:母 姉『みほの笑顔ガッ』
と、送られてきたメッセージから、何やらクリティカルな一撃を受けたんだな、とみつるは理解した。
おそらく面白いことになっているであろう二人の姿は、容易に想像できる。きっと不意打ちにやられてみほの顔を見れなくなっているに違いない。
……まあ、こんな言葉を送ってくる辺り、それなりの余裕はあるんだろうけど。
ずいぶんと良い空気を吸っている。一番に思い浮かんだのは、そんな感想だった。
何せ、続けて送られてくる言葉がこうなのだ。
:母 姉『うちのこさいこうだわ――』
せめて変換くらいしてくれませんかお二人さん。嬉しくて楽しいのは解かる。だが、隣室の様子を思い描くこちらの身にもなってほしい。
……みほに気付かれないよう、机の下で打ち込んでるのか……。
しかも表情は普段と同じだと予想する。
お茶を吹き出しそうになった。
何事かと心配をしてくれて有り難うエリカ。大丈夫、ちょっとギャップにやられただけだから。
ともあれ無駄なところに技能を、と思うが気持ちは十二分に伝わってくる。せめてもの手伝いとして、己は送られてくる言葉を長く押し、
:3 る『向かい側の御家族様からで御座います』
みほとの
「気付くかな」
その答えはすぐに来た。
:妹の方『うわあもう、うわあ……!』
言葉にならないとはこの事を言うのだろうか。
……いやまったく。
この
意味が解らん。俺、西住流じゃないし。敢えて言うなら浅間流か。
……いや解らんわー。
「まあ別にいいか」
「何が別にいいのよ」
と、いきなり聞こえた声に己は横を見た。
エリカだ。
差し入れに持って来たミニハンバーグに箸を入れていたはずのエリカの顔が、横にあったのだ。
~~
……近いな!?
己は、一瞬で乱れた脳内と心を落ち着かせるために少し身を引いた。しかしそれに合わせてエリカも動くので、
……うああああああああああああああああああ――……。
と内心で叫んで表情に出さなかった自分を褒めてやりたいし西住ママンとまほの気持ちが少し理解できた気がする。
「ビックリさせんな……!」
「人と話してる最中に端末を開く方が悪い。で? 何見てんのよ。チャット?」
「おいコラ、勝手に人の端末見るな」
「何よ、見られちゃマズいものでも入ってんの?」
「エリカの隠し撮りしゃ」
エリカの肘が直撃した。
「砕いてやろうかしら。この端末」
「待って、謝る。冗談だから。隠し撮りなんてしてない」
「へえ。じゃあ私の写真は入ってるのね」
「まほやみほとのペアで映ってるのがほとんど。ソロは昔のが何枚か」
「……ペア写真で手を打ってあげる」
案外この子ちょろいな、と考えたら睨まれたのでおとなしく彼女に送る写真をピックアップしていく。
……あー、枚数多すぎて探すの大変……。
気付かぬうちに溜まりすぎだ。
……あれほど専用のフォルダに上げろと言ったのに。
やはり女子力か、女子力なのか……。と、今後の対応という仕事の追加に頭を抱える思いの中で現在進行形で絵葉書が増えていくのはどうしたものか。だが、
「まあ悪くはない」
ただの事務的仕事ばかりでは息が詰まる。彼女達からの報告は、程度のいい休息になるのだ。それに加えて、
……西住姉妹からの近況報告もあるからなあ。
最近は、妹の方からよく大洗の子らと一緒に写った絵葉書が送られてくる。姉の方からは頻繁にではないものの、黒森峰での様子が写っており、
「――あった。コレ、まほから送られてきたエリカが戦車の掃除で足滑らせて転んだ写真」
「いつの間に撮ったんですか隊長……、というか何故、自撮り風に撮影を……!」
でも隊長とペアかあ、とエリカが複雑に表情を緩めながら端末を眺めている姿をつい撮影してしまったが許してほしい。
……隣の姉妹に送ってやろう。
すると即行で返信が来た。
:姉 妹『ぐっど』
実は君ら暇だろう。
ともあれ、端末内の画像フォルダの散らかりようにどうしたものかと考えた。
……そういえばチャットにアルバム機能があったような?
気になったので調べてみる。
するとヒットした。どうやら
と、己の認識の甘さに反省しながらヘルプに従って文字枠を新成し、
「今からそっちに新しい部屋のリンク送るから、ちょっと飛べるか試してほしい」
「別にいいけど……、鍵は?」
「〝みぽりんはチョー最高!〟」
「あ?」
「じゃあ〝まぽりんはチョー最高!〟に変えるからちょい待ち」
「あの子が隊長に変わっただけじゃない! というかそういう事言ってんじゃなわよ……!」
と言いつつもエリカが鍵を入力したのか、こちらの端末で開いていた文字枠に通知が来た。
――え免見様が入室されました。
「おお、成功成功。じゃあ今から画像上げるから、そっちで表示されるのと、端末に保存できるかどうかの確認もよろしく」
「ハイハイ。――ってコラァ! だからって何でまたさっきの写真なのよ!」
「――エリカのドジった写真は貴重だろ」
「あんたねえ……!?」
まあまあ、と己はエリカを宥めつつ〝試し〟の結果について確認する。
「それでどうよ」
「……ええまあ、ちゃんと画像は表示されてるし、長押しで端末に取り込みもできる」
「ならオッケー。じゃあ次は右上の〝頁〟ってやつ押してみ」
言うと、なるほど、とエリカが得心したように頷いた。
「アルバム機能ね。でも急にどうしたのよ」
「仕事向けというか、うちの連中向けに専用の写真部屋を作ろうかと思ってさ、ちょっと試作してみたワケ。あの人達、言っても画像を直接送ってくるからな……」
馴染みの薄いクラウドフォルダへのアップを促すより、普段使いしているチャットでの機能なら彼女達も利用してくれるはず。まあ、画像を上げる際にタグ付けを忘れないよう周知させる必要はあるが、その辺りはアルバム作成のためとでも一言添えれば十分だろう。
一応、予告として身内連中との文字枠へ近い内に専用の写真部屋を作る旨のテキストを張っておく。すると五秒で反応が現れて、
:一 同『任されましたあ……!』
何も任せた覚えはないんだけどなあ。
まさかアルバム作りのことではなかろうか。そうなのか、そっちがメインじゃないぞ……。
「エリカ、狙いと別の個所にやる気を出されたらどうすればいいと思う?」
「諦めればいいんじゃないの――」
「あ、ちょっと飽きてきたなお前……!」
当然でしょう、とエリカは言う。
「あんたの仕事を手伝うために来たんじゃないもの」
「暇つぶしに付き合えと言ったのはエリカだろう」
「……微妙に否定し難いところつくな馬鹿」
とエリカに軽く小突かれた。
「それよりもコレ、試作した部屋はどうするつもり?」
「黒森峰の子達でも誘ったら」
「私、この写真付きの部屋なんて残したくないんだけど」
「じゃあもったいないけど消すかなー」
と口にしている最中に指が閃いて先程のリンクが隣室へと飛んだ。
するとすぐに通知が表示されて、
――妹の方様が入室されました。
――姉の方様が入室されました。
「やっぱ暇だろ君ら」
「そんなことよりあんたねえ! 何てことしてくれてんのよ……!」
「せっかくエリカと作ったんだから、やっぱり消したくないなって。ごめんね?」
「許すと思ってんの!? あの二人が来ちゃったじゃない!」
「いやよく考えてみろって。参加したのは二人だけだぞ? ――西住ママンがいないだけマシだな!」
エリカの手刀が落ちてきたので白刃取りの動きで防御。
失敗した。
……ま、無理だよねー。知ってた。
と感想する辺り自分もだいぶ余裕だな、と思うも、今は目の前のエリカだ。
彼女の少し崩れた表情に、何となくの嫌な予感がしつつも、
「怒るなよ。エリカ」
「怒ってない!」
「じゃあ何が気に食わない」
「……あの子には、みほにはこんな
乙女かよこの子最高じゃん。などと言っている場合じゃなかった。
……やべえ、ちょっとマズった。
否、かなりの失敗だ。
このタイミングで、エリカが弱気を表に出してくるとは全くの予想外。
……やらかした――……。
と気まずくなった空気の中、どうしたものかと視線をエリカから外す。
すると新たに視線を向けた先。僅かなスペースを持った襖の隙間と、目が合った。
~~
「……ん?」
見間違いか、と二度見の動きで確認する。
するとまた襖の隙間と目が合った。しかし先ほどとは違う表情で、
……おいコラ。
そう思うと同時だった。
端末に、新しい言葉が表示されたのだ。
しょぼくれたエリカに怪しまれぬよう視線だけで画面を見れば、
:妹の方『わ、私はエリカさんのドジった姿も可愛いと思うよ!』
:姉の方『エリカ、お前、だからみほと合流する前に身だしなみを何度も整えていたのか』
:西住流『その気持ち、凄い解る……』
おいエリカ、何かもの凄いところから同意が来てるぞ。
違う、そうじゃない。
……話し合いが終わったなら言ってよ――。
というか覗いてるくらいならさっさとこっちに入ってきてくれませんか。そして俺を助けてくださいお願いします。
:3 る『見てたならタスケテヨ』
:姉の方『そう言われてもな……。私達が覗き始めたのはついさっきだぞ?』
:3 る『どの辺り』
聞くと襖の隙間で三段に並んだ瞳の内、上二つが目を合わせ、
:姉の方『〝別にいいけど……、鍵は?〟』
:西住流『〝みぽりんはチョー最高!〟』
:3 る『やっぱ暇だったな!? そうだな!?』
:妹の方『あ、あのね、褒めてくれるのは凄く嬉しいんだけどね? いきなりはびっくりしちゃうから、その』
:姉の方『照れたみほの画像、あるぞ。いるか?』
:3 る『――言わせんな恥ずかしい。当然だろう』
:妹の方『うわあああああああああああああああああ!!』
恥ずかしいからやめてよう、とみほが照れを見せ始めた辺りで、みつるは空気が入れ替わったことに気が付いた。
……あ、今ので助けられてる。
気分的に、だが、先ほどまで感じていた気まずさが薄れている。
一息ついたと、そう表現すべきか。
……仕切り直しだ。
そうとなれば話は早い。己は、エリカに対して言葉を作ろうとして、
:西住流『ところで聞きたいのだけど。いいかしら』
:3 る『……出鼻をへし折られたような気がするんですけどまあいいでしょう。それで、一体何ですかね?』
:西住流『ええ、さっきみつるから送られてきた文字のことを』
:姉の方『写真部屋へのリンクと鍵ですか。それがどうしました?』
:西住流『なるほど。この文字列はリンクというのね……』
:妹の方『お母さん……?』
:西住流『ええと、それでその、写真部屋というのはどうやって参加をすればいいの? 話に上がる画像を見てみたいわ』
:母以外『そこからか――……』
:西住流『な、何です! 何ですかその反応は! 仕方ないでしょう、母はこういうの苦手なんですから……!』
苦手とかそういうレベルの話ではないような気がするのは俺だけか。まあ、普段から紙とペンのアナログ系で仕事している人には無理もないと思うが、
……むしろ今まで書類をアナログで捌いていた西住ママンのスペックを考えると、PCを扱えるようになったらもっと娘二人と接する時間が増えるのでは……?
本気で考えてみる。が、それは今でなくても問題はないので先送り。とりあえず、
……今はエリカに目を向けるべきだ。
そして襖の向うで、娘二人が説明に入ったのを察する。
:妹の方『こっちは任せて! とりあえず、みつるくんはエリカさんに謝ること!』
~~
……そうだよなあ。
みつるとしては、みほの言葉に頷くしかない。
まさにその通り。どうこう悩む前に口にするべきことだったのだ。
「なあ、エリカ」
「何よ」
「今のは全面的に俺が悪かった。申し訳ない」
「……久しぶりの再会だからって格好つけてたのに台無しじゃないの」
「本当にごめんな。気付かなかった」
「別に怒ったワケじゃないからいい。ただ一気に力が抜けただけだから」
「それでもな」
本当にごめん、と頭を下げる。
と、エリカはしばし考えて、なら、と言葉を作った。
「次の試合は、私達の一回戦よ」
「そうだな。負ける姿が想像できない」
「ええ、もちろん勝利するわ。圧倒的に、王者〝黒森峰〟として」
だから、とエリカが続ける。
「試合が終わったら、あなた持ちで一食奢りなさい。うちの子達が全員参加する祝勝会、それで許してあげる」
「安い条件だな」
「――ハ、その程度ってことよ。解かったら反省、以後気を付ける!」
肝に銘じておこう、とエリカの雰囲気が戻った事に、己は安堵する。
……一段落――……。
思わぬ伏兵に油断を突かれたがまあ何とかなった。後は、隣室の三人がこっちの状況を察して合流するのを待つだけだが、
……声かけた方が早いか。
そう思い端末を開いて三人への言葉を作った時だった。
――西住流様が入室されました。
写真部屋からの通知が新しく表示されたのだ。
~~
「ねえ、ちょっと」
と、エリカも通知を確認したことをみつるは把握した。
……た、タイミング! タイミングだぞ西住ママン……! 伏兵の二段構えとは流石だな……!?
何が流石なのか。西住流か……、と訳の解らない思考をお茶を飲む事でクールダウン。温いな。だが少しは落ち着いたので、
:3 る『西住ママン! ちょっと!』
:西住流『やったわみつる、リンクというものを理解したわ!』
:3 る『よかったですねえ!』
駄目だコレ。駄目だコレ、言葉の向うに笑みを含めたしたり顔の西住ママンを幻視したせいで文句が言えない。
:3 る『よかったですねえ……!』
:姉の方『二回言ったな』
:妹の方『何だか抗議の意思を感じる、よ?』
:姉の方『お母様の喜びように言いたくても言えない雰囲気だな』
:西住流『そ、そこまで喜んでいません……!』
:姉 妹『そうかナ――?』
:西住流『まほ! みほ! 何ですかその顔は……!』
:3 る『そんな事よりこっち合流してくれませんか! ねえ! 聞いて……!』
:え免見『聞いてあげるから言ってみなさいよ』
は? とエリカの方を見る。すると彼女は笑顔のまま、いつの間にかこちらとの距離を間近まで縮めていて、
……あ。
:母姉妹『アチャア――……』
正にその通りでどうしたものか。だが、
「待った!」
「何よ。聞いてあげるから、言ってみなさい」
「誤解なんだ」
何がだよとか、浮気がバレた空気とか、そんな感想が浮かぶのはどうしてだろう。しかし、
「みつるくんの言う通りなんですエリカさん!」
隣室との襖が開いてみほが合流した。
~~
……コレ余計に面倒になるような。
そう直感したみつるは、可能な限り気配を薄めて観客に徹する事にした。
「……何が誤解って?」
「先に話を振ったのは私達なんです。みつるくんはただ、私達にエリカさんの素敵な写真を送ってくれただけなんです!」
「へえ」
「端末を見て緩んだ表情のエリカさん、私は可愛いと思うよ!」
「そう……」
「あと私のことを色々と気遣ってくれるのは凄く嬉しいし、どんな姿でもエリカさんはエリカさんだから、無理に格好つけなくても、私は格好悪いなんて思わないよ……!」
「……ふうん」
それに、と続けようしたみほを、エリカが止めた。
「待って。何で私があなたの前で格好つけてるって知ってるワケ?」
「見てたから!」
「……は? 見てた?」
「うん、襖の隙間から。お母さんとお姉ちゃんも一緒に」
「な、急に嘘言ってんじゃないわよあんたは!?」
「嘘じゃないです! ずっと見てました!」
「はあ!?」
とエリカがこちらを見たので反射的に顔を背ける。
「みつる! あんた知ってたわね!?」
「黙秘します」
「許可するかあ!」
まあまあ、と己は手を前後に振る。
「落ち着け」
「無理に決まってんでしょ! みほに全部知られちゃったじゃないの!」
「あ、またみほって呼んでくれた」
「あなたはちょっと黙ってなさい! 解った!?」
はーい、とみほが律儀にお口チャックの仕草をするので少し和んだ。
「仕方ないだろう、俺だって三人が覗いてるの知ったのついさっきだし」
「ならさっさと言いなさいよ」
「いや、……エリカに謝る方が先かなって思って」
「……馬鹿じゃないの」
「かもしれない」
はあ、とエリカが息を吐いた。
「もういいわ」
「エリカさん、素直じゃないなあ」
とのみほからの言葉にエリカが絡みに行った。
……助かったわ――……。
二人のじゃれ合いというか、仲の良さを眺めながらしみじみそう思う。
「二人とも仲良しだなあ」
つい漏らした言葉にみほが反応した。彼女は、もちろんだよ、と笑みを作り、
「だって私、エリカさんのこと大好きだもん」
するとその言葉を聞いたエリカが固まった。
……耳まで赤くなってる……。
いい反応だ素晴らしい。流れには乗るしかねえな、と心に従って己は言葉を作る。
「よかったなエリカ、みほが大好きだって。――俺もそんなお前が大好きだぜっ!」
言った瞬間、ノーモーションのアイアンクロ―が飛んで来た。