えっ?錬金術って釜かき混ぜるだけじゃないんですか? 作:どか0623
新商品『フィルフル』を店先の特等席に並べてから、およそ一週間が過ぎた。
パイ対決のおかげで工房の知名度は上がっており、通りがかりに店を覗いていく客の数は明らかに増えている。
店頭に置いた青のアロマやお守り中和剤は、それなりに順調な売れ行きを見せていた。
だが――。
「……売れねえ」
机の上で腕組みをしたペペチが、苦々しい顔で棚の一角を睨みつけていた。
視線の先には、誇らしげに手書き看板を掲げたまま、ほとんど減っていないエメラルドグリーンの小瓶たち。
一週間で売れたのは、物珍しさで買っていった常連の呑兵衛オヤジが一本だけだった。
「なんでだ……? 味も悪くねえし、疲労回復と身体を温める効果は本物だ。客足だって悪くねえ。なのに、なんで誰も手に取らねえんだぜぃ」
「うーん……まだ本格的な冬前だからかな。そこまで寒くないとか?」
「馬鹿言うな。朝晩は息が白くなる日もあるくらい冷え込んできてるぞ。何か別の理由があるはずだ」
ペペチは帳簿をパタンと閉じると、身軽に机から飛び降りた。
「おい店主殿、ちょっと街の様子を見に行くぞ」
「え、市場調査?」
「当たり前だ。客が金をどこに落としてるか確かめねえことには、対策の打ちようがねえだろ!」
というわけで、俺たちは工房の戸締まりをして職人通りへと繰り出した。
広場へ向かって石畳を歩いていると、中央通りの一角に、妙な人だかりができているのが目に入った。
看板には『ロウとティファの雑貨屋』の文字。街で一番の品揃えを誇る老舗の雑貨屋だ。
「……おい、あそこだけやけに客が集まってねえか?」
「ティファナさんの店だね。行ってみようか」
人混みの隙間から店先を覗き込むと、カウンターの奥で、店主のティファナさんがおっとりとした笑顔でお客と接していた。
そのカウンターの上には、麻袋に詰められた茶葉の束が、山のように積まれている。
「はい、毎度ありがとうございます〜。これからの季節、朝晩は冷え込みますからね。お茶を飲んで体を芯から温めて、風邪の予防にしてくださいね〜」
「助かるよティファナさん。この大容量パック、普通に買うよりずっと安いもんね」
「冬の間はずっと飲みますから、まとめ買いがお得ですよ〜」
主婦や職人たちが、嬉しそうに銀貨を払い、大きな茶葉の包みを抱えて帰っていく。飛ぶように売れているとは、まさにこのことだった。
「お茶の……冬支度お得パック、か」
俺が感心して呟いた瞬間、隣でペペチが硬直しているのに気がついた。
見上げると、妖精の相棒は目を見開き、わなわなと唇を震わせていた。
「……やられたぜぃ」
「ペペチ?」
「ぐぬぬ……あの天然おっとり未亡人、商売のツボを完璧に押さえてやがる……! こんな商売を近くでされちまったらオイラたちの店に客が来ないのも頷けるぜぃ」
ペペチはギリギリと奥歯を噛み締めながら、早口で悔しさを吐き出した。
「いいか店主殿! オイラたちの『フィルフル』は、確かに身体を温めて疲れを取る特効薬だ。だがな、あれは客からすりゃ『ひどく疲れたときに飲む特別な一本』……つまり単発の贅沢品なんだよ!」
「あ……」
「対してあのお茶はどうだ? 毎日朝晩に家族全員で飲む『生活必需品』だ! それに『体を温める』『病気の予防』という冬の健康需要を乗っけて、極めつけに『お得パック』というまとめ売りで客の財布の紐を緩めさせてやがる……!」
ペペチの鋭い分析を聞いて、俺も深く納得してしまった。
たまにしか飲まない高価な栄養ドリンクと、毎日誰もが飲む大容量のお茶。
寒くなり始めたこの時期、庶民が真っ先に手を伸ばすのは、どう考えても後者だ。
「毎日飲む習慣品を、お得感を出してまとめ売りする……か。さすがティファナさん、商売の年季が違うな」
「クソッ……! オイラ達がパイ対決で浮かれてる間に、あんな王道の手を打ってくるとは……!」
地団駄を踏んで悔しがるペペチ。
だが、瞳の奥でギラリと凶悪な光が灯った。
「おい店主殿、工房へ戻るぞ!」
「え? もういいのか?」
「やられたらやり返す! パクれるところは徹底的にパクって進化させるのが、真の商売人ってもんだぜぃ!」
工房へ戻るなり、ペペチは参考書の山をガサゴソと漁り始めた。
「ティファナがお茶なら、こっちもお茶だ! だが、普通の茶葉を並べたって仕入れ値で負ける。うちは錬金術の工房だ……ティファナの店じゃ絶対に手に入らねえ『極上の茶葉』と『最高級のお茶飲料』を作って、あの売れ残りのフィルフルと一緒に【年末福袋】としてぶち込んでやるぜぃ!」
「福袋……!?」
「そうだ! 中身が分かっててお得なら、年の瀬の客は間違いなく食いつく! おい店主、参考書からお茶のレシピを探し出せ!」
ペペチの勢いに気圧されながら、俺は書棚から『ドルニエの理論』と『イングリド練習帳』を引っ張り出してページをめくった。
すると、まさにうってつけの処方が並んでいた。
「あった……まずは茶葉の加工からだな」
【調合アイテム名】アザミ茶葉 / ミスティカの葉
アザミやミスティカの生葉を特殊乾燥させた茶葉。ぷにぷに玉の吸水成分で余分な水分を一気に抜き、中和剤で青臭さを抑えて有効成分を凝集させる。日干しより遥かに香り高く、日常の需要も高い。
■用意する材料
・アザミ(またはミスティカ):適量
・ぷにぷに玉:1個(乾燥剤・水分吸着)
・中和剤(緑):適量(えぐみの除去と成分固定)
■使用器具
・すり鉢、トレイ
・乾燥用メッシュ
「乾燥茶葉を作るのに、なんでぷにぷに玉がいるんだよ……」
「いいから手順通りにやれ!」
すり鉢でぷにぷに玉を潰してゲル状にし、緑の中和剤と混ぜ合わせる。
これをトレイに薄く敷き、その上に摘んできたアザミとミスティカの葉を並べる。すると、ぷにぷに玉のゲルが葉の水分だけを驚くべき速度で急速に吸い上げ始めた。
天日干しだと何日もかかる乾燥が、わずか半日で完了する。
出来上がったのは、葉の青みと香気成分が極限まで閉じ込められた、鮮やかな乾燥茶葉だった。
「よし、茶葉はできた。……で、ここからが本番だ」
参考書の次のページを見て、俺は思わず眉をひそめた。
「【ミスティカティ】に……【ロイヤルクラウン】?」
【調合アイテム名】ミスティカティ
ザールブルグで最高級茶と名高い、お茶の中のお茶。材料は普通のミスティカだが、特殊な精製により薬効も味も極上。
【調合アイテム名】ロイヤルクラウン
ザールブルグ王室御用達の健康飲料。王室が選んだだけあって味も抜群でミルクもたっぷり。でも、材料はアザミ。
■用意する材料(各飲料)
・ミスティカの葉(またはアザミ茶葉):適量
・ガッシュの木炭:1片(雑味の吸着・脱色)
・ろ過水:適量(純度の高い抽出液)
・中和剤(青):適量(成分の調停・冷却安定)
・牛乳:適量(ロイヤルクラウン用)
■使用器具
・ビーカー、アルコールランプ
・精密ガラスろ過器
「……ザールブルグ王室御用達ってなってるけど、アーランドの人たちはこの国のこととか知らないと思うよ」
「へっ! オイラもそんな国知らねえぜぃ。でもな、客が知らなきゃどこだっていいんだよ!」
ペペチは机の上で仁王立ちになり、悪魔のような笑みを浮かべた。
「『遠い海の向こうの大国で、王室貴族だけが飲むことを許された幻の健康茶』……どうだ、これ以上ない極上の謳い文句だぜぃ!」
「ハッタリで売る気満々じゃねえか……」
呆れつつも、俺は火を入れた。
ビーカーにろ過水を沸かし、乾燥させた茶葉と、不純物を吸着するための『ガッシュの木炭』を放り込む。
木炭の多孔質が茶葉の渋みやえぐみだけを吸い取り、青の中和剤が澄んだ香りと有効成分だけを水へと引き出していく。
ロイヤルクラウンには、仕上げに新鮮なミルクをたっぷり注ぎ、弱火でじっくり煮出す。
最後に精密ガラスろ過器へ通すと、木炭の粉末は一粒残らず遮断され、受器の中には信じられないほど澄み切った液体が落ちてきた。
ミスティカティは透き通るような美しい青緑色。
ロイヤルクラウンは、濃厚なクリーム色に輝いている。
「……できたぞ」
それぞれの小瓶から、スプーンで一口ずつ味見してみる。
「……っ!」
ミスティカティは、鼻に抜けるハーブの香りが驚くほど気品高く、一口飲んだだけで頭のモヤがすっきりと晴れ渡る。
そしてロイヤルクラウンは、アザミ独特の大地の滋味がミルクのコクと完璧に調和して、まるで極上のロイヤルミルクティーのように濃厚で優しい。
「……なんというか、上品だ。ハッタリだとしても、本当に王室レベルの味って言われたら信じちゃうぞ」
「へぇ! 身体の芯までポカポカ温まってきやがったぜぃ!」
ペペチは満足そうに喉を鳴らし、机の上に並んだ小瓶と茶葉の包みを指差した。
「決まりだ! 極上の『ミスティカティ』と『ロイヤルクラウン』、手軽に淹れられる『茶葉セット』、そして疲労回復の特効薬『フィルフル』! これらを全部詰め込んで、年末に【歳末大感謝・王室御用達福袋】として売り出すぜぃ!」
「ティファナさんのお茶に対抗して、王室御用達の福袋か……確かにこれなら、年の瀬の買い出し客に刺さるかもな」
「刺さるどころの騒ぎじゃねえ、根こそぎ巻き上げてやるぜぃ!」
鼻息を荒くするペペチを見ながら、俺は苦笑しつつも、手応えを感じていた。
ティファナさんのお茶に完敗した悔しさを、そのまま新しい商品の原動力に変えてしまう相棒のたくましさ。
秋の冷え込みが深まる工房で、俺たちの年末に向けた仕込みが、静かに熱を帯び始めていた。