日本外人部隊 作:揚物
いくつもの文明圏や文明圏外国家の商業船を乗り継ぐ苦労を経て、文明圏外国家の出身証明書を手に入れたグラ・バルカス帝国の諜報員が入り込んでいた。
むろん信頼できない国であることは承知されており、入場と同時に常に監視されていた。
文明圏外国家の服装に身を包み、髪型やヒゲも生やして上手く誤魔化しているつもりだったが、貴族とも商人とも違う立ち振る舞いに、クワ・トイネやパーパルディアの貴族や商人を見慣れていた外人部隊員には、すぐ判った。
もちろん逃がさず捕らえて“丁重に”聞き出すのだが、今は泳がせ、何を購入し何を持ち出そうとするか知ろうとしていた。それによって計れる事がある。
気付かれないよう後を着けると、周囲を物珍しそうに歩きながら、都市内でのみ使用が出来る製品も置かれている商店に入っていった。
「これは時計…か?」
壁に掛けられているデジタル時計や置時計に驚き、手にとってじっくり眺める。
このようなものグラ・バルカス帝国では作れず、どのような構造になっているのかさえさっぱり解らない。
「お客さん 観光客かい? それは都市外には持ち出せないよ」
店員に声をかけられ、集中し過ぎていた自分に気付き時計を棚に戻す。
「あっ、あぁ そうなのか。すまない」
「あちらのケースに入っているのが、土産用にお勧めしています」
店員が土産用というショーケースに移動、アナログのゼンマイ式腕時計が並べられている。
それでもムーで販売されているものよりずっと小さく、グラ・バルカス帝国の物より精細なものだ。
「どれも一度巻けば三日間は動き続けます」
為替レートから見ると随分と高いのだが、それでもグラ・バルカス帝国では一番高いものでも一日が限度であり、毎朝もしくは毎日巻き直しが必要であった。
その中で、一際丈夫なガラスケースの中に数本の腕時計が置かれているのが目に入った。グラ・バルカス帝国の腕時計よりも遥かに意匠も美しい。
「これは店で一番高価ですが、一度巻けば8日間動き続けます。時間もほとんどずれることはありませんよ」
「8日間も!? どんな仕組みで!?」
「修理は日本国もしくはダイダル都市でしか出来ませんし、構造を調べてもきっと解りませんよ。日本の時計はとても精密でムーでも作れませんから」
調べるために購入しようと考えるも、車を二台も買えるほどの金額であり、さすがに手が出せなかった。その為三日間使えるという機械式腕時計を購入し荷物にしまう。
次の商店をみてまわり、目に付くものがあった。
「これは、計算器か?」
電卓の販売は不可能であったが、もちろんそれを補う製品の販売が成されている。
国立科学博物館に展示され、そして分析解析し再生産された“タイガー計算器とクルタ計算器”機械式だが扱いやすく、日本でも1970年代まで生産され使われていた。
これの売れ行きがかなりよく、ムーでも一般販売されるたびに売り切れになる人気商品であった。もちろんグラ・バルカス帝国にも計算器はあったが、ここまで高性能かつ扱いやすいものではなかった。
計算器は技術の指標の一つ、これも買い求める。
「日本製の包丁が入荷しました! 限定400本!! お買い求めは一人二本まででお願いします!!!」
小さな人だかりが出来始め、何事かと様子をみる。
店員が持っているのは淡い乳白色の包丁で鉄の色をしていない。
「包丁か? それにしては変な色をしているが」
「これは せらみっく という物でできた包丁です。鉄製じゃないですが素晴らしい切れ味です。鉄ではないのでもちろん錆びませんよ」
人だかりがどんどん増えていくなか、店員は普通の包丁も取り出し比べてみせる。
「ただし、これは鉄製と違って研ぎには専用の器具が必要ですので、今は当店でしか取り扱えません。それに鉄製より少々もろいので、欠けた場合は直すのが大変です。柔らかい物を切るのに適しています」
店員は持っていた果物を僅かにも潰す事無く薄くスライスし、刃が欠けてしまっている包丁も用意して丁寧に説明している。
これは買いだろう、問題は研ぎ直しが出来ないと言う事だが、刀剣類を評価するには充分のはず。
「一本購入したい」
「はい、ありがとうございます」
綺麗な箱にしまわれた包丁を受け取り、これも帝国に持ちかえるとしよう。
後は、軍事に関わるものがあれば良いのだが、日本は軍事に関わるものは厳重だと言う。少々時間がかかるかもしれない。
商店街を見回っていると気になる店があった。
「各国軍用品払い下げ店」
店の前にはさす叉やヘルメットが置かれている。
望みは薄いながらと中に入ると、やはり剣や弓など古臭いものばかりで評価に値するものはない。
店を出ようかと考えたが、奥には先ほどと同じように人混みができていた。
「皆様! 今回入荷いたしましたのはマスケット銃さえも防ぐ日本製の盾で御座います!」
銃弾を防ぐと言う言葉に惹かれ、人ごみの後ろから覗く。
ポリカーボネイト製のライオットシールド。
第三文明圏外人部隊に配備されていた物だが、ライフル弾に耐えられるバリスティックシールドに更新するため、払い下げられた物である。諸外国では製造どころか解析さえ不可能である事がわかり、ほとんどはクワ・トイネの軍に払い下げられたが、ほんの少数ながら一般販売が許可されていた。
「この透明な材質、日本でしか作れない特別なものです。弓矢どころか20mの距離で撃たれたマスケット銃も防ぎます。信じられないと思いますので簡易実演を致します。どうぞ当店の裏へおいでください」
案内された裏庭に、地面に固定された盾と大柄な男が立っていた。
「マスケット銃は使用できませんので、代わりにこれで試します」
大柄な男がつるはしを握りしめ、地面に置かれた盾に振り下ろされるが、つるはしは弾かれて地面に突き刺さった。
「そこのお方。どうぞお試しください」
偶然選ばれたのでつるはしを受け取り、盾の前に立つ。
「はぁっ!!」
上段に構え気合と共につるはしを盾に振り下ろす。
表面に僅かな傷こそ付いたものの、やはりつるはしは弾かれ地面に突き刺さった。
「「「おぉぉぉ」」」
見ていた人たちから驚きの声が上がる。
「ひとつ、いや3つ売ってくれ!」
「いや! 私に全部売ってくれ! 倍出すぞ!!」
買占めが起ころうとしている中、貫くことが出来なかった事に驚いていた。
グラ・バルカス帝国でもこのような物を作るのは不可能、これはぜひとも持ち帰り装甲技術の確認に役立つ。
「もうしわけありません! 入荷数が20枚のためお一人様一枚でお願い致します!!」
なんとか一枚購入し、用意されていた布の袋に詰められて渡された。随分と大きなものも買ってしまったが、どの品もちゃんと都市外に持ち出せる物のため問題はない。
夜も遅くなり、日本の食事が楽しめる店に入る。食事の質からも国家のレベルが分かるため大事な事だ。
日本から出店していると言う東京玉将というチェーン店に入る。
「いらっしゃいませ~。こちらの席へどうぞ~」
犬獣人の店員に案内され和式タイプの席に座る。
「えーと、初めて来たのだが、お勧めはなんだろうか」
働いているのは獣人ばかりなので違和感はあるのだが、どれも見た目の良い服装で仕事をしている。
「ギョウザとお酒8種の試飲セットがお勧めです~。観光に来られた方はみな頼まれてますよ~」
先払いのためお金を支払う。
「では少々お待ちください~」
少しの時間を置いて、テーブルの上には鉄板の上で食欲をそそる音をだすギョウザと、中くらいのコップにキンキンに冷えた8種類のお酒が並べられた。
「そちらにある三種類の調味料を混ぜてお食べください~。他に注文がありましたら、またお呼びくださいね~」
「さて、頂くとするか」
熱い鉄板に気をつけながら、フォークでギョウザを突き刺し口に運ぶ。
噛んだ瞬間飛び出す熱々の濃厚な肉汁、火傷しそうで慌てて酒に口をつけ飲み干す。
「っくはぁぁぁ! 美味い酒だ! それによく冷えている!」
これが彼のミスであった。
「他の酒も、試すか」
今度は気をつけながらギョウザを食し、熱くなった口の中に冷えた酒で流し込む。
「うむ 美味い!」
多種多様な酒とそれに合う食べ物、それを良心的な価格で提供するため、この都市に訪れた大抵の者は初日は酔いつぶれるか、千鳥足で宿に向かう事になる。
次々と料理やお酒を頼み、本格的に酒に酔い始めてしまった。
泥酔とまではいかないが、歩くのが少しおぼつかない足で店を出てきた諜報員を呆れた様子で見つつ、監視していた隊員は通信機を手に取った。
「囮の可能性がある。他の諜報員が居るかどうか再チェックを急げ」
どうやらそれほど質が良い諜報員ではないようだ。
情報を得るにはこれでも構わないのだが、囮だった場合は状況として良くない。
外人部隊は彼を捕らえ、日本外人部隊基地に連行していた。
「なに、早めに話してもらえれば人道的手段のうちにおわる」
締め切られた2畳ほどの部屋に、イスに縛り付けられた諜報員、そして2つの缶詰と小さな機械が置かれる。機械の構造は簡単であり、ただの全自動缶詰開封機にすぎない。
「早めに言う事だ。今のところこれに耐えたグラ・バルカスの兵士はいない」
「グラ・バルカスを侮るな!!」
グラ・バルカス帝国の諜報員は、縛られた状態でも精神的に負けておらず、話すつもりなど毛頭ないようだ。
「そうか、では体験することだ。話す気になったら叫べ。まぁすぐには助けられないから早めにな」
機械をセットすると、外人部隊員は急いで部屋を出て扉を閉める。
全自動開封機によって、缶から噴出す空気、それが部屋に充満していく。
「ぐっ、げほっげほっ! これは、毒ガスか!?」
「死にはしない。我慢し過ぎれば気がふれる可能性はあるがね」
強烈な臭いの為、目張りしていてドア越しに話す事もできない、付けられているマイクとスピーカーによって会話が行われる。
「じっくり体験する事だ。なにただの食べ物、命に別状はない」
シュールストレミング、換気がされない密室に近い部屋で開ければ悪臭地獄を味わう事になる。
極めて人道的な拷問手段であるのだが、何も知らないグラ・バルカス帝国兵にとっては、毒ガス兵器に思えるだろう。
現代でも諜報員や一部の兵士は拷問を受けることを想定し、肉体的・精神的、あらゆる点において耐えられるように訓練を受ける。
ただ、極限の臭気をただ与えられるのは想定されていないだろう。
情報を聞き出すのは体を痛めつけるのが主ではない。心を折る事が大事であり、体を傷付けて情報を聞き出すのは最後の最後だ。