えっ?錬金術って釜かき混ぜるだけじゃないんですか? 作:どか0623
「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 職人通り・秋のパイ頂上決戦、いよいよ開幕だぜぃ!」
工房の特設台の上で、ペペチが声を張り上げる。
普段は静かなうちの工房の中に、どこから聞きつけてきたのか、街の住人や職人たちがぎっしりと詰めかけて熱気を放っていた。
審査員席に座るのは、鍛冶屋のハゲルさんをはじめとする、職人通りの舌の肥えた常連たち。
なぜかハゲルさんが審査員代表に祭り上げられていた。
中央のテーブルには、俺、イクセル、そしてロロナちゃんの焼いた3つのパイが並べられている。
「よし、審査を始めるぞ!」
ハゲルさんの合図とともに、静まり返った工房で実食が始まった。
まずハゲルさんがフォークを伸ばしたのは、俺の出品した【スイートパイ】だ。
小麦粉、ハチミツ、スイートエキス、中和剤(緑)で作った、手のひらサイズのシンプルなパイである。
「……ふむ」
口に運んだハゲルさんが、咀嚼しながら静かに目を細めた。
「なるほどな。生地の層が崩れず、非常にしっかりしている。中和剤でグルテンを調整したと言っていたが、そのおかげか焼き上がりから時間が経っても湿気を吸わず、サクサクした歯ごたえが全く死んでおらん。スイートエキスによる甘味も均一で、どこを切ってもムラがないな」
「派手さはないが、食べ飽きない味だな。冷めてもパサつかないし、仕事の合間につまむ菓子として極めて手堅く仕上がっている」
審査員たちの評価は、極めて堅実。
奇をてらわない、実用的な完成度を評価された。
っていうか、これってそんなに真面目な品評会なの?
続いて審査されたのは、イクセルが腕によりをかけた逸品――【焦がしバターと焼きリンゴのキャラメルパイ】。
皿が近づいただけで、焦がしバターのナッツのような香ばしさと、シナモンのスパイシーな香りが場を制圧する。
「ほぅ……これは美味そうだ」
ハゲルさんがフォークを入れると、ザクッという重厚な音が響いた。
「……美味い。リンゴの酸味を殺さず、強火で一気にキャラメリゼして心地よい苦味を効かせてある。バターの濃厚なコクを、果実の酸味が綺麗に受け止めて後味を重くさせない。パイ生地の折り込み回数、オーブンの温度管理、素材の相乗効果……どれをとってもプロの料理人の計算された技術だな」
「甘味、酸味、苦味の三位一体だ。サンライズ食堂の看板に偽りなしだな」
イクセルが腕組みをして満足そうに頷く。
職人の意地と計算が詰まった、文句なしの正統派だった。
そして最後。
ロロナちゃんが両手で差し出したのは、黄金色に輝く【ハニーパイ】だった。
「私の……ハニーパイです!」
テーブルに置かれた瞬間、審査員たちの視線が釘付けになった。
パイ生地の隙間という隙間から、まるで蜜蜂の巣そのもののように、黄金色のハチミツが惜しげもなく滴り落ちている。
「おいおい……これ、ほとんどハチミツじゃねえか」
ハゲルさんがおそるおそる一口大を口に放り込む。
次の瞬間、親方の目がカッと見開かれた。
「…………ッ!」
「ど、どうなんだ……おやじさん?」
イクセルがハゲルさんの反応に焦りをみせる。
息を呑む一同の前で、ハゲルさんはパイの断面を呆然と見つめた。
「……甘い。ひたすら甘い。というか、ハチミツの味しかせん!」
「えっ、じゃあダメなのか?」
「違う……! これほどの量のハチミツを使えば、普通は舌が麻痺して胸焼けを起こすはずだ。だが、このパイにはそれが一切ない。生地は極薄のクリスピーで、サクッとした食感のためだけに存在している。噛んだ瞬間、錬金釜の力によって角を徹底的に削ぎ落とされた極純度のハチミツが、濁流のように喉を滑り落ちていく……!」
ハゲルさんは熱に浮かされたようにため息をもらした。
「技術やバランスの話ではない。これは……理屈を超えた、純粋な『幸福感』そのものの暴力だ」
結果は、明白だった。
「満場一致で優勝――ロロナちゃんの『ハニーパイ』!!」
「わぁぁっ! やったぁぁぁ!」
工房の中に歓声が沸き起こり、ロロナちゃんが飛び上がって喜んだ。
2位は惜しくも敗れたイクセル。そして3位は、俺のスイートパイだった。
勝負が終わり、興奮冷めやらぬ観客たちが満足そうに工房からハケていく中、ハゲルさんが俺の肩をポンと叩いた。
「坊主、お前のパイも悪くなかったぜ。3位だったが、気を落とすなよ」
「ありがとうございます、ハゲルさん」
「誰がハゲだゴルァァァアアアアッ!!」
+
祭りの後の静けさが戻った工房で、ペペチが机の上に飛び乗り、ニヤニヤしながら俺を見上げてきた。
「で、店主殿。3位で残念だったかい?」
「……何言ってんだよ」
俺は冷めたお茶をすすりながら、ペペチに笑い返した。
「お前、俺が勝つなんて1ミリも思ってなかっただろ。昨日レシピ見直しているときもまったく口出ししてこなかったもんな」
「へっ、オメエにしてはよく気がついたな」
ペペチがゲラゲラと笑いながら、机の上に山積みにされた硬貨をパチパチと数え始める。
そう、この勝負――ペペチとっては、勝ち負けなど最初からどうでもよかったのだ。
そこへ、工房の戸がガラリと開いた。
入ってきたのは、笑顔を浮かべたイクセルだった。
「カール、約束のレシピ料だ。受け取ってくれ」
「えっ、いいのかイクセルくん? 俺のパイ、3位だったけど」
「当たり前だろ。ロロナのハニーパイは確かに凄かったが、あれはあいつの錬金釜にしか作れねえ規格外の代物だ。食堂の厨房で毎日仕込んで、冷めても美味くて、日持ちするデザートとなれば……お前の『スイートパイ』のほうが現場に向いてるんだよ」
イクセルはそう言って、ズシリと重い革袋を机に置いた。当初の約束通り、レシピの正式な買取料だ。
「ありがとな、カール。今日の勝負、すげえ楽しかったぜ!」
「こちらこそ、お買い上げありがとう」
手を振って去っていくイクセルを見送り、工房には再び静寂が戻った。
机の上を見下ろす。
手元に残ったのは、大量に積まれた硬貨の山。
「……なあペペチ」
「あァ?」
「お前、本当に抜け目ないな」
俺は呆れ半分、そしてもう半分は心の底から感心していた。
広くて客入りもよく、街の誰もが知っているサンライズ食堂ではなく、わざわざこんな狭いうちの工房を対決の会場に選んだのは、ひとえに宣伝のためだ。
日々の小売りで生計こそ立ち始めてはいるものの、このアーランドにおけるうちの工房の認知度は、まだまだ無名に等しい。
商売を長く続けるなら、まずは「ここに店がある」と知ってもらうことこそが何よりも優先すべき課題だった。
それに、ただパイ対決をやると言ったところで人は集まらない。
人気食堂の看板料理人であるイクセルと、錬金術で注目を集めるロロナちゃん。
この二人の確固たるネームバリューを借りたからこそ、今日のような人だかりを作ることができたのだ。
さらに一人10コールの入場料で手堅く利益を出しつつ、お祭り特有の高揚感で客の財布の紐を緩めさせる。
待ち時間に手持ち無沙汰になった客が次々と手を伸ばし、結果として棚に並んでいた商品はほぼ完売した。
突発的に始まった対決のどさくさに紛れて、これだけの導線を瞬時に組み立て、利益と宣伝を総取りしてみせたのだ。
がめつくて強欲なのは確かだが、商売人としての手腕は間違いなく本物だった。
「へっ、オイラを誰だと思ってんだ。敏腕経営アドバイザーのペペチ様だぜぃ」
「はいはい。……でもさ、そこまで徹底して金を稼ぎたいもんかね」
「当たり前だろ。オイラの夢は大豪邸だからな。稼げるチャンスをみすみす逃す奴がどこにいる」
胸を張ってふんすと鼻を鳴らすペペチを見て、俺は思わず吹き出してしまった。
まったく、呆れるほどの執着心だ。
だけど――あいつがそこまで本気で、がむしゃらに夢を追っているのなら、店主として付き合ってやるのも悪くない。
しょうがない相棒だな、と内心で苦笑しつつも、俺はこの小さな商売の鬼軍曹の腕前を、素直に誇らしく思っていた。
「へっ、今日は良い仕事したな。店主殿」
「ああ。大繁盛だったな」
秋風が吹き抜ける工房の中、俺たちの前には、これ以上なく景気のいい硬貨の音が響き渡っていた。