えっ?錬金術って釜かき混ぜるだけじゃないんですか? 作:どか0623
ロスを抱えた同志の方も、そうでない方も、どうぞごゆっくりお楽しんでいただけたら幸いです。
「ふむ、お前のその、奇妙な道具というか奇妙な錬金術のことだがな――」
お茶を啜り終えたアストリッドが、膝を折って絶望している俺を見下ろしながら、思い出したように口を開いた。
「非常に面白い。――汎用性と、誰にでもできるという点においては優れている。まあ、私たちが使う『魔法』を起源とする錬金釜の錬金術とは、やはり完成するものが違うがな。だが、その泥臭いながらも作り上げたものは、本来の意味での錬金術と呼んでなんら問題ない」
「……え?」
顔を上げると、アストリッドはつまらなそうに視線を逸らした。
「私としては、お前が勝手に(ロロナを)手助けしてくれるなら儲けものだ。地獄とやらを本気で回避したいのなら、せいぜい全力で励むことだな」
魔法の釜には敵わない。だけど、俺のやっている「道具の調合」は、アストリッドから見ても『誰にでも再現できる、錬金術』として成立している。
天才からの、まさかの評価。そして、利用してやると言わんばかりの不敵な笑み。
――それで、十分だった。
折れかけた心が、一瞬でガシッと元の形に組み上がる。
「……よっしゃあ! やってやる、やってやるぞ!俺の錬金術で、店を大繁盛させて地獄の門をブチ閉めてやる!」
立ち上がり、拳を握りしめる。
そんな俺を、アストリッドは「やはり頭がおかしいな」と言いたげな、冷ややかな目で見つめていた。話の見えないロロナちゃんだけが、「カッシュくん、がんばってー!」と、まぶしい笑顔で手を振ってくれた。
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アトリエを飛び出した俺は、そのままの勢いでアーランドの街へと繰り出した。
本気で店を切り盛りするなら、まずは形からだ。
今の俺の店には、本格的なアイテムを作るための『ガチな機材』が圧倒的に足りていない。
俺は、これまで両親から仕送りされていた開店資金の貯め込みと、なけなしの全財産を財布に詰め込み、まずは男たちの聖地――ハゲルの鍛冶屋へと突撃した。
金属加工やガラス精製に欠かせない小型溶鉱炉『アタノール』と、熱い金属を掴むための『やっとこ』、そして空気を送り込む『ふいご』を見せて貰う。
少々値が張るがこれらは絶対に必要になるものだ。買わない選択肢はない。
お財布事情に若干しょんぼりとしながらも、俺が選んだ機材を見たハゲルさん。するとハゲルさんはスキンヘッドを夕日に輝かせながら大興奮で俺の肩を叩いた。
「おうおう、随分と物騒で熱い趣味をしてるじゃねえか! だが……くぅぅ! 男のロマンじゃねえか! 気に入った、大まけにまけてやるぜ!」
そう言って、本当に破格の値段で譲ってくれた。職人魂、マジでありがたい。
オヤジさん。輝いてるぜ!
続いて向かうは、ロロナちゃんの行きつけでもあるティファナさんが営む、ロウとホラ貝の店(雑貨屋)だ。
こちらでも、並んでいる売り物の中から、細かい作業のための『トンカチ』『細工道具』『精密天秤』『加工用ナイフ』『観察用ルーペ』といった実験・加工器具を、棚から引っこ抜くようにしてカゴへ放り込んでいく。
よし、これで必要なものは揃った。そう思って会計をしようとカウンターへ向かった時、ティファナさんが「あら」と上品に微笑んだ。
「カールくん、熱心にお道具を選んで偉いわねぇ。ところで、うちの棚の隅に、大昔の珍しい遺物のお袖飾りがあるの。ほら、そこの緑色の宝石がついたものなんだけど……これ、なんだかカールくんにとっても似合いそうだわ」
「え? あ、そうですか……?」
手渡されたのは、埃を被った古めかしいブレスレットだった。
正直、男の俺がつけるにはちょっと可愛すぎるデザインだし、用途もよく分からない。
「ええ、とっても素敵よ。カールくんが買ってくれるなら特別に、もの凄くお安くしておくわよ?」
聖母のような優しすぎる微笑みと、断らせないプロの商人オーラ。
断るのが苦手な現代人たる俺は、その美貌と押しに完全に気圧され、「あ、じゃあ……それもください」と、ついつい財布を差し出してしまったのだった。
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夜。
職人通りの外れにある我が店に、ハゲルさんのところから持ち帰ったアタノールをはじめとする、本格的な実験器具一式がズラリと並んでいた。
薄暗いランプの光に照らされる、鈍く光る金属とガラスの輝き。
これだ。これだけ道具が揃えば、あの本に載っている謎のレシピの数々も、もっと本格的に作れるはずだ。
「フハハハ……素晴らしい。これだけ道具が揃えば、俺はなんでもできるぞ……!」
道具を一通り揃えると訪れる万能感って何なんでしょうね。
現実から目を背けつつも満足感に浸りながら、俺は使い切った財布をパチンと開けた。
中身を確認する。
――そこには、一ミリの慈悲もない虚無(2コール)が広がっていた。
「……うん。知ってた。ハゲルさんが男のロマン価格で値引きしてくれたのに、これだもんな。ティファナさんに乗せられて買った、この謎の腕輪のせいで、綺麗にすっからかんだ」
財布を静かに閉じる。
手元に残ったのは、ズラリと並んだ頑丈な実験機材+美貌に負けて買った腕輪。そして謎の万能感。その代償に失ったのは『食費』だった。
ぐぅぅぅぅ、と情けない音が、誰もいない店内に寂しく響き渡った。
普通びんぼう飯っていったらモヤシ炒めだろ?
甘い甘い、俺のしばらくのびんぼう飯は「塩」と「井戸水」だ。俺ってばストイックゥウーー。
机に突っ伏して叫ぶ。
異世界転生して一週間強。俺は、完全なる極貧生活へと突入した。
+
深夜。
空腹のあまり眠ることもできず、塩を舐めていた。
はあ、と深いため息をつき、ランプの芯を下げようとした、その時だった。
――ドンドンドンドンドンドンドンドン!!!
静まり返った夜の街に、鼓膜を突き破らんばかりの激しい爆音が響いた。
我が店の木製のドアが、内側にミシミシと歪んでいる。あからさまに、常軌を逸した力で叩かれていた。
「うぁぉいっ!?」
変な悲鳴が上がった。
え、何!? 借金取り(してない)!? 押し込み強盗!?
「ま、待て! 今開けるから、ドアの修理代は払えないからそれ以上叩かないでぇぇ!」
パニックになりながら鍵を開け、勢いよくドアを引く。
しかし、外の暗闇を見回しても、そこには誰もいなかった。借金取り(してないけど)も、強盗もいない。
「あれ……? 気のせい……?」
不気味に思い、ドアを閉めようとした瞬間。
足元から、ツンツンと服の裾を引っ張られる感覚があった。
「へい、少年。どこをみてるんだい!」
高めの、妙にハキハキとした声。
恐る恐る視線を真下に落とすと、そこには――
身長が俺の膝くらいまでしかなく、大きなとんがり帽子をかぶり、全身が緑色の服に包まれた、小さな小さな男の子が立っていた。
「オイラの名前はペペチ。妖精の腕輪の輝きに導かれて、手伝いにきてやったぜぃ!」
ふんす、と小さな胸を張るその姿に、俺は頭が真っ白になる。
……え、何この子。ものすごく可愛いんだけど、それより今、なんて言った? ようせいのうでわ?
俺はゆっくりと首をギギギと回し、机の上の、ティファナさんに乗せられて買ったあの古めかしい腕輪を見た。
「妖精さん来たぁぁぁ!!」