皆様のおかげでまさかの3位を獲得することができ大変驚いております。
ありがとうございました。見てくださった皆様に感謝を。
おまけとして本編に入れる予定でしたが諸事情でカットしたシーンを掲載します。
お楽しみいただければ幸いです。
「すみません、オーナー。こちらの小包どうしましょうか」
カジノのバーでボーイが作った――なお本人は作るのを超絶嫌がった――カシスオレンジを飲んでいるオーナーの元に一人のスタッフが小包を持って現れる。
彼は『そういう』裏の事情に長けているスタッフであるため小包の中身を知っている。
「ああ、嬢ちゃんが注文した例のあれか。そこ置いといてくれや」
「かしこまりました。私はこれで」
頭を下げてスタッフがバーから出ていく。
カウンター越しにボーイは小包をしかめっ面で見る。
「それ、例の毒薬ですよね?
飲んだ者に苦痛を与えることなく眠るように死へと誘うという毒薬としてはかなりのグレード。
オーナー、何に使う気ですか?」
問いかけたボーイの視線は小包を破って毒薬入りの小瓶を取り出したオーナーに向けられていた。
小瓶を確認したオーナーはボーイに向き直るとこう言った。
「儂が飲む」
「は?」
しかめっ面の口元がひきつる。今何を言ったこのボケ老人。
「儂が飲む。で、今夜死ぬつもりじゃ」
「何を言ってるんですか?記憶喪失どころか本気でボケたんですか。
あなたが死んだらこのカジノどうなると思っているので?」
「今更死んだところで何も変わらんよ。
年老いた老人にできることなんぞたかが知れておるし、実際カジノの運営にはもうほとんど口は出しておらんしのう。
いなくなったところで問題はないじゃろ」
「……不敗のブラックディーラーを引っ張ってきたことをお忘れですかあなたは」
「忘れた。だって儂、記憶喪失持ちじゃし」
畜生この老人め。
目元を覆って天を仰ぐと飄々とした笑い声が聞こえた。
マジで殴ってやりたいが相手がかつてとは違い完全に老人なので殴れない。
いくら憎い相手でもボーイにもそれくらいの常識はある。
「ま、儂も考え無しに死ぬつもりではない。
そもそもの話じゃが、嬢ちゃんを引っ張ってきたのはカジノ界の健全化も狙いの一つじゃったしなぁ」
「カジノ界の健全化?
……ああ、なるほど。彼女のような豪運持ちは存在するだけで金の流れを大きく変える。
それがあなたにとっては正直邪魔だったと?」
「そうさな。儂は正直この豪運の存在を嫌っておる。
記憶を奪うからではない、ギャンブルの公平性を著しく欠くからじゃ。
いくら運が優れている奴がいるとはいえ、運には浮き沈みがある。 ところが豪運持ちの運にはそんな物はない。常に高い運勢をキープしておる。そんな運はイカサマと同義じゃろう?」
「ふむ、言われてみれば確かにそうですね。それで彼女を引っ張ってきてどうするおつもりだったので?」
「カジノの世界から追放するつもりじゃった。あるいは殺す。
これまでも何度もそうしようとしたが、その前に豪運持ちがくたばるか行方不明になるからどうしようにもなかった」
ボーイは息をのんだ。そんな話聞いたことがなかった。
初めて聞く事実に驚いているボーイを尻目にオーナーは遠いところを見つめながら語る。
「嬢ちゃんが初めてこちらの手元に置けた豪運持ちである、と日記には記されていた。
が、本人が目的を成し遂げれば死ぬつもりだった。
故にこちらからは手出しをするつもりはなかったな。精々この毒薬の手配と後輩の捜索しかしておらんよ。
……もっとも、嬢ちゃんは坊主が買い取っちまった。殺しはせんよ」
「なるほど……それで一つ疑問があるのですが。
オーナーも豪運持ちですよね。何故今日まで死のうとしなかったんですか?
私としては母を苦しめた罪があるのでとっととくたばってほしかったのですが」
「お前本当に儂のこと嫌いなんじゃな……死ぬ前にその理由くらいは教えるとするか。
―――償い、じゃよ。
豪運持ちがカジノ界を引っ掻き回すのは好ましくないが、気づいた時にはすでに相当に引っ掻き回してしまった。
せめてもの罪滅ぼしとしてギャンブルで稼いだ金でこのカジノを開いた。
自身も金輪際ギャンブルをしないと決めた。
ギャンブラー達が競い合う舞台、カジノを提供することで豪運で勝ってきたギャンブラー、ディーラーたちへの償いとしたかったんじゃよ」
「なるほど。ちなみにカジノを作った理由の話は何度も聞いたんですがね。
何故カジノを開いたんですか?と聞けばいつも教えてくれました」
「おい貴様」
「いやあ、毎回苦い顔をして話してくれるオーナーが見ものでして」
畜生このボーイめ。
苛立ちを隠すように酒を飲むと、クスクスとボーイは笑っていた。
殴ってやりたいが相手が一応覚えていないとはいえ息子なので殴れない。
いくら憎い相手でもオーナーにもそれくらいの常識はある。
――奇しくも似たようなことを考えている親子であった――
「さて、雑談を終えて本題に入りましょうかオーナー。
なぜ今夜死ぬことにしたんですか?そこが不思議でして」
「簡単な話よ。坊主を見ていて『何故ギャンブルが好きなのか』を思い出したからじゃ」
にいっ、と笑いオーナーは嬉しそうに口を開く。
「ギャンブラーは自らの夢と願いを乗せ、確実に勝てるとは言えないギャンブルに立ち向かう。
ディーラーが勝つかギャンブラーが勝つか。それを左右するのは運のみ。
―――ギャンブルの本質とはそんなものよ。
じゃが、それ故にギャンブラーが勝った時の喜びは良きものじゃ。
当事者だけでなく、見ている者たちにとっても勝利の熱というのは心地よいものじゃ」
「あの坊主は最高の勝利の熱を儂に与えてくれた。
勝てる者がおらんと思っていた豪運相手にな。
それを目にすることができたこの一夜を―――
儂の人生の最後の夜としたいんじゃ。
年老いたこの命、もはや一年と持たんからな。死ぬ日くらい選ばせとくれや」
「……ご存じでしたか。
せめてもの父親への情けとしてその事実をお伝えしていなかったのですが」
「ひひっ、老人には色々と情報網があるものじゃよ」
そう笑うオーナーを見たボーイは大きくため息をつく。
つい先日の医者の診断で内臓に病気が見られた。
治療方法もなくはないが、それはあくまで病人が「老人」でない場合。
既に老人であるオーナーにとっては負担がかかりすぎるため実行してもその影響で死にかねないのだ。
故に治療しないことになり、その場合の余命はおよそ一年と申告されたばかりなのだ。
「はぁ、わかりました。お好きにくたばってくださいクソ親父。
せめて遺書くらいは遺してくださいよ?残されたスタッフが困惑します」
「もう準備済みじゃ。儂のテーブルの引き出しに入れておるぞ」
「抜け目ないですね、本当に」
「元ギャンブラーじゃからな」
ニヤニヤと笑うオーナーの姿にボーイはため息を吐く。何度目のため息だろう、と内心毒づく。
……どうせこれが最後のため息だ。なら。
「では、オーナー。死にゆくあなたに最後のネタバラシをするとしましょう」
「んん!?お前まだ何か隠してたのか!?」
「ルーレットのことではありませんよ。あなたのことで、です。
どうしてカシスオレンジばかりいつも飲むのか疑問におもったことはありませんか?」
「カシスオレンジばかり?記憶にはないがそうなのか?」
「ええ。いつもカシスオレンジをこのバーで飲んでいます。
カシスオレンジというのは定番のカクテルですが、どちらかといえば初心者向けです。
長年生きてきて酒を飲んでいるはずのあなたがなぜこれを今でも飲むのか。その理由のネタバラシです」
「好きだからに決まっておるじゃろう。酒を飲む理由なんてそんなものじゃ」
そう答えたオーナーに、先ほどのオーナーそっくりの笑みを浮かべてボーイは返す。
―――あなたが妻と出会ったきっかけがこのカシスオレンジなんですよ―――
「昔とあるバーのカシスオレンジが絶品と聞いたオーナーはそのバーを訪れた。
そこでバーテンダーをしていた彼女にオーナーは一目惚れ。
毎晩カシスオレンジを注文して彼女を口説いていたそうですよ。
また、ここのカシスオレンジはその味を忠実に再現しています。
故にこのカジノはカシスオレンジの味が絶品なんですよ。
再現した理由はあなたが彼女のカシスオレンジをいつでも飲みたかったからだそうです。母からはそう聞いています。
記憶を失ったあなたが今もカシスオレンジも毎日飲んでいるのは、それほどに彼女のことが好きだったからではないでしょうか?
私はそう推測しています。これがオーナーへの最後のネタバラシ。
そして―――」
ボーイは会話しながら準備していたものをオーナーの目の前に置く。
「これが私が母親から直々に教えてもらったレシピで制作したカシスオレンジです。
人生最後の一杯としてふさわしいのではないでしょうか―――なあ、親父?」
オレンジ色の液体が入ったグラスを手に取り、オーナーは一口飲む。
そしてニヤリと笑ってボーイ、否、『息子』に告げた。
―――覚えてはいないが、懐かしい味がするぜ。
最後の最後にありがとな、息子よ―――
毒薬を飲み、カシスオレンジを飲み干したオーナーは眠るようにカウンターにうつ伏せになっていた。
脈を取ったが、すでに止まっている―――彼は永遠の眠りについたのだ。
「おやすみ、親父」
ボーイはそう小さく呟くと内線を使って人を呼ぶ。
オーナーの遺体をバーから運び出す必要があるから。全く、死んでも迷惑をかける男だ。
通話を終えて呆れるような目でオーナーを見つめる。
その時信じられない光景を目にしたボーイは思わず目を擦る。
うつ伏せになっているオーナーの遺体しかなかった。
「……気のせい?いや、まさか」
先ほどボーイが目にしたのは、愛しそうに笑みを浮かべてオーナーの頭を撫でる一人の女性。
バーテンダー姿の彼女は間違いなくボーイの母親だった。
オーナーを迎えに来たのか?あんなに嫌っていたのに?
一瞬疑問に思ったが、ボーイはあることに気が付くと「ありえない話ではないな」と思い直した。
本当に嫌いなら、母はカシスオレンジのレシピと思い出話を聞かせてくれなかったはずだ。
結局のところ、オーナーは母のことを忘れてしまったが、母はオーナーのことを忘れられなかったのだ。
記憶喪失でないから?否。
母はそれでもオーナーのことが好きだったから。
でなければ話をするときの母の表情は悲しみに染まっていない。
「……やれやれ、私は気づくのが遅かったというべきか。
親父がくたばる前にこれを話しておくべきでしたね。向こうで母が話してくれることを祈りましょう」
いや、その前に忘れられたことでボッコボコにするかもしれないな。
その光景をイメージしてクスクス笑ったボーイは頬を叩いて表情を整える。
ちょうど呼び出したスタッフがバーを訪れた。
「夜分遅くに呼び出して申し訳ありません。明日、オーナーの葬式を開きます。
それに伴って迅速に対応する必要がありますのでご協力をお願いいたします。
このカジノの評判を落とすわけにはいきません。混乱は最小限に抑えましょう」
迅速にスタッフに指示を出し、てきぱきと動くボーイ。
その姿には乱れはない。いつも通り冷静な彼の姿だった―――
それから数日後。
「私は親父から託されました。
自分が何よりも大切にしてきたカジノを。
そして、カジノに生きている母のカシスオレンジも共に。
それらを守り抜いていくことが、これからのやることですね」
先代オーナーの遺言とスタッフの推薦で二代目オーナーとなった男はそう語った。
没理由
不敗のブラックディーラーの中心は後輩と先輩であり、ボーイとオーナーではない。
執筆終了後にこのシーンは明らかに異物となっており、削除した。
この文章はそのシーンを再執筆し、オーナーが不敗のブラックディーラーを引き抜いた理由も追加した。
余談だが、引き抜いた理由の説明シーンも没にしたシーンの一つ。
それに伴ってオーナーの妻の描写も一部が本編には不要のため削除。
削除前には
ボーイ自身が「カシスオレンジは名バーテンダーの母親直伝ですから」と自慢するシーン、
オーナーが「儂の妻はこのカジノのバーで働いておった」と説明するシーンがあった。
ただし、毒薬は本編にも関わるため消すわけにはいかずそのまま続投。
しかし行方は描写しなかった。正直書いても蛇足感があったのもある。