えっ?錬金術って釜かき混ぜるだけじゃないんですか? 作:どか0623
「妖精さん来たぁぁぁ!!」
深夜の静まり返った店内に、俺の歓喜の叫びが木霊した。
俺の元にもアトリエシリーズ定番の救済措置――労働力を肩代わりしてくれる神の使い、妖精さんが降臨したのだ!
これで明日から過酷な乳鉢ゴリゴリ地獄から解放される!
「へい、何をひとりで騒いでるんだい、少年」
とんがり帽子をかぶった緑色のチビ助――ペペチは、感動に打ち震える俺を尻目に、ずかずかと土足で店の中へと上がり込んできた。
そして俺の足首をペシッと軽く蹴飛ばす。地味に痛い。
「誰が妖精だ。オイラはペペチ。腕輪の呼び出しに応じて来てやった、敏腕アドバイザー様だぜぃ」
「あ、アドバイザー……? 妖精さんじゃないの? ほら、森の奥深くで暮らしてて、調合とか採取を手伝ってくれるあの……」
「夢見がちなこと言ってんじゃねえよ。オイラが手伝うのは『金儲け』だ。ま、まずはこのみすぼらしい店を見物させてもらうぜ」
ちっこい体のくせに、態度は大物貴族並みにデカい。
ペペチは腕を組みながら、作業台の上に所狭しと並べられた機材を、品定めするように眺め始めた。
そして、黒光りする小型溶鉱炉『アタノール』の前でピタリと足を止める。
「ほう……アタノールに、乳鉢、精密天秤に蒸留器か。少年、お前まさか……『古式の錬金術』をやってるのかい?」
「こしき……?」
「魔法の釜に頼らず、熱や試薬、物理的な加工だけで物質を変質させる、大昔の泥臭い錬金術のことさ。まさかこんな骨董品じみたやり方をする奴が、この時代にまだ残っていたとはな」
ペペチはニヤリと口の端を吊り上げ、棚に置かれていた赤い瓶と白い塊に目を留めた。
俺が一晩かけてすり潰した『燃える砂』と、蜂の巣から煮出した『ロウ』だ。
「……ふむ。道具は素人臭いな。この砂の粒度の不揃いさ、ロウの純度の低さ。どれをとってもダメダメだ。とはいえ古式の錬金術とは、やるじゃねえか」
「へへ、照れるなあ」
「褒めてねえよ、効率が悪すぎるって言ってんだ。――で? これだけ機材を買い揃えて、軍資金はいくら残ってるんだい?」
ペペチの鋭い視線に、俺は喉を鳴らした。
恐る恐る、ポッケからペラペラの革財布を取り出し、パカッと開いて見せる。
「……2コール」
「あ?」
「2コールです。ハゲルさんとティファナさんに全額吸い取られました」
「…………」
ペペチの目が、スーッと細く据わっていく。
その顔には、先ほどまでの生意気なガキの面影はなく、まるで獲物を見定めた獣のような、冷徹な気配が宿っていた。
「……おい少年。お前、見かけによらずド級の馬鹿だな? 開店資金全部溶かして、明日の飯代すらねえじゃねえか」
「うっ……ぐうの音もでない」
「チッ、最初から破産寸前かよ……だが、いいぜ。オイラが来たからには、この店をアーランド一の豪商に育て上げてやる。オイラへの報酬は出世払い、稼いだ利益からガッツリ歩合でいただくからな」
「お、おう……よろしく頼む……? で、いいのかな」
なんだろう。なんか勝手に話が進んでいく。
ゲームでいうとチュートリアルな感じだけど。ここは乗っておいた方がいいのかな……。
だがペペチはそんな俺の不安を気にも留めず、作業台の椅子の上に仁王立ちした。
「いいかい、少年。まずはこの店の『経営方針』を決める。いいか、よーく耳の穴かっぽじって聞きな」
「イエス・ボス」
「まず、生活雑貨を売るのは論外だ。職人通りにはティファナの店がある。あの美貌と品揃えに、お前のみすぼらしい店が勝てるわけがねえ」
「またもや、ぐうの音も出ない正論」
「次に武器と防具。これも無理だ。ハゲルの親父の鍛冶技術は大陸屈指だ。素人が逆立ちしたって敵わねえ」
「知ってた」
「じゃあ、錬金術のアイテムはどうだ? あのアトリエのロロナ嬢ちゃんだ」
「ロロナちゃんは……本物の錬金術士だからなぁ。俺の作った燃えるリボンはアストリッドさんが釜で一瞬で改良しちゃったよ。その弟子のロロナちゃんもやろうと思えばできるはず」
思い出すだけで心が折れそうになる。
すると、ペペチは悪党のようにフフンと鼻を鳴らした。
「そうだ。嬢ちゃんは天才アストリッドの弟子で、本物の魔法の釜を使える。性能で張り合っても勝ち目はねえ。だがな、あの嬢ちゃんは現在、王国の課題でてんてこ舞いだろ?」
「うん。3ヶ月ごとに無茶な納品をさせられてる」
「そこだ。お前はそのおこぼれを貰え。嬢ちゃんが作ったものの類似品――安い消耗品で稼ぐんだよ!」
ペペチの言葉に、俺は思わず眉をひそめた。
「ええ……? それって、ロロナちゃんのバッタもんを作って稼げってことか? なんか詐欺くさくて嫌なんだけど……」
「バ〜カ! 誰が詐欺だと言った!」
ペペチがピョンと飛び上がり、俺の額に強烈なデコピンをかましてきた。いってぇ!
「これは『需要の隙間産業』って言うんだよ! よく考えろ。ロロナ嬢ちゃんだって、素材採取や探索で使う消耗品を、いちいち自分で釜回して作ってたら時間がいくらあっても足りねえだろ? 課題のための高級品作りに集中したいはずだ」
「あー。……まぁ、そうかなぁ」
「嬢ちゃんには課題に専念させて、使い捨ての安い爆弾や道具は、お前が供給してやるんだよ。嬢ちゃんは時間を節約でき、お前は金が稼げる。お互いウィンウィン(Win-Win)じゃねえか!」
「ま、まあ……確かに、言われてみれば……?」
妙な説得力がある。
バッタもんと言われると聞こえが悪いが、「ジェネリック医薬品」みたいなものだと思えば、むしろ人助けなのでは……?
完全にペペチの舌先三寸に乗せられている気がするが、腹が減りすぎて正常な判断ができない。
なんか栄養不足のせいか頭痛もしてきたし。
「そうと決まれば、さっそく商品開発だ! 冒険者の必需品といえば、敵を吹き飛ばす『フラム』に決まってるだぜい!」
ペペチは作業台から『燃える砂』と『ロウ』をサッと手繰り寄せた。
「おい少年、アタノールに火を入れろ! ふいごを踏め!」
「えっ、今から!? もう深夜2時だよ!?」
「寝言は稼いでから言え! 塩舐めて飢え死にしたいのか!?」
鬼だ。ちっこい鬼軍曹がここにいる。
俺は慌ててアタノールの炉に炭を放り込み、火打ち石で着火した。ふいごをギッコンバッタンと踏み込むと、炉の奥からゴォォッと猛烈な熱風が吹き上がる。
「よし、鉄鍋にロウを投入! 融点を超えたら、その燃える砂を少しずつ混ぜ合わせろ! ダマにするなよ、均一に練り上げるんだ!」
「う、うわっ、熱い! ペペチ、これ煙が目に染みるんだけど!」
「我慢しろ! 火力が落ちてるぞ、ふいごを踏む足を止めるな! 男のロマンを形にするものと思え!」
ペペチの怒号が飛ぶ。
熱気で汗だくになりながら、俺は金属の棒でドロドロに溶けた赤いペーストを必死にかき混ぜた。
カノーネ岩の燃焼エネルギーを、ロウでコーティングして安定化させる。さらに導火線となる芯を仕込み、真鍮製の丸い型へと流し込んでいく。
「急冷用の水を用意しろ! 型から外すタイミングを間違えるなよ!」
「お、おうっ!」
ジューーーッ!!と激しい蒸気が立ち上る。
冷水の中で冷やされた真鍮の型を割り、中身を取り出すと――
そこには、手のひらサイズで、ずっしりと重みのある赤黒い球体が転がり出た。
表面はロウの光沢で滑らかに覆われ、頭からはピンと導火線が伸びている。
「……できた」
「へっ、30点ってとこだが。まぁ上出来ってことにしといてやる。『古式フラム』の完成だ」
ペペチが満足げに腕を組む。
窓の外を見ると、すでに空が青白く白み始めていた。完全な徹夜だ。
机に突っ伏した俺は、荒い息を吐きながら、黒光りするフラムをぼんやりと見つめた。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……。でもこれ、本当に買い手が見つかるのかなぁ……」
「心配すんな」
ペペチはニヤリと、悪魔のように凶悪な笑みを浮かべた。
「売るんじゃねえよ。『買わせる』んだよ。……さあ店主、ひと眠りしたら、最初のお得意様のところへ営業に行くぜぃ!」
その不敵な笑みを見ながら、俺はこの妖精(?)、なんか嫌だなと思うのだった。