光には存在しない者達   作:ペペロンチーノ伯爵

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男に望みは無く、光も無く、闇も無く、色彩さえも失われた。

世界は男に望んだ、光を、闇を、色彩を、あらゆる全ての欲望を、希望を、絶望を、苦しみを、怒りを、憎しみを、それら全てを男に望み、男に与えた。

それでも男には何も無く、失われていた。

無限救済の呪いに縛り付けられた男の深淵を覗くならばそのときは……


第四話『深淵を覗くとき』

~am8:25~

中立都市

ー≪セーフ・ガード≫ー

 

 

寒波の吹雪が荒れ狂う中、4つの通常検問を通過し、入居チケットを受け取って列車に乗る。

列車の中で抜き打ちの身体検査を受け、列車から降りるとセーフ・ガードに入る直前で最後の検問所に通される。

検問所の中で健康状態を事細かく検査され、その者の過去や経歴も調べ上げられるが、ゴースト・プロトコルによって改竄された偽装記録が検査表に書き込まれていく。

 

「……………」

(なるほど、ゴーストプロトコルに選別された俺の記録や経歴が覗かれると全てゴーストプロトコルが書き換えてくれるのか………イェソドが俺を任務に選んだ理由はここにもあったか…)

 

最終検問所を難なく通過したグレイブスは高すぎる入居料を支払ってやっと、この活気溢れる中立都市セーフガードの侵入に成功した。

セーフガードは様々な特色のある文化や建造物、旧世界の名残を感じさせる大都市であり、ありとあらゆる物が揃い踏みしていて、その物流速度は一日で国家がひっくり返る程である。

 

(メッセンジャーがいるのは民衆繁栄地区か……)

 

円形状に造られているセーフガードには十字に分けられた4つの区間、地区が存在しており、『民衆繁栄地区』『大規模商業地区』『物流管轄地区』『平和制御地区』である。

 

 

民衆繁栄地区は都市内のあらゆる要素がバランスよく組み込まれた生活スペースのような場所であり、新規の入居者はとりあえず民衆繁栄地区に行けば生活に迷う事はないだろう、それどころか人生のほとんどを民衆繁栄地区で過ごし、他の区間に行ったことすらない者もいるほど利便性に優れている。

 

大規模商業地区は都市内部にありながらも、入居者から『独立した生産国』と名付けられている。

この地区では生産業が盛んであり、商業地区に住むほとんどの入居者は住み込みで働く技術者や科学者などの高度な専門知識を持った者達が大半だ。

 

物流管轄地区はセーフガードからの輸出、輸入の全てを取締り、さっきまで通過してきた厳重過ぎる入居審査よりも複雑な工程で審議、審査する機関が管轄に付いて物流系に起こりがちな問題の全てを未然に防いでくれていた。

 

平和制御地区、この地区にはセーフガードの防衛を勤める『ピースキーパー』と呼ばれるセーフガードの守護者達が集まるところであるが、一般の入居者も問題なく入ることが出来る、それどころが、普通なら機密にするべき軍事情報も平和制御地区から公表されているのだ、それほどの隙と秘密を暴露しているにも関わらず長年最強の中立都市としての威厳を保有し続けているのはピースキーパーが持つ戦闘力が余程優れている証拠だろう。

 

 

(グリフィンにいた頃に何度か来たことがあるが……相変わらず見覚えの無い者達が新しく入ってきているな……そのほとんどが身なりを整えた金持ちばかりだが)

 

セーフガードに入居するには、並の金額では全く足りない、一度入ってしまえばその者の安全は保障される上、セーフガード内での生活費は相場と変わらない。

そして入居に必要な金額を用意できなければどんな権力者でも入居出来ず、権力を行使することができないのだ。

 

(そしてセーフガードに入った者は外部との連絡が禁止されると……)

 

街の内部だけでの通信連絡は問題なく行われているが、ピースキーパー以外の入居者は例外なく都市の外側に向けて連絡を取ることが許されていないし、やろうにも特殊なジャミング装置が働いていて出来ない。

 

(ひとまずメッセンジャーに連絡を取ろう……都市内にいるなら繋がるハズだ)

 

民衆繁栄地区に向かって歩きながら無線機に手を当てる。

メッセンジャーが使用している信号に合わせているのだが、無線機が起動することはなかった。

 

(……………何かあったのか……それとも単純に出られないだけか………)

 

異変を感じたグレイブスは無線機から手を離し、民衆繁栄地区の内部に踏み込んだ。

メッセンジャーとの合流は深夜帯と決めており、場所はセーフガードに入ってメッセンジャーから伝えられる手はずだが肝心のメッセンジャーが音信不通では仕方ない。

 

(自力で探すしかないな……)

 

だがとりあえず時間を潰す必要がある

何か口に入れよう、そう考えたグレイブスは一頻り民衆繁栄地区を歩き回ったあと、しばらく落ち着けそうな店を見つけた。

 

(……ディープ・モーニングいい名前だ、午前7時~午後12時までの営業、夜の11時から店名をディープ・ナイトクールに変更し、朝4時まで展開………なるほど)

 

とくに選り好みする気もなかったので早速オレは店内に足を踏み入れた。

店内は早朝の明るさとは裏腹にクラシックな光源を使った落ち着いた暗さを表現しており、眩しさはない。

 

「……………」

 

テイクアウトは不可能で、基本的には店内食になっているようで、食事は店内、もしくは敷地内の外での飲食が可能のようだ。

 

「いらっしゃいませ、おはようございます」

 

外に出て店庭の空いてる席に座ると、すぐさま注文表を持った店員の若い女性が声を掛けてきた。

 

「ご注文はこちらのメニュー表をご参考下さい」

 

「ありがとう………」

 

「ご注文が決まりましたら、手前のベルを鳴らしてお呼びください、では失礼します」

 

「あぁ、とりあえずコーヒーを一つ、メインの注文はその後でまた呼ぶ」

 

「あ、かしこまりました、コーヒーをお一つ、しばらくお待ち下さい」

 

店員を見送り、メニュー表を広げてある程度注文する物を絞っていると、横からさっきの店員がコーヒーをテーブルの上に置き、優しく笑ってお辞儀をしてからまたその場から離れた。

 

「……ほう」

 

旨いな、ここのコーヒーはなかなか上質なようだ、もしくは手先で淹れているのだろうか?

そんな事を考えながらメニューを決めてベルを鳴らすと、店員ではない何者かの影がグレイブスの俯く視線を横切り、目の前に椅子を引っ張って来て座る。

視線をゆっくり上げると、見覚えのある顔がそこに見えた。

 

「……スプリングフィールド、お前か………」

 

いつもの制服姿ではなく、落ち着いた彼女らしい一見清楚だがどこかお洒落な暖服を着こなしていた。

 

「お久しぶりですね、指揮官?」

 

「……………………」

(見た限りでは武装していない……だが何か隠し持っている可能性もある………それに比べて俺は完全非武装……まずいな)

 

コーヒーカップの取っ手に絡めた人差し指にグッと力を入れてこれから起こることを想定していると、スプリングフィールドが微笑みながらコーヒーカップを握る右手を指差す。

 

「私が指揮官に襲い掛かったらその熱々のコーヒーを私に掛けて………とか?」

 

「……………そうだが?」

 

「クスッ、やっぱり指揮官は面白いですね、でも安心してください、今日指揮官を見つけたのは単なる偶然です、このお店は私のお気に入りでして……」

 

「……………」

 

「………すみません、どうしてそもそも私がここにいるのか?ですよね……私だけじゃないんです、セーフガードには141の皆が休暇に来てるんですよ」

 

「にわかには信じられないな」

 

「ですよね、でも、ヘリアンさんの提案でAR小隊がゴーストに捕らわれている以上私達が下手に動くわけにはいかない、そしてこれ以上の損失は認められないとおっしゃって、セーフガードに私達を移動させたんです」

 

「………そうか」

(真偽がどうであれ、確かにセーフガード内で俺を攻撃することは出来ないだろう……)

 

「そういえばそろそろ………あ、こっちですよー!」

 

「………ん?」

 

スプリングフィールドの声に振り返ると、応答主とグレイブスは互いに目を合わせた。

 

「WA2000………」

 

「………な、なんであんたが……」

 

三人でテーブルを囲み、それぞれが注文した品を目の前に全く動きがなかった。

 

「………指揮官?どうしてセーフガードに来たのですか?」

 

「指揮官の事だから休暇を満喫しに来た訳じゃないんでしょ?」

 

「ああ、ここには任務で来た」

 

「う、やめてよ?ここで暴力沙汰は」

 

「保障は出来ないが、俺も装備無しでピースキーパーを相手にはしたくない」

 

ドレッシングを抜いてもらったサラダを口に入れて咀嚼、コンソメスープと一緒に飲み込む。

 

「朝食はそのサラダとスープだけ?」

 

「そうだが?」

 

「相変わらずの少食ですね、マフィンでも焼いてくれば良かったですね」

 

「お前達が気にする事じゃないだろう」

 

「それはそうですけど………あ、指揮官、これからまだお時間ありますか?」

 

「……………夜までならば暇だな」

 

「え、ちょっと………」

 

「なら私達141が泊まってるホテルに来ませんか?きっと皆喜びますよ!AR小隊のお話も聞きたいですし」

 

「それが本音か?ならいま話してやるさ」

 

グレイブスは食事を終え、簡略的にAR小隊の現状を説明した。

 

「……なるほど、彼女達は無事なんですね」

 

「そうだが……分かっていたような顔だな」

 

「ゴーストに捕まったって聞いたときは焦ったけど、ゴーストに指揮官が居るって分かってからはそんなにだったわ、指揮官ならAR小隊を無益に傷付けたりしないってね」

 

「そうか、ならもういいだろう、会計を」

 

決算用の端末を持って来た店員にクレジットカードを差し出そうとすると、横から別のカードを差し込まれた。

 

「………?」

 

「私が支払いますよ、その代わりにお暇なお時間を私達に割いてくれませんか?」

 

「………いいや、遠慮しておこう、すまないな」

 

「残念ですね……」

 

「別に私はどうでも良かったけどね」

 

どこか悲しそうに顔を背けるWA2000と優しい笑顔を見せるスプリングフィールドに礼を言って料金を支払い、店を後にした。

何処か他に当てがある訳じゃないが、直感的に彼女達に会うべきではないと感じたグレイブスは途方に暮れる方を選択する。

 

「さて……これからどうするか………何処か適当な場所を見つけてー」

 

ディープモーニングに入店する頃には落ち着いていた吹雪が遂に晴れたと思いきや、急な豪雨に曝された。

 

「……………………」

(雨か……作戦中なら最高の天気だが……この暇な時にこうも大量に浴びせられると………いや、別に対して変わらんな)

 

流石にずぶ濡れのまま街道を歩くほど世間目に疎くはないので、人目が付かなそうでなるべく狭い裏路地に入って壁に背を預けて時間を潰そうと視線を落とし、腕時計の短針が12時の数字を指そうとしているのを確認しながらじっと動かずにいると。

 

「……………?」

 

グレイブスの全身を打ち付けていた強い雨粒が止み、足元に降り注ぐ雨がグレイブスを囲むようにその場所だけ影を広げて止んだ。

だが強烈な雨音は止まらず、頭上で聞こえていた雨音は何か防水性の生地に当たって弾けるような音に変わる。

 

「………っ」

 

「久しぶり、指揮官」

 

どうやら俺は何らかの因果で繋がれているようだ、スプリングフィールドとWA2000の次に目の前に現れたのは自信満々な笑顔で大きめの黄緑色の傘を差しているK5だった。

 

「K5……」

 

「やっぱりまたこうして会えたね」

 

豪雨に晒されていたハズだが、二人に聞こえているのは傘に打ち付ける激しくも何処か落ち着く雨音の他には 彼女の出す少し荒い吐息だけ。

彼女は左手に持った傘を肩に添え、俺の肩にのし掛かるようにしてくっ付くことで固定する。

傘越しでも彼女の冷たい体温が伝わってくる。

 

「……冷えるぞ」

 

「いいの、私は暖かいから………」

 

俺に肩を乗せたまま目を閉じて心地良さそうにしているK5のブロンドの髪は濡れてはいないが湿気でじっとりと渇いた水分を含み、露出する肩肌に纏わり付いている。

冷えて鮮やかな紅照が滲む鼻先は可愛らしく、満足げに、そして誇らしそうに微笑むその表情には健気な美しさを見出ださせた。

そう、彼女はとても美しい。

いつものレオタードに肌着と薄手のパーカーに加えて、羽毛コートを羽織る程度の防寒しかしていない彼女にこの気温は少し厳しいだろうに。

 

「………スプリングフィールドから聞いたのか?それにしては速いが……」

 

「ううん、何故だか………指揮官がこの街にいるような予感がしたから、探してたの」

 

「……お前の予感に探知されたら敵わんな………」

 

「ふふふ、諦めた方が良いかもね」

 

気の抜けた溜め息を吐きながらグレイブスはコートの胸ポケットから煙草の箱を取り出し、箱を振って突き出た一本の煙草を咥える。

 

「む……………」

 

右手の薬指と小指の間で箱を挟み、煙草を咥えながら人差し指と親指でつまんで固定し、箱の中に一緒に入れておいたライターで煙草に火を付けた。

そして一服落ち着こうとしたその時、咥えていた煙草をK5に奪い捨てられてしまった。

 

「身体に悪いよ指揮官」

 

「今更だろう……」

 

「だって、指揮官…顔色悪いよ?」

 

「っ…………そう見えるか?」

 

「見えるよ」

 

確かに、歩けるようになっただけでグレイブスの身体が衰弱しているのは変わらない。

外見にその度合いが現れていてもおかしくはないだろう。

 

「この街に来たのは任務の為でしょ?」

 

「ああ………」

 

「でもセーフガードで任務なら誰も死なずに済むってことだよね?」

 

「それは………そう願いたいな」

 

「………初めに来たときの事、覚えてる指揮官?」

 

「覚えている」

 

「大変だったよね、私と指揮官以外の人形達がみんな迷子になって夜まで探したり、クレープ屋さんに行列を作ったり………」

 

「他の娘達は一度だけしか並ばなかったのにお前だけ三回も並んで買っていたろう?」

 

「ぅ………よく覚えてるね指揮官」

 

痛いとこを付かれたK5は苦笑いを浮かべる。

 

「私はね、指揮官と、ゴーストと殺し合いたくない」

 

「……………そうか」

 

徐々にK5の声が震え始め、コートのポケットに入れた右手の裾を力一杯握りしめて懇願するように、もしくは必死にすがるようにこちらを見上げて訴える。

 

「指揮官も……私達と殺し合いたくないって思ってくれてる………よね……?」

 

「……………………」

 

「………し……しき…かん……?」

 

K5の声に焦りと恐怖が交わる。

涙目で感情の籠った人間のような暖かい眼差しを向けてくるK5を見下ろす蒼色の瞳に温度は無く、ヒトの感情が欠落したかのような。

そう、まるで人形のように冷徹で無機質な眼差しだった。

 

「殺し合いたくない……そういう問題じゃないK5、俺の目的、ゴーストの標的は正規軍だ、そしてお前たちは正規軍に味方をしてゴースト、俺を殺そうとする。理由は十分だろ?殺し合いたくないだのなんだの、俺にはどうでもいい」

 

「っ…………」

 

「グリフィンがこれ以上ゴーストの脅威になるのであれば、俺は迷わないし後悔も無い」

 

「………そう……そうだよね…………」

 

「だがっ」

 

「……?」

 

「お前たちは何も間違えていない、俺達を殲滅するのも、正規軍に味方するのも、それは正しい事だ、俺はお前たちを憎んだりしないさ、正しい事をしているのだから」

 

グレイブスはK5の身体を離し、傘を差し出して彼女一人だけを傘の中に入れ、グレイブスの身体は再び灰色掛かった世界、悲鳴を上げる豪雨の中に曝される。

 

「いいかK5、後悔しない道を選べ、己の正しさに後悔だけはするな」

 

そう言ってK5に傘を手渡して室外機の霧煙に紛れて姿を消した。

 

「………指揮官」

 

私は肩に残っている指揮官の感触と冷たい温度に触れ、膝から崩れ落ちる。

もしかしたら指揮官は壊れているのかもしれない、人間があんな眼をするなんて尋常ではない、何を見て、何を成せば、何をされたらあんな恐ろしい眼が出来るのか……。

 

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