「私の本性を知って、それでも受け入れようと思ったの? ふふ、自分の将来を心配しなさいよ指揮官~」
突き放す……いや、遠慮がちな言葉。でも、彼女は受け取る事をすぐには拒否しなかった。
「で、これは受け取れって命令?」
「……君には命令しても意味ないだろ。一人の男としてのお願いさ。いや、ケジメだよ。一人の女に惚れこんだね」
彼女は指揮官を必要としない、スタンドアローンの人形だ。勿論居るに越したことはないだろうが、彼女にとっては邪魔に感じるだけだろう。
「ふ~ん。どうすると指揮官は嬉しいのかなぁ?」
「おいおい、意地悪しないでくれよ。ノーでもイエスでもどちらでも構わない、だからきちんと返事をくれ」
自分が選ぶ側なのが楽しいのか、いつも通り……しかし、表面上のそれではない笑顔を浮かべ、彼女は手渡した黒い小箱をわざとらしく僕に突き付ける。
「さーて、どうしよっかな。別に受け取る義理はないもんね」
「まあ、そうだな。僕の自己満足だからね」
そう。本来の人形であれば誓約すれば所有権は指揮官に移るが、彼女は誰の物でもない。彼女は独立した存在だから。
「受け取るの拒否した場合はどうなるの?」
「どうにもならんね。別にそれでどうこうと言う気はないし、距離も置こうって気もないし。気まずさは残るかも知れんけど……」
「んー、でも拒否すると他の子が指揮官に近づいてくる可能性があるって事だもんね。それも面白くない気はするかな」
「あ? いつも近づいてきてるだろ? 仕事で必要なんだし」
「そういう理由じゃないわよ。……まぁいいよ。私なんかで良ければ謹んで受け取るわ」
「私なんか、じゃない。君だから渡すんだよ」
「物好きね」
「世界中、探せば物好きなんてそこいらに居るよ。それに、普通の奴じゃ君は満足しないだろ」
「違いないわ。ふふ、長生きしてよね~指揮官」
「……頑張るよ」
●
「指揮官、朝よ~。起きて」
肩を揺すられ、寝ぼけ眼をこすると、一糸も纏わぬ45が僕を見てほほ笑んでいた。彼女と夜戦と洒落込んでそのまま寝てしまったようだ。心地よい布団の感触に包まれているのがその証拠だろう。
「昨日張り切りすぎたんじゃない?」
「……違いない。年甲斐もなくはしゃぎ過ぎたかな」
「まだ若いと言ってももう無理できない年齢だから弁えてよね」
「おおう、今朝は一段と厳しいな」
「大切な人だからね」
「で、変に素直と」
「指輪を貰ってからは指揮官の前では素直にいるつもりだけど?」
そうかねえ。試すような言動はむしろ増えたし、イタズラと言うか挑発と言うか……からかわれる事が増えた気がするんだけどねぇ。そう考えていると、彼女の口角が更にあがる。
「おいおい、まさかだけど」
「だって指揮官おもしろいだもん。でもね」
そう言って彼女は僕の顔を引き寄せる。顔は笑っているが、目が笑っていない。……関係者じゃ無ければこの笑顔に心底惚れ込む所だけど、彼女をよく知る人間や人形なら心底怖いだろう。何せ、本気で怒っている時ほど彼女は笑う癖がある。
「他の女の子からチョコ貰ってよろこんでたって本当かなぁ?」
真冬で物凄く寒いはずなのに、背中に汗が伝う。言葉を選ばなきゃ死ぬんじゃないか、これ。
「嘘ついても無駄だからね~。私が指揮官の事で知らない事ってないもん」
「あっ、ハイ。……多分、その日はバレンタインじゃなかったかな。それでチョコをくれたんだろうね。僕が甘い物好きなの知ってるだろ?」
「下心ありありのチョコでも?」
「そこは僕には分からないけど……まあ、嬉しいよ。それに、僕にはきちんと君って言う心に決めた人がいるんだから。間違いなんて起きないよ」
「ふーん。そうなんだ。でもね、指揮官がそのつもりでも相手は人形だよ? 力で来られたら指揮官は勝てないよ?」
「それは、そうだけど」
「……だから指揮官が誰の物なのか教え込んであげる」
彼女は掛布団を勢いよく振り払い、同じように一糸も纏わぬ姿でいた僕にまたがる。力で勝てない以上、こうやってマウントを取られるとどうしようもない。
「ふぅん。調教みたいな物なのにいっちょ前に期待してるんだ。生意気」
そのまま乱暴に口を重ねてきて驚く暇もなく彼女は舌を突っ込んできた。口内を舌で犯され始めて時間は分からないけれど、息苦しくなる頃にようやく彼女は満足したのか口を離した。
自分も息苦しかったのだろう。頬を赤らめ、息も絶え絶えには彼女は僕を見下ろしてほほ笑んでいた。
「もう一回言うね。指揮官が誰の物なのかその体に教え込んであげる。それと一緒に私が誰の物なのかも教えてあげる」
ああ、今日は一日彼女にこうやって遊ばれるのか。せっかくの休日なのに。まあでも、悪い気はしないかな。
●
UMP45は基本的にスタンドアローンの人形だ。それは今も昔も変わらない。改めて変わったのは、所有者の居ない彼女が、僕の物になっていたと言う事だ。どうにも誓約と言う物は思っていた以上に強い物らしい。
仮に彼女が僕の物になっても彼女には役割がある。それは与えられた物ではなく、自分自身が選んだ物だ。僕がどうこう言う権利はない。大切な人だからこそ、笑顔で送ってやり帰って来たら笑顔で迎えてやるべきだろう。そう思って彼女を送り出してから数か月経った。別に珍しい事ではない。何の連絡が無いのも珍しい事じゃない。彼女が率いる404小隊は秘匿性の強い任務にあたる事が多い。救援を望む通信なればまだしも、ただの近況報告ですらリスクを伴う。だから連絡はあった試しがない。けれど、ここ数日妙な胸騒ぎが収まらなかった。虫の知らせで無ければいいんだけど。
思考の海を漂っていると突然電話が鳴り響き、現実に戻される。変な声でた。副官が居たら爆笑されてたな。
「はい、こちら司令部」
あっ、つい自分の地域を伝え忘れた。これじゃどこの司令部か一切わからん。お客様だったら全力で謝り倒さないといけない。
「あーあー、聞こえるか?」
声の主は若かった。十代半ばから後半ぐらいか。少年と思わしき声だ。
「はい、問題なく聞こえております。本日はどのようなご用件でしょうか」
「時間がないので短刀直入で失礼するよ。あんたがUMP45と誓約した指揮官か?」
「……ええ、その通りですが」
「あぁ……そうか、良かった。いや、良くはないか……そのなんだ、彼女が重傷を負ったからこちらで修復した」
「彼女がですか。珍しいですね」
口では平静を装うが、妙な胸騒ぎが的中してしまって、気が気ではなかった。だがここで取り乱しても電話口の相手に迷惑をかけるだけだ。冷静さを失ってはいけない。
「アイツが普通の人形じゃないのはそちらも知ってるだろ。だからウチらみたいな非合法の組織が修復に当たったんだよ。ああ、修復自体は問題なく済んだよ」
その言葉に胸をなでおろす。どうやら最悪の事態は免れたらしい。時々協力者が居ると言っていたし、この電話口の人もそうなのだろう。彼女がそこを頼ったのであれば、ビジネス上信用して問題ないと言う事だ。
「それで、だ。そのー、言い難いんだが料金の話だ。あいつが指揮官に頼んどいてって言っててね。だから危険を冒してわざわざ電話したんだ」
「ああ、なるほど。分かりました。どれぐらい振り込めば?」
「これぐらいだ」
手元に置いておいた端末にメッセージが届いた。どうやらこちらのアドレスも筒抜けらしい。
届いたメッセージを見ると書かれた額は通常の人形なら数十体は修復できる額だった。僕がギャグマンガの住人ならば目ん玉が飛び出して居たに違いない。
だが、45が助かったと考えると安い物だろう。額で言えば高いのは間違いないんだけど、金で済むのであればこれほど安い物はない。
「……了解しました。指定の口座に振り込みます」
「助かるよ。それにしても」
「? なんでしょう?」
「妙な女に惚れこんだし惚れられたな、あんた。苦労は多いだろう」
「……彼女の部隊員の一人にもよく言われます。なんなら正気ですかって言われましたね」
「416ならそう言うだろうなぁ……高い額を取ったんだ。時間は掛かるだろうが、万が一に備えてアフターケアはきちんとさせて貰うよ。何かあれば404の誰か……あー、G11以外に言ってくれ。そうすれば連絡できるから」
「了解しました」
「体のケガはこっちで直してやれるが、メンタルとまではどうしようもない」
「……そうですね。こっちに戻って来たら思い切り説教してやるとします」
「あいつが怒られてるところか。見てみたいもんだが……そろそろ時間なので失礼させてもらうよ」
「ええ。お互い、変な女に気に入られたモン同士頑張りましょう」
「ははは……いや、笑えないか。あいつが指揮官は滅多に怒る人じゃない大丈夫って言ってたよ。あんたが怒ってたときっちり伝えておく」
「ぜひお願いします。それでは」
電話が切れたので受話器を置く。とんでもない出費だ。45が普通の人形ならば経費が降りるのだろうが、そう行かないだろう。と言うよりは男としてここ経費で降ろすのはダサいのでポケットマネーを使うとしよう。どうせ大した事に使わないのだし。
●
それからさらに数日経ったころ。本日の仕事が終わったので後始末をしていた頃だろうか。執務室のドアを叩く音が聞こえた。
「開いてるよ」
「あの~しきか~ん?」
ドアが開かれる。聞こえて来たのは僕がずっと待ち望んだ人の声。声の主は躊躇いがちにドアの隙間から顔を出した。元々緩いウェーブを描いた髪は撥ねている。そして頭部には何等かの損傷があったのか、ユニットが装着されていた。いつも僕をからかう笑みを浮かべる顔は珍しく、こちらの機嫌を伺うかのような表情だ。
「まあなんだ、入りなよ」
まるで借りて来た子猫の様だなぁ。いつもはノックも無しに入ってくるのに。もう一度促すと彼女は諦めたかの様にその身を部屋の中に滑らせた。
同時に、絶句した。彼女の右腕がそのまま機械だったからだ。そもそも戦術人形自体が機械ではあるのだが、普通は機械部分を隠す。だが彼女の右腕はそんな気の利いた事はされていない。むしろ、通常の腕より大型の物だ。
「そのね。技師の子は責めないであげて欲しいの。むしろ良くやってくれた方だと思うから」
「ああ、だろうね。請求の電話の時ものすごく申し訳なさそうだったから。彼を責める気は微塵もないよ」
むしろ想い人の命の恩人みたいな物だ。感謝はしても責める気なんてない。戦術人形を戦術人形として活動できるように最大限努力してくれたのだから。
「そっか。じゃあ私も許して欲しいかなぁって」
その言葉を聞いて僕はほほ笑む。その表情を見て彼女は安心したのか、不安を浮かべていた顔に落ち着きが戻った。なので全力でゲンコツを頭にお見舞いにしてやった。
「そこは抱き寄せる流れでしょ?」
「あほか! 長生きしろって言っといて寿命縮めてくれるな! ああもう、頼むよ本当に!」
「……ごめんなさい。でも、そうしないと守れない物があったから」
「だから今のでチャラだよ。もう怒ってない。……そうだ、明日は君も僕も休日にしよう」
「え?」
「君が今回の任務に出る前に僕が誰の物か教えてあげるって好き勝手してくれたことがあったろ? だから今回は僕の番だ。君が誰の物なのかその体に教え込んであげる。さあ僕の部屋に行こう」
「え? え? ちょっと、指揮官?」
戸惑う彼女の右手を強引にとり引っ張る。金属の擦れる音がするが関係ない。どのような姿になろうと彼女は彼女なのだから。
●
「うわっ?!」
首元に突然冷たい物を突き付けられて飛び起きる。横を見るとやはり一糸も纏わぬ姿の45が居た。
「これちょっと面白いかも。金属の手にこんな面白い使い方あるなんてね」
「そういう事かい……」
まだ春先で昼は暖かいが、朝晩はずいぶんと冷え込む。金属の手は外気に晒しておけばさぞかし冷えるだろう。……普通に起こしてくれなかったのは彼女なりの仕返しだろうか?
伸びをして身を起こし、下着を履く。自分達以外は誰も居ないから別に全裸でも問題はないのだが話をするのに締まらないので下ぐらいは履いておこう。フルチンで話をする成人男性なんて間抜け極まりない。
窓へ行ってカーテンを開ける。空気はまだ冷たいが、暖かい日差しは心地よい。45に声を掛けようと振り向くと服を着ている最中の45がベッドに腰かけていた。下から着ているせいなのだろう、その華奢な体に似つかぬ機械の腕と、痛々しい施術の後が目についた。やがてその視線に気づいた彼女がイタズラ気に笑った。
「昨日あれだけ触ったり吸ったりしてたのにまだ欲しいの? 欲張りさんね~」
まだ上半身の下着をつけてなかったせいか、胸を見ていると思われたらしい。
「いや……」
「ああ、じゃあこの腕? 別に機能として問題ないわよ? まあ着替えの時とかは正直ものすごく不便だけど……それとも、こんな姿になった私はいや?」
「んな訳ないさ。だったら君を抱いたりはしないよ。普通に心配してるだけさ」
「そっか。指揮官は嘘を付けるほど器用じゃないもんね。だから信じてあげる」
昨日はあれだけしおらしかったのに一晩寝てメンタルリセットされたらしい。……まあ、この方が45らしいか。
「それにしてもよく右腕だけで済んだよ。話を聞いてさらに血の気が引いた」
「あはは……ごめんなさい。自分でもこんなになるまでなのはらしくはないかなと思ったんだけど……」
話を聞くに、右腕が吹き飛んでたのは勿論だが、生傷が酷かったらしい。向こうの技師に女性が居て、嫁入りした女がこんな姿ではと気を利かせてそちらも修復してくれたそうだ。とんでもない額だと思った事が恥ずかしい。
「怪我も凄かったけど、不思議と左腕は無事だったんだよね」
「……? 当たり所の問題じゃないのか?」
「意外とこの指輪のおかげだったりしてね」
そう言って彼女が左手を僕に見せる。薬指にはきらりと鈍く光る指輪。窓から入った光が反射してより眩しく見えた。
「……驚いた。君でもそんなロマンチックな事言うんだな」
「指揮官って時々私にすごい失礼な事言うよね~。ま、いいけど。指揮官だって戦場に立った事ある兵士なら分かるでしょ? ジンクスにすがりたくなる気持ち」
「まあ、ね」
「そういう事だよ~。私がそう思うには何の不都合なんてないんだから」
「驚いただけで大げさだな。でも君がきちんと女の子らしい部分があって良かった」
「だからそれが失礼なんだけど」
彼女は不満げに吐息を漏らしてから改めて服を着だした。
「今日は久しぶりに出かけよう。……どこがいい?」
「そこで女の子に丸投げする? んー、久しぶりに指揮官の料理が食べたいし普通に買い物いこっか」
「了解。向こうにつくまでは何が食べたいか考えておいてくれよ」
数か月ぶりの休日。いつも通りとは行かないがまた日常が始まる。僕はともかく、彼女はここ数か月ずっと気を張り詰めていただろう。うんと御もてなししよう。彼女……いや、戦術人形の彼女らに言葉は必要以上には要らない。どれだけ少女の姿をしていても軍人なのだから行動で示すべきだろう。そう、僕は彼女らの指揮官なのだから。
と言うわけで皆大好き、いや、僕が大好き45姉編でした。
Modで機械の腕みたいなるのはご存じの方が多いかと思われますが、45姉なら冷えた金属の手で起こしてくるイタズラしそうだなとか、左腕は誓約の時にもらった指輪が守ってくれたのかもねっていうシチュエーションが頭に浮かんだので書き起こしてみました。
一応シリーズとして書いていけたらとは思いますが、皆さん次第です。(露骨な態度)
それ以上に僕がこれ以外にネタが浮かぶかですけど。