えっ?錬金術って釜かき混ぜるだけじゃないんですか? 作:どか0623
ペペチの狂気じみた時短提案に乗っかって、ステルクさんは例の『シュトゥルムの鈴』を「索敵の手間が省ける」と満足そうに買って帰っていった。
本当に魔物に囲まれて大怪我でもしないかと、俺は数日間ずっと気が気でなかったのだが――。
「この間の鈴だが、非常に良い出来だった」
後日、職人通りの巡回ついでに工房へ立ち寄ったステルクさんは、事も無げにそう切り出した。
「森の入り口で一度鳴らしただけで、プニプニから狂暴な大狼まで、おびただしい数の魔物が一斉に群れをなして突っ込んできてな。実に見事な道具だった」
「は、はあ……怪我はありませんでしたか?」
「この辺の魔物であれば、徒党を組んだところで問題はない」
自慢をするでもなく言い切るステクルさんを見て、俺の背筋に冷や汗が流れた。
この御方は、本当に魔物の大群を力技だけで返り討ちにしたのか……。やっぱりこの街の人(ステクルさん限定かもしれないが)はどこか根本的におかしい。
ステルクさんが去った後、ペペチは机の上で偉そうに鼻を鳴らしていた。
結果オーライだから良かったものの、並の人間なら骨も残っていないところだったからな。
ともあれ、ロロナちゃんの課題も無事に合格したようで、街を騒がせていた?魔物騒動は一件落着となったのだった。
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そして――季節は少しずつ、本格的な夏へと向かっていた。
「暑い……死ぬ……」
工房の壁に掛けてある、温度計代わりにしているアルコール柱がぐんぐんと上がっている。
ただでさえ日差しが照りつけて暑いというのに、うちの工房には鉄を焼き、ガラスを熱するための小型溶鉱炉『アタノール』が鎮座しているのだ。
残り火を維持しているだけでも、室内はまるでサウナのような熱気が立ち込めていた。
額から噴き出す汗を拭う暇もなく、俺は工房の勝手口と共同井戸の間を何度も往復していた。
両手に抱えた大きな木桶には、汲みたての冷たい井戸水。
並々と注がれた水は途方もなく重く、腕の筋肉が千切れそうで、腰がキシキシと悲鳴を上げている。
「ふぅ……重い、本当に重い……」
作業台の横に据え付けた大樽へ、ザバァッと水を注ぎ込む。
錬金術というやつは、とにかく水を馬鹿みたいに消費する。
薬草を煎じる溶媒として使うのはもちろん、熱したフラスコを急冷したり、使い終わった乳鉢やすり棒を洗ったり、多段ろ過器のフィルターを通すためのベース液にしたりと、何をするにも水、水、水。
蛇口をひねれば無限に水が出てくるわけではない。
この世界の職人にとって、水汲みとは避けては通れない過酷な重労働だった。
「だいたい、水樽一杯汲むのに何往復させんだよ……」
肩で息をしながら愚痴をこぼしていると、涼しい顔で机の上に広げた参考書を読んでいたペペチが、手招きをしてきた。
「おい店主殿。何をへばってんだ、ちょっとこっちに来てみろ」
「ん……? なんだよ。今すげえ疲れてるんだけど」
「この間、オメエが参考書をめくってたときに見かけたんだが……これ、作れねえのか?」
ペペチが小さな人差し指で指し示したのは、親父とお袋の仕送り参考書『元老院語録』の片隅に載っていた小さな挿絵だった。
「【ゲヌークの壺】……?」
添えられた解説文を、わざわざ声に出して読むまでもなかった。
ゲヌークの壺。
それは前世のゲーム序盤において、誰もが喉から手が出るほど欲しがるチート級の神アイテムだった。
『毎日毎日、こんこんと無限に水が湧き出てくるツボ』。
ゲーム内の仕様ではさらに材料の蒸留水を別の液体に変えることで、【ろ過水】や【超純水】、果ては【お酒】まで無限に湧き出させることができた。
もしも本当にそんなものが作れるなら、俺はこの炎天下の水汲みマラソンから今すぐ解放される。だが――。
「どうだ店主殿。こいつがあれば、毎日毎日テメエが汗水垂らして井戸まで往復する必要もねえし、店先で売れば一攫千金どころかアーランド中の貴族や商人が金を積んで買いに来るぜぃ!」
「できるわけないだろ、こんなの」
俺は即答した。
「あァ? なんでだよ。作れば万事解決じゃねえか。材料なら金を出せば手に入るんだろ?」
「材料の問題じゃないんだよ。石と真珠と水をランプで炙ってふいごで吹いただけで、水が無限に湧き出す壺ができるわけないじゃん」
「参考書に書いてあるだろ」
「書いてあればできるってもんでもないでしょ」
俺は机の端を指で叩いた。
「そんなもん、やってみなきゃ分からねえだろ。素材の在庫はあるんだから、さっさと作れ」
「はいはい……」
相変わらず資本主義の権化のような相棒に急かされ、俺は渋々作業台に向かった。
まあ、口でいくら説いたところで、この妖精に通じるはずもない。
一度作って見せて、現実を突きつけてやったほうが早いだろう。
■用意する材料
・樹氷石:適量(冷気を含んだ青白い鉱石)
・水色真珠:1個(親父の仕送り素材。高価な品だが背に腹は代えられない)
・蒸留水:適量(練り込み用の溶媒)
■使用器具
・乳鉢、乳棒
・ヘラ
・アルコールランプ、ふいご
「よし、やるか……」
まずは乳鉢に樹氷石を放り込む。
触れただけで指先が痛くなるほど冷たい鉱石だ。乳棒で叩き割ると、パキパキと小気味よい音を立てて砕け、青白い冷気の混ざった粉末になっていく。
そこへ、水色真珠を投入する。宝飾品に使えそうな綺麗な真珠をすり潰すのは少々気が引けたが、体重をかけてゴリゴリと粉砕していく。
二つの粉末が混ざり合ったところへ、蒸留水を少しずつ垂らし、ヘラで丹念に練り上げていく。
粉末が水分を吸い、次第にねっとりとした青白い粘土状のペーストへと変わっていく。手のひらでこねると、氷水を触っているかのような強烈な冷たさが伝わってきた。
「へぇ……見た目だけはそれっぽい粘土になったじゃねえか」
「ここから壺の形にするんだよ」
台の上で手作業でろくろを回すように、指先を使って丁寧に壺の形へと成形していく。手のひらにすっぽり収まるくらいの、小さな一輪挿しのような形だ。
成形が終わると、アルコールランプの火に当て、ふいごで細く風を送りながら、じっくりと均一に焼き固めていく。
冷気を持つ鉱石を火で炙るというのも妙な話だが、急激な熱で割れないよう、慎重に温度を上げて水分を飛ばしていく。
作業開始から数時間。
「……よし、焼き上がったぞ」
粗熱を取って机の上に置いたのは、手のひらに乗るくらいの青白い小さな壺だった。
滑らかな陶器のような質感で、光に透かすと淡い水色の光沢を帯びている。見た目だけは、参考書の挿絵に描かれていた『ゲヌークの壺』そのものだった。
「おお……! 水は!? 水は湧いてるのか!?」
目を輝かせたペペチが、机の端から身を乗り出して壺の口を覗き込んできた。
俺も一緒になって、上からのぞき込んでみる。
…………。
静まり返る壺の底。
水滴ひとつ、湧いてこない。
「……なぁ店主殿。水、どこだ?」
「最初から言ったろ。ただの壺だよ」
「ま、待て! まだ馴染んでねえだけかもしれねえ! 時間を置けば、じわじわと底から湧いてくるはずだぜぃ!」
往生際の悪いペペチは、壺を小突いたり、逆さに振ってみたり、底をコンコンと叩いたりと、必死になって壺を弄び始めた。
そうして二人で壺を囲み、無言のまま待つこと一時間。
…………。
結露すらしない。中身は完全にカラッポのままだ。
「…………チッ、使えねえ店主殿だ」
ペペチは心底つまらなそうに顔を歪めると、派手に舌打ちをした。
「俺のせいにするなよ。最初から無理だって言っただろ」
「無限の水源で開業して、街中の貴族から水料金を毟り取るオイラの完璧なビジネスプランが水の泡だぜぃ……」
「それはプランじゃなくて皮算用」
俺は苦笑しながら、出来上がった青い壺を手に取った。
中を覗き、指先で内側を触ってみる。
「……ん? でも、これ」
水は一滴も湧かないが、樹氷石を練り込んで焼いたおかげか、壺の内側がひんやりと冷たいまま保たれている。
試しに、さっき汲んできた井戸水をトポトポと注ぎ、少し置いてから口をつけてみた。
「……保冷機能は生きてるな。真空魔法瓶みたいなものかな」
「なんだそりゃァ? 何にしろそんな地味な機能で誰が喜ぶんだよ」
「俺だよ」
「ほら店主殿、くだらねえ工作が終わったなら、水汲みの続きに行ってきな」
「へいへい……」
出来上がったただの青い壺を棚の隅に置き、俺は再び空の木桶を両手に抱え上げた。
工房の木戸を開けると、ジリジリと照りつける夏の太陽が俺を出迎えた。
そろそろ城からロロナちゃんには、新たな課題が出される頃だろうか。
照りつける日差しの中、俺は諦め半分、苦笑い半分で井戸へと向かった。