えっ?錬金術って釜かき混ぜるだけじゃないんですか? 作:どか0623
季節は初夏へと移り変わり、日差しが少しずつ強くなってきた。
王国からロロナちゃんへ出された次なる課題は、『近くの森のモンスター駆除』らしい。街で会ったときも「フラムをたくさん作って持っていくんだ」と張り切っていたから、あの子なら大丈夫だろう。
一方、うちの工房には意外な客が訪れていた。
「……ふむ。これが例の『青のアロマ』か」
店先の棚を見つめているのは、王国騎士のステルクさんだった。
長身で威圧感のある強面だが、職人通りの見回りや買い出しのついでに、たまにうちの店へも顔を出してくれる。
「水に溶かすだけで石鹸代わりにもなる便利グッズですよ。いい香りもしますし、巡回で汗をかいたときなんかにどうです?」
「ああ、ひとつもらおう。夜警の際、冷水で顔を洗うのに丁度よさそうだ」
硬貨を机に置いたステルクさんだったが、ふと眉間に深い皺を寄せ、小さく息を漏らした。
その様子を、机の端からペペチが見逃すはずもなかった。
「おいおい騎士の旦那。ずいぶんと陰気な顔をしてるじゃねえか。何か悩み事かい?」
「……いや、職務上の愚痴のようなものだ。気にするな」
「減るもんじゃねえし言ってみな。オイラたちでよけりゃ聞いてやるぜぃ」
がめつい割に妙なところで聞き上手なペペチに促され、ステルクさんは渋々といった様子で口を開いた。
「……最近は城の公務や書類仕事が立て込んでいて、鍛錬をする暇がなくてな。そのせいか体が鈍るのが目に見えて分かる……悩みといえば、それくらいだ」
「なるほどねぇ」
ペペチはニヤリと口の端を吊り上げた。
「よし決めたぜぃ! 騎士の旦那、次に来るまでにその悩みを一発で解決する商品を用意しといてやる! 金をたんまり用意して待ってな!」
「いや、仕事が一段落するまでの辛抱なのだが……。まあ、そういうことならば、待たせてもらうとしようか」
ステルクさんは軽く首を振って苦笑し、工房を出て行った。
扉が閉まった瞬間、俺はペペチを見る。
「あんな大口叩いてどうすんだよ」
「オイラは営業だ。客のニーズを拾ってくるのが仕事だぜぃ。で、何を作るかは店主殿、オメエが……いや、待てよ」
ペペチは机の上に飛び乗ると、書棚から親父たちの仕送り参考書を引っ張り出し、小さな指で猛烈な勢いでページをめくり始めた。
「おい店主、これなんかどうだ? 【フワレルクの卵】。精神力を大きく向上させるって書いてあるぜぃ!」
「なんだよ精神力って……。そんな魔法みたいなもん作れるわけないだろ。却下」
「じゃあこれだ! 【ケルパーレンズ】! 相手の弱点が手に取るように分かるらしいぞ」
「却下。弱点が見えるって、そんなふわふわしたもの作れねえよ」
「チッ……。なら【怪力の妙薬】は?」
「ドーピングってことか? それはギリギリ作れるかもしれないけど、ステルクさんの寿命に響きそうだからダメだよ」
「じゃあ【千里眼目薬】! 遥か遠くの豆粒みたいな怪物までくっきり見えるぜぃ!」
「だからムリだって。メルヘン系は全部ムリなの!」
魔法みたいな都合のいいアイテムなんて、俺に作れるはずもない。
簡単に強くなれる道具や薬なんて用意できないのだ。
それに元サラリーマンの感覚から言わせてもらえば、ステルクさんの問題は「時間がないこと」そのものだ。
忙しい社会人が効率よくスキルアップするにはどうすればいいか――なんて考えていたときだった。
「……おい店主殿」
パラパラとページをめくっていたペペチの指が、ある項目でピタリと止まった。
その顔に、ゾッとするような邪悪な笑みが浮かぶ。
「あったぜぃ……これだ! 【シュトゥルムの鈴】!」
「シュトゥルムの鈴……? どれどれ」
机を覗き込み、解説文を読んだ俺は目を丸くした。
「……『鈴だけど人には音が聞こえない。その代わり、怪物がものすごく好む音波を出す鈴』? こんなの作ってどうするんだよ」
「どうするって、決まってんだろ!」
ペペチは胸を張り、偉そうに両腕を組んだ。
「あの旦那は時間がねえんだ。森でモンスターを探して歩き回る暇がねえなら、森の入り口でこの鈴をチリンチリンと鳴らせばいい! モンスターのほうから喜んで全力ダッシュで向かってきてくれるだろ!」
「は……?」
「索敵の手間が丸ごと省ける! 向かってくる魔物をその場で片っ端から迎撃すれば、移動時間ゼロ! わずか15分で通常の半日分に相当する鍛錬と魔物駆除が完了する! 圧倒的なタイムパフォーマンスだぜぃ!」
ペペチの熱弁に、俺は開いた口が塞がらなかった。
言っているタイパの理屈は完璧だが、内容が狂気の沙汰だ。
「何考えてんだ。鈴を鳴らしたら森中の魔物に囲まれるんだぞ。下手したら命に関わるだろ!」
「甘いこと言ってんじゃねえよ店主殿」
バシィッ、とペペチが机を叩いた。
「相手は誰だと思ってんだ、この国最強の騎士様だぞ! 歴戦のプロ中のプロだ! 並の人間なら死ぬかもしれねえが、あの旦那なら向かってくる魔物なんざ全員まとめて薙ぎ倒すに決まってんだろ! むしろ『魔物探しの無駄足が省けた』って大喜びするに決まってるぜぃ!」
「いや、いくら強くても限度があるだろ……」
「いいからさっさと作れ! 客のニーズに完璧に応えるのが一流の商売人だぜぃ!」
ペペチの勢いに完全に押し切られ、俺はため息をつきながら材料棚へ向かった。
本当に要らなかったらステルクさんが断るだろうし……。
■用意する材料
・銀のインゴット:少量(鈴の本体)
・トラウアタロット:数枚(不吉な波動と紙の繊維)
・研磨剤:適量(音の反響を整える)
・中和剤(青):適量(高周波の調停液)
■使用器具
・金床、小型金槌(細工用)
・彫刻刀、ヤスリ
・ビーカー
「銀に……トラウアタロット? この間の不吉なカードか」
「ああ。あんな占いじゃ商売にならないし、在庫処分も兼ねた再利用だぜぃ!」
まずは銀のインゴットを金床に乗せ、小型の金槌でカンカンと叩いて小さな鈴の形に打ち出していく。
内側に吊るす舌(ぜつ)の細工を作り、研磨剤で鈴の内側を徹底的に磨き上げた。歪みのない鏡面に仕上げることで、音の乱反射を防ぐのだ。
そこへ、すり潰したトラウアタロットの紙粉と中和剤(青)を混ぜ合わせた青いペーストを、鈴の内側に薄く塗り込む。
タロットの持つ陰鬱な魔力と中和剤が合わさり、金属の振動数を極限まで引き上げる被膜となるって書いてあるけど、正直タロットの魔力とか分からないからこの辺は適当だな。
アタノールの残り火で乾燥させれば、手のひらサイズの銀色の鈴が完成した。
「よし、できた」
「……鳴らしても、なんも聞こえねえな?」
ペペチが鈴を振ってみせるが、チリンとも鳴らない。
だが、鈴の隙間からかすかに空気が震えるような、微細な振動だけが伝わってきた。犬笛のようなものだろう。
「人には聞こえない高周波で、怪物はこれが大好き……ってことか」
「へっ! これで騎士の旦那の悩みも一発解決だぜぃ!」
ペペチはニヤリと悪魔のような笑みを浮かべて鈴を布に包んだ。
俺は出来上がった鈴を見つめながら、どうかステルクさんが大怪我をしませんようにと、内心で祈らずにはいられなかった。
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翌日、工房へやってきたステルクさんに、ペペチが自信満々で鈴を差し出した。
「お待たせしたぜぃ、騎士の旦那! 忙しい旦那のための特効薬、『シュトゥルムの鈴』だ!」
「……鈴? 振っても音が鳴らんようだが」
「人には聞こえねえ音が出るんだよ。森の入り口でこいつをチリンと鳴らせば、魔物のほうから喜んで全力で突っ込んできてくれる! 索敵の手間ゼロ、移動時間ゼロで特訓ができる時短アイテムだぜぃ!」
ペペチの堂々たるセールストークに、俺は思わず横から口を挟んだ。
「あ、あの、ステルクさん……無理に買わなくていいですからね? 本当に魔物が一斉に押し寄せてくるかもしれないので、危ないと思ったら使わないでください」
「……いや」
ステルクさんは鈴をじっと見つめ、フッと口元を緩めた。
「素晴らしい着眼点だ。森の中を捜索する時間ほど無駄なものはないからな。向こうから来てくれるのなら、これほど効率的な鍛錬はない。……一本取られたな、もらっていこう」
「まいどありだぜぃ」
「うそでしょ!?」
硬貨を置いて、満足そうに去っていく屈強な騎士団長の背中。
「……本当に喜んで買っていったよ……」
「言ったろ店主殿! プロにはプロの理屈があんだよ!」
高笑いするペペチの横で、俺は「この街の人間、やっぱりどこかおかしいんじゃないか」と、ひとり静かに眉間を押さえていた。