《大正コソコソ噂話》
山村一心の好きな食べ物は牛しぐれ煮なんだって
駆ける。駆ける。
蝶屋敷を後にした山村一心は二軒ほどの藤の家紋の家を経由してから、件の任務地周辺まで辿り着いた。それでもまだ距離はあり、目的地に行くには山を二つは超えねばならない。如何に山村一心と言えども走って小一時間はかかるだろう。
既に陽は沈み、空には月が登っている。
最早隊士が生きている可能性は潰えているが、急ぐ為に山村一心は山を駆ける。この時山道の近場を走る以上、何時夜の山道を通る人間を狙う鬼が現れるか分からない。強力な鬼がいるというのにその近くに別の鬼がいるか?と言われれば分からないが決してありえない話ではないのだ。
さて、任務前にわざわざ消耗することは無いが、無論そんなこと山村一心は理解している。
理解しているし、道中で踏み潰すためにわざわざこの様な場所を駆けているのだ。山村一心の体力は尋常ではない、鬼と夜明けまで何時間も打ち合う為の埒外の体力故に一撃で頸を破壊される程度の雑魚鬼との遭遇は何も問題にはならない。
ならば、一匹でも多くの鬼を踏み潰すためにこの様な事をするのはある種、必然とも言えるだろう。
「まず、一」
視界の端に鬼の姿を収めたと同時に近場の木を砕かない程度に蹴りつけ、方向をその鬼へと変える。そのまま鬼へと接近し、その速度を乗せた蹴りを鬼の頸に叩き込む。
そうすれば弱い鬼など、その頸は破壊され胴体から吹き飛び爆ぜる。
曲がりなりにも猩々緋砂鉄で造られたブーツで破壊された以上、もはや再生する事は出来ずにそのまま身体は灰化して崩れ去っていく。
それをもはや興味が無いと視界の端に収め、再び山村一心は任務地と向かって駆け始める。
道中の辻狩りによって方向転換しようとも鎹鴉である桔梗がしっかりと山村一心の向かうべき方向へと導く。
「………」
道中、思考するのは数日前の出来事。
御館様である産屋敷耀哉によって、見逃された隊律違反者竈門炭治郎とその妹であるという鬼の竈門禰豆子の事。
鬼の首魁、虫の発生源、鬼舞辻無惨への足がかり。
なるほど、確かにそれほど重要な存在であれば例外を認めるやもしれない。
「だからといって、実弥や小芭内が認めるとは思わない」
女鬼の端正な顔面ごと頸を破壊しながら、山村一心は言葉を零す。
昔と違い、今の柱の面子の幾人かの人となりを山村一心はそこまでは知らない。だが、少なくとも知っている柱の中には風柱の様な山村一心と似たような性質の男がいる。
『風柱』不死川実弥。
鬼は皆殺し。その意を込めて、滅の字が縫われた隊服の上に殺の字を書かれた羽織を着るという山村一心同様苛烈なまでの隊士。
その男は間違いなく反発しただろう。にも関わらず生きて蝶屋敷にいる事が山村一心には理解できない。
「どういう事だ……覆る何かでもあった、と?」
鬼を頭蓋ごと頸を踏み潰しながら、ありえない事を思考する。
稀血の中でもさらに稀有な稀血である不死川実弥の稀血に抗うというどう考えてもありえないもしもが脳裏を過ぎるがやはり、ありえない話であるとその思考を切り捨てる。
では?何故だろうか。
組織の長としての強権でも使ったのか?
「まさか」
御館様と言葉を交わした事のある山村一心はそれは違うと判断する。
強かであるが、そこまで強権を振るうような独裁的な長ではないことを山村一心は理解している。
「………迷うだけ無駄か」
ようやく山村一心はその足を止める。
頭巾を被り直して、近くの木の枝にとまった桔梗を見上げる。
桔梗が止まったということはそういうことなのだろうと山村一心は理解し、袋を肩から外し何時でも抜けるようにする。
「既に隊士が数名入り帰ってこない」
「死んだと言えばいいだろう」
直接的に言わない桔梗にため息をつきながらも、山村一心は眼前にある目的地の山へと一人入っていく。
山に入れば妙に土混じりな血の臭いが漂っているのを山村一心は感じ取り、それに軽く舌打ちながら懐より取り出した長手拭いで口と鼻を覆う。
常人ならば呼吸しづらいのだろうが、諸事情故にこうした口や鼻を布で覆った状態でも十全に呼吸法が使えるように鍛錬をした山村一心には何も問題にならない。
「………土と血……それにこれは焼いた臭い?」
布越しに微かに臭うモノに疑問を抱きながら、山村一心は山を歩いていく。
御丁寧に整理された石道を進みながらも、その警戒は強まっていく。
───狩の呼吸 伍の業・導き───
使うのは伍の業。
自身の感覚を鋭敏化させ、索敵能力と敵性捕捉の強化を行う業をもって周囲に隠れ潜んでいるか否かを警戒していく。
既に爆発金槌は袋から出しておく、刀では無い為居合等の瞬発力はないが爆発の威力を利用しての対応は可能だ。
「片目か両目か、どちらが出るか」
石道を進み続け、山の中腹と言ったところか。石道は終わりそこには木々がない広場のようになっていた。
広場の奥には山小屋のようなモノが建ち、近くには石で造られたそれなりの大きさの窯が置かれ、周りには陶芸品がいくつも並べられていた。
これだけ見るならば陶芸家の工房なのだろう。
この広場に何人もの隊士だったモノが転がっていなければ。
「臭いたつな……」
ねじ切られたか、力任せに裂かれたか、それとも血鬼術によるものか、彼らは一様に四肢を欠損し、腹は裂けている。
大量出血による影響か、それとも彼らが来る前からそうだったのか、地面からは血臭が漂っている。
見る限り、既に臓物は引きずり出されているのか彼らの身体はやや細くなっており、わざわざこうして放られているのは罠なのか、それとも純粋に偏食家なのか。そんなものは山村一心の知るところではなく、重要なのは虫を、鬼を殺す事だけ。
爆発金槌の柄を肩に載せながら、目を細め────
───狩の呼吸 弐の業・獣狩り───
もう片方の手で腰から引き抜いた和釘にもナイフにも似た刃を、小屋の扉へと素早く一度に五発放った。
呼吸法により瞬間的に膨張した筋力によって放たれた刃はそのまま小屋に向かって飛んでいく。如何に技量は添えるだけと言う山村一心と言えども、それは異様な筋力に対しての話であり彼の技量は充分に一般隊士を越えている。
五本の内、二本は扉脇の壁に突き刺さったが、残りの三本は全て確実に扉へ突き刺さりそのまま扉を破壊しながら小屋の中へと消えていく。
小屋の扉が無くなったからだろう、小屋からこの場以上におぞましい血臭が漂い始める。
しばし待てば苛立ち混じりの唸り声が響き、小屋の中から一体の鬼がその姿を現した。
「私の、私の……作品を、よくも……!!」
見た目は大柄なもみあげと顎髭が繋がっている黒髪の男鬼。服はやはりと言うべきか、陶芸家が着るような服装である。
その手には血臭がする粘土が握り潰されているが、それよりも何よりも特徴的なのは金色の双眸の左眼。
『下弐』
「下弦───」
「鬼狩りめ……!貴様も私の作品の礎にしてやる」
血臭がする。
おぞましい臭いがする。
穢れた汚物が蠢いている。
「えずくじゃないか。踏み潰してやるよ、汚物ッ!!」
炉心が点火する。
頭巾が外れ、その血走った瞳が露になる。
狂気狂乱。鬼より鬼らしい笑みを浮かべながら、地面を踏み砕いて下弦の弐へと迫る。
「ッ!(早い!!!)」
迫り来る山村一心の速度に下弦の弐は目を見開き。驚愕の顔を見せるがそこはやはり何人もの鬼殺隊隊士を殺してきた十二鬼月の一月であるからか、すぐさま直線上から退きながら血鬼術を行使する。
それにより地面が歪み粘性を持った土の壁がせり上がり山村一心の前に立ちはだかる。
なるほど、だからどうした。
半端な妨害では意味は無い。
爆発金槌が壁に叩きつけられたと同時に爆砕。
そのまま爆風に乗って体勢を変え、山村一心は下弦の弐へと向かう。
「死ね」
再び炉心に点火する。
そうして最低限の横振りで下弦の弐の頸を狙う。
「血鬼術・捻り括れ」
粘土と血が混じりあった地面が歪み捻れながら飛び出してきて山村一心へと殺到する。
すり抜ける事は出来ない程の密度の粘土に、山村一心は爆発金槌を叩きつけ爆炎を起こし、先程のように爆風で体勢を動かして粘土の範囲外へと逃れる。それに舌打ちながらも下弦の弐は笑う。
「糞袋野郎が……」
爆風を利用した時に口の中でも切ったか、山村一心は血混じりな唾を吐いてから次にどうするかを思考を回し始める。
狩の呼吸は基本的に呼吸法により肉体的に影響を与える呼吸である為、投擲等にも充分適用出来るものである。
山村一心はより鬼を殺しやすくする為に見出した呼吸である。