鬼殺隊にはとある奇妙な噂が流れている。
誰が言い出したのか、何時流れ始めたのか、分からないそんな噂話。
鬼殺隊には『柱』ではないが、『柱』と同格の恐ろしい隊士がいるのだ。
そんな噂話。『柱』はそもそも九人という決まりがある以上、『柱』と同格の実力を持っていても席が埋まっているのならばなることは出来ない。故に『柱』ではないが『柱』と同格───というのは決してありえない話ではない。
だが、恐ろしいとは何なのだろうか。その噂話を聴いた者はこぞってその理由を知りたがった。だが、誰もそれを知らない。
分かるのはその隊士が恐ろしいという事と、『柱』と同格の実力者である事と、そして決してその隊士の事は剣士と呼んではいけない事だけ。
─────────────
鉄を打つ音がする。
燃える炎の音がする。
微かに焼ける肉の匂いがする。
ここは鍛冶場。職人が魂を込めて一振りを造り出す神聖な世界
─────否、そんな高尚な場所ではない。
燃える炉を前にして、男は書に耽る。
その身に纏うは黒い洋装に顔を隠すような頭巾が着いた短めの外套。背中には『滅』の一文字、それはこの男が鬼殺隊の一員であることの証。さて、そんな鬼殺隊隊士が何故(なにゆえ)にこのような場所にいるのか。
「やはり、キミは心地が良い」
燃える炉の音と捲られる書の音以外に声が響いた。
男の声ではない、男は書から視線を動かさずに耳を傾けその声の主の言葉の続きを聴く。
「私が創るコレが鬼を狩り殺し、キミが生きて帰る。他の隊士ではダメだ。キミだからこそ心地が良い」
何処か嗤う様に何処か喘ぐ様に語るその声の主はこの鍛冶場──工房の主人であった。鬼殺隊の為に日輪刀を打ち上げる鍛冶師。
男の専属である鍛冶師は男が耳を傾けている事をしっかりと理解しながら言葉を連ねていく。
「鬼を殺し、鬼を殺し、鬼を殺す。私のもとにコレが戻ってくる度にコレは多くの鬼たちの血肉を貪って帰ってくる。私はそれが嬉しい、だからこそ私はキミが良いのだ」
「ぬかせ。そんな柄じゃあないだろう、アンタは」
恍惚とした声音の鍛冶師に男は呆れたような、どうでも良いような否定の言葉を投げかける。普通ならばそのような声音にムッとする所であるだろうが、鍛冶師はそんな男の声音に笑みを浮かべるばかりである。
「そうだろう。私は結局の所、ただのイカれだからね。それは仕方がないことだ。とても、とても」
ああ、正しく狂いだろう。
定まらぬ思考、変動し続ける想い。だが、それでも鬼を殺す為の日輪刀を造り出すには何も問題は無い。
それが分かっているのか、それとも純粋に慣れているだけなのか男は鍛冶師の言葉に軽く息を吐きながらその手に持つ書を閉じてその辺りに放ってその場から立ち上がり、鍛冶師を見る。
「それで、調整は終わったのか?」
「無論だとも」
ため息を吐く、男の言葉に蠱惑な笑みを浮かべながら今の今まで手にしていた男の日輪刀を専用の包みにしまってから男へと手渡す。
それを男は受け取りながら、日輪刀には一切一瞥すらせずに包みを肩に背負う。
「確認はしなくていいのかね?」
「する必要があるか?俺はお前を信用している」
「───それもそうか」
男はそのまま鍛冶師の横を通り抜け、工房の扉に手をかける。
「おや?このまま行くのかね?休んで行った方がいいと思うが」
「何も、問題は無い。休むならばここよりも蝶屋敷のが良い」
「やれやれ、釣れないな」
いつものように朝まで私と語り明かさないのか?
そう宣う鍛冶師に男は馬鹿にする様に鼻で嗤って応える。
「ほざけ。今日は気分じゃあないだけだ。戯け者」
それを最後に男は工房を後にした。
『滅』の一文字を背負うその背中を見送りながら鍛冶師は嗤う。
ああ、また、私の作品が鬼を狩る、と。
男は鬼殺隊の隊士である。
それ以上でもそれ以下でもない。
他の隊士と違うところはある。だが、それも大したものではない。
精々どちらのどんぐりが大きいか小さいかの違いしかない。
故に男は自分の出来ることだけをやり続ける。変に身の丈に合わないようなことをするつもりはない。しっかりと自分の出来る範疇だけをし続ければいいのだから。
男が出来ることとは何だろうか。と、時折意味の無い考えが男の脳裏を過ぎることがある。そう思った時はどうしようもなく疲れているのか、飢えているのかの二択でしかない。
前者ならば幸運だ。さっさと拠点にしている蝶屋敷にでも戻って茶を啜った後に半日寝てればいいのだから。だが、後者であった時は不運でしかない。後者は駄目なのだ、本当にそれは駄目なのだ。
何せ、そういう日に限って────
「ひぃッッ!!??」
爛々と夜空に輝く赤い月を背に森の中を女は悲鳴を上げながら走っていく。
白髪に赤い着物を着た女は恐ろしいほどの速度で足場の悪い森を走り抜けていく、その様は常人ではないのがよく理解することが出来るもので事実女の額からは外向きに二本角が伸びている。
すなわちそれは女が人間ではなく『鬼』である事の何よりの証だろう。
さて、では何故(なにゆえ)に人喰いの鬼、悪鬼たる女は悲鳴を上げ、その左眼に文字が刻まれた目から涙を零しながら逃走しているのか。
その理由は、などと一々くだらぬ語り草など要らないだろう。理由などはすぐ背後にあるのだから。
「来るな、来るなァッ!!」
軽く背後を見ながら叫び散らす女鬼、彼女の恐怖の出処とは男であった。
頭巾を被り、表情の伺えぬ鬼殺隊隊士がその肩に日輪刀をしまっている包みを背負いながら、女鬼とほとんど変わらぬ速度───いや、僅かばかりに男の方が早いのだろう。少しずつ少しずつ、男と女鬼の距離が縮まりつつある。
女鬼からすれば恐怖以外の何物でもないだろう。
最初はほんの些細な事だった。鬼の中でも少なくとも上の下程度には力を持っていた女鬼はその実力故に定期的に縄張りを変えていた。
それはそこまでの実力を得たが故に一箇所にい過ぎれば、鬼殺隊に勘づかれ更には『柱』が出張ってくる可能性があるからだ。女鬼は自分は強いと思っているがしかし、自分よりも強い人間がいるのを知っている。
死にたくない。だから女鬼は『柱』が怖い。
話を戻そう。女鬼は縄張りを変えてこの森へとやってきた。するとこの森には既に先住民がいたわけで、容赦なく女鬼はその先住民を追い出す為に動き始めた。と、言っても所詮は鬼でしかなく、多少強くなって利口になったとは言えども所詮鬼は鬼。
まず真っ先に出てくるのが腕っぷしでの排除だ。
その為に女鬼は先住民の前に躍り出て────ものの見事にその頭蓋を頸ごと踏み砕かれた先住民の姿を見てしまった。
鬼殺隊隊士らしく背中に『滅』の一文字を入れた洋装に顔が伺えぬ頭巾付きの短めの外套、肩に背負った身の丈程の包み、そして先住民の頸と頭蓋を踏み砕いた金属で出来たブーツ。
それを見て、それを噛み砕いて理解して、それが現実の事であると納得して、目の前の鬼狩りが自分を殺しうる程の怪物なのだ、と考え逃亡を決めるのに一秒も要らなかった。
女鬼はすぐさまに反転して逃走し始めた。血鬼術?そんなもの逃走を始めて最初の方で使用したがその結果はこの通りである。むしろ、近づかれてしまったことを考えれば血鬼術など使わずに逃げの一手しか女鬼にはなかった。
そうしてかれこれ一時間ほどが経つ。
如何に鬼殺隊が常人から並外れた身体能力を得ていようとも流石にここまで走り続けられる事などどう考えてもありえないのだがしかし、実際に出来ている以上仕方がないこと。鬼には無尽蔵の体力があり、一応鬼殺隊には有限の体力がある。
ならば、どう考えても逃走側の女鬼が有利で
「ぁ」
その肩が掴まれた。
強い力だ。このまま女鬼の肩を掴み砕くのではないだろうか、と思わせるほどに。もはや逃げる事は不可能だ。故にならば、と女鬼は身体を捩り振り返りながらその手の平を男の眼前へと突き出して自らの血鬼術を行使する。
先程の逃走時には距離があったが為に無駄骨でしかなかったがこの距離であるならばなにも問題は無い。
「血鬼術・蛇心樹木!!」
手の平から吹き出るのは樹木。とてつもない勢いと速さで樹木は成長し枝分かれし濁流の様に男を飲み込んでいく。
女鬼は樹木を操る血鬼術の使い手であった。
故に彼女は木々茂る森の中を自らの縄張りと定め多くの人間たちを貪ってきた。『柱』であれば最終的に死ぬのは間違いないがしかし、こうして不意打てば如何に自分を殺しかねない実力者であってもただでは済まないだろう。
そう考えて、油断なく次の一手を指す。
─────目の前で樹木が爆散しなければ、だが。
「はぁ!?い、いったい何が.......!?」
黒煙と土煙がもうもうと巻き上がる中、その奥で何かが動いているのを女鬼は見えた。しかし、動けなかった。
逃げねば死ぬ、と理解しているのに動けない。まるで眠れる獅子を起こしてしまったかのような恐怖が女鬼を襲った。
煙が晴れ、崩れた樹木の上に経つのはやはり黒い洋装の男。
だが、先程までとは違うのは被っていた頭巾が外れてその顔があらわになっている事とその手に日輪刀を握られている事か。
あらわになった顔は比較的整っている様であるが目を引くのはその瞳の色か、赤い。血のように赤いのだ。病的に白い肌と赤い瞳、これで髪が白ければ白兎を思わせるが残念ながら髪は
いや、いや、いや、そんな顔がどうしたというのだ。そんなものは女鬼からすれば至極どうでもいい話でしかない。
女鬼にとって何よりも、何よりも目を引くのはその日輪刀である。
「何よ、それ.......」
長さ凡そ身の丈ほど。刀身、否刀身などどこにも無い。
あるのは精巧な仕掛けの施された撃鉄と小さな炉心が搭載された金槌。
おおよそ鬼殺隊隊士が持つような日輪刀とはかけ離れた、いやそもそも刀の形をしていないどころか、刃物ですらない逸物。
刀では無い岩柱ですら、まだ斧である。
もはや日輪刀という概念に真っ向から喧嘩を売るその形状、それは正しく
「『つまらないものは、それだけでよい武器足りえない』」
自らを火薬庫と自称する専属の鍛冶師と同じ言葉を口にしながら、男は炉心を点火する。
「虫が、虫が、虫が、虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫──────虫は疾く死ね」
今夜は後者だった。
特に今夜はとりわけ飢えている。
───全集中・狩の呼吸 壱の業・左転変生───
狂気狂乱。鬼よりも恐ろしい笑みを浮かべた鬼狩が自らの日輪刀を振り上げる。
技術?そんなものは必要ない。
必要なのは鬼の頭蓋と頸を一度に踏み砕く程の筋力と消耗する
最後にあらん限りの殺意を添えれば────
「ぐぎぃぃ!!??」
女鬼の左半身が爆裂する。
辛うじて身体を動かせたのか頭蓋と頸は無事ではあるがしかし、殴打された左肩はまるで豆腐を潰すかのように容易く潰れて身体から削り取られ、殴打した瞬間に日輪刀の撃鉄が降ろされた事による爆撃が逃れた顔や頸、身体を焼いていく。
「あああぁぁぁぁぁ!!??」
迸る激痛に女鬼は悲鳴を上げながら削り取られた左半身の断面へと右手を這わせる。
何故だ、何故だ、一向に再生しない。
鬼の代名詞とも言うべきその不死性が全くもって機能していない。如何に異形の日輪刀と言えども頸を取られたわけではないのに再生出来ない。それは一体全体どういうことなのか。
その理由なんぞは男は知っているがそんな事を一々鬼に説明してどうするというのか?所詮は穢らわしい『虫』でしかない。『虫』風情に説明した所で理解するものかよ。故にとく殺す。
女鬼の左半身を削り取った体勢からその膂力と体力を使って無理矢理に異形の日輪刀を自分の右側に振るい、炉心を点火。遠心力を利用してその場で回転し────
───全集中・狩の呼吸 弐の業・獣狩り───
瞬間的に膨張する筋力と遠心力をもって女鬼の頸から上、その整った『虫』らしい穢らわしい右っ面へと叩きつけた。
再度爆裂。
そのまま女鬼の頸と頭蓋は爆炎により焼き尽くされ、異形の日輪刀により粉砕された。
如何に異形と言えども日輪刀は日輪刀。それをもって頸を潰せば鬼は死ぬ。それが当然、当たり前だ。
崩れていく、身体を見下ろしながら男は未だ形の残っている胸部を見て何を考えたかそれを勢いよく踏み潰す。
「……虫風情が良い気になるなよ、貴様ら。穢らわしい汚物如きが」
血払いをするかのように異形の日輪刀を杖を回す要領で振るってから包みへと入れ直し、外れていた頭巾を被り直す。
飢えはまあ、満ちたようでそのまま目的地である蝶屋敷へと足を向け歩き始めるが、直ぐにそれも取りやめる。
視線を頭上へと動かせばそこには物静かに一羽の鴉が飛んできた。
それはまるで止まり木の様に異形の日輪刀が納められた包みの先端にとまり、男を見る。
鴉であるが羽先が僅かに白っぽい隻眼の鴉。
「悪いが仕事だ。貴様には疾く行ってもらう必要がある」
流暢な声音で話し始める鴉に対して、男は特段驚く事もなく、その言葉に耳を傾ける。
「西北西、那田蜘蛛山。既に調査に入った隊士が何人も帰らない。狩れ狩れ狩り殺せ、汚物を潰して殺して滅ぼしたまえよ、同士」
「言われずとも」
翼を広げ、先導する様に西北西へと向かって飛び立つ自らの鎹鴉を見つめ懐から取り出した干し肉を噛み千切ってから追いかけた。
────次の狩場は『那田蜘蛛山』。そこに蠢く『虫』を全て狩り殺す。
────例外など何処にもない。あるのは踏み潰すだけの汚物ども。
────狂気狂乱。鬼殺隊の誰よりも恐ろしい異端の鬼狩が嗤う。
夜空には鮮血のように美しい赤い月が見下ろすばかり─────
──────────
《那田蜘蛛山》
「おい!俺と勝負しろ!!」
「違う!禰豆子は他の鬼とは違うんです!!」
「……立てるな?妹を連れて逃げろ」
「それ、隊律違反じゃないですか?冨岡さん?」
「知るか。喰う喰わぬ襲う襲わぬ関係無し────虫は、汚物は疾く死ぬべきだ」
《蝶屋敷》
「いぃぃいやぁぁぁあああああっっっ!!!!????何この人ッ、こっわ!?なんかすっごくおぞましい?恐ろしい?とんでもない水みたいな音が聴こえてくるんですけどもぉぉおお!!??」
「お久しぶりです。あ、コレを私たちにですか?ありがとうございます。みんなと食べさせてもらいますね」
「………………お久しぶりです」
「アナタは相変わらずなんですね……もう少し協調性を持った方がいいんじゃないですか?冨岡さんみたいになりますよ?」
「ヒノカミ神楽って知ってますか!?」
「まあ、いい。アレの尾を掴んだ後に踏み潰せばいいだけだ」
男
───鬼殺隊所属の階級『甲』の隊士。蝶屋敷を拠点に活動している『柱』と同格の古参。顔を隠すほど深い頭巾の着いた短めの外套を羽織っている。アルビノの青年。
『柱』からは一定の信頼を受けているが基本的に協調性に欠けるとダメだしされる事がしばしばあるが本人は知らんと改めるつもりも予定もない。
日輪刀は『爆発金槌』という異形も異形なそもそも刃物じゃないモノと膝近くまであるブーツ。どちらも異端の鍛冶師『火薬庫』が手掛けた異形の日輪刀。『つまらないものは、それだけでよい武器足りえない』という信念がある。それら『火薬庫』の日輪刀を発揮する為の狩の呼吸を見出した。
蝶屋敷を拠点にしているためか、蝶屋敷の面々とはそれなりに交友関係がある。
白羽峰桔梗
───しらはみね ききょう 男の鎹鴉。隻眼で羽先が僅かに白い流暢な言葉使いをする。男の事を同士と呼び、過激的な言葉を使う。
頭の中にふと生まれたから書いた!
異質金槌+10三デブ重打特化
筋力スタミナステ極振り技量はおまけ