異端の鬼狩   作:カチカチチーズ

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 本作『異端の鬼狩』を今回から連載枠にします。




狩人と下弦

 

 

 

 

 

 放たれていく粘土を次々と爆発金槌で撃墜していく山村一心。

 粘性がある粘土は本来ならば触れれば沈み、そのまま日輪刀ごと腕を絡め取られ下弦の弐に殺される事になるのだが、山村一心の振るう爆発金槌は迎撃前に必ず炉心を点火し、接触時に起きる爆発が粘土を乾かし砕いている為に絡め取られ殺されるという事態を逃れている。

 だがしかし、だ。

 

 

「……面倒だ」

 

 

 何度も何度も放たれてくる粘土に山村一心は舌打つ。

 血鬼術であるならば、鬼とて消耗し隙が生まれる。それはあくまでも普通の鬼たちの話であり、曲がりなりにも十二鬼月である目の前の鬼には関係の無い話。

 つまるところ、近づけず一方的に消耗する現状が大きな問題なのである。

 近づこうにも下弦の弐の血鬼術が操るのが粘土で、そして先程から地面より出てきているのならば、あちらの攻撃圏内から逃れる術はない。

 空中に逃れたところで逃げ場もない。

 ならば、どうする?

 

 

「消耗しきるまえに殺す」

 

 

 言うのは簡単だ。

 やるには難しい。

 その策を考えねばどうしようもないのだ。故に思考を回し続ける。

 

 

「どうした鬼狩り!!逃げてばかりではどうしようもないぞ!!」

 

 

 下弦の弐が嗤う。鬼らしい醜悪な汚物的な笑みだ。

 それを見る度に山村一心は虫唾が走る。

 鬼とは、虫とは、おぞましく醜い穢らわしい汚物でしかない。人間の、この世界に蠢く淀み、故にすべからく踏み潰さねばならない。

 

 

「(だからこそ、あんな鬼など認められるものかよ)」

 

 

 炉心を点火する。

 体勢が前傾姿勢へと変えていき、目を細め呼吸を強めていく。

 

 

───全集中・狩の呼吸 肆の業・加速───

 

 

 脚部の筋繊維一本一本を意識する。そうして呼吸法によりそれら一本一本、隅々にまで血流を行き渡らせる。

 そうしていれば、下弦の弐は山村一心が諦めた、と勘違いでもしたか下卑た笑みを浮かべて血鬼術を行使する。

 

 放たれていく粘土。しかし、それらは尽く山村一心へと届かない。

 

 

「何ぃっ!!」

 

 

 速い。

 狙いが定まらない。やはり下弦の中でも上位故か、なんとなくはわかる。分かるがしかし、実体が捕捉出来ない。半端に見えてしまっているが故に残像が見えてしまい、実体が捉えきれず残像に攻撃してしまうのだ。

 下弦の弐は焦り始める。

 先程まで防戦一方であったはずの相手が、今では捉えきれない。このままでは、このままでは死ぬ。そう思考するが故に下弦の弐は焦り始め、血鬼術による攻撃も段々と大雑把になっていき精細さが失われていく。

 

 それを見逃す山村一心などではなく、速度そのままで下弦の弐へと迫る。

 

 

「オォォオオ!!!」

 

 

 このまま殺られる。ならば、と下弦の弐がそれを選択するのはある種必然であった。

 自分を中心としての粘土の壁を創り出す。

 何層もの壁を創り、山村一心による一撃への備えを強固にしていく。下弦の弐による全力の防護壁。攻撃特化の『炎の呼吸』や『岩の呼吸』でもなければ、この防護壁を突破することは不可能であろう。故に下弦の弐のこの選択は最善の一手だ。

 

 

 

 

 だが、忘れるなかれ

 

 

───全集中・狩の呼吸 弐の業・獣狩り───

 

「フゥゥゥウウッッッ!!!!」

 

 

 お前の前にいるのは何よりも鬼を虫を殺す為に特化させた『狩の呼吸』の担い手だ。

 

 大振りの一撃、身体の捻りを加え、筋力の膨張、全てを重ね合わせての一撃が下弦の弐の防護壁へと文字通り叩き込まれる。

 直撃した際に点火された炉心に撃鉄が下ろされ、爆裂する。

 発せられる高熱が下弦の弐が創り上げた粘土の防護壁を乾燥硬化させ、そのまま防護壁を粉砕する。

 粘度があるならば破壊は難しいだろうが、それならば乾燥させて砕けばいいのだ。つまるところ、下弦の弐にとって山村一心とその異形の日輪刀はあまりにも相性が悪かった。

 

 

「ヒッ!?」

 

 

 砕けた防護壁の穴から山村一心が飛び込んでくる。

 血の様に紅々とした瞳に獣のように獰猛な笑み、狂気狂乱の表情を見せる山村一心に下弦の弐は恐怖した。

 既に炉心は再点火されている。

 思考が回る。思考が回る。廻る。まわる。

 僅かでもいい、少しでもいい、まだ死にたくない。

 惨めたらしくそう思考する虫のその頸へと下段横振りの一撃が放たれる。

 

 

───ギャリィンッッ

 

 

「は?」

 

 

 そんな弾けた音の後に理解出来ないと言わんばかりの声が漏れた。

 その視線の先にあるのは弾かれたのか、下弦の弐の頸から離れた自分の日輪刀。頸がどうなっているのかは爆炎で見えやしない。

 そうして次の瞬間には山村一心の腹に鈍い痛みが走り、そのまま防護壁の外へと吹き飛ばされる。

 

 吹き飛ばされる中、視界の端に映ったのは頸周りが回転している下弦の弐の姿であった。

 

 

 

 

「ゴフッ」

 

 

 地面を削りながらも漸く止まった山村一心は内臓でもやられたか、口から血を吐きつつ壊れかけの防護壁の内に佇む下弦の弐を睨む。

 苛立つ。

 よもや、こうして一撃を入れられるとは思わなかったか、内心で雑言を吐きながら何とか立ち上がる。

 傷というものはほぼほぼないが、下弦の弐の拳が綺麗に鳩尾に入ってしまったのか鈍痛が腹部に残っている。

 口元の血を袖で拭いながら、止まった際に取り落とした日輪刀の柄を掴み直す。

 

 

「ハッ、ハハッ、ハハハハハハッッ!!!!頸を獲れなかったな鬼狩りィ!!」

 

 

 醜悪な笑みで嗤う下弦の弐。見ればその頸には粘土が巻きついており、それが回転していた。

 その回転速度はとても速く、その為に一撃が弾かれたのだろう、と山村一心は当たりをつける。彼の日輪刀である爆発金槌は彼の並外れた筋力と呼吸法により膨張し増強された筋力、そして着弾時の爆発による威力強化と加速によって鬼の頸を破壊するものである。

 通常の日輪刀と違い接触部は当たり前だが、刀の数倍の面積である。

 それに対して下弦の弐の頸周りの粘土は回転し続けている。刀ならば、そのまま切り込めて頸を落とせたのかもしれないが、爆発金槌では爆発は起こしてもその接触部の広さから回転に弾かれたのかもしれない。

 その事実に苛立ちながら、山村一心はふと自分の肩にかかった重さに片目だけだが視線を動かす。そうすれば視界の端に桔梗の横顔が映る。

 

 鬼に近づけない鎹鴉であるがいつもこの鴉は山村一心のもとに来ては鼓舞する。今回とてそうなのだろうと思い、視線を戻して────

 

 

「迷えば敗れる」

 

「ッ」

 

 

 視線が蠢いた。

 桔梗の言葉に何を言っているのか、と疑問を抱き言葉を吐こうとする前に桔梗はまた嘴を開く。

 

 

「竈門兄妹などどうでもいい。産屋敷の判断などどうでもいい。お前が成すは鬼狩りだ。深く考える必要は無い。鬼は全て殺すのだ早いか遅いか以外のなにものでもない。故に迷うな」

 

 

 そうだ。確かに山村一心の中には件の兄妹が未だ渦巻いていた。

 迷うだけ無駄、と切り捨てたが結局の所それは有耶無耶にしただけでしっかりとした判断を自分の中で下していなかった。

 迷いがある者が勝てるわけがない、迷いがあるから先の一撃を受けた。

 そんな桔梗の言葉に再び、山村一心は血を吐き捨てながら、視線を動かした。殉職した隊士の苦しんだ表情がそこにはあった。

 見れば腕が捩じ切れており、刀を抜く前に殺されたのか鞘に収まったままの日輪刀が転がっている。

 

 

「ああ……」

 

 

 爆発金槌から手を離し、代わりに名も知らぬ隊士が遺した日輪刀を掴み立ち上がる。

 その表情から獣性は鳴りを潜め、あるのは何か内にあるものを見抜く冷たいモノ。

 呼吸を整え、切り替える。

 

 

「夜にありて迷わず、血に濡れて酔わず

 名誉ある鬼殺の狩人よ

 鬼は呪い 呪いは淀み

 そして君たち鬼滅の刃とならん」

 

 

 反復動作を用いて、鞘から刀を抜き放つ。

 綺麗な翡翠の刃に軽く笑みを浮かべながら、両の手で柄を握り構える。

 その姿を見ながらも下弦の弐はまるで心配などないと言わんばかりに笑いながらも確実に山村一心を殺す為か、粘土を集め身体を包ませていく。

 そうして出来るのは異形の姿。

 蛇のように長い胴体、頭部の眼の片方にはやはり『下弐』が刻まれ、そのすぐ後ろに七対の瞳が並びそちら全てにも『下弐』が刻まれている。

 口は円口系で正しくその見た目はヤツメウナギの怪物と言っても遜色のない姿である。

 

 醜い。そうとしかいえない怪物を前にして、山村一心は鬼に対する『侮蔑』『憎悪』『憤怒』をこの場において蓋をして、心中の片隅へとしまう。

 ことここにあって抱くのは『殺意』のみ。

 『殺意』一つによる狂気狂乱。

 

 

『死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ鬼狩リィィィイイイ!!!』

 

 

 身体が回転する。

 その円い口が回転する。

 螺旋し始めるそれは外国で言う採掘機(ドリル)のそれであるがその回転速度は手動回転のそれではない。正しく人外のそれであり、そのまま下弦の弐は触れれば全て殺すと言わんばかりに真っ直ぐ山村一心へと迫る。

 突進速度はなかなかのものであるが避けれない程ではない。

 しかし、山村一心の近くには何人かの隊士たちの遺体がある。彼が避ければ間違いなく彼らの遺体は下弦の弐によって蹂躙されるだろう。

 ならば、避けるという選択肢はなく、あるのは迎え撃つという選択のみである。

 

 呼吸をする。

 しかし、それは『狩の呼吸』とはまた違ったもの。似通ってはいるが、違う別の呼吸法。その名は

 

 

 

全集中・風の呼吸────」

 

 

 迫り来る下弦の弐に対して真正面で構え

 

 

───壱ノ型・塵旋風・削ぎ

 

 

 

 瞬間、山村一心もまた下弦の弐同様に突進する。

 だが、ただ突進するのではない彼の周囲は無数の風の斬撃が発生し、地面を削っていく。

 回転しながら地面を削る下弦の弐に対して螺旋状に追随する風の斬撃を纏う山村一心。その技の威力たるは真正面から下弦の弐にぶつかり、下弦の弐を削りながら押し返しているのを見れば分かるだろう。

 

 

『ギィィイイイイイッッッ!!??』

 

 

 粘土を纏っているだけの癖に削られる中悲鳴をあげるあたり恐らくは身体の一部と化していたのだろう。

 しかし、頸は何処なのか。

 頸を絶たねば鬼は死なない。例外はあるが。

 さて、目元まで削られたからか、流石に大きく仰け反った下弦の弐。だがそれは失敗だ。仰け反りながらも回転自体は止まっていないのは良いだろう、しかし『風の呼吸』のその鋭さは回転していようがいまいが関係の無いこと。

 

 

─── 全集中・風の呼吸 肆ノ型・昇上砂塵嵐───

 

 

 次に放つは空中へ放つ広範囲の斬撃。さながら鎌鼬の如く、下弦の弐を切り刻んでいく。

 悲鳴をあげようにも口部はズタズタ、回復しようにも次々と切り刻まれていてはどうしようもない。鬼、下弦の鬼としての脅威の再生力もそれでは意味が無い。

 そうして、山村一心はようやく頸の位置を理解した。正確に言えば何となくであるが場所を理解し、その為に三度目の技を放つ。

 

 

───全集中・風の呼吸 弐ノ型・爪々・科戸風───

 

 

 鋭利な爪を思わせる風の斬撃が下弦の弐の頸があると思わしき部分へと殺到していく。

 生命の危機を感じたか、やはりその部分付近をより一層速く回転させたがしかし、もはや今更という話だろう。鋭い斬撃は容易くその肉を削り、頸を刎ね飛ばした。

 

 

『ギィィイヤァァァアアアアアッッッ!!!???』

 

 

 断末魔を聴きながら、山村一心は刀を構え直す。

 存外こういうのに限って頸を落とした後、暴れ散らすのだ。しかし、それも杞憂だったか、すぐに下弦の弐の身体は崩れていき、灰の匂いが山村一心の鼻にくる。

 もはや興味は無いと言わんばかりに山村一心は下弦の弐だったものに背を向けて隊士たちの遺体へと歩いていき、その手に握る刀を鞘へと収めて元の持ち主の近くに置く。

 

 

「………………安らかに眠れ」

 

 

 

 

 

 その後、鴉らに呼ばれて隠らがやって来る前に隊士達の遺体を並べた山村一心は隠らに場を引き継いでから桔梗から伝えられた別の任務へと向かった。

 

 

 

 






「大正コソコソ噂話。一心は私たち柱の中でも特に不死川さんや伊黒さんとよく任務を一緒にしたり、ご飯を奢り合う仲だそうですよ」


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