えっ?錬金術って釜かき混ぜるだけじゃないんですか? 作:どか0623
年末の福袋に向けた茶葉の乾燥や器具の整備を工房の片隅で進めつつ、職人通りの街路樹がすっかり黄金色に染まった頃。
城からロロナちゃんへ、秋の王国課題が出された。
『王国の防衛力強化のため、【大砲】または【樽】を調合して納品すること』
その難題を前に、ロロナちゃんが頭を抱えて唸っていた。
「大砲……? 釜で大砲なんて、どうやってかき混ぜればいいの……?」
そりゃそうだろう。金属の巨大な筒を錬金釜で煮込むなんて、物理的にも視覚的にも無理がある。
ロロナちゃんならまた何か突拍子もない方法で解決するのかもしれないが、さすがに今回はハードルが高そうだ。
「……大砲、ねえ」
買い出しを終えて工房へ戻った俺は、作業台に荷物を置く。
ペペチはというと、相変わらず机でそろばんをパチパチと弾いていた。その姿を見て、ふと思い立って声をかけてみる。
「なぁペペチ。お前、将来は大豪邸を建てるって言ってたけどさ……一体いくら貯めるつもりなんだ?」
「あァ?」
ペペチはパチンとそろばんの珠を払うと、胸を張って鼻を鳴らした。
「そりゃ多けりゃ多いほどいいが、当面の目標は【100万コール】だぜぃ」
「ひゃ、100万コール!?」
思わず声が裏返った。
このアーランドの物価は、前世の日本円に換算すると大体1コールが150円前後といったところだ。100万コールといえば、日本円にして約1億5000万円。
「一般的な家庭の生涯収入が100万コールに届かないくらいだって言われてるからな。妖精一匹でそれだけ稼ぎ出せば、文句なしに一人前ってことだぜぃ」
「生涯収入……すげえな、お前の野望」
「何がすげえだ、オメエこそ自分の足元が見えてんのかい」
ペペチは呆れたように手元の帳簿をトントンと叩いた。
「パイのレシピ料やらアロマの売上で今年はかなり伸ばした。だが、オイラの役員報酬3割をきっちり引いた後、店主殿の手元に残る今年の着地見込みは……【1万1000コール】程度だぜぃ」
「1万1000コール……! 去年の俺の手取りが約6200コールだったから、倍近く伸びてるじゃないか」
「世間一般の職人や商人の平均世帯年収は【4万コール】だぞ」
「…………」
計算してみる。
年収4万コールは約600万円。世間的には至っては中堅サラリーマンの年収だ。
対して、我が工房の店主の手取り1万1000コールは……日本円で約165万円。
「……うわっ、俺の年収、低すぎ……」
「だから言ったろ! オメエは去年の極貧時代からちょっと浮上しただけで、世間的にはまだまだド底辺のワーキングプアなんだよ!」
ペペチの容赦ない正論がグサグサと突き刺さる。
元日本のサラリーマンとして、この数字は精神的にくるものがある。胃が痛い。
「……ま、だがよ」
打ちひしがれる俺を見上げ、ペペチはニヤリと不敵に口元を吊り上げた。
「前年度比で見たら、悪くねえ上昇率だ。ほぼ1・8倍の成長曲線を描いてる。数字だけ見りゃ立派な急成長ベンチャーだぜぃ」
「お、おう……?」
「喜ぶのはまだ早いぜ。来年も同じペースで伸ばすぞ。その次の年も、その次の年も、その次の年も、同じだけ前年度比で売り上げを倍々で伸ばしていくからな! オイラがケツひっぱたいて働かせてやるから覚悟しな!」
「……え、前年比の伸び率を毎年維持……? ブラック企業でも聞いたことない無茶振りノルマなんだけど……」
想像しただけで胃壁がキリキリと音を立てる。
だがペペチは気にする風もなく、そろばんをパチンと弾いた。
「そんなド底辺の店主殿がよ、ロロナの嬢ちゃんにタダで知恵や素材を恵んでる場合かってんだ。あの子にうつつを抜かしてる暇があったら、1コールでも多く自分の懐に入れる算段をしやがれ!」
「うつつを抜かしてるわけじゃないって……。でも、確かにペペチの言う通りだな。店を維持するためにも、ちゃんと稼がなきゃダメだ」
とはいえ、それはそれとしてロロナちゃんの手伝いはしたい。
前途多難だな、と思いつつ俺は書棚に向かった。
仕送り本の中から引っ張り出したのは、分厚い革張りの参考書――『製鉄の歴史』。
「あった……これだ。【燃えるリボン】」
1年目の春、ロロナちゃんのアトリエで初めて作ったあのアイテムだ。
あの時は知識も技術も足りず、蜂の巣のロウを塗り、星の砂をまぶして無理やり固めた苦し紛れの「即席リボン」だった。
だが、この参考書に書かれている本来の調合方法は、よく読んでみればまったく違った。
「本来の燃えるリボンは……純粋な鉱物調合だ」
【調合アイテム名】燃えるリボン
『製鉄の歴史』に記された、古代の導火帯。
燃える砂と星の砂を極限まですり合わせ、鉱物の展性と摩擦熱を利用して帯状に結晶化させたもの。不純物が一切含まれないため、火をつければ煙を出さずに超高温で燃焼し、大砲の強力な火薬や点火薬として最適な素材となる。
■用意する材料
・燃える砂:適量(カノーネ岩を粉砕・精製した可燃鉱物)
・星の砂:適量(火花を散らす微細な結晶砂)
■使用器具
・深底の磁器乳鉢、乳棒
・ヘラ
「よし、取り掛かるか」
乳鉢に、あらかじめストックしてあった燃える砂と、星の砂を投入する。
乳棒を両手でしっかりと握り、体重をかけてゴリゴリと磨り潰していく。
最初はただの砂利のような擦れ音が響くだけだ。だが、休まずに何時間もすり潰し続けると、鉱物同士の激しい摩擦によって乳鉢の底がじんわりと熱を帯びてくる。
「……混ざってきたぞ」
カノーネ岩の可燃性鉱物と、星の砂に含まれるガラス質の結晶が、摩擦熱によって分子レベルで融合を始める。
以前作った時はここの部分の意味がまったく分からなかった。
根気よく混ぜていくと、次第にパチパチと小さな静電気のような火花が散る。
そして、粉末だった砂が次第にねっとりとした粘土のようなペーストへと変質していった。
腕の筋肉が悲鳴を上げるが、手を止めて冷ましてしまえば台無しになってしまう。
乳棒の先で圧力をかけ、ペーストを薄く、均一に引き伸ばしていく。
まるで金属箔を叩き伸ばすように、ヘラを使ってリボン状の薄い帯へと成形していく。
休憩や仮眠を挟みつつ、作業開始からほぼ一日が経った。
乳鉢の底から剥がし取ったのは、布でもロウでもない、赤く鈍い光沢を放つしなやかな鉱物のリボンだった。
「……できた。これが、本来の『燃えるリボン』だ」
指で曲げても折れず、しなやかな弾力がある。
蝋で誤魔化していた1年前の自分とは違う。古式錬金術なんて大それたものではないが、少なくとも俺の腕前は、確実に成長しているのを感じた。
「へぇ……砂だけで本当にリボンにしちまいやがった。腕だけは上がってんな、店主殿」
「だろ。これなら大砲の火薬の純度を一気に上げられるはずだ。……よし、売り込みに行ってくる」
「おう。オメエの年収アップのためだ、きっちり巻き上げてこいよ!」
ロロナちゃんのアトリエを訪ねると、案の定、作業机の前で頭を抱えるロロナちゃんがいた。
「うぅ……大砲に詰める強い火薬がどうしても安定しなくて……」
「ロロナちゃん、これを使ってくれないか」
机の上に、完成した燃えるリボンを数本並べてみせる。
ロロナちゃんはおずおずと手に取り、光に透かして目を丸くした。
「これ……燃えるリボン? でも、前と全然違うよ!? すごく薄くてしなやか……純度が前の何倍も高いよ!」
「参考書を読み直して、本来のやり方で作ったんだ。純度100%の鉱物だから、刻んで釜に入れれば火薬の爆発力を何倍にも跳ね上げられると思うよ」
「すごいよカッシュくん! これなら強い大砲が作れるかも!」
「気に入ってくれたならよかった。……で、相談なんだけど」
俺は少し背筋を伸ばし、店の主として告げた。
「これ、うちの工房の正規の商品だからさ。1本50コール、6本で300コールで買い取ってください!」
本当は倍の600コールはするのだが……やはりペペチのようにはなれない自分がいる。
ロロナちゃんは一瞬きょとんとして、すぐに満面の笑みで財布を取り出した。
「当たり前だよ! こんなに凄い素材なんだもん、安いくらいだよ! はい、300コール!」
「ありがとう、まいどあり。大砲、完成するといいね」
受け取った硬貨の重みを感じながら、俺はアトリエを後にした。
職人通りを歩きながら、ポケットの硬貨を指でなぞる。
1年目はただ無我夢中で、助けたい一心でロウを塗っていた。今にして思えば無茶苦茶な出来だったと思う。
だけど今は、技術を磨いて確かな品質の道具を作り、相手に感謝されながら報酬をもらうことだってできる。
「年収4万コールへの道は……まだまだ遠いけどな」
ペペチの言う前年比の倍々成長なんて、考えただけで恐ろしい。だけど、こうやって一歩ずつ腕を上げ、利益を積み重ねていくのは悪くないと思う。
秋の乾いた風の中、俺は少しだけ誇らしい気持ちで工房へと足を向けた。
「さて、戻ったらあの守銭奴妖精になんて売上報告するかなぁ」