:うめ星『それじゃあ、エリカさんは隊長と一緒にみほさんとお食事なんですね。いいなあ、私も一緒に行けばよかった』
:え免見『食事って……。メインは大洗女子の祝勝会なんだけど』
:うめ星『それでもですよ。帰りが遅いから、みんな心配してたんですよ? 隊長ともエリカさんとも連絡が取れなくて』
:え免見『色々あったのよ』
:うめ星『例えば?』
:え免見『隊長がいきなり走りだして行方不明になったり』
:うめ星『え』
:え免見『その隊長を探して走り回ってたら私も迷子になったり』
:うめ星『えっ』
:え免見『知らないところで西住流家元がヘリから飛び降りたとかで騒ぎになったり』
:うめ星『いや、え、えっ』
:え免見『まあ、色々あったけど私も隊長も家元も無事だったから、他の子達にもそう伝えておいてくれる?』
:うめ星『――いや無理ですよ! いや、無事はちゃんと伝えますけど今の説明で全部は理解できませんよ!?』
:え免見『――ああ、安心しなさい。家元はちゃんとパラシュートを使っていたらしいから』
:うめ星『そこじゃないですよ――っ!!』
:え免見『じゃあ何なのよ』
:うめ星『いや何でそんな冷静なんですか!? 行方不明って、迷子って!』
:え免見『そんなことより』
:うめ星『うわあ、何事もなかったかのように流しますね……!』
:え免見『……もう怒られたんだから思い出させないで』
:うめ星『あ、何となく察したので了解です。続きは帰って来てからにしましょう』
:え免見『えっ』
:うめ星『それよりもそっち、みほさん達のお話は、今はどんな様子ですか?』
~~
そうね、とエリカは、黒森峰に居るチームメイトの問いに答えるため、隣室との仕切りとなっている襖を少し開けて覗いてみた。
机を挟んで向かい合っているのは、西住の家の三人だ。
左手に家元と隊長、右手に元副隊長を置いた構図で、
……まるで話が進んでない、というより始まってすらいないわね。
二十分前と全く同じ状況というのは口下手にもほどがあると思う。襖一枚を隔てただけの隣室にいて、声どころか物音一つ聞こえてこないのは心配だ。
:え免見『進展なしね、向かい合ったままダンマリよ』
:うめ星『えぇ……。それってマズくないですか?』
:え免見『大洗の祝勝会で主役のあの子が不在のままはマズいわね』
元副隊長を借りて、既に三十分が経とうとしているのだ。いくら身内同士の話し合いだとしてもこれ以上遅くなれば心配も現れるだろう。特に、
……あの子と同じ戦車に乗ってる連中なんてそうでしょうね。
彼女達とは、まだ顔合わせはしていない。自分達が来ていることは伝わっているようだが、元副隊長曰く、
「お母さんや、お姉ちゃんやエリカさんの事は、ちゃんとみんなに紹介したいんだ。ダメ、かな……?」
気恥ずかしさを感じさせる彼女の仕草と言葉に隊長と家元が片手で顔を覆って背を向けたのは仕方のない事だろう。私だってそうだ。
ともあれ、
「困ったわね……」
一応、話し合いが始まる前に、もしかしたらと可能性は聞いていた。己としてはまさかと思っていたのだが、
……そうよね、家元は隊長の母親なのよね。
血のつながりを凄く感じる。当然か。だが、
「ああもう」
隊長や元副隊長ならともかく家元は手に余り過ぎる。
そもそも今回の話し合いは単なる家族会議。戦車道に関することではない。いや、そこにも触れるだろうが、主としては元副隊長の現状を中心とした家族の話し合いなのだ。
……部外者が口をはさむわけにはいかないし。
しかし、このまま何もせずに見ているわけにもいかない。
:え免見『どうすればいいのよ……』
:うめ星『私に聞かれても困りますよぉ……』
それもそうだ。と、己のふがいなさに頭を抱えつつ、
「どうしたもんかしら」
と、端末の画面を切り替えて、隊長や元副隊長の名前を見えるようにする。
……押せば簡単に繋がるのよね。
……それだとあの子の邪魔をしてるみたいじゃない。
話し合いの前。久しぶりに顔を合わせた元副隊長は、決意を感じさせる空気を纏っていたのだ。それなりに付き合いの長い身としては、そうなった彼女が強いことを知っている。
「……心配のし過ぎかな」
どうやら久々の再会が、実感していたよりも嬉しいらしい。顔は緩んでいないだろうか、と今更ながらに思う。ただまあ、
……それでもいいわ。
あの子を相手に意地を張るだけ無駄だ。空気を悪くするのは目に見えている。
今日の再開の場は、彼女達の戦勝を祝うための会場なのだ。
無名の戦車道チームが優勝候補にも数えられる強豪校に勝利した。その結果を喜ぶべきだろう。
:うめ星『みほさんなら大丈夫です。だって、私達の副隊長だった人ですよ?』
:え免見『……そうね。色々と心配になることが多かったけど』
きっと己は事を重く考えすぎている。少し頭を冷やした方がいい。と、ちょっとした気分転換に少し外を歩こうかと、部屋を出た時だった。
母屋へ続く廊下。薄暗いが、足元を照らす灯りが優美さを演出しているその先に、人影を見た。
……あ。
そして影がやって来る。
男だ。
しかしこの料亭の人間ではない。が、見知った顔だった。
「……ちょっと。何でそんなもの持って出歩いてんのよ、あんたは」
己よりも〝西住〟と付き合いの長い男が、ミニハンバーグを乗せたお盆を手に現れた。
~~
エリカは、彼が首を傾げたのを見た。そして、
「女将さんへの挨拶が終わって、帰る前に西住ママン達の様子を見るついでに、そろそろお腹減ったんじゃないかと軽い食事を頼んだら、まかないでよかったらって渡されて」
「何でよりにもよってハンバーグ……」
「……会場予約の電話でハンバーグがあるか聞いたからかもしれない」
昼間の心当たりに激突してどうしたものか。だが、
「せっかく持ってきてもらったところ悪いんだけど、今は無理よ」
「お腹減ってない?」
「……そういうことを言ってんじゃないわよ」
「じゃあお腹痛い? それともハンバーグ嫌いになった?」
「――はっ倒すわよ」
言うと何故か彼がお盆を差し出してきたので一つ貰っておく。美味しいじゃない。え、豚肉? そう、たまにはいいものね……。
じゃなかった。
「……あんたの予想が当たったのよ」
「マジかよ」
「大マジよ」
そっかー、と彼は少し間を置いて、何を思いついたのかこちらの横を通り過ぎて室内へと入っていく。ややあって手ぶらになった彼が戻って来て、
「後は任せた、頑張れ」
こちらの肩に手を乗せ無駄に良い笑顔を向けられたので腕を捻ってマウントを取る。そのまま位置をキープして、
「ほら、もう一度言ってみなさいよ」
「後は任せた、頑張れあああああああああああああああああ」
本当にリピートした肝の太さに免じて許してやろう。
まったく、と彼を解放して、己は端末を開く。放置になっていたチームメイトの名を叩いて、
:え免見『とりあえずは様子見。また追って連絡するわ』
そしてダウン中の彼を掴んで室内へ戻ることにする。
気分は変わった。
頭も冷えた。
一瞬だった、と己は思う。
……さっきまで悩んでたのが馬鹿みたいじゃない。
まったくもう、と息を吐いて気持ちをリセット。
今の自分に出来ることはないのだ。ならばこれからの時間の使い方は、
「ちょっと暇つぶしに付き合いなさい。あんたのことだから、どうせあの子が大洗に行ってからも連絡取り合ってたんでしょ? 少しは話を聞かせないよ」
部屋に入る際に彼を角にぶつけてしまったが、襖が無事でよかった。
~~
廊下から襖の角に何かをぶつけたような音を聞いたみほは、隣室に人が増えたのを察した。
向こうには先客として、友人が自分達の話し合いが終わるのを待っている。その彼女が入室を許可したのなら、
……みつるくん、だよね。
彼が来たということは、己が母姉と向かいあってからそれなりの時間が経ったという事だろう。
……エリカさんに悪いことしちゃったなあ。
自分の我儘で彼女を隣室に拘束してしまった。ごめんね、と心の中で謝りつつ、後でもう一度謝ろう、と頭の片隅にメモしておく。
……今日こそはちゃんと話すって、決めてきたのに。
蓋を開けてみれば沈黙が続く時間だった。この場を手配してくれた彼に申し訳ない気持ちが溢れてくる。だけど、
……ここで弱気になったら、今までと変わらないんだ。
せっかく彼が用意してくれた場なのだ。無駄にはしたくない。
母と姉も、彼が隣にやって来たことに気付いているだろう。そしてここまでの沈黙にも思うところがあるはずだ。ならば、
……ここで勇気を出さなきゃ!
ここが正念場だ。この機を逃すと、次があるかどうかも解らない。だったら、
「お母さん」
そして、
「お姉ちゃん」
己は、二人を見た。
今日は伝える。私の気持ちと、考えと、これからを。
きっと二人にとっての西住流と、己の進む西住流戦車道は違うものになる。
だけど。それでも、と己は、母と姉の対して、
「私は、今の戦車道が楽しいの」
言う。
「黒森峰とは違った戦車道。まだ試合の回数は少ないけど、私は、そんな大洗での戦車道が好き」
伝える。
「ごめんなさい。私は、お母さんやお姉ちゃんのような西住流戦車道は進めません」
でも、
「私の、私なりのだけど、二人みたいな、胸を張って、誇りに思える戦車道が見つけられるように頑張るから」
だから、と口にして、次の言葉を声に出そうとした時だった。
「みほ」
母に、名を呼ばれた。
見れば、母はこちらの言葉を止めて、ただ一度頷き、
「その先は口にせずとも結構です」
……あ。
ダメだった。伝わらなかった。
そう思った。
だが、
「――あなたの想い、確かに伝わりました。私達は、あなたがどのような探し物を見つけるのか、楽しみにして待ちます。存分に探しなさい」
母の言葉が、数瞬理解できなかった。
……え?
言われた言葉を、口に出さず繰り返す。一言ずつ、意味を考えるようにして、
……お母さんが認めてくれた……?
己の理解が、母の言葉に追い付いたのだ。
「いいの……?」
「ダメと、そういって欲しかったのですか」
「そ、そんなことないよ! ただ、……意外だったから」
「……そう。意外だったの……」
あ、何となく母が落ち込んだような気がする。と、雰囲気から感情を読み取れるようになってきたのは、気持ちに余裕を持てるようになったということだろうか。
……無意識に緊張してたんだ。
「はあ」
と息を吐いたのは、誰だろう。
また無意識に自分かもしれない。母か姉かもしれない。だが、
……良かったあ……!
ほっと一息。安堵、というのが正確か。
去年の事故から変わってしまった己の生活環境。そこに降ってわいた奇跡のような現状だが、一番の難所を乗り越えたと言ってもいいかもしれない。
「何だか疲れちゃった」
「じゃあ、今日はここまでにする?」
姉からの提案に、己は首を横に振る。
「せっかくの祝勝会なのに、いいのか? みんな待っているだろう」
「大丈夫。もうちょっとだけ、こっちにいたいの」
それに、
「お母さん達とはまだお話したいから」
全てを話す時間はないだろう。きっと気力もそこまで続かない。だけど、
……今日からお母さん達とのチャットを解禁しよう……!
これからはいつでも話すことができる。
いきなりだと二人は困惑するかもしれない。それでも、
……いっぱい話したいことがあるんだよ!
黒森峰を離れて、家を出て、大洗に移って、今日までにあった色々な出来事を家族に話したい。それから、
……私が居なくなってからの話も聞きたいな。
今日の勇気は無くならない。これからの私を支えてくれる、大切な想いだ。
心強いなあ、と昨日までの躊躇いが嘘のように感じるのは、己が一歩を進めた証だろうか。
……今の私なら避けてきた黒森峰の話題もへーき!
まるで戦車に初めて乗った優花里さんのようだと思う。これがパンツァー・ハイってやつなんだね……。
違うか。まあ何であれ、
「お母さん、お姉ちゃん」
まずは何から話そうか。と、短くも大切な時間で伝えられる話題を考えつつ、
……あ、そうだ。
己は、ふと胸に浮かんだこの気持ちを先に伝えるべきだと、そう直感した。
唐突だよね、と恥ずかしさが表情に出ないように意識しながら、
「私、二人のこと大好きだよ!」
言うと二人が両の手で顔を覆って背を向けた。
どうしたんだろう……?