P「男性が苦手な彼女と」雪歩「恋を知らない彼」 作:HOXU8
「萩原雪歩」さんから傘を貸してもらったあの日から数日後。
俺は父親のツテで紹介してもらった会社の社長と話していた。
「君は女性が苦手と聞いているがウチはアイドル事務所だ、ここで働くのは辛いんじゃないか?」
「いえ苦手というか……この歳でこんな事も言うのも恥ずかしいんですけれど、女性を好きになったことがないんです…」
「つ、つまり君は男性が…」
「い、いえ!決してそういうわけでは!でも女性を恋愛的な意味で愛した事がありません」
「なるほど。もったいないな……なかなかモテそうじゃないか?」
「あ、ありがとうございます……」
「コミュニケーションを取る分には差し支えないのかね?」
「はい。それはもちろん」
「まあそういう事なら特に問題はないか。採用だ。よろしく頼むよ」
「は、はい!よろしくお願いします!」
「ウチは恋愛は基本的には禁止だが、そこは本人の意思を尊重する事にしている。まあ君には心配ない事かも知れんが、一応覚えておいてくれたまえ」
「………」
こうして俺は765プロダクションのプロデューサーとして働くことになった。
社長にも話した事だが、俺は恋愛感情というのを抱いたことがない。小さい頃はよく分からないと思っていただけだが、大人になっても結局分からないままだ。
付き合ってみた経験もあるが、結局なんとなくよく分からないまま別れる事ばかりだった。
前まで働いていた会社でも結局はその事が原因で同僚の女性の誤解を招いてしまったのだろう。
そんな事もあって、いやそんな事がなくとも、俺は誰かと恋愛関係になることをもう諦めていた。また嫌な思いをするかもしれない。それならもういい。
「音無くん、彼に事務所を案内してやってくれないか?」
「はい、分かりました。事務員の音無小鳥です。これからよろしくお願いしますね、プロデューサーさん。」
「はい。よろしくお願いします。音無さん」
入社初日から暗い事を思い出しながら、俺は事務員さんに事務所を案内される。案内といっても小さな事務所なのですぐに終わってしまう。
事務所のアイドルはレッスンだとかでまだ1人も会ったことはない。
まだテレビなどにも出たことはなく、正確にはアイドルの卵ということらしい。
「説明は以上です。何かわからない事があればいつでも聞いて下さいね」
「はい。ありがとうございます」
「ウチは社員の人数が少ないので、アイドル全員をあなたともう1人のプロデューサーである秋月律子さんとでプロデュースしてもらう事になると思います。大変でしょうけど頑張って下さい」
「ぜ、全員を…。分かりました、頑張ります」
自分で言うのもなんだが、人と接する事自体は苦手ではなく、むしろ得意だ。他人には嫌われたくないし、コミュニケーションを円滑に進める事の大切さも分かっているつもりだ。
そのせいで女性との距離感を測りかねる事になったこともあるが、そんな事のために自分の性格を変えようとも思わない。
「あら?ウチのアイドル達が帰ってきたみたいですね。紹介しますね」
事務員の音無さんから、所属アイドルの11人と秋月律子プロデューサーを紹介してもらった。みんな元気いっぱいだったり、お淑やかな女の子だったりと一般的に見て可愛いと思う。
ん?11人?アイドルは12人いるはずだが…。
「ほら、雪歩。隠れてないで、新しいプロデューサーに自己紹介しなきゃ」
たしか…「菊地真」さんだ。その後ろにもう1人隠れているようだった。
今、「ユキホ」と言ったか?
「で、でも真ちゃん……」
「これからお世話になるんだから」
「う、うん…」
そこで初めて友人の背中に隠れた彼女の顔を見ることになった。「ユキホ」という名前と、この声って……
俺は何故だか動揺していたが、音無さんは気付かずに話を進める。
「紹介しますね。こちらが新しいプロデューサーさんで、そして、こっちが」
「は、萩原雪歩です……よ、よろしくお願いします!」
間違いない。あの傘の人だ。
「雪歩ちゃんは少し内気な子で、男性が苦手なの。だから変に気を落とさないで下さいね」
男性が苦手?そんな事でアイドルが出来るのだろうか。
それに何故あの時俺に声をかけてくれたのだろう。
そんな疑問が顔に出てしまったのか、音無さんは少し補足してくれた。
「苦手と言っても、男性恐怖症とかじゃなくて、少し接するのが苦手なだけなの…。初めは大変かもですけど、アイドル一人一人と向き合っていくのもプロデューサーとしての務めなので頑張ってあげて下さいね」
「はい。もちろんです。よろしくお願いします、萩原さん」
俺は当たり障りのない笑顔で彼女に声をかける。
「よ、よろしくお願いします……プロデューサーさん」
どうやら、俺の事には気づいていないようだ。
偶然か必然か俺は彼女と、萩原雪歩と再会した。