「めくれ、店主殿!」
「はいよ」
言われるままに、俺はカードをひっくり返す。
机の上に現れたのは、夜空を裂く激しい雷に打たれ、天辺の王冠が吹き飛んだ巨大な石塔が炎上・崩壊し、人々が真っ逆さまに落下していく不吉な絵柄だった。
大アルカナ16番――『塔(The Tower)』。
これは……良いカードなのか? それとも悪いカードなのか? 詳しくないからさっぱり分からない。
ていうかタロット占いって、カードを並べる陣形(スプレッド)だの引く順番だの、面倒な作法が山ほどあるはずだ。こんな風に適当に混ぜて1枚めくっただけで、何が占えるというのか。
俺自身、占いなんてこれっぽっちも信じていないが、これじゃあ威厳もなにもないな。
商売にするなら調べてからにしないと――
「ってどうかした?」
ペペチが無言で凍りついていた。
見る見るうちに顔から血の気が引いていき、青ざめた肌が文字通り真っ白になっていく。
「お、おい……ペペチ?」
「そ、そんな……! オイラの……オイラの血と汗と歩合の結晶が……粉々に……!?」
「たかがカードで、大袈裟な……」
「オイラはな、子どもの頃から何度もタロットには痛い目にあってきたんだ! 不吉なカードが出たときは必ず不吉なことが起こる。川に流されたり、森で遭難したり、山で崖から落ちそうになったり、酷いときには犬のうんこを踏んだこともある……!」
最後の一番軽いだろ。
ガタガタと膝を震わせるペペチ。
普段は金にがめつくて資本主義の権化みたいな顔をしているくせに、こういうオカルトは死ぬほど信じるタイプみたいだ。
「あ、あの……ごめん、ください……」
そのとき、工房の戸が控えめに開いた。
入ってきたのは、両手にぬいぐるみを抱えたリオネラだった。
「あ、リオネラちゃん。いらっしゃい」
「こんにちは……えっと、この間……買った青いアロマ、すごく使いやすくて……また、欲しくて……」
もじもじしながら話すリオネラの腕の中で、ぬいぐるみがクイッと顔を上げた。
『おいおい、なんだ? あのチビ助、机の上で震えてるぞ』
『わー、顔が真っ白だよー。お腹でも痛いのかなー?』
もう片方のぬいぐるみものんびりと首をかしげる。
ペペチは青ざめた顔のまま、リオネラを指差して震える声で叫んだ。
「じょ、嬢ちゃん……! ちょうどいいところに来たぜぃ……! オメエもこの呪いのカードを一枚引きな……! オイラだけが破産するなんて冗談じゃねえ、道連れだぜぃ……!」
「ひゃぅっ!? の、呪い……!?」
怯えて一歩後ずさるリオネラ。
「おいっ、客を怖がらせてどうするんだよ」
「だ、だが店主殿! もしもお嬢ちゃんが『良いカード』を引いたら、オイラの破産も気のせいってことになるだろ! 早く引かせろ!」
気のせいにはならないだろ。
俺はため息をつきながら、リオネラに向き直った。
「ごめんね、リオネラちゃん。さっき本を見ながらタロットカードを作ってみたんだけど、ペペチが勝手に占って一人でビビってるだけなんだよ。気にしないでいいよ」
「タロットカード……ですか? わたしも、占い……ちょっと、興味あります……」
おずおずと机に近づいてきたリオネラは、並べられたカードを眺め、そっと細い指先で端っこの一枚に触れた。
「こ、これ……めくってもいいですか……?」
「え? ああ、どうぞ」
リオネラがタロットカードをめくる。
そこに描かれていたのは、派手な道化の衣装を着た若者が、足元の断崖絶壁に気づかないまま、空を見上げて今にも一歩を踏み出そうとしている絵だった。
大アルカナ0番――『愚者(The Fool)』。
「…………」
「あ……う……」
リオネラの瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「わ、私……明日の広場の公演……失敗して……みんなに笑われちゃうんだ……うぅ……っ」
『おい! リオネラを泣かせるんじゃねえ!』
『アラーニャ、あのチビ助をやっつけようー』
両手のぬいぐるみが激怒してペペチに掴みかかり、ペペチは「オイラのせいじゃねえ! カードを作った店主のせいだぜぃ!」と俺の後ろに隠れ、リオネラはしくしくと泣き続ける。
「……今日は厄日だな。占わなくてもわかる」
机の上で爽やかに香る青のアロマの匂いが、やけに虚しく工房に漂っていた。