P「男性が苦手な彼女と」雪歩「恋を知らない彼」 作:HOXU8
次の日から俺は毎日雪歩の送り迎えを続けた。
平日の朝は学校の近くまで送り届け、学校が終わる頃に迎えに行き事務所まで一緒に行く。
事務所に着いてからはライブまではレッスンに集中している。その合間の休憩時間にはできるだけ事務所で会話したり、少し外を一緒に歩いたりした。
学校が無い日もレッスンはあるので送り迎えは必ず俺が一緒にいた。
そのおかげで雪歩はなんとか俺と接する事には慣れてくれたみたいだ。雪歩から俺に近付いたりする事は無いが、少なくとも俺とは普通に笑顔で話してくれる。
そんな日々が一週間ほど続いた。
流石にずっとレッスンでは息が詰まるとのことで今日は一日オフに。
俺もちょうど休みが取れたので特訓がてら、2人で出かけてみることになった。
「どこに行くんですか?」
助手席に座った雪歩が質問してくる。
「別に特に決めてないなぁ。公園にでも行って少し話すか?」
「それだと事務所と変わらないんじゃ…?」
「場所が変わるだけでも意外と大きい事かもしれないだろ?」
そう決めて、車を走らせ少し離れた所にある大きめの公園を2人で歩く。
「良い景色…。家族で来てる人達が多いみたいですね」
「そうだな。カップルも結構いるな」
「私達も…そう見えるんでしょうか?」
その台詞に、少しギクリとしてしまった。さり気なく様子を伺うが、雪歩の言葉に他意があるわけではない。ただの世間話として聞いているようだ。
「さあな。雪歩達が有名になったら気をつけないとな」
「そうですね。その前にまずはライブを頑張らないとっ」
「その意気だ。………少し座って話すか」
俺達は適当に飲み物を買って近くのベンチに座った。
「前から聞いてみたかったんですけど、プロデューサーって前は違う会社に勤めてたんですよね?」
「ああ。そうだぞ」
「あの……どうして辞めちゃったんですか?答えにくい事なら大丈夫です……すいません………」
「別に大した事じゃない。ただの人間関係だよ。同僚と少し揉めちゃってな」
「ええ?プロデューサーがですか?誰とでも仲良くやっていけそうなのに…」
「まあそれが問題だったのかもしれんな」
そう答えると雪歩はよく分からないと言った表情をしていた。
「雪歩は…その…ダメダメな部分を乗り越えたくてアイドルになったんだよな?」
「は、はい。覚えててくれたんですね…」
「そんなに物忘れする歳じゃないさ」
「ふふっ。すいません」
最近はこんな風に自然に笑顔を見せてくれる事も多くなった。
「男性以外に苦手な事とかあるのか?」
「いっぱいありますよ〜」
「威張って言うことかっ」
「あはは。そうですねぇ。正直、運動とかも苦手ですね」
「そうなのか?」
「はい。だからダンスレッスンなんかはみんなについて行くのが精一杯だったりして…」
「まあそれはそのうち身体が慣れていくさ」
「後、私、犬が凄く苦手なんです。子犬でも怖くて…」
「え、可愛いじゃないか子犬」
「確かに可愛いですけど、やっぱり噛まれたらどうしようとか考えちゃうんです…」
「苦手な物ばかりだな雪歩は」
「はいぃ……うぅ……」
肩を落として俯く雪歩。
「でも俺にだって苦手なものはあるぞ?」
「えっ?そうなんですか?」
「当たり前だろ。俺だって普通の人間なんだから」
「プロデューサーの苦手なものって?」
「女の人」
「ええ!!」
「そんなに驚く事か?」
「で、でも私や事務所のみんなとも普通にお話出来てるじゃないですか?」
「あー、雪歩みたいに接するのが苦手っていう事じゃないんだ。なんというか距離感を測るのが苦手というか……」
「どういう事ですか?」
「どう話せばいいかな…。さっきの前の会社を辞めた理由とも繋がってるんだけど、俺ともう1人の女性の同僚がいたんだ。その同僚とは凄く仲が良くて2人で出かけることもあった。ただ俺は友人としてその人の事が好きだっただけで、恋人じゃ無いと思ってたんだ」
「……」
「でも彼女はそう思ってなかったみたいで、俺の事は恋人だと思ってくれていた……。その関係が破綻して俺は会社を辞めることにしたって訳だ」
「わ、私も恋愛経験はありませんが……それなら……その人と付き合ってみて、そうしているうちに好きになるという事もあったんじゃないですか?他に好きな人がいるなら違うかもしれませんが……」
「たしかにそれが一番揉めない方法だったかもな…。でも違うんだ雪歩……」
「……」
「俺は人を好きになれないんだ」
「え?」
「なれない、というか、なった事がない。って感じかな……。そんな俺が彼女と仮に付き合っていたとしても好きになれるとは思えなかったんだ」
「………」
「結局彼女を傷つけただけで、逃げるように765プロに来たってことさ。悪いな…こんな話になっちゃって…」
「……プロデューサーは逃げてなんかいないです」
「雪歩?」
「プロデューサーも傷ついたんですね…」
「え?」
「その人を傷つけてしまった事に自分自身も傷ついたんですね…」
「そんなこと……」
「プロデューサーは優しい人ですから」
そう言いながら雪歩は俺に微笑んでくれた。
「……プロデューサーはもう……恋愛をする事を諦めているんですか?」
「……さあな」
「……私には無責任に大丈夫って言う資格はありません」
「でも、いつかプロデューサーが心から好きになれる人が現れればいいなって、そう思います…」
「……ありがとな、雪歩」
何故だか分からないが、俺は涙が出そうになっていた。
いや理由はわかっている。
ずっと心の奥で傷ついていた事を見つけてもらい、理解してもらえた事で、俺は雪歩の言葉に救われたんだ。
「雪歩に助けられたのはこれで2度目だな……」
「えっ?何がですか?」
「いや、何でもない。そろそろ行こうか」
そんな雪歩に俺はまだ、なんとなく、傘の話を出来ないままでいた。