《大正コソコソ噂話》
狩の呼吸は風の呼吸の派生にあたるらしい
男にとって、鬼とはなんなのか?
嘗て共に肩を並べて戦った鬼狩りがそんな事を聞いてきた。普通の隊士ならばそんな質問はしないし、来ない。その同僚は不思議な鬼狩りだった。
鬼を哀れで悲しい存在と宣うような男とは真反対な思考の持ち主だった。
そんな同僚の質問に対して男はいつものように軽く息を吐きながら応えた。
「穢らわしい汚物。人の淀み、根絶すべき虫でしかない」
男の応えに表情を悲しみに歪めた同僚を男はよく覚えている。同僚とて理解していたのだ。自身の考えはこの鬼殺隊において極少数、どころか自分以外に誰もそんな想いはないのだ、と。
実の妹ですら、同僚の抱く「鬼と仲良くできる」思想をありえないと言うのだから。
だが、しかし。
「だが、覚えておこう。お前の考えも」
わざわざその思想を踏み躙って否定するつもりなどどこにも無い。
あっちはあっち、そっちはそっち。私は私、あなたはあなた。
人間誰しも違うのだから思想が違う程度で一々否定していても意味が無いだろう。故に男は同僚の思想を否定しない。
だがまあ、それはそれとして自らの思想を貫くのは何も変わらない。
鬼は、『虫』は殺す。それだけだ。
そして、同僚が死んだ事で男は息を吐いた。
─────────
自らの鎹鴉である桔梗の後を追いかけながら、男は思考を回していた。
鍛冶師の隠れ里を後にして蝶屋敷へと戻る傍らに微かに嗅いだ鬼を見つけては踏み潰しながら、ついでに数字持ちを狩った所でわざわざ任務を与えられた事に男は軽く疑問を抱いていた。
純粋に近場にいたからという可能性もあるが、それに何より隊士達が何人も帰らないであればそれこそ『柱』を呼ぶべきであり────
「いや、どうでもいい」
思考を切り替える。
上の思惑など至極どうでもいいことだ。行けと言われたのならばさっさと行って、鬼を殺す。
男は疑問を投げ捨て、脚に力を入れ加速する。
少しずつ目的地へと近づくにつれ、男の中でソレは蠢いていく。
「彼処、か」
汚臭がする。
視界に山が映る。距離としては一里弱であるが、既に山の方角から悍ましい薄汚い穢れた腐臭が漂っている。
渇いてくる、飢えてくる。
「既に先刻に癸三名が突入している。鬼は全て狩れ」
「────鬼狩りを始める」
より強く地面を踏み込み、さらに加速して男は目的地『那田蜘蛛山』へと入っていった。
木々に薮が茂り、辺りには蜘蛛が巣をまるで散らかしたように無秩序に作られている。そんな獣道を進みながら、男は軽い苛立ちを露わにする。
「虫、虫、虫.......煩わしい.......」
山に入ってから苛立ちが強くなっていく。
その理由は簡単だろう。ひたすらなまでに『虫』がその汚臭を醸している。
何よりも、周囲に虫がいる。
これがただの虫であるならば、男はこうも苛立ちはしないだろう。純粋に鬱陶しいとは考えるだろうが、だがしかし臭いから男は理解していた。
周囲にいる虫の何割かは鬼の影響を受けているものなのだと。
だから男からすれば自分の周りに常に鬼がいるかのような苛立ちを覚えている。
「.............ふむ、なんとも奇々怪々。であれば、存分に狩り殺したまえよ同士」
その苛立ちを後押しする様に男の日輪刀の包みに止まっていた桔梗が囁き、その場から飛び立つ。
それと同時に頭巾の下で赤い瞳を細め、枷を外した獣の様にその場から勢い良く駆ける。その勢いは踏み込んだ地面を砕き、近くの木の根を爆砕している程である。
「何処だ─────」
─── 狩の呼吸 伍の業・導き ───
時折、木々を蹴りつけ粉砕しながら男はその呼吸による業をもって鬼を捕捉し始める。
「何処だ─────ぁ?」
ふと、離れた所で落雷の様な音が響いたのを聴いた男は木の幹を砕きながら停止し、そちらの方へと視線を向ける。
空を見てもそこには僅かな雲と爛々と輝く月があるばかりであり、落雷が起きるような雲なぞ何処にもありはしない。では、今の音はなんなのか、それを思考してその音がすぐに雷の呼吸によるものだと理解した。
ここまで聴こえるほどの音であるならば、ここらにいる程度の鬼であれば疾く死ぬだろう。ならば、そちらへは行く必要は無い。
あるとすれば別の場所。とりわけ先程から嫌に臭ってくる汚臭を優先するべきなのだろう。
再度轟音。
聴こえたのは雷の呼吸によるそれとはまったく違う方向。しかもそこまで大きな音ではない、地面か岩か何かを殴りつけたかのような音だ。
呼吸によるものでなければ、知己である恋柱によるものでも自分が原因でもない、そこまで思考を更に回して男はそちらの方へと向かう事を決めた。
そういえば、と男は先程まで嫌という程感じていた虫の気配が少なくなっているのに気がついた。やはり何某かの血鬼術だったのだろう、今感じるのは僅かな鬼の汚臭ばかりである。
「存外、例の癸も優秀な様だが、さて」
走る。決して踏み込んだ地面が割れたり、蹴りつけた木々が粉砕されるということは無く、純粋に地面の上を普通に走っている。先程までの速度は鳴りを潜めているのは、純粋に戦闘中の鬼を奇襲する為の行動に切り替えたが故だ。
そして、それと並行して少しずつ少しずつ伍の業による捕捉も結果が出始めてきた。鮮明に、鮮明に、感覚が鋭くなっていき、狩るべき鬼の居場所を理解する。
そうして走りながら捕捉した場所を視認して─────
「死ねよ汚物が」
何やら奇妙奇天烈な人型を握り潰さんとしていた大きな異形の鬼の腕を蹴りちぎった。
『ギャウッッ!?』
そのまま向かい側の木の幹に着地し、異形の鬼を見る。
大きさとしては人二人分はあるだろう巨躯、筋肉質で腕と脚に棘のようなものが生えている。そして、とりわけ目を引くのはその頭部だろう。
恐らくは蜘蛛が元にでもなっているのか、怪物蜘蛛に見えなくもない異形の頭。そして、首には二振りの刀が突き刺さっている。
視線をズラして先程まで首辺りを握られていた奇妙奇天烈な人型を見る。首から上はイノシシ、下は人間の身体。上半身は裸体であるが下は何かの皮と隊服。
現状から察するにそのイノシシ頭の人型は鬼殺隊の隊士であり鬼に突き刺さっている二振りの刀はイノシシ頭の日輪刀であるのだろう。
それを理解してから、再び異形の鬼へと視線を戻す。
蹴りちぎった腕はやはり鬼らしく再生し、そのまま男へと向かっていく。
「所詮言葉も介さぬ虫か」
─── 狩の呼吸 弐の業・獣狩り───
木の幹を踏み砕いて瞬間的に加速し、そのまま異形の鬼の頸を蹴り千切る。
『ぁ?』
「(す、すげぇ.......刀を使わずにあの鬼の硬ぇ頸を蹴りで吹き飛ばしやがった!!すげぇすげぇすげぇ!!なんだコイツ!!わくわくが止まらねぇぞオイ!!)」
着地して、崩れていく異形の鬼を見下ろしながら男は思考を回しつつ、方向転換の際にズレた頭巾を軽く直す。
この山に来て最初の狩りであるが、あまり男の渇きも飢えも満たされていない。やはり、ここへ来る前に数字持ちを潰したが故なのだろう。獲物の差が如実に男の精神面に影響を与えていた。
平時ならば渇きも飢えも無いため心配する理由がなかったのだが。
だからだろう、男は次の獲物が何処にいるのか捕捉を開始して───
「俺と戦え黒頭巾!!」
横合いから発せられた大声に軽く目を見開く。
視線を向けずに耳を傾けるに先程、結果的に助けたイノシシ頭の男が拾い上げた折れた二本の刀を向けて言っているようだ。
「あの十二鬼月にお前は勝った。そのお前に俺が勝つ。そういう計算だ。そうすれば!一番強いのは俺っていう寸法だ!!」
「.............」
このイノシシ頭はいったい何を言っているのだろうか?
男の中の様々な思考が半ば飛んでいった。
そもそもその理論ではイノシシ頭に勝った異形の鬼に勝った男は最強なのではないだろうか?そうなると一番弱いイノシシ頭ではどう足掻いても勝つ事は不可能であり、男はそこまで思考してすぐにそれらを投げ捨てた。
めんどくさいものから逃れるために一先ずは間違いを指摘しておく事に決めて口を開く。
「あれが数字持ち?戯けた事を吐かすな、その目は硝子玉か何かか?山にでも帰った方がいいんじゃあないか?」
「...............................。分かってるわ!!十二鬼月とか言ってたのは炭治郎だからな!!俺はそれをそのまま言っただけだから───」
男の吐き捨てるような言葉にイノシシ頭が憤慨する間に取り出した縄を使って男はイノシシ頭を簀巻きにして木に吊るす。
恐らくイノシシ頭ではいつの間にに簀巻きにされたのかも理解出来なかっただろう。それは仕方の無い話だ。
そもそも地力が違う。
男は筋力とタフネス、そして速度の怪物だ。技量は並程度でしかないが簀巻き程度ならば気づかれないうちに出来る。特にこのイノシシ頭はどうやらイノシシの頭部を被っているようで視界は並の人間よりも狭いだろう。それでも鬼殺隊隊士として戦えるのならばそれはとても凄いことなのだが。
「い、いつの間ににぃ!?おいゴラァ!解け!!」
後方で何やら叫んでいるが男は無視して次の獲物を捕捉し始める。
「無視してんじゃねえよ!!おい、この黒頭巾やろぉ!!!!!」
とても喧しいがしかし、やはり無視して男は再び走り始める。
「だから、無視してるんじゃねぇよォッッッ!!!!」
狩の呼吸
壱の業・左転変生
───呼吸法によりしばしの間、自身のスタミナを増強する業。元のスタミナが多いほど効果が大きい
弐の業・獣狩り
───筋肉を瞬間的に膨張させる事で鬼を殺す一撃を放つ業。
伍の業・導き
───自分の周囲に対する感覚を増強。敵意ある存在を捕捉出来る業。
主人公の鎹鴉の名前を短くしました。
ちなみに鎹鴉・白羽峰桔梗のイメージCVは藤原啓治さんです