P「男性が苦手な彼女と」雪歩「恋を知らない彼」 作:HOXU8
雪歩と再会した時、俺はどうしてだか彼女に傘を返せなかった。
彼女は俺の事に気づいていないようだったし、男の俺の事を怖がっていたからかもしれない。
それから季節がいくつか巡り、俺自身もだんだんプロデューサー業が板についていき、アイドル達と接するのにも十分慣れていた。
「プロデューサーさん!いよいよ再来週ですね!」
「ああ。春香も今日は一日レッスンだ、頑張って来いよ」
「もちろんです!」
そんな中、765プロ総出演の初ライブが決定し、みんなは歌やダンスのレッスンに精を出していた。
このライブは規模こそ大きくないがライブの後にアイドルとの握手会があり、彼女たちを世間に知ってもらうのにはもってこいのイベントだ。
そのライブが2週間後に控えたある日。少し離れた所から律子と雪歩の話し声が聞こえてくる。
「雪歩…どうしても出られないの?」
「…す、すいません。私やっぱりまだ怖くて…」
「んー…たしかに雪歩にはまだ握手会は厳しいか…」
「…すいません」
事務所はそんなに広くないので会話が筒抜けである。そして、どうやら雪歩が握手会を欠席したいという話らしい。
確かに俺も雪歩には握手会は厳しいと思っていたが、なんだろう、胸がもやもやする。
「仕方ない。雪歩はライブだけ出てもらって、握手会は欠席ということにしましょう」
「ちょっと待った」
「ひっ!」
「どうしたんですか?プロデューサー?」
どうしてだろう……。2人の会話に割って入ってしまった。
「すまん。会話が聞こえててな。なあ律子、その、もう少し待ってくれないか?」
「待つって?」
「雪歩が握手会に出るかどうかを。ライブには出られるんだから、握手会は当日に何とでも理由をつけて欠席くらいできるだろ?」
「まあそうですけど…」
「まだライブまで2週間もあるんだ。対策をする時間はある」
「対策って…どういう事ですか?」
自分でも驚くほど口が回る。俺は何に理由をつけているんだろうか?
「これから2週間、俺が雪歩に付きっ切りでいよう。そうして男に慣れれば握手会も何とかなるかもしれん…」
「いやでも雪歩には早いんじゃ…これからまだチャンスはあるはずだし、今はゆっくりなペースでも」
「そうだな……それは雪歩に決めてもらおう」
俺は、俺と律子の会話を俯いて聞いていた彼女に向き合った。
相変わらず目は合わせてもらえない。
「わ、私……」
彼女は俯いたままだ。
「雪歩……頑張ってみないか?」
そう声をかけると彼女と目が合う。
「私、やってみたいです!そ、その特訓……やるだけでも…!」
彼女の大きな声を聞いたのは初めてかもしれない。
「雪歩……わかったわ」
「よし、じゃあ今日からだ!頑張ろうな!」
「は、はい!頑張ります……」
「では、握手会の出欠は当日まで待ちましょう」
「ありがとうございます。律子さん」
「ううん。頑張ってね雪歩」
雪歩が頑張る決意をしてくれた事が素直に嬉しい。それはプロデューサーとして当たり前の事なんだろう。
何かを言い聞かせるようにそう思った。