「ガルパンはいいぞ」ただその一言に尽きる   作:琴介

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・タイプ「マイルド」な西住家

 前世の記憶がある。

 そう自覚して、十三年が経った。

 といっても、これといって何がどう大きく変わるという訳でもない。

 否、精神的に大人というか、物事を冷静に見ることが出来るというのは、幼い時分としては十分なアドバンテージだったとは思う。しかし、

 

「だからと言って、世界観が世界観だけに、こっちから出来ることは少ないよなあ」

 

 思うのだ。

 今生の世界において、幾つか存在する前世との違い。その中でも特に大きいアレは、己にとって最大の興味の向かうところだが、世間体を鑑みるに参加する事は難しく。

 しかし関わる方法としては、裏方という立場で幾つかの候補は挙がる。

 だが、

 

「どれもこれも専門的な知識やら技術が必要なんだよなあ……」

 

 残念ながら己の頭脳はそちら方面に疎い。

 一応、記憶を自覚してしばらくは頑張って覚えようと努力はした。

 しかし、車体の区別はつくようになったものの、歴史やら細かい性能といった部分では〝にわか〟レベルだ。

 己が七歳だった時分、母の友人宅へしばらく滞在した際に、試しに家人に色々と問題を出してもらったのだが、

 

「知ってる知ってる。右のがティーガーⅠで左のがティーガーⅡでしょう? えっ、じゃあどっちが重戦車かって? ……えっ、軽に中? 巡行? ……豆? そんなに種類が……。えっ、どっちも重戦車なの……、そう。

 ……あっ、大丈夫大丈夫、うちに戦車はないけど紫電とかあるからそういうのには慣れてるアハハハ――」

 

 何言ってんだコイツ。と、思い返すたびにそう思う。我ながらヒドイ話題のずらし方だったな……。

 あの時、横で見ていた姉妹の顔は今でも忘れられない。彼女達のママンからは何故か「紫電一閃」の文字が入ったハンカチを渡されもしたが泣いてなかったもん。

 まあ、何であれ、そういった諸々の出来事を含めた十三年間を過ごしながらも、世界が大きく変わったことはない。

 多少、彼女達に関する出来事がマイルドになったとは感じるものの、結果としては変えることはできなかった。

 いわゆる修正力というやつか。ただ、

 

「色々頑張ってみたものの、この先はもうなるようにしかならんだろうなあ」

 

 気分としてはもう世界からフェードアウトしてもいいくらいだ。

 一人のファンとして。幾度もリピートした世界の光景を、現実として体験できただけで聖地巡礼の上をはるかに跳び越える幸運なのだ。しかし、

 

「もっと彼女達の世界を見ていたいと、そう思っちゃうよね」

 

 今日までの日々。身に余るほどの光栄として彼女達と接してきたが、既に自分の記憶に知る流れとは多少なりとも違っている。

 己の存在が影響しているのは明らかだ。

 世界の流れは、大きなところでは変わらないのだろう。事故の発生と結果が変わらなかったように。

 だが、大筋が変わらずとも小枝は別れている。

 それがどうなっているのか。

 未知として、また新しい道としてどこに向かっているのかを見ていたいと。そんな欲が出てしまうのは一ファンとしての性だろうか。

 

「まあ何であれ」

 

 と、己は、慌ただしく近づいて来る足音から、諸事情で観戦に行けなかった試合の結果を予想しつつ、仕事として動かしていたPCの画面を切り替える。

 戦車道連盟広報誌、と銘打たれたサイトのトップ。速報の文字とともに一面を大きく飾る記事のタイトルは、

 

「大洗女子学園がサンダース大学付属高校に勝利」

 

 読んだ直後。横に置いていた携帯端末から、メッセージアプリの通知音が連続で鳴り始める。

 見れば、送り主は記事のトップ写真に映った少女の親族で、

 

「――うん、ちょっと落ち着け」

 

 同じ文面が流れていくのはどこのホラーだろうか。嬉しいのは解かったから連続でメッセージ送るのはヤメテほしい。

 

 

   ~~

 

 

:姉の方『――やったぞ』

:西住流『ええ、やったわ』

:姉の方『やったぞ!』

:西住流『ええ、やったわ!』

:姉の方『やったぞ!?』

:西住流『ええ、やったわ!?』

 

 これは反応するまで止まらないだろうな、と己は、メッセージの送り主達を思い浮かべながら指を動かした。

 幾分か関係がマイルドになっているとはいえ、性格的に感情を表に出すのが苦手な彼女らの輪に参加として、

 

:3 る『勝ちましたね』

:姉の方『やったぞ、――遅いぞ、みつる!?』

:西住流『ええ、まほの言う通り』

:3 る『いや、仕方ないじゃないですか。こっち仕事ですもん。勝ったのだって速報の記事で今見たところで』

:西住流『仕事なんて試合が始まる前に終わらせなさい。私はそうしました』

:姉の方『みほの試合だぞ! ちなみに私は現地観覧だ……!』

:西住流『……まほ。今月のお小遣いを一割減らします』

:姉の方『なぜ……!?』

:西住流『母、家、中継』

:3 る『現地観覧でも結局は中継なのでは……?』

:母 姉『音が違う』

 

 楽器にこだわるアーティストか何かだろうか。根っからの戦車乗りは言うことが違う。

 そういうものなんだろう。と、己は戦車乗りの言葉に納得しつつ、ふと気になった事を問うてみた。

 

:3 る『ところで、本人には伝えました?』

:西住流『……何をかしら』

:3 る『おめでとう、って』

:西住流『私が言えるとでも?』

:姉の方『同じく』

:3 る『いや、直接じゃなくてもメールとかあるじゃないですか。文字板(チャット)だってありますし』

:母 姉『あっ』

:3 る『それに』

 

 と彼女達に対して、喜びからど忘れしているであろう事実を告げようとした時だった。

 勢いよく音を立てて開かれた仕事部屋の襖。そこから飛び込んで来た人影のアクションによって、己の視界が回ったのだ。

 

 

   ~~

 

 

「どうした……?」

 

 と、今だ熱が冷めきらぬ観客席にて、まほは手元の携帯端末に視線を落としたまま首を傾げた。

 ……それに、なんだ……?

 途切れた文面。続きを促す文言を送っても反応は無い。

 

「電波が悪いのか?」

 

 とりあえず振ってみる。ダメか。

 次は立ち上がって、なるべく高い位置に端末が行くよう腕を伸ばす。

 

「変わらんか」

 

 と、座り直して、向こうからの反応がない事にどうしたものかと端末を逆さまにしたりと、思いつくことを試してみる。

 すると横に座っていた副隊長が本気で心配した表情になっていた。

 何故だろう。

 ともあれ、彼女には気にしないよう伝えて、己は再び液晶画面へと視線を戻す。

 

:西住流『指でもつったのかしら』

:姉の方『そんなピンポイントな……』

 

 と思うが、確か彼の仕事はキーボードを叩くことが多かったはずだ。

 可能性はある。突然の痛みに端末を落としていても、おかしくはないか。もしくは、

 

:姉の方『仕事部屋に飛行機が落ちたか』

:西住流『――大事故ね』

:3 る『今の短時間で俺に何が起こったんだよ』

 

 あ、生きてた。無事か。そうか、なら良い。

 

:西住流『何があったの?』

:3 る『ママンがいきなり現れて、みほが勝ったから祝うって首根っこ掴まれて居間まで引きずられましてん。それで端末落として』

:西住流『――そう』

 

 と、母の投げた〝――〟に相当な喜びを感じるのは気のせいだろうか。

 ……まあ、お母様は、みつるの御母堂の事が大好きだからなあ。

 あの人の話になると母は饒舌になる。また近い内に何かと理由を付けて会いに行くのだろうな、と感想つつ、己は指を動かす。

 

:姉の方『でもな? いきなり途絶えたら心配するだろう』

:3 る『途絶えるって、そこまで言うほど空けてないでしょう。それより』

:姉の方『――心配したぞ』

:3 る『いや、だからさ』

:姉の方『電波が悪いのかと色々試していた私が馬鹿みたいじゃないか。エリカに本気顔で心配されたぞ、どうしてくれる』

:3 る『俺のせいなのかー……。というか何をやらかした』

:姉の方『やらかしたとは失礼な。電波を拾おうと端末を振ったり、背伸びして高いところに端末を持っていったりだな』

:3 る『じゃあ聞くけど、隣席にいきなりそんな事をしでかす人がいたらどうする』

:姉の方『心配するかその場から離れるな』

:3 る『↑に三行、視線動かしてみ?』

 

 言われた通りに動かしてみる。

 

「あっ」

 

 なるほど、と己の行動を顧みてエリカに声をかけたら、今度は額に手を当てられて熱を測られた。

 何故だろう。

 

 

   ~~

 

 

:姉の方『あれえ?』

 

 と、長女が疑問を文字にしたところで、しほは、己の動きが止まっている事に気が付いた。

 立ち上がろうとしていた体勢を解き、座り直して、振る動作に入りかけていた右腕を元の位置に戻しながら、

 ……危なかった。

 もう少しで、己も娘と同様にやらかすところだった。

 未然に防ぐことが出来たのは大きい。今は室内に一人とはいえ、先程までは人がいたのだ。彼女はお茶請けの補充に席を外しているが、そう間もなく戻って来るだろう。

 

「私としたことが、あの子の勝利に浮かれていたようね」

 

 恥ずべきことではない。ただ、客観的に見て己には似合わないのだ。

 本心としては喜びを声に、諸手を挙げて祝いたいのだがそれをやると間違いなく家中がざわつく。

 前に戦車道から離れるために大洗へ移った娘が、何の因果か戦車道を再開したと聞いた己を横で見ていた長い付き合いの家政婦曰く、

 

「表情と感情が一致していないんです、だから勘違いされてしまうのでは?」

 

 との事で、試しに意識して表情と感情を一致させ、更に行動を合わせてみたら家中のざわつきを収めるためだと額に手を当てられて熱を測られたのだ。

 何故だろう。

 ともあれ、そういった経験から似合わない事をしないよう心掛けてきたのだが、

 

「油断したわ」

 

 戦車道を再開した娘の勝利。嬉しいに決まっている。

 しかし表立って祝うと、せっかく去年の一件で風通しの良くなった西住流に対して妙な言いがかりをつけてくる連中が現れるだろう。

 それは望ましくない。娘達の為に動いてくれた彼や、彼の母親のためにも今はまだ波風を立てる時期ではないのだ。

 ただ静かに。例えあの子に誤解されようとも、己は〝西住流家元〟として対応しなければならない。

 故に、己はせめてもとしてもう一人の娘と彼に対し、

 

:西住流『――みほの戦勝会を開きましょう。みつる、お願いするわ』

:3 る『急にぶん投げてきましたねー』

:西住流『費用はこちらから出します。残念ながら私は参加できませんが、いつものように匿名という形で』

:姉の方『お母様、……それなら私も』

:西住流『いいえ、まほ。貴女は参加なさい。次期家元ではなく、あの子の姉として。私の代わりに直接伝えて』

:姉の方『……解りました』

:西住流『頼みます』

 

 はい、との長女からの返信に、どれほど負担をかけているのかを自覚する。

 酷い母親なのは重々承知。直接顔を合わせて祝うこともできない、情けない女だと言われても事実として受け入れよう。

 そういう関係だと、周囲には示す必要があるのだから。

 しかし、

 

:3 る『んー、ちょっと、今回は無理ですね西住ママン』

:西住流『何故』

 

 いやだって、と彼が言葉を作る。

 

:3 る『みほにバレバレですよ? この会話』

:西住流『は?』

:姉の方『何故だ』

:3 る『……うわあ、気付いてない! こっちが思ってる以上に浮かれてますね!』

 

 それはどういう事か。問いただすための言葉を投げようと、文字を打ち込もうとした時だった。

 己は、長女でも彼でもない人物の発言を見た。

 それはクマのアイコンを発言者に設定したもので、

 

:妹の方『ええっと、あの、そのう、勝ったよ……?』

 

 もの凄く気まずそうに次女が現れた。

 

 

   ~~

 

 

 試合後の記念撮影やらインタビューを終え、チームメイトに了承を得てから撤収作業の場を離れたみほは、己の発言を最後に、母と姉が画面の向こう側で固まったことを察した。

 

「お母さんも、お姉ちゃんも、うっかりなんだから」

 

 と、二人が固まっている内に、己が参加するまでの会話をさかのぼって把握しておく。

 といっても、内容としては自分達の勝利に対してのものがほとんどだ。

 母と姉が、こういった電子機器を苦手としていることは知っている。

 己や彼とのやり取りで文字を打つことには慣れたようだが、それ以外はまだまだらしい。現に、

 

:3 る『まあ、誤爆ってヤツですね。メッセージを投げるグループを間違えたってことです』

 

 そういう事だ。

 二人がこちらに内緒のつもりで文字枠(グループ)を別に作り、彼と自分の事に関して話しているのには何となく気付いていた。

 今回も、そっちで話しているつもりだったのだろう。

 

「……まったくもう。二人が浮かれてどうするの」

 

 と口に出してみる。そして実感した。

 ……すっごい嬉しいなあ……!

 母も姉も、あまり感情を表に出さないタイプだ。

 特に、母はその傾向が強い方でもある。しかし、文字でのやり取りならば普段表には出てこない部分が見えてくるもので、

 

:西住流『違います、みほ。今までの会話は私ではなく菊代が』

:姉の方『違うぞ、みほ。今までの会話は私ではなくエリカが』

 

 流石に無理があると思うよ二人とも。

 観客席を見てみれば、固まったような姉の傍らで、黒森峰の副隊長となった友人がこちらに気付いたのか首を横に振っている。更には、

 

:3 る『あれ、今うちのママンが菊代さんと電話で話してるんですけど』

:妹の方『お母さん、お姉ちゃん……』

:西住流『菊代! 戻ってこないと思ったら電話だなんて……!』

:3 る『もう諦めたらいいんじゃないですかね』

:姉の方『みつる、この、みつる……! 気付いてたならもっと早く教えてくれたって……!』

:3 る『いや言おうとしたよ? でもほら、この辺りが良い頃合いかなって思って』

:西住流『それは――』

:3 る『うん、西住ママンとまほの、みほとのちゃんとした話し合いのきっかけかな』

 

 

   ~~

 

 

 うわあ、と己は、意味もないのに端末を両手で包むようにし、周りから見られていないかを確認してしまった。

 ……あ、今の私がちょっと挙動不審……!

 撤収作業に入っていた連盟員や、たまたま近くを歩いていたグロリアーナの生徒に首を傾げられたがまあ大丈夫だろう。

 それよりも、

 

「い、いきなりすぎだよ……」

 

 端末を見ても、彼の発言に続くものはない。

 恐らく母も姉も、己と同様に言葉を詰まらせたのだろう。

 待っていても、彼は言葉を発しない。きっと私達の誰かが言葉を作るのを待っているのだ。

 だが、

 ……このままじゃ誰も発言しないよね。 

 解かる。二人の事だから気まずさに指が動かないのでは、と。もしかしたら単純に何を発したらいいのか悩んでいるだけなのかもしれない。だけど、

 

「駄目だよね」 

 

 ここで聞くのは私の役目だと、そう思う。根拠はない。ただ単に、

 ……そうしないと、いつまでも変わらない気がするから。

 己は聞く。

 端末を介した向こう側。こちらの反応を待っているだろう彼に対して、

 

:妹の方『そうだよね。私、大洗で戦車道をまた始めてから、お母さんやお姉ちゃんと、ちゃんと話してなかった』

 

 だから、

 

:妹の方『みつるくん、お願いしてもいいかな? 私、ちゃんとお話したいから。戦車道を再開した理由も、これからどうしたいのかも』

:3 る『――任せなさいって。祝勝会もお話会もまとめて出来る会場を手配しておく。だから西住ママン? 後でうちから迎えの飛行機飛ばすんで準備しておいてくださいね』

:西住流『それは、その』

:3 る『ちなみにパイロットはうちのママンになります』

:西住流『……………………えっと、でも』

 

 お母さんが凄い揺れてる……。

 貴重なものを見た。というかお母さんはみつるくんのお母さんを好き過ぎじゃないかな。昔に色々あったとは聞いたけどそこまでなんだ……。

 

:姉の方『お母様が……』

:3 る『うちのママン、昔に一体何したの……』

:妹の方『みつるくんも知らないんだ』

:3 る『いや、親の昔話って気恥ずかしくて聞いてない』

:姉 妹『解かる』

 

 ともあれ、

 

:妹の方『あ、お姉ちゃんは私と一緒に行くから、迎えは大丈夫だよ』

:姉の方『えっ』

:妹の方『あとエリカさんもいるんだ。いいかな?』

:3 る『YES』

:姉の方『……私、黒森峰に戻って仕事が』

 

 と姉が言うので観客席を見てみる。すると、別の文字枠からメッセージが飛んで来た。

 

:え免見『今日はうち休みになってるから。あと洋食も食べられるところにしなさいって伝えておいて』

:妹の方『ありがとう』

:え免見『……別にアンタのためじゃないわよ。まあ、隊長達との話が終わったら私のところに来なさいよ? 色々言いたい事があるんだから』

:妹の方『もちろんだよー』

 

 と、己の言葉にボコられクマのスタンプで返してくれる辺りに彼女の性格を感じる。

 変わってないなあ、と感想しつつも、文字枠を戻して、

 

「あ、お姉ちゃんが言いくるめられてる」

 

 いつの間にか姉が、彼の言葉に参加を納得している。しかも決め手となった言葉が、

 

:3 る『ここまで来てまほが参加しなかったら、みほ、泣くんじゃないかな。いいの? お姉ちゃんとして』

 

 本人も見てるのに恥ずかしいこと言わないでよう。

 ……でも、お姉ちゃんが来てくれなかったら悲しいかな。

 流石に泣きはしない。とは思う。多分。何だか自信がなくなってきた……。

 でも、

 

:妹の方『お母さんとお姉ちゃんが揃って来てくれるなら、私は泣かないよ』

 

 己の気持ちを言葉として、何だか面白いので流れに乗ってみる。

 すると母が必死に参加を決めたと言葉を投げてくれて、姉が観客席で立ち上がり、傍らの友人が慌てて後を追いかけて行ってどうしたものか。

 ……会場、まだ決まってないよお姉ちゃん。

 どこに行くつもりだろう。まあ、彼女に任せておけば安心だ。頑張って副隊長。私も通った道だよ……! 

 と、友人の背中を見送る。そして、

 

「――そうだ、皆に食事会のこと伝えなきゃ」

 

 周囲を見れば、既にチームメイト達の姿はない。あれ? と首を傾げれば、

 

「みぽりーん! こっち、こっち!」

 

 聞こえた声に振り向く。

 居た。

 皆、勢揃いしている。撤収作業を完了させ、あとは移動するだけのようで、

 ……まずは一勝だね。 

 手を振ってくれる彼女達にこちらも振り返す。

 一歩。そしてもう一歩と進み、

 ……ここから、また始まるんだ。

 合流する。そして、一人一人をみて、頷きを得て。今日の試合の締めとして言葉を作る。

 

「皆さん、お疲れ様でした。二回戦までは時間がありますが、油断せずに準備しましょう」

 

 それから、

 

「私の昔馴染みが勝ったお祝いにって、食事会を開いてくれるそうです。場所はまだ未定ですが、皆さん参加で大丈夫ですか?」

 

 言うと皆が色めき立った。

 試合に勝った時よりも喜んでいるように見えるのは気のせいだろうか。

 

 

   ~~

 

 

:妹の方『また後で』

 

 との言葉を最後に、彼女の母親や姉も含め会話が終わったのを、みつるは感じた。

 ……あれ? これ文面的に俺も参加する事になっているのでは……?

 いつ間に、と思うが、まあ最初にちょこっと顔を出してお暇すればいいことだ。長居する理由もないし。

 

「……いや、大洗チームを一目見ておきたい。でも」

 

 せっかくの戦勝祝いに初対面の大人が混じるのはよろしくないだろう。それに向こうは女子高生でもあるのだ。

 

「事案だね、解るとも」

 

 行ったら即行で挨拶して帰ろう。そうしよう。

 と、決意を胸に、録画してあったらしい大洗対サンダースの試合をリピートに入った母へ、

 

「あのさママン、今夜みほ達の祝勝会を会場から手配したいんだけど」

「んー、確かあの辺りに後輩ちゃんのお店があったはず」

「番号は?」

「連絡リストの二十五番」

「何料理?」

「和食中心で洋食も少々、中華系は置いてなかったかなー」 

 

 なるほど、と言われた番号から電話をかける。

 ワンコールで出た。そして、

 

『浅間先輩! あ、息子さんですか!? ええ、今夜なら大丈夫です! メニューにハンバーグですか。もちろんありますよ! はい、宴会用の大部屋が一、個室が一ですね。料理の方は……、はい、到着してからご注文ですね。大丈夫です。ええ、承りましたー』

 

 とすんなり予約が取れたので改めてうちの母親は凄いと実感した。

 今度昔の話を聞いてみるかな、と思いつつ、会場と時間の決定を西住家の三人へ連絡しておく。すると、

 

「ねえみっくん、ちなみに誰が参加するの?」

「大洗の戦車道チームに、黒森峰の隊長と副隊長。あと西住ママン」

「おお! しほちゃん来るんだね!」

「そうなった経緯はうちと西住家のグループ見て」

「――消音設定にしてたから全然気付かなかったよー」

 

 そして端末を確認した母が腹抱えて笑い出したのでお茶を渡しておく。

 ……どこがツボに入ったのか解らん。

 謎だ……、と母の笑いが収まるのを待って、

 

「というワケでママン、ちょいと熊本まで西住ママンのお迎えをお願いしたいです」

「いいよいいよ、任せなさい! ――じゃあ、ちょいとしほちゃん迎えに熊本までひとっ飛び行ってきます」

「今から? 早くない?」

「積もる話もあるのよ。大丈夫、時間には間に合うから」

 

 それじゃ、と、居間を出て行った母の背を見送って、ややあって聞こえてきたエンジン音に己は思った。

 ……迎えに行くのに何故、紫電を飛ばすのか。

 アレって一人乗りじゃなかっただろうか。というか熊本まで飛べるのか……? 解らん。まあ、母の紫電は最新のレギュレーションに合わせて弄っているので大丈夫だとは思う。ただ、

 

「お出かけに戦闘機を使うのは未だに慣れないよなあ」

 

 それを言いだしたら戦車でコンビニはどうなんだという話だが、アレはそういうものだという認識なので問題ない。ないのか……?

 

「まあ何であれ、だ」

 

 記憶の中とは細かい部分が相違しているこの世界。これから先の展開は未知数だ。新展開と言ってもいいかもしれない。ただ、

 

「このタイミングで西住母娘が話し合いとか、流石に予想できないって……」

 

 元々、記憶の中と違って大きなわだかまりはないものの、微妙に距離のあった母娘が歩み寄っているのだ。

 ……そりゃ驚きますわ。

 端末でやり取りしてる時なんて胸がドキドキしっぱなしだ。一つでもミスったら台無しになりそうな会話なんてもう参加したくない。

 

「まったくあのお二人さんは……」

 

 文字枠(グループ)を間違えるとかお茶目さんかよ最高じゃん。

 貴重な一面を見れたわー、といい思い出として保存しておく。だが、

 

「これからだよなあ」

 

 まずは一勝。

 ここから彼女達の物語は始まるのだ。しかし、

 ……大筋は変わらない、か。

 黒森峰が事故を原因に十連覇を逃したように。

 西住みほが黒森峰を離れ、大洗へと転校したように。

 大洗で彼女が戦車道を再開したように。

 そして、

 

「大洗女子はサンダースとの試合に勝利した」

 

 戦車道連盟の発表した組み合わせ表を見れば、彼女達の次の対戦相手はアンツィオ高校となっている。

 ……となれば、このまま順当に行けばその次はプラウダ、そして黒森峰とぶつかるワケか。

 どうなのだろうか。己の知っている〝西住みほ〟は、記憶の中の彼女よりも性格的に強くなっている印象だ。

 そうなった理由は己の存在か、はたまた別の要因だろうか。

 どちらにも断言はできない。ただ、言えることは一つ。

 

「大洗は優勝する」

 

 そしてその先へ進むのだろう。

 もしかしたら、という可能性もあるがそれは考えない事にする。一応、何があっても対応できるように準備はしつつ、

 

「――ファンはファンらしく、応援しながら行く末を見届けよう」

 

 己は、テレビを見た。

 大洗女子対サンダースの試合の映像。母がつけっぱなしにしたものだが、

 ……ああもう、生で見たかったなあ……!

 今は映像で我慢する。だけどいつかは観戦に行こう。絶対に。

 

「そのためには仕事を片付けねば……」

 

 目指すは次回のアンツィオ戦。だが、

 

「今日くらいサンダース戦を見ていてもバチは当たらんよな」

 

 時計を確認。祝勝会までの時間を考慮しても試合を見る時間は十分にある。

 ならば、

 

「――試合を最初からだ」

 

 映像を開始直前へと巻き戻す。

 お茶を片手に、用意されていた羊羹をかじりながら、

 ……いいねえ。

 と、試合を観戦する。

 そして己は思った。

 

「ああ、本当に」

 

 喉を動かし、声として、心に浮かんだ言葉をそのまま口にする。

 

「ガルパンはいいぞ」

 

 つまりそういう事なのだ。

 


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