山村一心と不死川玄弥の兄弟弟子らが蝶屋敷を目指して、はや二週間近く。
山村一心だけでならばとっくのとうに蝶屋敷にたどり着いた挙句に、しばらく療養してから次の任務地には向かっているだろう日にちが経つ頃、ようやく二人は蝶屋敷へとたどり着いた。
如何に不死川玄弥がいるとはいえ、二週間近くもかかってしまったのかその理由は主に不死川玄弥の修行だ。
山村一心が不死川玄弥に教えた技術『反復動作』は決して難しい技術ではない。だが、それを会得するにはある程度の地力が必要不可欠とも言えよう。そして本人に明確なイメージがなければその修得はより一層困難となるのは明白であった。
イメージ、切り替える動作はともかく痛みや怒りの記憶には事欠かない為に山村一心が不死川玄弥に求めたのは地力。本来ならば、全集中の呼吸・常中を用いる事でより一層の身体能力の強化を図るのだが、不死川玄弥は呼吸法が使えない。それ故に山村一心は道中鬼を狩りながら不死川玄弥に修行をつけていた。
無論、検査しなければならないのに鬼喰いなどをさせるわけにはいかず、また地力の強化の為に不死川玄弥は本当に戦うための力を置いて戦っていた。
『足を止めるな手を止めるな、常に周囲を意識しながら眼前に集中しろ、常に手段はお前の懐にしまわれている可能性は周囲に散らばっている』
断続的に飛んでくる山村一心の無茶苦茶な言葉に不死川玄弥はボロボロになりながらも応えようと奮起し、動き死にかけるがその度に叱咤の言葉が飛んでくる。これでは如何に確固たる意思を持っていようとも心が折れかねない。
鬼狩りが終われば、地力を鍛える為に殴られ蹴られの修行が始まり、何度も何度も不死川玄弥は吐きながら心が折れかけた。それでもそれでも、不死川玄弥は立ち上がりその折れそうな心を叱咤した。
心が折れそうになる度に楽しかった思い出とあの日の後悔が脳裏を過ぎるから。
その度に立ち上がり、やっぱり殴り飛ばされ蹴り飛ばされる。
だがまあ、山村一心とて鞭ばかりではない。三日に一回は近場の街でそれなりに美味しい食事処で不死川玄弥に奢るなど決して叱咤だけではない。
そんな修行をこなしながら移動した為、蝶屋敷にたどり着くのに二週間もかかってしまった。
「こ、ここが蝶屋敷……」
「そう、緊張するな。多少小言の一つや二つ……三つか四つは言われるだろうがとって食われやしない」
蝶屋敷を前にして緊張しているのか、喉を鳴らす不死川玄弥に山村一心はため息をつきながらも一瞬遠い目をしながら躊躇なく扉を開けて玄関へ入っていく。それを見て、慌てたように追いかけて不死川玄弥も蝶屋敷に入っていく。
玄関で靴を脱ぐ中、山村一心は靴を持っていくか否かをしばし逡巡するが息を吐いてから、持っていくのは止めるのかそのまま土間の端に寄せてからずんずんと蝶屋敷の廊下を歩いていく。
「えっと、山村さん。俺蝶屋敷に来るの初めてなんですけど、どういう人がいるんですか」
「知ってるだろうが、蟲柱とその継子だな。あとは看護士としてここで働いてる女性隊士と身寄りのない少女らだ」
「────」
そんな不死川玄弥への返答の直後、背後の足音が止まった。
振り返ってみれば明らかに緊張の色しかない不死川玄弥が固まっている。それを見た山村一心は一瞬怪訝な表情をしてから、不死川玄弥の肩を揺する。
こちら側へと戻ってきたのを確認してからため息をついて、部屋へ向かって再び歩き始める。
歩きながらも山村一心は後ろの不死川玄弥を気にするが、なんともぎこちなさを感じる。それを不思議に思いつつも特段何かを言うことは無い。
「山村さん?」
と、横合いから声をかけられた。
視線を動かせば、部屋から出てきた所なのかそこには神崎アオイがいた。
「久しぶりだな、神崎。三週間ぶりぐらいか?」
「そうですね。怪我は……してないようですね。ところでそちらの方は?」
「弟弟子の不死川玄弥だ。悲鳴嶼さんに頼まれてな、今日はコイツの検査の為に来た…………?」
神崎アオイに不死川玄弥を紹介していれば、目の前の神崎アオイの表情と不死川玄弥の反応が無い事に疑問を抱いた山村一心がそちらを向いてみれば、そこには完全に固まっている不死川玄弥がいる。
流石のその反応には神崎アオイも山村一心もなんとも言えない微妙な表情をするばかりである。
「…………不死川」
「…………大丈夫ですか、この方」
先程の反応と現在の反応から、山村一心は全てを理解して思わず天を仰いでしまった。
些か堅物すぎやしないだろうか、と零しながら再び肩を揺する。
「ぇ、ぁ、す、すいません……」
「あ、はい。大丈夫です」
何とか再起動してしどろもどろながら、神崎アオイに謝ったのを山村一心は確認してから息を吐く。
『呼吸法』が使えないという欠点がある弟弟子。この二週間という短い時間ながらもそれなりに気に入ってきたそんな弟弟子の意外な弱点に柄にもなく狩り以外の事で笑いそうになりながら、平静を保ちこれ以上ここで止まっていれば蝶屋敷三人娘が合流する可能性と神崎アオイの仕事の邪魔をしてしまう可能性を考えて、やや強引ながら不死川玄弥に声をかける。
「さっさと行くぞ」
「は、はい!」
さっきのように慌てながら先に進む山村一心を追いかけていく不死川玄弥。二人の背を見送りながら、一人神崎アオイは笑った。
「今日はなんだかいい事がありそうですね」
蝶屋敷で間借りしている自室に荷物を置いた二人は蝶屋敷の主である胡蝶しのぶへの挨拶と検査の為に一息着く前に早々に部屋を後にした。
「……えっと山村さん。大丈夫すか」
「何がだ」
「いや、なんか、気まずそうな雰囲気してたんで」
隣を歩く不死川玄弥の言葉に山村一心はふと、足を止めた。
その表情はいつもと変わらないものだが、一瞬その瞳は揺れ動き諦めたようにため息をついた。
「この前、何も言わずに任務に戻ったからな。少し、不安なだけだ…………」
「大丈夫すか、それ……」
「知らん」
話を終わらせて、そそくさと歩き始める山村一心の後を着いていく不死川玄弥。
二週間という短い時間ながらも不死川玄弥はこの兄弟子について、何となくではあるがその在り方を理解していた。
不死川玄弥は悲鳴嶼行冥の様に心中の機微までは分からず、山村一心の内に抱えるものなどそこまでは分からない。だが、それでもそれでも山村一心という人となりを察することは出来た。
山村一心は鬼という存在、いや鬼を通して何か別のモノを見ていてそれに対する殺意が表面上にあるがその中身は存外普通なのだ。悲鳴嶼行冥から聴いていた山村一心という印象は既に半ば崩れ、いまでは頼れる兄弟子として慕っている。
さて、そんな不死川玄弥だが少しずつ廊下を進んでいく度にとある事を思い出していく。
『蟲柱』胡蝶しのぶ。兄である不死川実弥と師匠である悲鳴嶼行冥と同じ現『柱』の隊士。つまりは立場としては自分よりも上の人間であり、そして歳上の女性である。
段々と進んでいく度にその表情は固まっていく。段々と緊張で表情は強ばり始める。
そんな弟弟子の変化を気づくことなく山村一心は廊下の角を曲がり────
「あ」
患者服に身を包む少年と出会った。
赤みがかった黒髪に額に痣のある耳飾りをつけた少年。
一瞬、山村一心はそちらに視線が動きその手が腰へと伸びかけたがすぐに自制して言葉をかけることなく少年の隣を通り過ぎる。
「!?」
だが、それはあくまで山村一心だけでその後ろを歩く不死川玄弥はそのまま少年の肩にぶつかって通り過ぎていく。果たして緊張しているからなのか、純粋に無視してるのか口を開かずに。
少年はよろめき振り返るとしばらくして口を開いた。
「久し振り!!元気そうで良かった!!」
無視である。
そのまま二人は少年───竈門炭治郎に何も言わず、胡蝶しのぶの部屋へと向かっていった。
《大正こそこそ噂話》
ここ最近、山村一心は不死川玄弥の持ってる南蛮銃に興味津々らしいぞ
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