高垣楓「そして明日の物語」   作:くまたろうさん

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第13話

 それからというもの、舞台の準備は僕の手の届かぬ場所で驚くほど速いスピードで進んでいっていた。雑誌やテレビでは一面を使って取り上げられるほどで”高垣楓”引退のステージの存在は着々と世の中に認知されていったのだ。

 様々なマスコミがそのニュースを告げる中、唯一と言って良いほど世に知らしめられなかったものが一つある。

 それは、僕の名前だ。

 今回の作品は、”演劇界の奇才”七瀬貴臣の遺作として世に出ることになる。アイデアは借り物だしキャストに関してはほぼあて書きみたいなところがある。以前大崎さんが打ち合わせ中にポロリと溢したおかげで楓さんのシンシアだけじゃなく、カインはもちろん、その他数人はばっちりあて書きをすることができた。これはほとんど僕の技量の範囲外だろう。

 これについては納得しているというか、僕がそうして欲しいと大崎さんに頼み込んだのだ。

 僕は、いずれ僕のアイデアで名前を遺す。

 僕の作品は、僕の世界は、僕が一から作り上げるつもりだ。

 そんなことがあったとある日の午後、僕は舞台の稽古場となっているとある芝居小屋を訪れていた。

 

「おはようございます」

「おはようございます!」

 

 僕が中に入り挨拶を交わすと同時に、偶然居合わせた今回の演者さんが数人挨拶を返してくれた。雑多な荷物の脇を抜け、お目当ての人物の元を訪れるとそこにはその人物と一人の青年が真剣な表情で一つの本を見つめていたのだった。

 

「おはようございます、熊谷さん、それに……」

「おう、お疲れ坊主」

 

 無精ひげがよく似合う強面の男性はお目当ての人物である熊谷正敏氏である。彼はお芝居の世界では名の知れた演出家で、今回の総合演出を務めてくれることになっていた。

 彼もまた父の知り合いで、彼の遺作という名目のこの舞台を行うにあたって自ら名乗りを上げくれた人物でもある。

 

「おはようございます、七瀬さん」

 

 そして、その向こう側でこちらに爽やかな笑顔を飛ばす彼こそ、今回の舞台でカインの役を務めてくれることになっている――

 

「おはよう、涼君」

 

 今を時めくトップアイドル、315プロの秋月涼その人なのである。

 

「急にすまんな坊主。ちょっとどうしても確認したいことがあってよ」

「いえ、大丈夫です。僕もちょうど気になっていたところだったので……」

「すみません、お忙しいところ」

「いや、気にしないで。というか熊谷さん、僕に確認したいことってどうせあの部分ですよね?」

 

 熊谷さんから突然連絡が来た時点で何となく予想はついていた。というか十中八九あの部分だろうという予想が立っていた。

 今回僕がどうしても描けなかった場所。以前大崎さんにも指摘された場面だ。

 

「ラストシーン、これカインの独白になってるけど、どうすりゃいいんだ?」

「最初に本を頂いたときなんか”なんかいい感じに”なんてト書きで書かれてて頭を抱えましたよ僕」

「それについては本当にごめんなさい……」

 

 深々と二人に頭を下げるものの、ここに関しては正直どうしようもなく言葉にならなかったのだ。カインはシンシアに何を伝えたいのか、それがどうしても文字に起こせなかった。

 

「熊谷さん、ちょっと七瀬さんと二人で話させてもらえないでしょうか?」

 

 どうしたものかと逡巡してる僕を尻目に声を上げたのは涼君だった。

 

「俺が居ちゃダメか?」

 

 そこは一応演出家。気になるところではあるだろう。熊谷さんがそう答えるのも当然だ。

 

「あーいえ、なんというか、演出についての話じゃないんです」

「そうなのか?」

「そうなの!?」

「なんで坊主まで驚いてるんだよ」

「いや、僕も涼君が何をしたいのかわかんなくて……」

「ちょっとカインの役作りでお聞きしたいことがあるだけです」

「……なら構わねぇよ。俺はちょっと王都組の方を見てくるからよ」

 

 無精ひげをひと撫ですると納得した表情で熊谷さんは舞台上手のグループの方へと足を向けた。

 

「それで、話したいことって……?」

 

 稽古場となっているとあるホールは思ったよりも広く、僕と涼君が陣取った空間から手の届く範囲には人の姿は見えない。時折遠くの方で台詞あわせの声が聞こえてくるがそれもついぞ気にはならない。

 涼君はステージの縁へと足を投げ出すように腰を下ろすと僕に隣に座るようにと促してきた。

 

「いやぁ何というか……」

「言いづらいこと?」

「って訳でもないんですけど、七瀬さん、楓さんのこと好きですよね?」

 

 突然の指摘に軽口を叩こうと思っていた僕の口先がぴたりとその動きを止めた。

 

「え、あ、それは」

「誤魔化そうとしても無駄ですよ。脚本書いてる人間を知ってるのなら誰だってわかります」

「そ、そうかな……」

「そーですよっ、七瀬さんとはこの前が初対面だった僕だってわかったんです。そりゃ楓さんだって……」

「バレてるかな……?」

「バレてないと思うその精神力がすごいです」

「だよねぇ」

「案外あっさりしてますね」

「まぁね」

 

 実際のところ僕の気持ちがばれていようがいまいがどうだってよかった。きっと僕の想いは届いたところですぐには実らないだろうということは分かっているのだから。

 それに、僕にとってはあんなに遠くにあった背中に、手を伸ばせるところまで来たというところが誇らしかったのだから。

 

「僕も何度かお会いしてますけど、素敵な人ですよね楓さんって」

「そう思うよ、本当に」

「ええ、何というか、あの人の背中を見てると僕も頑張ろうってなるんですよね。カインもきっと、そんなシンシアの生き方に惚れたんでしょう」

「そう、かもしれないね」

「僕をカインに推薦してくれたのは大崎プロデューサーだとお聞きしました」

「らしいね」

 

 これについては大崎さんからキャスティングの際に耳にしていることである。僕も、実際にこうやって会ってみて改めて涼君がぴったりだと感じている。

 

「お芝居って、最初ちょっと抵抗あったんですよ。なんか、周りを騙しているようで……。でも、いろんなことがあって僕の中にも心境の変化があって」

「そっか、良い事だね」

「ええ、本当に。何かを演じていた僕の姿に、沢山の人が夢を見てくれていたんです。そんな人たちが、今の僕を支えてくれている。だから、これからもそのことは大切にしていこうって。僕が演じた何かが、誰かの夢になれるように」

 

 素敵な言葉だと思う。と、同時にそんな涼君の背中を見て僕はある言葉に思い至った。

 

「誰かの、明日になれる物語を」

「それは?」

「僕の父の言葉だよ。この舞台の、脚本家さ」

「七瀬貴臣さん、ですか」

「そ。僕の父さん。すごい人だった。憧れてる、と同時に僕はずっと理解したかったのかもしれない。知りたかったのかもしれない。父の居た場所を、そしてそんな彼が見ていた世界をね」

「……なるほど、何となく分かった気がします」

「何が?」

「ラストシーンですよ。七瀬さんが”なんかいい感じに”なんてでかでかと書いたラストシーンの台詞です」

「え、なんとかなんの?」

「任せてください。だって僕はカインなんですから」

「そ、そういう事なら……」

「だから、期待しててください、もう一人のカイン。貴方の想いは、僕が舞台の上でちゃんと伝えてみせます」

 

 ああ、トップに立つアイドルの輝きっていうのはこういう場所でもキラキラと光って見えるんだな。なんて凡人並みな感想を抱いてしまった。それまでに彼の、秋月涼の抱く光というのはとても眩しく僕には映った。

 それにしても――

 

「もう一人のカイン、かぁ」

「そうですよ。最初に彼女に、高垣楓に手を伸ばそうと前に進んだのは七瀬さんです。僕は、その

勇気をちょっとだけ手助けするだけですよ。いいじゃないですか、スポンサーもマスコミも、事務所も出演者も観客も巻き込んだ一世一代の愛の告白。僕はそういうの、好きですよ!」

「涼君……」

「僕は、貴方という目を通してシンシアと、楓さんと向き合うんです。今、僕とってもワクワクしてます!」

 

 世界は、先へ先へと手を伸ばし続けてきた想いの積み重ねで出来ている。楓さんや涼君、大崎さんやリエさんだってそうだ。今、僕がその一員に加われたことがどこまでも誇らしかった。

 でも、こんなところで止まってられないよな。

 

 台本の一番最後、僕は自前のそれに胸ポケットから取り出したボールペンである一文を書き足した。

 

『あなたの、明日になれる物語を』

 

 明日を創る物語は、まだ幕すら開いていないのだから。

 

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