何れ死ぬであろう私が鬼滅の世界を生き抜いた話。 作:蔓桔梗
「わざわざありがとうございます…」
悲鳴嶼が改めて蝶屋敷に訪れた時にはもう彼女は泣いていなかった。
彼女たちとは昔、縁があった悲鳴嶋はどう言葉を紡げばいいのか分からなかった。
「姉は運が良い方でした。」
彼女もそうだったのか、少し間を置いてから言葉を紡いだ。
「柱という者は常に最前線に立ちます。一般隊士でさえ、大抵の遺体は鬼に喰われるのに姉は鬼に遺体を喰われずに済んでいますから」
今、彼女がどんな表情を浮かべているのか想像するだけで悲鳴嶼の滂沱の涙は止まらない。
花柱 胡蝶カナエ死亡の知らせは瞬く間に知れ渡った。
葬儀は速やかに行われたにも関わらず、知らせを聞いた多くの者が参列した。
皆、多かれ少なかれ蝶屋敷で世話になった者たちだ。
患者の機能回復訓練で賑やかな蝶屋敷だが、今日はとても静かだ。
喪主として弔問してきた者の対応がひと段落し、ようやく一人になれる時間ができた。
“私”が私になってから自身の望む未来にするため、最大限の努力を続けてきたつもりだった。
今にして思えば毒の件を筆頭に詰めが甘いところや楽観視していた部分が多々有った。
姉が悲しむからと手を出さなかったけど、さっさと手を出せば良かった。
毒に手を出したところで現場に居合わせなければ意味がないけど。
それでも、何かしら変えることは出来たと思いたい。思いたかった。
本当に自分の弱さにイラつく。
「何が『運命だって覆せる』だよ…出来てないじゃん…」
自嘲を零しているとヒソヒソ話し声が聞こえた。
「見た?あの子、花柱様が引き取った子」
「ええ、しのぶ様は泣いていたのにあの子、平然としすぎじゃない?」
嘲笑が聞こえたかと思ったが話の内容にヒクリと口がひきつる。
話されていたのは妹の悪口。
人様の葬儀にその身内の悪口を言うだなんていい度胸している。
感傷に浸る暇もない行いに一言申そうと一歩踏み出そうとする。
ザリッと砂を踏む音がした。
ハッとして振り返ると奥にやっていた妹がいた。
「……しのぶ、姉さん…」
いつもの穏やかそうな笑みはなく心なしか顔が白い。
……これは聞こえていたな。もしくは他の場所で囁かれていたか。
ひそひそ声って案外、耳に付くのだ。聞こうと思っていなくても聞こえる。
「カナヲ」
ふわり。
妹の手を優しく握る。
あーあ。こんなに冷たくなっちゃって。しかも軽く震えちゃっているし。
妹は体温が低くなっているから震えているのだと思っているのだろうか。それとも、薄情さに気付かされて震えているのだと思っているのだろうか。
「カナヲ、大丈夫よ」
さらさらと通る髪を撫で優しく抱きつく。
ああ、でもあの調子だと気づいていないかもしれない。
「カナヲが、カナエ姉さんの死を悲しく思っているのはちゃんと、解っているから」
背中に回した手でぽんぽんと軽く叩く。
「だから、気にしなくていいの。そう思ってくれるだけで十分よ」
何も言わない妹に勝手な妄想を押し付けているのかもしれない。本当は違うことを言いたかったのかもしれない。
それでも、妹が姉のことを悲しく思っていると感じた気がした。
そして、どうなるか容易に想像がついたのに何もフォローしていなかった自分に相当参っていたようだと今更気づいた。
姉失格だ。
もう、姉はいないのに。この子の姉は私だけになってしまったのに。
姉である私がしっかりしないと、妹が不安がってしまうのに。
「……しっかりしないとね」
「……?」
不思議そうに小首を傾げる妹になんでもないと言うと袖をちょこんと握った。
「……今日は一緒に寝ましょうか」
もうそんなことする年齢でもないのに無性に誰かと共に夜を過ごしたかった。
姉とお揃いの蝶の髪飾りが目に入る。
この髪飾りを貰った時、私はまだ何も知らなかった。
姉に憧れて早く大人になりたくて、背伸びした髪型にしたんだっけ…
でも、もう憧れて共に並びたいと思っていた人はいない。
…未練たらたらなのがとてもよくわかる。
いつまでも姉のことを引き摺るわけにはいかないのに。
視界に鋏が映る。
「――――――――――――」
そろりと手を伸ばす。
「あら、起きた?おはよう、カナヲ」
朝の支度を終えてカナヲを起こしに行ったら妹はもう起きていた。
「……かみ」
妹はこちらを不思議そうに見上げると珍しくポツリと一言漏らした。
「え?ああ、よく気づいたわね」
一瞬、何を指したのか分からなかったが私のシルエットに違和感を抱いたらしい。
「思いきって切っちゃった」
どう、似合う?と小首を傾げてみる。
開けた襖から入ってきたそよ風が髪を撫ぜる。
そよ風と共に首筋を撫でる髪がくすぐったくてしばらくは慣れないなあと思った。
後ろ髪をバッサリと切ってしまったしのなりさん。
公式では鎖骨まであると書かれていますが、しのなりさんはバッサリと切れるくらいの長さがあったということで…
夜会巻きはそこまで長さがなくてもできますが、結構長いんだろうなって思っちゃいますよね。