:冷や水『そのセリフ何度目だ』
:いすゞ『久しぶりの再会だそうですから、積もる話もあるのでは?』
:こい恋『でもやっぱり心配だよー……。みぽりん大丈夫かなあ』
:戦車女『――あっ、この窓から西住殿達が居る離れ座敷が見えますよ!』
:他三人『ほほう』
「アイタタタタタ! 流石だなエリカ! お前、実は車長じゃなくて装填手だったりしないか!? というか別に俺嘘は言ってないんだけどなあ……!!」
と彼を右手で掴むエリカの姿を見て、まほは思った。
……照れ隠しか。
みつるとみほ、どちらの言葉に対してかは解らないが、随分と力の入れようが甘く見える。以前に見かけた練習終わりの光景と比べ反応が大人しいのがその証拠か。
あの時は、周りの子らが何事かと目を向けるほどだったがすぐに「何だ眼帯か」と皆が持ち場へ戻った辺り後輩達には慣れた光景だったのだろう。その一体感、見事。
ともあれ、この場としては間に入るべく、
「エリカ、その辺りにしておけ。みつるも悪気があったワケじゃない」
「ですが」
「いいじゃないか。みほもみつるも、エリカが好きなんだ。それが事実。――あ、もちろん私も、エリカのことは好きだよ」
言うと彼女が動きを止めた。
そして、その隙に抜け出したみつるがみほと並んで、
「これだから無自覚イケメンは……」
「うん、昔からバレンタインとかチョコの数すごいもんね……」
「エリカも大変だな」
「お姉ちゃん、ああいう事サラリと言っちゃうからね、流石だよ」
「みほがそれを言うか……。うーんこの姉妹、やっぱ姉妹だわ。ソックリ」
「ええと、有り難う、でいいのかな……?」
えへへ、と妹から頬をかく仕草を引き出したみつるは相変わらず素晴らしい。お前達の仲の良さにちょっと嫉妬だぞ。私も参加したい。
だが、再起動したエリカの視線がこちらとみほを行き来して、何か納得したような表情になる。そして、
「これが西住流か……!」
その言葉にみつるが頷いているのはどうしてだろう。一体何に納得したのか。
……まあ、それは後で聞けばいい。
とりあえず、と己は言葉を作る。
「すまないなエリカ、随分と待たせてしまった」
「……いえ、大丈夫です。ちょうどいい話し相手もいましたから」
「そうか。なら遅くなってしまったが、次はエリカの番だな」
「あ、私は大丈夫です。この場で話すことはないですからお気を遣わず」
「そのために来たんじゃないのか?」
「ええまあ、そうですが」
でも、とエリカが続ける。彼女はみほを見て、
「今更、面と向かって話すような仲でもありませんから」
「エリカさん……」
「この子との話なんて、食事のついでに聞くくらいがちょうどいいんです。……その方が肩肘張る必要もなくて気楽ですから」
「エリカさん……!」
「――ええい! 抱き着くな、顔をうずめるな、私の服の襟で遊ぶなあ……!」
と妹の絡みに否やを吐きつつも、本気で振り払おうとしないエリカは相変わらずだ。
……黒森峰に居たころと変わらないな。
じゃれ合う妹達の姿に、そう思ってしまうのは感傷だろうか。それとも、かつての光景に今の二人の姿を重ねているだけか。
解らない。
だが、みほが黒森峰を去ってから、日々の生活や練習中にふと物足りなさを感じるのは事実。その感覚は寂しさと言い換えてもよくて。しかし、
……悲しみを感じないのであれば、それはきっと未練や後悔ではない。
ならばなんだろう、と己は考え、
「ああ、そうか」
何となくだが、答えが見えたような気がする。
みほとエリカは、以前と変わらず仲の良い様子で。
みつるは、そんな二人の姿を嬉しそうに見守っていて。
母は、表情に出てはいないもののどこか楽しそうな雰囲気で。
そんな空間で己はきっと、
「今が幸いだと、そう感じているんだ」
理解してしまえば簡単なことだと思う。
去年の一件だ。
黒森峰が十連覇を逃す原因となった事故、アレが一種の起点となっているのは間違いない。
正直、感情としては複雑だ。あの一件でみほは黒森峰を去る事になったのだから。
しかしあれ以来、〝黒森峰戦車道〟の環境が大きく変わったのは確かで、今の黒森峰は当時と比べるべくもないほど明るい。過程がどうであれ、結果だけを見れば良い方向へ進んでいて、
……今のこの幸いも、いずれは思い出として次の幸いに繋がっていくのか。
全く、と己は自分にだけ聞こえる程度に声を出す。
「みほが戦車道を止めないでくれて、本当に良かったなあ」
ここに来て、一気に実感した。
みほの笑顔。あの子が戦車を嫌いならず、かつてよりも楽しそうにしている姿はある意味での理想形で、
……いかん、幸いが過ぎて目頭が熱くなってきた……!
だが姉としての矜持がとか、でも仕方ないじゃないかとか、誰に向けたわけでもない言い訳をしているとポケットに入れていた端末が震えた。
一体誰だ、と画面の表示を見れば、それは妹達のじゃれ合いを嬉しそうに眺めていた彼からで、
:3 る『ハンカチなら持ってるぞ』
:姉の方『――馬鹿者、それくらい持ち歩いている。私がこの場で泣くと思ったか』
:3 る『今なら誰も見てないな』
:姉の方『……みつるが見てるじゃないか』
:3 る『じゃあ忘れる。――ハイ、忘れたあ……!』
なんだそれは、と呆れが真っ先にやって来るのは、多少なりとも上がっていた気分が落ち着いたからだろうか。
だが、この一言は必要だろう。
姉の方『有り難う、みつる』
送った言葉に返答は無い。しかし、彼へ伝わったのは間違いないようで、
……さっきよりも口角が上がってるぞ、馬鹿者が。
お前がそういう反応だとこっちまで嬉しくなるだろう。私まで口元が緩みそうだ。なに大丈夫だって? そうか、お前忘れてないじゃないか……。
と、視線で抗議すると彼が誤魔化すように顔を部屋の外へ向けた。
すると彼の動きが一瞬止まって、しかしすぐに己も見るよう促しを受ける。
……どうした?
つられて見た先。祝勝会の会場となっている母屋の二階、その窓から、妹の友人達が顔を覗かせていたのだ。
~~
随分と妹は好かれているな、とまほはこちらを伺う大洗女子の生徒達から、妹の人徳を知った。
……昔は友達が少ないと悩んでいたのになあ。
黒森峰でしょんぼりしていた姿は何だったのか。まあ、アレはアレで庇護欲を刺激されて心地よかったし、みほが去ってから判明した事実ではあるのだが、
「私達、黒森峰の戦車道履修者にとって隊長やみほさんは特別で、憧れなんです。だからみんな本人を前にすると緊張してしまって……。今更ながらに思うんです、もっと勇気を出して話しかけておけばよかったなって」
現パンターの車長曰くそういう事らしい。みほが大洗へ転校すると知った時の落ち込みようが心配になるほどだったのには納得だ。
……とはいえ、本人には恥ずかしいから黙っていてほしいと言う。
全くうちの子達は……、と苦笑が込み上げてくるのは、いずれ当人達が自ら伝えることを期待しているのだろう。
己は、そんな機会が早くやって来ることを望みつつ、
「みほ。エリカとじゃれ合うのはその辺りにしたらどうだ? これ以上、お友達を待たせるのは悪いだろう」
言うと、あっ、と気付いたように妹が立ち上がった。
「忘れてなかったけど気にしてなかった……!」
「やったじゃんエリカ、それほどお前に夢中だって」
「――しつっこいのよ! はっ倒す!」
と、エリカが彼を部屋の隅に追い込んでいくのを横に見ていると、そうね、と同意の言葉が別の方向から飛んで来た。
母だ。
その言葉に、己と妹は視線を向け、
「みほ。貴女は先に戻ってお友達を安心させてあげなさい」
「でも……」
「何か心配?」
「お母さん達、こっそり黙って帰ったりしない?」
「……ええ、帰ったりしません」
今の間は一体……、と横からエリカの掴みを防御している彼の声が聞こえたのは気のせいではないだろう。だが、
……何故、お母様はみほを先に?
ふとそんな疑問が浮かんだ。
単に妹の友人へ配慮した言葉かもしれない。
もしかしたら、みほに聞かせたくない話があるのかもしれない。
どうだろう。何となく、母の雰囲気から後者のような気もするが、
……まあどちらにせよ悩まずともすぐに解かる事だ。
ならば今は、妹の不安を取り除くことを優先として、
「心配しないで、みほ。私達は帰ったりしない。ちゃんと顔を出しに行くさ」
「ほんとう?」
「もちろん。友達を紹介してくれるんだろう?」
「――うん!」
そして、
「エリカ」
呼ぶと彼女がこちらを見た。
その向う。エリカにマウントを取られまいとする彼が、視線で助けを求めてくるが安心してほしい。私とお前の仲じゃないか、この場は任せてくれ。お母様から何かあるみたいだからな、と頷きを返して、
「すまないが、みほと一緒に戻ってやってくれないか?」
「構いませんけど、……隊長達は?」
「私達はまだ少し話したい事があってな。そう遅くはならない」
「……そうですか。いえ、解りました。お先に失礼します」
「ああ、私達もすぐに行くよ」
はい、とエリカがみほと共に部屋を出ていく。
自分はそんな二人を見送り、さて、と母へ身体を向けた。
「お母様」
「ええ、有り難う御座います。彼女がいては些か話しにくい内容でしたので」
やはりか、とまほは思う。
「……みほに関する事でしょうか」
「
「では一体?」
「その前に、もう少しこちらへ寄りなさい。あまり大きな声で話すような事でもありませんから」
それと、と母が視線を動かした。
自分も同じ方を見てみる。
すると彼が音を立てぬよう、這うように部屋を出ていこうとしていて、
……おい。
「みつる、何処に行くつもりだ」
「いや何だか込み入ったお話になりそうなので部外者は退散しようかと……」
「今更なにを……。お前が部外者なら私はどうなる」
「姉だろう」
それもそうか……、と納得しかけて危ない危ない。向こうで母が「なら私は母親ね……」とか言っているが無視という扱いで大丈夫だろうか。
……まあ大丈夫大丈夫。何か反応を求められたらみつるに全て投げればいい。
と、そんな思考をしていると、はあ、とみつるが息を吐いて身体を起こし、母の方を見て、
「女将さんへの挨拶も終わってるんで帰りたいんですけど」
「許しません。あなたにも聞いてもらいたいのです。……いえ、むしろあなたに聞きたい、と言うのが正しいでしょうか」
「お母様……?」
「大丈夫です、まほ。母は先の話し合いで既に覚悟を決めています」
穏やかじゃないな、とみつるが呟いたのを己は聞いた。
……確かにお母様がそこまで言うのは珍しい。
覚悟と、それだけの物言いをするのだ。当人は濁していたが、みほに関する話題なのは間違いない。みつるも、きっとその事に気付いている。
……一体、どのような話なのか。
自分は内容に予想を立てられない。だが、彼の方は思い当たるふしがあるのか、何やら難しい表情に変わっている。
その事に若干の仲間外れを感じつつも、己は母の言葉を待つ。そして、
「いいですか? まほ、みつる」
母が言葉を作る。
視線はやや伏せて、手指は落ち着きがなく。どこか恥ずかしそうな、それでいてソワソワした雰囲気を感じられて、
……あれ?
と、みつるも同じように思ったのか首を傾げている。
自分達が思っていた空気と違うのだ。
どういう事だろうかと、恐らく揃って疑問が浮かんだタイミングだった。
母が言った。
「――ええと、その、これからあの子のお友達と会うのだけれど、母親としてならどう挨拶すればいいのかしら……?」
みつるがもの凄く面倒臭そうな顔をしたが、うちの母を相手にそんな反応が出来るのはお前だけだと思うぞ。