えっ?錬金術って釜かき混ぜるだけじゃないんですか? 作:どか0623
アトリエでロロナちゃんから話を聞いたとき、俺の耳はある単語にピクリと反応した。
「湧水の杯……? それって、水が湧き出る道具?」
城から夏の課題が発表されたらしい。
内容は猛暑対策のための道具――『レヘルン』と『湧水の杯』の納品だ。
「うん。小さな杯なんだけど、綺麗な水が湧き出てくるんだよ」
……ゲヌークの壺じゃん。
そっか。そういえばあったよな。ロロナのアトリエにもそんなアイテムが。
こっちはあんまり活用しなかったけど。
自作した壺はただの置物にしかならなかったが、さすがは本物の錬金術士だ。
「あのさ、ロロナちゃん。その湧水の杯、うちの分も余分にひとつ作ってくれないかな。もちろんタダとは言わない。課題の分も含めて、調合に必要な素材は全部うちで用意するから」
ということで取引を持ちかけてみた。
ロロナちゃんは「えっ、素材を揃えてくれるならすっごく助かるよ!」と二つ返事で快諾してくれた。
問題は素材だ。
湧水の杯に必要なのは、【液体】が3つ、【インゴット】が3つ、そして【神秘の力】が2つだそうだ。
液体と金属は、工房の在庫でなんとかなる……が、最後の「神秘の力」というのが古式錬金術の常識ではさっぱり分からない。
ロロナちゃんから該当する素材のリストを書いてもらったのだが、その中から一番分かりやすいものを選ぶことにした。
「【カタ巻き貝】……淡水に生息する巻貝。つぼ焼きや煮物にして食べるのが一般的。殻も加工しやすく工芸品に使われる、色んな意味で美味しい素材……と。よし、これにしよう」
+
そんなこんなで、翌朝ペペチを連れてネーベル湖畔へ採取に向かった。
街から歩いて数時間、日帰りで気軽に行ける距離だ。
普段なら周辺にモンスターが出るらしいのだが……全然いないな。
もしかしてステルクさんの特訓で狩りつくされたとか。そんなわけないか……?
初夏の日差しが水面に反射して眩しい。
最初は用心しながら歩いていたのだが、結局モンスターの気配すらなく、ただのピクニック気分になってしまった。
「水、まだちょっと冷たいぜぃ」
「でも、足をつけるくらいなら丁度いいよ」
浅瀬で軽く水遊びをしながら湖底を覗くと、岩陰に目的のカタ巻き貝がびっしりと群生していた。
手づかみでザクザクと拾い上げ、持ってきた麻袋を満杯にする。あっけないほど大漁だった。
夕方、ホクホク顔で工房へ戻る。
+
「よしペペチ、今日の晩飯はこれにしようよ」
「へっ、良いじゃねえか。ならオイラは酒でも飲むとするか」
アタノールの残り火を用途なしの壺へ入れる。
そこへ網を敷き、泥抜きしたカタ巻き貝を並べた。
醤油はないので、イクセルから分けてもらった魚醤と酒を少し垂らすと、ジュウッと香ばしい磯の匂いが工房いっぱいに広がった。
焼き上がった身を串で引っ張り出し、口へ放り込む。
コリコリとした歯ごたえと、濃厚な旨味がたまらない。
「おお! うまいな、これ」
「くぅぅ、酒が進むぜぃ」
ふたりで夢中になって平らげ、机の上には綺麗に空になった貝殻の山が残った。
満足感に浸りながらお茶を飲んでいたとき、ふと、ある疑問が頭をよぎった。ペペチも同じだったのか、一瞬で冷静な表情に戻った。
「…………」
「…………」
俺とペペチの視線が、机の上の殻の山で交差した。
「……おい、店主殿」
「……ああ。たぶん同じこと考えてるよ」
「ロロナの嬢ちゃんに渡す素材ってよ……中身が入った、生きた貝じゃないとダメなんじゃねえのか?」
背中に冷や汗がツーと流れた。
そうだよな。なんで俺は貝殻だけで良いと思い込んでしまったのか。もしかしたら中身の方が重要だった可能性だってあるのに。
いや、もしかしなくても、ただの空っぽの殻なんて生ゴミ扱いされるんじゃないだろうか。
「だって、ほら。殻も工芸品に使うって言ってたし……」
「無駄骨になってもオイラのせいにするんじゃねえぞ」
「お前も食っただろ」
「今日の晩飯はこれにしようって言ったのはオメエだろ」
+
翌日。
俺はおそるおそる綺麗に洗った貝殻の山を抱え、ロロナちゃんのアトリエを訪ねた。
「あの、ロロナちゃん……神秘の力の素材なんだけど、中身を食べちゃって殻しかなくて……これじゃダメだった、かな?」
「え? ううん、全然大丈夫だよ! 錬金術で使うのは殻の魔力だから、中身はあってもなくても同じなの!」
「……よかったぁ」
俺と、カバンの中から顔を出していたペペチは、同時に胸を撫で下ろした。
魔法の釜の理屈はよく分からないが、無駄足にならなくて助かった。
数日後、約束通りロロナちゃんが『湧水の杯』を工房へ届けてくれた。
手のひらサイズの小さな銀の杯だ。机の上に置くと、底から澄んだ水が湧き水のように溢れ出し、トポトポと小さな水たまりを作っている。
「すげえ……本当に無限に水が湧いてるぞ!」
「へっ! これで毎日汗水垂らして井戸まで往復する重労働ともおさらばだぜぃ!」
「お前はやってないけどな、その重労働」
俺とペペチは手を取り合って喜んだ。
文明の利器ならぬ、錬金術の利器万歳である。
――だが、その感動は数時間で打ち砕かれた。
「…………全然足りない」
「…………ああ、足りねえな」
湧水の杯が1時間で生み出す水の量は、コップ数杯分。
ふたりで日常の飲み水にするには十分すぎる量だったが、工房で調合に使うには、大樽いっぱいの水が必要なのだ。このペースで樽を満水にしようと思ったら、丸二日は放置しなければならない。
「……店主殿」
「分かってるよ」
出来立ての冷たい湧き水を一杯あおって喉を潤すと、俺は工房の隅からいつもの木桶を両手に抱え上げた。
「行ってきます……」
「しっかり腰入れて汲んでこいよー」
初夏の日差しの中、俺は諦め半分で、いつも通りの足取りで井戸へと向かった。
世の中、そう簡単に楽はさせてもらえないらしい。