1.
「胡蝶しのぶの様子がおかしい?」
「そうなのよ……」
7月9日、同僚である胡蝶カナエから仕事終わりに涙ながらに飲みに誘われ、もとい連行され、聞かされた話がそれだった。
彼女いわく、最近の胡蝶しのぶの様子がおかしいらしい。具体的に聞けば、彼女は以下のように述べた。
・毎朝5時30分に起きていたのに最近ではく遅刻ギリギリまで寝てしまうこともしばしばある。
・休み時間、胡蝶しのぶが何を求めてか校内を徘徊していると噂がある。
・なぜか夫や子供がいたり、妊婦であるという噂まで流れている。
・帰宅時間がこれまでより3時間ほど遅くなり8時に家に着く。
・話しかけても上の空になることがしばしばある。
・最近通販を始めたのか、休日になるとよく配達便が届く。中身を見ようとしたら肩を掴まれ無言の笑みで凄まれた。
・部屋に入ろうとすると、必死の形相で止められ、以後入室禁止を言い渡された。カナヲは好きに入れるのに私はなんで……。
そう言ったものを聞かされ、胡蝶カナエは頭を抱えて「私のしのぶが変わっちゃった〜」とこうべを垂れ涙を浮かばせる。
正直明日も仕事なので帰りたいのだが、こうも泣かれては席を立ち辛い。いかに同僚たちから「鈍感野郎」といわれる俺でもここで立ち去るというのが誤った選択であることぐらいはわかる。
(いや、そもそも俺は鈍感野郎ではない)
頭の中で同僚にそう反論するが、当然返事はない。ならば返事をもらえる相手に話をする。
「ちなみに記憶は?」
「まだ戻っていないはずよ?もし戻ってたら何かしら聞かれると思うし」
記憶、というのは大正時代の記憶のこと、鬼殺隊として生を全うした時代の記憶のことである。
この世界ではなぜかあの時代に共に生きた者たちが多数存在し、稀にその時代の記憶を思い出すものがいる。
現在俺が確認できているのは同僚であり元音柱である宇髄天元と、かつて弟弟子である竈門炭治郎と、彼と共に鬼を退治していた、現在風紀委員会でありその髪色から生活指導のメインターゲットの一人となっている我妻善一、そして目の前で妹の変化に嘆いている胡蝶カナエの3人だけだ。
5人で話し合った結果、大正時代での記憶はなるべく周囲に思い出させないようにしようということで話はついた。元の記憶を思い出すということは鬼殺隊として生きたあの辛い日々を思い出すということだ。鬼殺隊には鬼に身内を殺されたものも多い。なので無闇に思い出させるものではないと判断してのことだった。
今回胡蝶カナエに呼び出されたのは「記憶を取り戻したもの」が新たにできたのかと思ったが、その心配はなさそうだ。
とはいえ、胡蝶しのぶの様子がおかしい理由がわからないのも事実だ。
「すまないが俺にもわからない」
そう言って頭を下げると、胡蝶カナエが両手を慌てて横に振り、頭をあげるよう促す。そして頭をあげると胡蝶カナエは両手を顔の前で合わせる。
「もし何かわかったら教えてくれないかしら?それと少しだけでいいからしのぶのこと気にかけてもらえない?」
彼女が家では姉、という立場のせいか、別の家族とはいえ弟である俺は彼女に頼まれごとをされると断ることができない。そのため返事は決まっている。
「わかった」
そういうと胡蝶カナエは俺の手を取り、顔を綻ばせ、一言俺に告げた。
「ありがとう、冨岡君!」
あぁ、面倒なことを引き受けてしまった。だがしかし引き受けた以上は中途半端で逃げ出すわけにもいくまい。
俺は心の中で溜息をつき、明日以降に向けての覚悟を決めた。
彼女が夢から覚めたのは自身が原因であるとも知らず。
2.
携帯電話のアラームの音で目を覚ます。
携帯を見れば、そこに表示されていた日時は5月19日05時30分
布団から降り、服を着替える。とはいえ、それは制服ではなくランニングウェア。
毎朝体力作りのために1時間のランニングを行なっている。コースはその日の気分で変更したりするものの、時間は正確に1時間と決めている。朝のランニングは予期せぬ出会いがあり、時にはお年寄り、時にはペット連れの方、それ以外にも多種多様である。そんな人との関わり合いも非常に趣深い。
ランニングを終え、時間は6時45分。シャワーを浴びて制服に着替えると、他の家族が目を覚ます時間だ。
「おはよう、しのぶ」
「おはよう、姉さん」
「しのぶさん、おはようございます」
「おはよう、カナヲ」
父と母が海外出張に行っており、その両親とともに海外出張に行ったご家族の子供であるカナヲは胡蝶家の姉妹とともに、3人で生活をしている。その生活での決め事として、食事当番を日替わりで行なっている。月曜日と木曜日は私が、火曜日と金曜日はカナヲが、そして水曜日と土曜日は姉さんが、残る日曜日は3人で担当をしている。今日は水曜日なので姉さんの担当の日なのだが、朝起きる時間が早い時には起きている人みんなでご飯を作っている。
「それじゃ姉さんは朝ごはんをお願い。私とカナヲでお弁当作るから」
「ありがとう、しのぶ。よーし、腕によりをかけて「かけてたら時間がないでしょ?簡単なものでお願い」……しのぶちゃんが冷たーい」
「はいはい、カナヲ、お弁当作る前に先に着替えてきちゃいなさい」
「はい、しのぶさん」
そんないつもの会話をしつつ、私たちの朝は過ぎていく。
学校に到着。
姉さん、それとカナヲと別れて下駄箱に行くと、友人たちが後ろから挨拶をしてくれる。
「しのぶー、おはよー」
「おはー!」
「小牧さん、三宅さん、おはようございます」
朝の挨拶はその日の元気につながりますのでしっかりと声をはって、笑顔でする。こういった挨拶の1つ1つが自分の内面を清らかにしてくれると私は思うのだ。たとえ何があっても「おはよう」「また明日」などの挨拶だけはしっかりとしなければならない。
授業間の休み時間は友人たちとおしゃべりをし、授業中は真面目に授業を終えて、やってくるのは昼休み。この時間だけは正直なところ気が重い。
「ほ、僕と付き合ってください!」
そう、私にとって昼休みとは、男子からの告白を断る時間なのだ。誰かに告白するということは相応の覚悟のいること。そこまでの覚悟をしてくれた方にお断りを入れなければならないのだけは辛く、入学当初から二年と二ヶ月たったいまでも慣れは来ない。
しかし、返事をしないわけにもいかない。
「申し訳ありません。好きな人がいますのでお断りさせていただきます。お気持ち、ありがとうございました。すごく嬉しかったです」
好きな人なんていない。いないのだが、こう言わなければ相手に僅かでも可能性を与えてしまいかねないのでこう言った。私がそう言うと、彼は渋々ながら納得し、一言、二言告げ離れていった。残された私はいつも通り教室へと戻る。クラスの友人からはからかわれるが、相手の個人情報などは一切伝えず、笑みで誤魔化す。せっかく私に告白してくれたのだ。そんな彼の勇気を足蹴りにするようなことはできない。なんとか休み時間をごまかしにごまかしやり過ごし、あとは5.6時間目の授業を受け、私は自宅へと帰る。
家に帰れば、1人である。姉のカナエは教師の仕事で、カナヲは部活動のため家にいるのは私1人。そのことに寂しさを覚えたりはしない。むしろこの1人の時間は自分にとって気を落ち着かせるじかんなのだ。学校で無理をしているつもりはないけれど、やはり学生生活とは楽なものではない。部活動・委員会等には参加していないけれど、彼女は良くも悪くも有名なので、様々な相談事をされるのだ。恋愛、部活動、人間関係、勉学、様々な物事を相談され、流石の彼女も若干の疲れを感じてしまう。
なのでこの1人の時間は貴重なものだ。次に帰ってくるであろうカナヲは少なくともあと2時間は帰ってこない。
そうと決まれば、行動は早かった。紅茶の用意をする片手間に時間がなく読めなかった本をリビングに持っていく。準備の終えた紅茶をリビングのテーブルに置き、ソファーに腰を落とし、一心不乱に本を読み漁る。2時間あれば4冊は読み終えることができるだろう。
手に取ったのは最近ドラマになった、だとかテレビで取り上げられた、なんて有名なものでなく、なぜかタイトルを見た瞬間に手に取ってしまった恋愛系の小説だった。
『水際の蝶の行方』
話の内容はなんて事はない、記憶喪失になった女性とそんな彼女と将来を誓い合っていた男性の恋物語である。
どうやら記憶喪失になり全く身に覚えのない彼氏との徐々に近づいていく距離感を描いたものらしく、彼氏に告白すると同時に記憶が戻った後の彼女は彼との思い出が帰ってきたことに喜んでいるようだ。
読み終えると同時に本を閉じ、考えに耽る。
確かに、重い他人と思いが通じあった事は幸せだったのだろう。けれど、記憶喪失中、彼女は以前の自分に嫉妬はしなかったのだろうか?好きになっていく人に恋人がいて、それを知ってもなお惹かれていく状況に絶望はしなかったのだろうか。
(私だったらどうだろう……)
そんなことを考えていると、突然肩を叩かれる。
「しのぶ、それそんなに面白いの?」
「っ!……ね、姉さん、今日は早かったのね」
感情のままに笑みを浮かべる姉さんはより一層の笑みを浮かべ、口を開く。
「今日は夜ご飯、私の当番でしょう?」
「あぁ、そういえばそうだったっけ?それじゃ私も手伝うわ。服着替えてくるからちょっと待ってて」
そう言って、本を机の上に置き自室へと向かう。
先ほどまで読んでいた本の表紙を複雑げに眺める姉の姿を知らず。
「「「ごちそうさま」」」
夜ご飯を食べ終えた私たちはお風呂へと入り、リビングで過ごす。カナエは雑誌を読み、カナヲと私は宿題をする。
雑誌や教科書、ノートのページをめくる音、書き物をする時のシャーペンの音、言葉数は少ないが、この時間は集中できる。そんな勉強時間も9時30分になると同時に終わる。
「しのぶさん、相変わらずすごく早く宿題終わらせれますね」
「ほんと、カナヲが声をかける時以外は全く気が逸れたりしないんだもの。……私も声かけたのに反応しないし」
「姉さんも教師だったら暇だからって邪魔しないで。カナヲ、宿題をやるときは何時までに終わらせるか、その目標を決めておくといいですよ?まだ早い話だけれど受験の時は当然時間に限りがあるのだから、その練習にもなりますしね」
「はい、しのぶさん」
「しのぶちゃんが冷たーい。もっと私に構ってよー」
「はいはい、私はもう寝るから消灯はお願いね」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみー」
挨拶も済ませ、私は自室の布団に体を預ける。
明日も学校があるのだから、休める時は早めに休んでおこう。
こうして私のありふれた1日は終わる。
3.
携帯電話のアラームの音で目を覚ます。
携帯を見れば、そこに表示されていた日時は6月25日05時30分。
布団から降りようと思うのだが、視線が天井から離れない。天井に何があるか、それは言わずもがな、引き延ばしに引き伸ばした冨岡義勇の写真である。真っ白だった部屋の壁、天井には愛おしくて仕方のない彼の写真が貼られている。あぁ、視線がこちらを向いている写真があればもっと素晴らしいのだけれど、いっそ小型カメラでも買って耳に装着して置こうかしら。
そんなことを考えるが、同時に時間が迫っていることに気付く。いけない、こうしてはいられない。
私は部屋にかかっている黒のパーカーと紺のジーンズを着て、家を出た。
毎朝私は体力作りのために1時間のランニングを行なっている。コースはその日の気分で変更したりするものではあるが、最近はだいたいこの道を選んでいる。誰の家なのかはわからないけれど、目印にちょうど良いのだ。ただそれだけが理由で、他意はない。
(そろそろですね)
身を隠していると、目印にしている家から庭へと、1人の男性が竹刀を片手に出てきた。
(ビデオカメラ、よし。携帯のカメラの消音、よし。角度、よし)
確認事項を全て確認する。
冨岡義勇、私の通う高校の体育教師であり、生活指導の先生であり、私の思い人である。彼は毎朝6時になると庭で素振りをする。あぁ、今日もなんて愛らしいのかしら?
移動時間も含めて、撮影時間は正確に1時間と決めている。朝の撮影会は予期せぬ出会いがあり、時には呼吸を用いた技を繰り出すカッコいい義勇さん、時にはお茶を飲み落ち着く可愛い義勇さん、それ以外にも多種多様である。そんな撮影会も非常に趣深い。
撮影を終え、撮影した写真を眺め余韻を味わい、時間は7時00分。……07時00分?!まずい、食事当番ではないとはいえ、このままでは学校に遅刻してしまう。私は今の肉体で可能な範囲で呼吸を使い、屋根から屋根へと飛び移り一直線に家に向かい、行儀が悪いことを承知で自室の部屋の窓から帰宅。時刻は07時10分、まだ誤魔化せるはず。
シャワーを浴びて制服に着替えると、他の家族が目を覚ます時間だったはずなのだけれど、ここ数週間は私がリビングに向かうと、準備を終えた。
「おはよう、しのぶ。なんだか疲れているようだけれど大丈夫?」
「お、おはよう、姉さん。問題ないわ」
「おはようございます。先ほど二階のしのぶさんのお部屋からすごい音がしましたが大丈夫ですか?」
「おは、よう、カナヲ。少し探し物をしてただけだから大丈夫よ」
父と母が海外出張に行っており、その両親とともに海外出張に行ったご家族の子供であるカナヲは胡蝶家の姉妹とともに、3人で生活をしている。その生活での決め事として、食事当番を日替わりで行なっている。月曜日と木曜日は私が、火曜日と金曜日はカナヲが、そして水曜日と土曜日は姉さんが、残る日曜日は3人で担当をしている。今日は水曜日なので姉さんの担当の日なのだが、朝起きる時間が早い時には起きている人みんなでご飯を作っている。とはいえ最近私は自分の担当の日にしか作れていないのだけれど。
「それじゃ学校もあるんだから早く食べて準備なさい」
「う、うん、ありがとう」
「ごちそうさまでした」
そんな最近ではいつもの会話をしつつ、私たちの朝は過ぎていく。
学校に到着。
姉さん、それとカナヲと別れて下駄箱に行くと、友人たちが後ろから挨拶をしてくれる。
「しのぶー、おはよー」
「おはー!」
「小牧さん、三宅さん、おは……ッ!」
朝の挨拶はその日の元気につながりますのでしっかりと声をはって、笑顔でする。こういった挨拶の1つ1つが自分の内面を清らかにしてくれると私は思うのだ。たとえ何があっても「おはよう」「また明日」などの挨拶だけはしっかりとしなければならない。
だがしかし、何事にも例外はある。例えばこんな、靴箱の前を義勇さんが通り過ぎたときだったり。咄嗟に三宅さんの背中に隠れ、同時にカバンを先生の方に向け、カバンの中に手を入れて中の携帯で録画をオンに。携帯のカメラに合わせてわずかに空けた穴から義勇さんの動画を撮影することに成功。あぁ、あのジャージになりたい。もしくはそのジャージが欲しい。そのジャージを家にあるぎゆたん人形(マネキンを使い作った、職員室に座らせておけばいい半日は学内全員にそこに冨岡義勇がいると錯覚されられるレベル)に着せてあげたい。まぁ今はぎゆたん人形は私の布団の中で何も身につけずに寝ているのだけれど。
義勇さんが私の可視範囲から離れたのを確認して録画ボタンを切り、苦笑いの友人2人と教室へと向かう。彼女たちも最初のうちは私の恋心に興味津々で質問攻めをされたのだけれど、私が自室へと彼女たちを招き私にとっての義勇さんを3時間話し続け、今では頼りになる協力者である。
ちなまにぎゆたん人形を彼女たちに紹介すると、大喜びしてくれた。
「肌の質感が人間のそれと同じなんだけど。ってかなんか体温持ってるんだけど」
「人形の体に管を通してその中をなんちゃってトマトジュースが循環していますので少しばかり熱を持っているかもしれません」
「それまんま血液じゃん?何人体の神秘を人形に搭載してんのさ?!」
「このメーターは?」
「股間部分に振動を与えた回数を測るものですね。コレ、マックスになるとカルピスジュースがでるんですよ?……少々片栗粉でとろとろになっていますが」
「富岡先生逃げてっ!海外まで逃げて!ぎゆたん人形で既成事実作られる前に常にアリバイ作れる環境作って!!」
「ていうかこの人形ボイス機能付きなんだけど。しかも関節もありえないぐらいリアルなんだけど」
『あれは確か二年前のこと……』
「「喋ったァァァァァッッッッ?!!?!」」
今となっては懐かしい会話である。
授業間の休み時間は携帯のぎゆたんフォルダーの画像(盗撮)を眺め、授業中は授業の片手間に義勇さんとの子供のスケッチをしたりし、友人たちとをし、やってくるのは昼休み。この時間だけは正直なところ気が重い。
「ほ、僕と付き合ってください!」
そう、私にとって昼休みとは、男子からの告白を断る時間なのだ。誰かに告白するということは相応の覚悟のいること。そこまでの覚悟をしてくれた方にお断りを入れなければならないのだけは辛く、入学当初から二年と三ヶ月たったいまでも慣れは来ない。
しかし、返事をしないわけにもいかない。
「申し訳ありませんが、私も夫を持つ身。子供もすくすくとここで誕生を待ち望んでいますので、お断りさせていただきます」
「夫ォッ?!子供ッ?!そんな……俺が告白をする勇気を育んでいる間に胡蝶先輩はそのこれ見よがしになでているお腹の中で愛の結晶を育んでいるだなんて……っ?!」
夫も我が子もいない。いないのだが、近い将来に事実となるのだから構わないだろうと思いこう言った。私がそう言うと、彼はその場で灰と化し、それ以上一言、二言告げることもなくサラサラとその場を離れていった。残された私はいつも通り教室へと戻る。昔はこういうことがあればかならず根掘り葉掘り聞いてきていた友人は、ここのところあまりそういった会話に参加してこない。好きな人はいないのか、と言われそのまま屋上で授業をボイコットして二時間力説し続けたら感涙してくれたというのに、なんだか他人のように扱われて悲しいです。
5.6時間目の授業を受け、私は自宅へと帰る、のではなく、撮影会(夕方の部)の開始である。
自身も防具を着て直接指導する彼は見ていて飽きない。
「泣くな!絶望するな!そんなことは今するべき事ではない!」
「ちょっ、冨岡先生!?なんで竹刀で体育館の床に鋭利なもので出来た切断跡みたいなのができてんの?!」
「ちょっ、掠った!袴にかすって切れた!」
「トミー!もうやめてー!俺ら死んじゃうって!全国行く前に天国逝っちゃう!」
「生殺与奪の権を他人に握らせるな!惨めったらしく蹲るのはやめろ!」
「おい、次は何か回転し出した!回転ごとに威力上がってないか?!」
「切れた!俺の竹刀がスパッて切れた?!断面めっちゃきれい!」
「おいっ、1人死んでないか?」
「あれ村田か?!あのキューティクルは村田だ!」
「誰か風紀委員の我妻連れてこい!そんで鉄パイプ握らせて気絶させろ!あとは我妻が時間稼ぎしてくれる!」
「俺我妻のやつ探してきます!」
「ちょっ、先生!話し合いましょう!グルグル回って威力溜めんのやめて話し合いませんか?!」
「俺は話すのが嫌いだから話しかけるな!」
「あんた何で教師になったんだよ?!」
最初のうちは割と丁寧に教えているけれど、熱くなると素が出るところがまた愛らしい。というかもし本当に部員の何人かでも水の呼吸を使えるようになってしまうとおそらくその選手大会に出場できなくなると思うのですが、そこは考えているのでしょうか。まぁなんにせよしっかりと録画しないと。
ちなみにその後鉄パイプを握らされて連れられた我妻くんが義勇さんのあまりの熱心さに気絶してしまい、その後体育館全域にて目にも留まらぬ剣戟が15分ほど続くもその後校長が来て2人して大目玉を食らっていた。我妻くんとしては本当に理不尽だっただろう。ただでさえ怖がりだというのにその上実力が落ちているとはいえ元柱と一騎打ちをさせられ、最後には理不尽に説教を受けたのだから。けれどあなたの犠牲は無駄ではありません。お陰でこの携帯にも義勇さんの型の動画が3つ増えました。計11のはずなのでコンプリートまであと4つです!ただ我妻くんの戦闘スタイルは壁などを使い割と三次元に動くので撮影向きではありません。
今日も収穫はありましたし、現像してまた壁に貼らなければ。そう決意し私は校長室を後にした。
家に帰れば姉さんが出迎えてくれたのだが、急ぎしなくてはならないことがある。私は着替えてくる旨を伝え、自室へと行きカバンからあるものを出した。それは本日撮影、そして下校時に現像してきた50枚ほどの義勇さんの写真である。写真には鮮度があるため、一刻も早く部屋に保管しなければならない。50枚の写真を全て壁に貼り、服を着替え、私はリビングへと向かう。そこには料理を囲む姉さんとカナヲ。2人に急かされるように私も食卓へと座り、食事を済ませる。うちの食事はテレビをつけず談笑しながら食べる。ちなみに本日の会話を一部抜粋すると、こんな感じだ。
「しのぶ、最近帰りが遅いけど大丈夫?姉さん心配だわ」
「姉さんったら、心配し過ぎよ。私だってもうすぐ大学生なんだし(死なない程度の毒の研究ができるぐらいには勉強してきたのだから)大丈夫よ」
「でも、カナヲは竈門くんが一緒だから遅くなっても大丈夫だとは思うけれど、しのぶは1人でしょう?」
「だから大丈夫だってば。(靴の仕込み刀にもたっぷり麻痺毒塗ってるし。)今からそんな反応されてたら私一人暮らしできなくなっちゃうじゃない。生徒の自立心を尊重してちょうだい」
「でも……カナヲだって心配よね?」
「しのぶさんなら(例え正当防衛で人を殺しても足のつくような毒は使わないだろうから)大丈夫だと思います」
「か、カナヲまでそんなこと言っちゃうの?」
「姉さんは過保護すぎるの。もっと話だしを信用してくれてもいいじゃない」
「信用……そうよね、信用は必要よね」
そんな会話、そして食事を終え、お風呂に入ると私たちは自室にてそれぞれ作業に移る。宿題は授業中の合間に終えているので、私はぎゆたん人形に着せる服を製作中です。彼が大正時代に着ていたあの服装をなんとか思い出しながら作る。これさえできれば少し前に完成した刀を持たせ、出来上がりである。
コンコンコンコン コンコンコン
「師範、少しよろしいでしょうか?私1人です」
「構いませんよ。どうぞこちらへ」
「失礼します」
部屋に入ってきたカナヲは手荷物ものを私に見せる。
「炭治郎のなかに通す管が足りなくなってしまい、少しいただけないかと」
「構いませんよ。」
話す必要もないだろうがあえて説明をすると、もちろん人形のことである。
「炭くん人形の進捗はどうですか?」
「現在で約7割ほどです。残り手、足の先端の管を通し、衣類の製作、眼球の製作及びボイスデータの収集、レコーダーの製作で作業が終わります」
「手伝いたいのは山々なんですが、こういうのは自分でやってこそ、なのでしょう。私もぎゆたん人形を他の人に手伝わせるのには抵抗がありましたから」
「はい。炭治郎は私が1人で作り上げます」
あぁ、やはりこの子は私の継子なのだ。改めてそう思う。私の思想を理解し、自身も同じ思想を抱き、互いに行き詰まれば助け合える。
思えばカナヲは初めから、私の記憶が戻るよりも前から私と同じ眼をしていた。愛するものに飢えた眼、愛するものの全てを独占したいという独占欲に満ちた眼、私が教えたわけでもないというのに、彼女は1人でそこまで辿り着いた。
「やはりあなたは私の継子です」
「ありがとうございます、師範」
その夜、私は私の後継者は彼女しかいないと確信した。
さて、作業を切りのいいところで切り上げ、就寝時間となった。布団に入り、私は少し考え事をする。
先日偶然(盗聴器から聞こえた音声により)耳にした義勇さんと姉さんの食事会、そこで彼らは前世の記憶があるのは彼らを含め5人のみと言っていたが、それは誤りである。少なくとも私は私以外に2人、記憶を持つものを知っている。
1人は私の継子であるカナヲ
もう1人は元鬼であり炭治郎君の妹でもある禰豆子さん
なぜ私たちが記憶が戻ったことを言わないのか、それは前世の私たちにこれまでの私たちの培ったものを奪われないためである。
義勇さんたちは記憶が戻り、大正時代に生きた自分こそが己なのだと考えているようだが私たちは違う。
過去の自身であろうと現在の自分ではないのであれば同じ人を愛するライバル。私は胡蝶しのぶが上弦の弐を殺すことで、義勇さんを置いて1人で満足して死んだことを知っている。あれほど彼と近くに居れたというのに勝手に死んで今世でも彼を気持ちをかっさらおうだなんて、義勇さん風に言えば「笑止千万」である。
だから私たちは愛する人に記憶が戻っているとは言わない。言えない。今言えばきっと、彼らは過去の自分たちの手を掴むから。だから少しずつ、少しずつ彼らに歩み寄り、確実にこの手にしてみせる。
「義勇さん、あなたは私だけのものですよ?」
『……』
「やだ、そんな顔しないでください。私は誰よりもあなたのことを愛しているだけなのですから」
「あなたは誰にも渡さない。例え幾千、幾万の人が相手であろうと、その全てを払いのけ、私はあなたのそばに居ます」
「だから
覚悟してくださいね、義勇さん」
こうして胡蝶しのぶの1日は終わる。
この夜、姉さんは2人の女性の薄気味悪い笑い声を聞き、恐怖のあまり翌日は寝込んだそうだ。