異端の鬼狩   作:カチカチチーズ

14 / 21





夢現と獣心

 

 

 

 

 

 

「もう、別にいいのに」

 

「そう、言うなよ。俺がやりたいんだ」

 

 

 そんな風に微笑みながら言う一心はカナエの向かいに座り、カナエの持つ布とは別の布に針を通していく。聞けばそろそろ寒くなる為、遅くまで医学の勉強をしているしのぶの為に半纏と膝掛け縫っているらしく一心は縫いかけの膝掛けを縫うことにした。

 手先が器用だからかスイスイと縫っていく一心にカナエは困った表情を見せるがすぐにしょうがないな、と言うように微笑む。

 カナエのその顔を見て、一心はバツが悪そうに視線をズラし息を吐く。

 

 

「そういえば、一心くん」

 

「ン?どうした」

 

「今度のおやすみ、しのぶを連れて三人で久しぶりに街を歩かない?」

 

 

 両手に花で逢引などという世間の男性陣が嫉妬しかねないそんなカナエの提案に一心はしばし目を細め、クツリと微笑みながらそれを了承する。

 無論、それはあくまで一心としのぶの予定が合わねば出来ない約束でしかないがお淑やかでありながら行動力と強引さを併せ持ってしまったカナエならば医学の勉強に根を詰めて逢引を拒否するであろうしのぶに対して息抜きだのなんだのと様々な理由でしのぶを連れ出すのだろう、と一心には容易く理解出来た。

 故に一心は苦笑しながら、手を動かして街へ散策しにいった時にどんなところを見ようか、何とも気の速いことを話し始めるカナエの言葉に耳を傾けていく。

 

 

「多分、しのぶは本が欲しいって言うと思うの。新しい医学書とかは高くて買えないと思うけれども三人で静かな書店を見て回るって言うのも良いと思うわ」

 

「まあ、そうだな。その辺は……まあ、しかたない」

 

 

 とある資産家の家で家庭教師もどきをしてそれなりの給料を貰っているとはいえ、医学書のそれも新しいモノともなれば一心とてそう易々とは手を出すことは出来ない。

 身内の喜ぶ顔を見るのは心に安らぎを与えてくれるがしかし、一心はしのぶに変な申し訳なさを抱かせたくはない。その為、カナエの提案した見て回るだけというのはそれで良かった。

 そんな風に考えながら、一心は目を細める。

 

 

「一心くん……?」

 

 

 どこか心在らずとも見える一心にカナエは何度か瞬きをして、首を傾げる。

 どうしたのか、と口を開こうとして玄関の方から声が聴こえた。

 

 

「あら?」

 

「ン?誰か来たのか?」

 

 

 客人だろうか。

 一心は縫いかけの布をその場に置き、針を針刺しに刺してから立ち上がって玄関へと向かって歩いていく。この時、一心は自分自身でも気づいていないのかそれとも気づいているのか、どこかその表情には不安の色が混じっていた。

 まるでこれから会うであろう客人に嫌な予感しかしないかのようで。

 廊下を歩いていき、玄関の前に立つ。

 そのまま一心は不安などどこにもないと言わんばかりにいたって普通に玄関を開けていき─────

 

 

「やあ、一心。良い鴨が獲れたんでね、お裾分けに来たよ」

 

 

 そこに居たのは一人の青年であった。歳の頃はおよそ三十路を過ぎ、あと数年もすれば四十路に辿り着くであろうモノで、動きやすいように足首辺りで纏められた紫黒色の袴に鶯色の羽織と黒い首巻きをした眼鏡の青年。

 その手には大ぶりな鴨が吊られており、男が狩人であることが窺えよう。そして、目の前の男が一心にとっての知己であることは疑いようもないだろう。

 

 

「ありがとうございます。先生」

 

 

 山村。下の名を黙して語らぬ一心の義父である。そんな義父を一心は朗らかな笑みを浮かべて家に迎え入れる。

 

 

 

 

 

 

 そんな光景を視界の端に収めて、青年は家の裏庭を歩いていく。

 青年は一心とはまったくもって関係の無い人間である。整えられた身なりにさも自分が高尚であるかのような他者を見下した表情、青年にとって一心らはどうでもいい存在でしかなかった。

 自分の欲しい見たい夢の為に犠牲となるしかない、いや犠牲となって当たり前な存在というあまりにも人間として良心を欠如した性の彼は死んだ恋人との美しかった夢を見る為にこの一心の夢の中にはいりこんでいた。

 

 

「……さっさと核を壊すか」

 

 

 内心としてはこんな分不相応な仲睦まじい夢を見ている一心をその手に持っている錐で滅多刺しにして殺してしまいたいが、一々時間を割きたくないと言わんばかりに青年は唾を吐き捨て、一心の夢を歩いていく。

 眠り鬼・魘夢の見せる夢は無限に続いている訳では無い。景色等々は続いてはいるが夢を見ている者を中心に円形となっており、途中から見えない壁となりその向こう側、所謂夢の外側には無意識の領域が広がっている。

 その無意識領域には夢を見ている人間の『精神の核』と呼ぶべきものが存在しており、それを破壊されれば持ち主は廃人となってしまう。

 魘夢は今までやってきた鬼殺隊を自身の手先になった人間を用いて、精神の核を壊して廃人に変え殺していった。今回もそれと同じ手法で一心らを殺そうと画策しており────

 

 

「ここが端か」

 

 

 青年が一心の夢の最端へと辿り着いた。見えない壁に邪魔されてその先には行くことは出来ないが、魘夢の骨と歯で造られた錐を用いることでそれは可能となる。

 青年は錐をその見えない壁へと突き立てれば、空間に歪みが生まれそのまままるで紙を裂くかのように容易く空間が破れ、足を踏み入れる。

 下弦の壱・魘夢の手先となった青年が一心の無意識領域へと足を踏み入れた瞬間、青年はソコへ引きずり込まれた。

 

 

「ひっ─────」

 

 

 それは手であったのか、果たして何らかの触腕であったのか、それとも植物の蔦であったのだろうか、いやもしかしたら縄であったかもしれない────いいや?それはきっと『虫』だったのだろう。

 ソコへ引きずり込まれた青年は水のようで妙にねっとりとしたモノに浸かりながら転がり、身体の節々を打ったからか軽い痛みを覚えながらも目を開け、立ち上がる。

 

 

「な、なんだ……ここは……」

 

 

 青年の目の前に広がっていたのは見たことの無い街であった。いや、街というにはあまりにもソコは歪んでいた。地面は隆起し、西洋の建築物であろうモノらを飲み込み時には混じり合い、そして歪な世界を創り上げていた。

 そんなあまりにも異常過ぎる世界を見て、青年は頭が割れそうになるがしかし自分の目的である恋人との美しい夢の為に何とかその恐怖を呑み込んでこの世界の中心である精神の核を探そうとする。

 およそ、見つけるのは困難であろうこの無意識領域に青年は苛立ち舌を打つ。

 

 

「いったいどこにあるんだ……ん?」

 

 

 そうして、この沼地のような歩きにくい地面に苛立ちながら歩いていくとしばらくして、美しく白いゲッカビジンが気が狂わんばかりに咲き誇り、さながら青年を導くかのように彼方へと続いていた。

 明らかに周囲とは違うゲッカビジンの花々に縋るようにフラフラと歩き始める。

 他者がその様を見れば、さながらそれは夜灯に誘われる蛾のようで、事実そうなのだろう。青年が一歩、一歩、前へ前へ進む度にそれらは這いずっているのだから。

 少しずつ少しずつ緩やかに緩やかに、蛇が獲物を狙う様にじりじりと確実にそれらは青年にまとわりついている。

 もしもここに青年以外の誰かがいたのならばその変化にきっとその誰かは気づき、青年に言葉の一つでも投げかけたのだろうがしかしこの世界に彼を助ける存在などどこにもいやしない。

 

 

 

 

 

 

 

─────────

 

 

 

 

 

 

 吐き気がする。

 気が狂いそうだ。

 頭の中で何かが這いずり回っている。

 なんだこれは、なんだこれは、なんなんだこれは?気持ちが悪い。気色が悪い。いったい何を見せられていると言うんだ。

 こんなものに価値はあるか?

 こんな世界に価値はあるか?

 

 違う。

 違う。

 

 

 嗚呼、なんてなんて、くだらない。

 血が蠢き、脳が疼き、気が狂う。

 穢れた鬼、気色悪い虫、イカれた人面獣心、みんなうんざりじゃないか。だからこそ、殺し尽くす。

 虫も獣も鬼も全て狩り殺せ─────連盟に殉じろ我らが同士よ

 

 

 

 

 

 







 魘夢の見せる夢は見る者にとって幸福と言うべき夢であろう。
 されども、夢は所詮夢でしかなく、たとえ幸福であろうともそれは悪夢と何ら変わらないモノに成り代わってしまう。
 狂気狂乱に身を浸かす者にとって真に幸福な夢とはいったいなんなのか──


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。