異端の鬼狩   作:カチカチチーズ

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狩人と鬼喰

 

 

 

 

 

 『岩柱』悲鳴嶼行冥にとって、山村一心という男はとても危うく感じた。

 初めて悲鳴嶼行冥が山村一心と出会ったのは自身が柱となった八年前。その頃、未だ十四歳でありながらも階級『丙』という歳に似合わぬ実力の剣士であった未だ『風の呼吸』の剣士であった頃の山村一心。

 入隊の時期で言うならば自身と同期にあたる少年の歩んできた人生を悲鳴嶼行冥はその見えぬ瞳で見透かした。

 その頃の山村一心は今ほどの雰囲気はなかった。無論、それでも血気盛んな鬼に憎悪を向ける剣士らと変わらぬ、熱意などと簡単に言いきれぬ炎が渦巻いていた。だが、悲鳴嶼行冥はそれが他の剣士らとは明らかに違うものであると理解していた。

 悲鳴嶼行冥の瞳はものを見ることは出来なかったがしかし、山村一心の中にある何かを垣間見る事は出来た。

 

 それは蠢く何かだった。

 

 赤い、朱い、紅い、血のように赤くしかし黒ずんだ何か。

 きっとそれが山村一心を駆り立たせるものであったのだろう。それは日に日に大きくなり、次に出会った時にはそれがより強く大きく悲鳴嶼行冥には感じ取れた。

 悲鳴嶼行冥はそれを修羅と呼んだ。はたまた怨嗟とも。鬼を殺す事で鬼に殺された人々の怨嗟が、山村一心に殺された鬼の怨嗟が、山村一心の内に降り積もりそれが山村一心の炎となり、薪を焚べる事でより大きく強くなる。

 故に悲鳴嶼行冥は危惧していた。何れ、降り積もりきった怨嗟が山村一心を人のまま鬼へと変えるのではないか、と。

 何時か、目の前の少年を自らの手で殺さねばならない時が来るのではないか、と。

 

 だが、それは杞憂だった。

 ある日を境に山村一心の内に燃えるその怨嗟が弱くなっていたのを悲鳴嶼行冥は感じとった。その時にはその怨嗟が弱まった理由など悲鳴嶼行冥には伺いしれぬことであったが、嘗て自分が救い導いてしまったとある姉妹の片割れが隊士となったという旨を聴き、そしてその彼女が山村一心とよく任務に出ていると知った時に理解した。

 少女が鬼に対して憐れみを持ち、鬼と仲良くなれるという思想を抱いていた事に悲鳴嶼行冥は驚きはしたが結果としてそんな彼女だからこそ、山村一心の怨嗟を弱めたのだろうと考え、彼女には何も言わなかった。

 しかし、それもあの日で終わった。

 彼女が鬼に殺されたのだ。それも上弦の鬼に、だ。

 山村一心は、悲鳴嶼行冥は彼女の死に目に間に合わなかった、間に合えなかった。結果として言うならば、山村一心の中にあった炎は再び燃え上がった。

 鬼に対する『憎悪』『憤怒』『侮蔑』の薪がより大きくなり、それを呑むように怨嗟の炎もまた大きくなった。

 そうして、山村一心は今の山村一心へと変わった。

 

 

 狂気狂乱という言葉が似合うであろう、惨たらしく鬼を殺す恐ろしい鬼殺の隊士に。

 それ以来、山村一心は他の隊士たちと行動を共にすることが少なくなった────いや、ほぼ無くなったと言えるだろう。合同任務に当たればその頭巾で顔を隠して最低限の連携のみで鬼を殺す。昔ながらの仲間の隊士らからは何も無いがそうではない隊士らからは恐れられていた。そんな山村一心を悲鳴嶼行冥はやはり危ぶんでいた。

 悲鳴嶼行冥は危ぶむと同時に理解していた。山村一心という男の怨嗟を拭う事は己では出来ないのだ、と。

 

 故に悲鳴嶼行冥は祈る。

 どうか、山村一心が怨嗟の果てに鬼にならない事を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 

 

 陽は西に没し、少しずつ家屋から明かりが消えていく中、街の外には三人の鬼狩りが佇む。

 各々が既にその手に、その背に、その腰に、日輪刀を携えて顔を突き合せている。

 

 

「では……手筈通り、私は東に。お前たちは西へ……」

 

「はい」

 

「自分ら側の鬼を殲滅したら、もう片方に向かう。了解」

 

 

 やや緊張が見受けられる不死川玄弥に視線を向けながらも、山村一心は悲鳴嶼行冥の指示に従う。そんな山村一心の意を察したか、悲鳴嶼行冥もまた不死川玄弥へと向き直り、口を開く。

 

 

「玄弥……無茶はするな」

 

「っ……はい」

 

 

 話し始める二人の間に何か、簡単には伺いしれぬ独特な感覚を感じ取った山村一心であるがしかし、その感覚が何か自分には明かされないような秘密である事しか察せられず、故に踏み込む事は行わずに少し距離をとる。

 その間に山村一心は思考を回す。

 今回の鬼は複数。縄張り争いをしている以上、二体だけとは言わないだろう。何せ、二体だけなら互いに業腹であろうが、上手く縄張りに関して取り決めれば良いのだから。

 だが、そんな単純に取り決められず縄張り争いをするならば三体……いや四、五体はいるのだろう。

 無論、相手は鬼だ。所詮マトモな頭のない鬼がそんな単純な取り決めすら出来ない可能性もなくはないのだが……二体ならば、より楽になるから切り捨てておき、少なくとも西側に二体はいると考えながら、山村一心は軽い脚の柔軟運動を始める。

 鬼は山の中、爆発金槌は極力燃え移らない程度に振るい殺すしかないが、そこは何も制限にならない。最終的に鏖にすればいいのだから。

 一先ず、鬼の数の確認の為に桔梗ではないが、鎹鴉を西の山へと飛ばす。

 

 

「山村」

 

「っと、終わりましたか?」

 

「ああ」

 

 

 声がかけられ、振り返れば緊張が解けたような不死川玄弥と悲鳴嶼行冥がおり、それを見ながら首を鳴らして不死川玄弥を見る。

 

 

「不死川玄弥……不死川と呼ぼう。不死川、行くぞ」

 

「はい」

 

「うむ……では、朝に」

 

 

 悲鳴嶼行冥の言葉と同時に三人は駆け出す。

 悲鳴嶼行冥は東に、山村一心・不死川玄弥は西に。

 

 

 

 

 

 

 

「カァァ!!鬼!鬼!四体!四体!」

 

 

 山へと踏み込んですぐに山村一心と不死川玄弥の頭上で斥候に飛ばしていた鎹鴉がけたたましく鳴く。

 その数字の意味を理解した不死川玄弥はその表情を引き攣らせ、山村一心は舌打つ。

 

 

「こちらに四体か……」

 

「ど、どうす……しますか」

 

「…………ここで分かれるのは下策だ。まずは一体潰す」

 

 

 ここで分かれてしまえば、下手すると分かれた先で不死川玄弥が鬼四体に襲われる可能性がある為にまずは確実に数を減らしてから分かれることを山村一心は判断する。

 まだ、三、二体ぐらいならば不死川玄弥も対応出来る、と判断したのだ。継子でなくともあの『岩柱』の弟子なのだから。十二鬼月でもなければ、問題は無い。

 

 

「行くぞ」

 

 

 袋から爆発金槌を取り出してから、山村一心は加速する。不死川玄弥もそれに驚きながらも離されない様に脚に力を込めて、追いかける。

 既に伍の業を用いて、一体目の鬼を山村一心は捕捉していた。

 地面を、幹を蹴りつけながら、進んでいき────

 

 

「(死ね)」

 

 

 視界に入ったのは細身の鬼だった。

 炉心が点火した爆発金槌をその細身の鬼の頸へと鋭角に叩き込む。

 完全な死角からの強襲。それを見ていた不死川玄弥も、放った山村一心もそのまま鬼の頸はとれると考えたが、次の瞬間には山村一心はその身を捻った。

 

 

「ッ───」

 

 

 細身の鬼の頸に爆発金槌が直撃する寸前に鬼は反応し、一撃を回避しながら血鬼術を行使したのか鋭利な刃の様に変化したその脚を山村一心の首へと振るった。

 身体を捻った山村一心だがしかし、僅かに足りない。

 ギロチンと化したそれが山村一心の首へと迫る。

 

 

「ぬぅっ!?」

 

 

 だが、それもまた覆る。

 鬼の脚が大きな炸裂音と共に吹き飛んだ。

 鬼も山村一心もそれに目を見開き、音の出元へ視線を向ければそこには大口径の銃を手にした不死川玄弥の姿がある。銃口より立ち上る硝煙を見るに脚を吹き飛ばしたのは不死川玄弥であるのは明白で、鬼はまさか必殺をこの様な手で妨げられるなどとは思っていなかったのか、視線を不死川玄弥へと向けている。

 無論、その間にも脚は再生させているが────

 

 

「すまん」

 

 

 そんな隙を逃すわけがない。

 下段から、爆発金槌が鬼の頸へと叩き込まれた。爆裂し、そのまま鬼の頸を破壊する。

 塵へと変わっていく鬼の姿を踏み躙りながら、舌を打つ。普段ならば先の一撃、回避される前に頸を破壊していた。だが、さっきのざまはなんだ。

 『岩柱』悲鳴嶼行冥と共にいるという事に油断か慢心でもしたのだろうか。

 自分に苛立ちながら、その視線を近くに来た不死川玄弥へと向ける。

 

 

「礼を言う不死川。少し油断した」

 

「だ、大丈夫っすか」

 

「問題ない」

 

 

 苛立ちを収め、目を細めながら山村一心は息を吐く。

 そうしてから、袋を取り出し爆発金槌をしまい始める。それに不死川玄弥は驚き、どうしたのか、と問えば返ってくるのは問題ないの一言。

 袋に藤の花の香袋を幾つか付けてから、太めの枝に引っ掛けて山村一心は爆発金槌の代わりに腰に下げていた歪んだ日輪刀を取り出す。

 

 

「(……短い。しかも何だ、あの形……刀……なのか?)」

 

「……不死川」

 

「は、はい!」

 

 

 意識が切り替わったのか、冷たい視線を不死川玄弥へと向けてから山村一心は次に別の方向へと視線を向ける。

 

 

「先も言った通り、こっからは分かれて行動する。こちらが狩り次第、お前を探すからお前も鬼を狩った後は俺を探せ」

 

「わ、分かりました」

 

 

 滲み出る殺意に不死川玄弥は僅かに後ずさる。

 それを視界の端に収めた山村一心はそのままその場から駆け消える。

 苛立つ苛立つ。

 同時にその心中で少しずつうねっていた諸々が一つまとめになっていくのを山を駆け抜けながらに感じていた。ここ数日の渦巻きがようやく収まる。

 今思い返せば、この数日間山村一心にとってまるで腹の中に虫が蠢いているかのように不安定であった。先日の『下弦の弐』の時に桔梗が言っていたように迷えば敗れる。

 あの時はその言葉でしばし吹っ切れていたが、しばらくして頭が沈静化すれば迷いが覗き始めていた。だが、もはやそれも終わる。

 

 

 だんだんと思考が鮮明化してくる。

 同時に感覚もまた鋭敏化する。呼吸が素早くなり、血が巡り巡る。

 

 しばらくすれば、常中で張っている弐の業に一つ引っかかる。そちらへ意識を向け、進路を変える。

 

 

「殺す──── 獣狩り

 

 木の幹を蹴り、枝を蹴り、三次元的な動きで索敵に引っかかった鬼の頸を木の幹越しに切り落とす。

 

 

「ぇ」

 

 

 木の幹が倒れていき、ありえない現実を見ているかのように落ちていく頸が、その眼が山村一心を見る。だが、それもすぐに山村一心の脚が一切の容赦なく踏み潰す。

 鬼の身体が崩れていくのを見ながら、山村一心は笑みが零れそうな顔を日輪刀を持たぬ片手で覆う。

 

 

「臭いたつなぁ……堪らぬ血で誘うものだ……」

 

 

 少しずつ、いつも通りの山村一心へと戻っていく。

 狂気狂乱。

 鬼を、虫を、踏み潰す狩人に戻っていく。

 

 

「あと、二匹」

 

 

 その手で日輪刀を遊ばせながら、片目を瞑り山村一心は思考を回す。

 より速く、より熱く、血を巡らせていく。

 

 

「次」

 

 

 地面を踏み砕き、その場を駆ける。

 速く、速く、速く、鬼を、虫を踏み潰す為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ツンとする臭いが鼻につく。

 

 鬼だったものを踏み躙りながら、瞳が蠢く。

 

 自分が狩り殺したものではない、為に物足りない。だが、まだいる筈だ。索敵に二つ、うち一つは同胞のソレ、ならばもう一つが最後の鬼。

 

 なら殺す。なら殺せ。なら踏み潰せ────虫を、人の淀みを

 

 駆ける。駆ける。駆ける。

 

 

 そうして、肉を喰いちぎる音が響いた。

 

 木を砕きながら、その場へと飛び込み

 

 

 見たのは

 

 

「─────ッ!」

 

 

 血管が浮きで、瞳は人外のソレに変わり、鬼の肉を喰いちぎる、一匹の鬼(不死川玄弥)

 

 

─── 全集中・狩の呼吸───

 

 

陸の業

 

 

 

 日輪刀が二振りに分かれる。

 

 

 

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