えっ?錬金術って釜かき混ぜるだけじゃないんですか? 作:どか0623
「う、うーん……」
重い瞼をこじ開けると、窓の外はすっかり昼下がりの光に満ちていた。
作業台に突っ伏したまま寝てしまったらしい。全身がバキバキと悲鳴を上げている。
空腹で胃が痛む中、俺はふと、目の前の光景に息を呑んだ。
「……え?」
きれいに片付けられた作業台の上に、昨晩あれほど苦労して作ったはずの『古式フラム』が、整然と十個、ピラミッド状に積み上げられていたのだ。
すべて均等な球体で、導火線の長さまでミリ単位で揃っている。
その隣で、ペペチが満足そうに腕を組み、仁王立ちしていた。
「よお、お寝坊な店主。やっと起きたかい」
「ペ、ペペチ……これ、お前が全部作ったのか!?」
「当たり前だろ。妖精……アドバイザー様を舐めるなよ。一度作り方をインプットしたもんなら、材料がある限りオイラひとりでいくらでも量産できるぜぃ」
す、すげぇぇぇぇ!!
本家アトリエシリーズの妖精さんシステム、生きてた!
材料は両親が定期的に送ってくれるストックがあるし、採取の手間はいらない。つまり、俺が一度でも見本を作ることができれば、あとはペペチが自動で生産ラインを回してくれるってことだ!
「ペペチ、お前最高だよ! 一生ついてく!」
「調子のいいこと言ってんじゃねえよ。家賃と税金はタダじゃねえんだ。さっさとこれを金に換えて、飯を食いに行くぞ!」
ペペチはフラムを小さな木箱に手際よく詰め込むと、俺の肩の上にひょいと飛び乗った。
こうして俺たちは、最初のお得意様――ロロライナ・フリクセルのアトリエへと向かったのだった。
+
「うわぁぁん、どうしよう~! 全然足りないよ~っ!」
アトリエの扉を開けた瞬間、飛び込んできたのは頭を抱えて右往左往するロロナちゃんの姿だった。
部屋の隅には採取用のバスケットが転がり、メモ帳にはびっしりと素材の名前が書き殴られている。
「あ、あの……ロロナちゃん? こんにちは……」
「ふぇ? あ、カッシュくん! いらっしゃい……ごめんね、今ちょっとバタバタしてて!」
涙目で振り返るロロナちゃん。どうやら、城からの課題に必要な素材集めが難航しているらしい。「大丈夫? 何か手伝えることがあれば……」と声をかけようとした、その時だった。
「へいへい、ロロナのお嬢ちゃん。ひどくお困りのようだねえ」
俺の肩の上から、ペペチがするりと作業台の上へ飛び降りた。
ロロナちゃんは目をパチクリとさせて、ペペチを見つめる。
「わぁ……! ちっちゃくて可愛い! カッシュくんのお友達?」
「オイラはカッシュの店の敏腕営業部長、ペペチだぜぃ。お嬢ちゃん、これから近くの森へ素材集めに行くだろ?」
「えっ? う、うん。近くの森に生えてる木の実が必要なんだけど、奥の方には魔物が出るみたいで……でも、護衛を雇うお金もなくって……イクセくんやクーちゃんも忙しそうだし」
しめしめ、とペペチの口角が吊り上がった。
「あ、ロロナちゃん、なら俺が一緒に採取――」と助け舟を出そうとした。
だが、その瞬間。
――グシャッ。
「ぐえっ!?」
俺の鳩尾を、ペペチの全体重が乗ったボディブローがめり込んだ。涙が出るほど痛い。
ペペチは俺の呻き声を完全に無視し、持参した木箱をパカリと開けてロロナちゃんに見せた。
「お嬢ちゃん、よく聞きな。今のお前に一番足りないものは何だい? 素材か? 護衛か? 金か? 違うな。『時間』だ」
「じ、時間……?」
ペペチは箱の中から『古式フラム』をひとつ取り出し、手のひらの上で器用に転がしてみせた。
「課題の期日は刻一刻と迫ってる。これから釜に火を入れて、素材を混ぜて、爆弾を作ってから森へ行くかい? それとも色んな人へ声をかけて近くの森へ出かけるかい? そんなことをしてたら、あっという間に日が暮れちまうぜ」
「うっ……そ、それはそうだけど……」
「だが! ここに今すぐ使える、完成品のフラムがある! このフラムがあれば、危険な魔物も一発で消し炭! 採取にかかる時間は半分以下! 課題提出にも余裕で間に合って、師匠さんにも褒められる! ……違うかい?」
「あ……そっかあっ!」
ロロナちゃんの目が、みるみるうちに輝き始めた。
完全にペペチのペースだ。
「時は金なり。時間は買うもんなのさ。お嬢ちゃんが買うのは、ただの爆弾じゃねえ。『課題を確実にクリアできる未来』と『安心』だ! ……それがなんと、今ならたったの1個80コール! 3個まとめてなら220コールの超大特価だぜぃ!」
「えっ!? 本当ですか!? 買います! 2個……ううん、3個買わせてくださいっ!」
「毎度ありィ!」
「ちょ、ちょっと。ロロナちゃん!?」
思わず叫ぶ俺。
80コールって、材料費を考えたら比較的安い……しかしロロナちゃんはお金に困っているはず!
「ロロナちゃん! 俺、もっと安く譲るつもりで――」
「何を言ってるんだい店主。お嬢ちゃんは納得して、感謝して買ってくれたんだぜ? なぁ、お嬢ちゃん?」
「うんっ! すごく助かります! カッシュくん、本当にありがとう! これで森に行けるよ~!」
ロロナちゃんは満面の笑みで、チャリンチャリンと銀貨を机の上に並べた。
その純粋無垢な笑顔が、今の俺には眩しすぎて、そして罪悪感で胸がチクチクと痛む。
+
「……胃が痛い」
アトリエを出たあと、俺は職人通りのベンチに座り込み、両手で顔を覆っていた。
財布の中には、ロロナちゃんから受け取ったお金を足して202コールが入っている。所持金2コールだった極貧状態から、一瞬で大金持ち(当社比)になってしまった。
「ケッ、情けねえ顔してんじゃねえよ。飯が食えて良かったじゃねえか」
俺の隣で、ペペチはパン屋で買ってきた焼きたてのクロワッサンを美味そうに頬張っていた。もちろん、俺の奢り(20コール)だ。
「言ったろ? 売るんじゃねえ、『買わせる』んだよ。相手が本当に欲しがってる『価値』を見極めて、そこに値段をつける。商売の基本だぜぃ」
「詐欺師の基本の間違いだろ……。ロロナちゃん、あんなにいい子なのに……」
「いい子だからこそ、課題をクリアしてほしいんだろ? 結果的にお前の爆弾で命拾いして、素材も手に入れば、誰も損してねえじゃねえか」
「う……」
悔しいが、反論できない。
俺は深くため息をつきながら、自分の分のクロワッサンにかぶりついた。
サクッとした食感と、じゅわっと広がるバターの香り。久しぶりのまともな飯が、空っぽの胃袋に染み渡っていく。
「……美味い」
「だろ? 金があれば美味い飯が食える。美味い飯を食えば、またいいアイテムが作れる。次はもっと大がかりな仕掛けで、アーランド中の連中から巻き上げてやるぜぃ!」
クロワッサンを掲げて高笑いする緑色のチビ。
俺はこのある意味では頼もしすぎる相棒を横目に、倫理の門がブチ壊されたような気がしたのだった。