光には存在しない者達   作:ペペロンチーノ伯爵

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シーズン2『境界線を越えた先』
プロローグ・暴かれる伝承


~フォールアウト作戦から2カ月後~

am09:30

ー『軍上層部・会議室』ー

 

 

絶望的な寒気が到来した外の世界を眺めるクルーガーは淹れたてのコーヒーを呑みながら眉間にシワを寄せる。

 

「………それで、依頼というのは?」

 

カップを置き、テーブルの向かい側で座る男に決して穏やかではない声質で聞く。

 

「君、ゴーストと呼ばれる亡霊集団の都市伝説を知ってるかね?」

 

「………もちろんです、なんでも死んだ魂が復讐霊となり、悪者を狩っているとかなんとか」

 

「その通りだよクルーガー君、実に下らない都市伝説さ」

 

男は薄気味悪く笑いながらコーヒーを飲み干す。

 

「だがね……その都市伝説………なかなかに面白じゃないか、現にどのPMCのゴミ共とは異なる連中が裏で這い回っている現状がある」

 

「………………それで?」

 

「奴等がそのゴーストかどうかは分からんが……………率直に言おうか、君達の戦術人形にそのネズミ共の抹殺を依頼したい…いや、命令すると言った方が明確かな?」

 

「っ………抹殺……」

 

クルーガーは更に眉間のシワを濃く、目付きを鋭く尖らせる。

 

「我々の目標はあくまで鉄血を全滅させること、むしろその手のやり口なら正規軍の十八番では?」

 

「我々もこのごろ手一杯でね、それに君達の所には融通の聞く部隊がいるじゃないか?確か141と言ったかな?その連中に任せたらいい、更に2ヶ月前から鉄血の動きは無い、丁度良いじゃないか………ん?」

 

「………分かりました……」

 

「よろしい、では手始めに君たちの人形にはある舞踏会に出席して欲しい………」

 

 

~同時刻~

ー『ゴースト本部・宿舎:141分隊』ー

 

 

自分の寝室で眠っていたグレイブスは妙な不快感を感じる重量を腹部に感じてゆっくりと目を覚ます。

 

「………45か」

 

視界の先でグレイブスにまたがる45は上半身裸で唯一羽織られたパーカーも意味を為していない、ほとんどさらけ出されていた。

 

「起きた」

 

「何のようだ……作戦命令でも出たのか?」

 

「そうね………指揮官を襲ったり……とか?」

 

「……………」

 

「あっ………んん………」

 

無表情のまま何気なく左手を45の腰に添える。

人間のそれとしか思えないほど精密な人工皮膚で出来た彼女の素肌はとても白く、滑らかであり、存在の通りまさに人形の如く決め細やかだった。

添える左手を登らせて横腹を通り、彼女の胸部を下から押すように揉み上げてみると45の口から可愛らしい声が漏れる。

やはり豊満とは到底呼べぬ大きさの盛り上がりを眺めながらついつい口に出してしまう。

 

「……9ならば………あるいは………」

 

「なんか言った?」

 

「あ、いや何でもない……それよりも…」

 

グレイブスは左手を離し、彼女の身体から彼女の顔に視線を向ける。

 

「悪いが今はそういう気分じゃない、それだけの用なら期待には答えられないぞ」

 

「…………イェソド司令が呼んでるよ」

 

「今度から茶番の前にそれを先に言え」

 

45の額に軽く口付けをしてグレイブスはベッドから起き、装備を身に付けて上着を着る。

 

「せめて家に居るときくらい装備はずしても良いと思うけど?」

 

「何度も言ったような気がするが、ここも安全とは限らない、どのタイミングで襲撃されても対処できるように最低限の装備は所持しておくべきだ」

 

「9ならまだ寝てるよ~」

 

「なら放っておけ、任務なら後で伝えればいい」

 

支度を済ませて45に振り返ると、いつものように首を傾げる。

 

「……それは俺のインナーだぞ、お前のは……………どこだ?」

 

「うふふ、このまま来ちゃったからパーカーにスカートとストッキングしか履いてないの……」

 

「……………下着は?」

 

「気になる指揮官?」

 

「どうでもいい、さっさと支度しろ」

 

45の支度を待ってから二人で宿舎から出る。

 

「………ところで指揮官?」

 

「なんだ?」

 

「さっき『気分じゃない』って言ってたけど、もし気分になってたら?」

 

「そのときは期待に答えてやるさ……だが昨日は9とシたからー」

 

「は?(殺気)」

 

「嘘だ、真に受けるな」

 

廊下で擦れ違った数人のゴースト隊員と挨拶しながら司令部まで足を運び、扉を開ける。

 

「来たか141、ん?UMP9はどうした?」

 

「宿舎で熟睡中だ」

 

「………そうか、まぁいい、そこに掛けてくれ」

 

執務机に座るイェソドと対面する形で椅子に座り、45を後ろ隣に立たせる。

 

「実はお前達に新たな任務を託そうと思ってな」

 

「一週間連続で出撃したばかりなんですけど~?」

 

「文句を言うな45、それで?任務の内容は?」

 

「明日、とある二社の間で開かれる舞踏会にVIP客として出席…潜入してほしい」

 

「舞踏会?なぜそんな場所にゴーストが…」

 

「舞踏会に参加する企業は『正規軍』『IOP』の二社、互いに機密性の高い情報を扱っている企業が楽しく踊って終了という訳には行かないだろう、何らかの取引や交渉を行う可能性が極めて高い」

 

「ふむ、それを確認してこいと?」

 

「そうだ、だがそれとは別に他の事についても情報を入手してほしい」

 

グレイブスはイェソドから手渡された書類に目を通す。

 

「………ペルシカに『アクシス』の情報収集を頼んでいたのか?」

 

「ああ、お前からアクシス再来の報告を受けた数日後に彼女から連絡があった、アクシスについての情報を調べ、ゴーストに提供する代わりにお前に合わせて欲しいとの事だ、IOPに属する彼女もこの舞踏会に出席する、もちろん我々のメイン目標については話していない」

 

「………分かった、やってみよう。その舞踏会について教えてくれ」

 

イェソドは舞踏会の地図と任務に必要な品を入れたファイルを机の上に置く。

ファイルの中には偽造された身分証明書とIOPからの招待状が入っている。

 

「どうやって招待状を手に入れたんだ?この身分証明書は?」

 

「それは全てペルシカが用意してくれた物だ、もちろん盗聴機やトラップは無い、確認済みだ」

 

「………時刻は?」

 

「明日の17:30から開場だ、因みに……今回の任務はグレイブス一人で舞踏会に出席してもらうぞ」

 

「え、私達はダメなんですか?」

 

「当然だ、招待状は一枚しかない、そして舞踏会には人間しか居ないのだからな」

 

「それもそうだ、なら45と9には舞踏会の外の監視をしてもらうか」

 

「そうだな、いくら手引きがあるとはいえお前の正体がバレれば単独で脱出するのは難しいだろう………」

 

話をまとめ、司令部を出た二人は宿舎に戻って爆睡中の9を叩き起こし、任務の内容を伝えてから作戦会議を始める。

 

「………とりあえずここまでに質問はあるか?」

 

「はい!監視って具体的に何をすればいいの?」

 

「全てだ、怪しい人影や団体、気になる物は全て警戒して俺に伝えろ」

 

「もしも指揮官の正体がバレたら?」

 

「バレた時点で作戦は総崩れになる、その場合は外にいるお前達に任せるさ、無線で俺に指示を与えて誘導してくれればその通りに動く」

 

グレイブスは地図をなぞりながら淡々と話を進めていくが、その表情は決して穏やかではなかった。

 

「指揮官?大丈夫?」

 

「……この任務、なにか嫌な予感がする、気を引き締めて行くぞ、どんな問題が起きても冷静に対処するんだぞお前達、特に9」

 

「なんか……事あるごとに名指しされてる気がするよぉ……」

 

「お前は俺の事になると過剰に反応し過ぎだ、例え舞踏会の中で俺が殴られようと刺されようと撃たれようと、間違っても舞踏会に殴り込んでくるような真似はするなよ?」

 

「うー……頑張ります…………」

 

「なら明日は計画通りに、しっかりと休んでおけ」

 

 

~翌日・17:25~

ー≪舞踏会・受付前≫ー

 

 

寒波に晒されているこの雪の中で開かれる舞踏会入口の受付前でグレイブスはVIP優先受付に向かい、受付嬢に招待状を渡す。

 

「拝見させて頂きます……」

 

「ああ、頼む」

 

「……はい、招待状を確認できました、VIPのお客様はお先に会場内に入って頂いて大丈夫です」

 

「ありがとう」

 

受付嬢に軽く会釈し、横を通り抜けて裏口を開け中に入る。

 

「………………45、9、聞こえてるか?」

 

≪聞こえてるよー≫

 

「視覚映像は届いてるな?」

 

グレイブスの両目に入れてあるコンタクトレンズに映る視界は全て外で待機している45と9に映像化して送信されていおり、グレイブスが見ているものを共有しているのだ。

 

≪バッチリ見えてるよ指揮官、レスポンスも悪くない≫

 

「よし、なら行動を開始する」

 

IOPと正規軍の上層部が集まる舞踏会なだけあって会場内は広く豪華だった。

きらびやかに会場を照らすシャンデリアの光から逃げるように会場内の端にあるバーカウンターに向かう。

 

「………………」

 

カウンター席に座りながら中を見渡すと、確かに会社を代表する面々が揃い踏みしており、ワインやらシャンパンやらを呑み交わしながら談話している。

 

(集音機で会話は全て録音しているが……当然やつらは隠語を使って取引するだろうな………何か注文するか)

 

グレイブスは極々自然に振る舞い、愛想良くバーテンダー呼びつける。

 

(酒か……もう何年も呑んでいない気がするな……)

「………すまないが泡盛お猪口で頼む」

 

注文を聞いたバーテンダーはその単語を聞いて首を傾げた。

 

「……申し訳ありませんお客様、そのような物は聞いたこともございませんが………?」

 

「なに……………そうか、ならテキーラをショットでくれ」

 

「すぐにご用意致します」

 

「なら私はショットのウイスキーで」

 

「っ………」

 

いつの間にか隣に座っていた白衣姿の女性はカウンターに肘をついて酷い寝癖で跳ねまくる肌色の長髪を靡かせながらグレイブスに緩い笑みを見せていた。

 

「ペルシカ……」

 

「久しぶりだねグレイブス?何年振りかな?」

 

「6年と4ヶ月21日17時間47分振りだ」

 

「あっぱれあっぱれ……そこまで覚えてるなんて変態だね君は」

 

テキーラが注がれたショットグラスを受け取りながらペルシカをじっと見つめる。

 

「ふふ、そんなに警戒しなくてもいいでしょー?」

 

「お前には一度殺されかけたからな、警戒もするさ」

 

「ありゃま……まぁ仕方ないか、君とは仲良くしたかったんだけどねぇ」

 

「無駄話はいい、本題に入ろう……アクシスの情報を渡してくれ」

 

その時、ペルシカはバーテンダーからグラスを受けとり、俺の手にあるショットグラスを顎で差した。

 

「その前に乾杯しよう?」

 

「………………」

 

軽くグラスを合わせると、ペルシカはウイスキーを一口で飲み干した。

 

「っーハァー、たまにはお酒もいいねぇ?私はコーヒー党だからそっちの方が良いけども」

 

「………早く情報を渡せ」

 

「君は無愛想だねぇ……バーテンダーには笑顔だったのに私には冷たくないかい?」

 

「必要なのはアクシスの情報だけだ、お前は眼中に無い」

 

「君には無いかも知れないけど今の私の眼中には君しか映っていないよ」

 

「………………俺に会いたい、それが情報を渡す条件だ……」

 

「確かにね、だから少し話そうじゃないか………ね?」

 

グレイブスはテキーラを一口だけ呑み、ペルシカに向き直る。

 

「要件は?」

 

「君は物分かりが良いから好きだよ………それに私とのお喋りは君にとっても有益なハズだよ」

 

「………」

 

「どんな細工をしたのかは知らないけど、グリフィンのデータベースから君に関するあらゆるデータが抹消されていた」

 

「…………」

 

「大急ぎでデータの復元を試したけどダメだったよ……お手上げさ」

 

「前置きはいらない、さっさと知りたいことを言え」

 

「私が知りたいのは……君という存在さ」

 

「どういう事だ?」

 

ペルシカは書類が入ったファイルをカバンから取り出してグレイブスに何枚かの紙を見せる。

 

「グリフィンの人形組織『特殊自律行動部隊≪141(ワン・フォー・ワン)≫』……彼女達の事を少し調べさせてもらったんだよね、それはその調査結果」

 

「……………」

 

カウンターに並べられた紙には141に配属しているグリフィンの戦術人形に関するあらゆるデータが載っていた。

 

「その結果によって一つ、とても面白いモノが見つかった」

 

「………………」

 

「外部からの干渉が無いにも関わらず、141に属する全ての人形に『自立的な意志決定』を可能にする性能や、AR小隊のような本来あっても面倒になるだけな『感情維持モジュール』と似たような機能が付いていてね………」

 

「それがどうした?単なるバグの可能性だってある、なぜそんな話をー」

 

「ここからが本題さ、私は君に初めて接触したその日からずっと君の事を調べて来た……その記録はとても面白い内容だった」

 

「………………」

 

「ここ2ヶ月の間で私なりの方法でアクシスについて調べていたら君に辿り着いたよグレイブス君」

 

「………………そうか」

 

「うん、君がアクシスと初めて接触したのは28年前、グリフィン民間会社が出来た頃らへんかな?」

 

そこで話を切ってペルシカは書類をファイルに入れてカバンにしまいこみ、じっと正面を見続けるグレイブスの横顔を見ながら楽しそうに語る。

 

「君はどうみてもまだ20代前半か未成年にしか見えない、私の資料にも君は24才と記されてる………だがここまでの話は全て真実、君は何故…生前よりも前の事件に関わっているのかな?」

 

「………………」

 

「ま、その件については君が教えてくれない限り私にはどうやっても知ることは出来ないけどね~……私が持ってるアクシスの前知識と君の知識の整合性を確認したいんだけど、君が知ってる情報を教えてくれるかな?」

 

テキーラを呑み終えたグレイブスはショットグラスをバーテンダに返し、一旦の間を置いてから手を組んで語りだした。

 

「ペルシカ、この事は………」

 

「もちろん誰にも話さないし聞かせない、その為に全力で機密性を守る事に努力すると誓うよ、君たちゴーストのターゲットにされたら一日と持たないからね」

 

「俺がアクシスに出会ったのは確かに28年前のことだ、奴は意思や感情を持ったネットワークAIシステムで誰の制御も受けずにあらゆるサーバーや電子世界に干渉できるある意味で無敵の存在だった………」

 

 

28年前、アクシスの存在に気付いたゴーストは精鋭部隊と共に『切り札』を出撃させる

作戦名は≪ジャッジアウト作戦(最期の審判)

 

 

「結局、俺達はアクシスをある強力な深刻的損失を与えるミーム型汚染ウイルスに感染させることでヤツを消滅させたはずだった」

 

「………そのウイルスの名前は

グレイブス・フェニックス(不死の救世主):ウイルス≫通称『GFウイルス』ってことね」

 

「そうだ、良く調べてるな……」

 

グレイブスは感心した素振りを見せながらペルシカに視線を向ける、だが彼女は心なしかその真実を知った途端に笑顔に悲しみがちらつくようになる。

 

「そのミーム汚染ウイルスによってその場にいた者は君を除いてアクシスの破壊と引き換えにゴースト隊員全員が発狂して殉職した……」

 

「そうだ、発狂した隊員は俺が全員殺したよ、だが奴はどういうわけか鉄血を連れて再度復活した………いや、まだ確信はないか」

 

「………残念だけど、アクシスの再来は事実だよ、これを」

 

ペルシカから情報が入っているであうUSBチップを受け取り、懐にしまう。

 

「そのチップにも入っているけど、どうやらアクシスは何らかの方法で鉄血工造の設備を稼働させて人形を造り、自分だけの軍隊を作り上げたようだね」

 

「それはつまり、正確には鉄血の人形全てがアクシスに操られている訳じゃないって事か?」

 

「その通り、現にアクシスが率いている部隊は『ベックス』と命名された鉄血人形と武装機兵で構成された軍隊さ」

 

無機物的思想(ベックス)………か、情報の提供に感謝するペルシカ、だがもうこれ以上アクシスについて、俺達について関わらない方が身のためだぞ」

 

礼を言ってその場を後に席を立とうとしたところをペルシカが引き留める。

 

「グレイブス君、君が以前使ったGFウイルスが何なのかは知らないけど、AIは進化するものだからまたアクシスに同じ手が通用するとは思わない方がいいよ」

 

「だろうな………分かっている、なんとかするさ」

 

ペルシカと別れ、グレイブスは再びメイン会場まで脚を運ぶ。

 

≪………どうだった指揮官?≫

 

「ペルシカから情報を入手した、引き続きIOPと正規軍の監視を継続する」

 

≪気を付けてね指揮官、さっき会場の外に場違いな黒バンが二台、裏駐車場に入っていったよ≫

 

「黒バン………?わかった、気を付けよう」

 

その時、会場に流れるオーケストラ調の音楽が止み、緩速のついたジャズが流れ始めるとさっきまでシャンパンやらワインやらを嗜みながら談話していた客人達が席を立ってそれぞれが招いている妻や愛人などと踊り始めた。

 

「なるほど、交渉するならこのタイミングしかないな」

 

無数の人間が二人一組、しかも男女で踊り回る会場内で野郎共が集まって話すなど本来なら怪しいが、逆に言えば暗号化された通信などで会話したならばこれ程怪しまれない方法はないだろう。

 

(集音機に怪しい文言や隠語のような物は聞こえなかった……もしも無線通信なら………今の装備では近接傍受しかできない)

 

グレイブスが所持している超小型通信傍受装置は通信中の相手にせめて4メートル以内まで近付かなければ会話を盗聴できない為、どうしても近付かなければならない。

だが既に会場は二つに別れてしまった、中央の踊り場とその他、踊り手がいればその輪に簡単に入れるが、踊り手無しで輪の中に入れば確実に怪しまれる。

 

(………そうだ、ペルシカはー)

 

バーカウンターの方に目をやると、そこには酔い潰れる寸前でバーテンダーにウザ絡みするペルシカの姿が見えた。

コンマで目を反らし、グレイブスは思考を高速で回転させる。

 

「っ………」

(何かあるはずだ………何か……方法が……)

 

まずグレイブスは自分の所持品を確認した、所持品はペルシカから貰ったUSBチップ、超小型通信傍受装置、集音機、視覚送信コンタクトレンズ、仕事用の妖狐の面。

 

「………ダメか……他に方法は………っ!」

 

辺りを見渡し、会場の裏口やエントランス、表口や運搬口に視線を向けるとそこには黒で統一された綺麗なドレス姿を見事に着こなしていたグリフィンの141部隊が編隊を組んで自然に入ってきているのを確認し、グレイブスは視線の通らない柱に背を付けて隠れる。

 

「………141…問題発生だ」

 

≪どうしたの?≫

 

「グリフィンの戦術人形だ、例の黒バンにはグリフィンの141部隊が入っていたんだ」

 

≪それってヤバくない!?すぐに離脱しないと!≫

 

「そうだな……………いやまてよ、一か八か…………まだ作戦は継続する」

 

≪え、ちょー≫

 

グレイブスは妖狐の面を付け、柱から姿を出し、試しにその辺りを歩いていると、上部層の一人に

 

「ん、そこの君!」

 

「………」

 

「仮面とは中々生きだねぇ!仮面舞踏会ってのも悪くない、現に何人かいるからな!」

 

男はそういって隣に座っていた愛人の手をとって踊り場へと向かっていった。

 

(……ふむ、行けそうだな)

 

まだ仮面舞踏会という嗜好は残っているようで、その会話を聞いていた複数の老いた客人達もグレイブスの仮面を見ながら感に浸っていた。

 

「私達も仮面を作ってもらえば良かったですわ」

 

「そうだなぁ、君のその仮面はどこで?」

 

「………………」

 

「貴方ったら、仮面舞踏会の醍醐味はその雰囲気作りと仮面者の寡黙さですよ?」

 

「はっはっは!その通りだった!」

 

夫妻と別れ、グレイブスは計画を実行に移す。

その一方で、VIP用の裏口を警備しているAR小隊の中で、RO635が静かに呟いた。

 

「………ここまでする必要があるのでしょうか……」

 

「もう8回目だよ?そんなに気になる?」

 

顔を俯かせて頷くROにSOPⅡが難しそうに唸っていると、M16がいつものような不敵な笑みでROの肩を叩いた。

 

「まぁ確かなのは、グリフィンはマジだってことさ、私達にこんなドレスを用意するほどな」

 

「でも……存在するかどうかも分からない、都市伝説レベルの傭兵部隊を誘き寄せる為だけにこんな何の意味もない舞踏会を開くなんて………」

 

「幽霊部隊…ね」

 

AR-15が静かに口を開く。

 

「もしもその亡霊達が実在するのなら、かなり厄介な相手になるわね、噂によると亡霊部隊はこの時代にあるはずの無い失われた技術や兵器を持ち、少数の隊員は正規軍とは比にならない程の超人揃いらしいわ」

 

「………存在したら本当に危険ね……でも、どうしてその部隊の抹殺を?」

 

M4の問いにM16が答える。

 

「ああ……多分だが、正規軍とIOPはそいつらにビビってるのさ、そんな奴らが存在するなら、いずれ自分たちに牙を向くかもってな」

 

「………亡霊、普通なら存在するはずの無い者たち……」

 

そんな事を話していると、見覚えのない妖狐の仮面を被ったトレンチコート姿の男がAR小隊の前まで歩いてきた。

 

「………………」

 

「?………あ、あの………お帰りでしょうか?」

 

裏口の扉の前に立っていたROは扉から離れて道を譲るが、仮面の男は五人の前から動かなかった。

 

「………………」

 

「あの………?」

 

「もう!なんなのさ!用がないならさっさと戻りなよ!」

 

そういってSOPⅡが男を押し退けようと両腕を突き出すが、男はSOPⅡの腕を軽く避け、M4の前に向き直ると。

 

「………えっ?」

 

「んん?」

 

「………っ?」

 

男は姿勢を前のめりに傾けてM4に左手を差し出し、右手を自分の背中に回すその素振りは明らかに彼女をダンスに誘っている姿そのものだった。

 

「え、あの……わたし………その……」

(この人……どこか………)

 

「ダンスのお誘いに来たのか……いいんじゃないか?」

 

「え!?でも私はー」

 

「最近M4は煮詰めすぎだからねー、たまには紳士にリードされてくれば?」

 

「そうね、警備は私達だけでいいから、楽しんできなさいよ」

 

男に聞こえないようこそこそと話していると、男が手を差し出したまま首を傾げる。

 

「ほらほら、困ってるよ?」

 

「いや、そんな………えっと……」

 

M4は首を傾げる仮面の男をじっと見つめながら、ゆっくりとその左手に右手を添える。

 

「なんの経験もないですけど……よ、よろしくお願いいたします………」

 

………グレイブスは安堵の声が口から漏れるのを必死にこらえた。

 

(もしもM4が乗ってこなければ確実に詰みだった………あまり賭けはしない質なんだが……)

 

残りのAR小隊に頭を下げ、丁寧にM4を踊り場にエスコートする。

そしてそれを面白可笑しく眺めるAR小隊の中で一人、ROだけが仮面の男に妙な違和感を覚えていた。

 

「……気のせいか………?」

(皆は感じていないようだけど………この不思議な感覚は……?)

 

グレイブスは仮面越しに優しくM4の腰に手をあてがい、ダンスフロアまで誘い引いて上層部の夫妻に紛れて軽やかなジャズに合わせて脚を動かし、慣れないM4の動きを補助する。

M4は男の顔、仮面をじっと見上げながら彼の動きに全神経を集中させて必死に動きを合わせようとしていた。

 

(………どうしてだろう……慣れてないのに………スムーズに身体が動く……なんだか指揮官みたいな…)

 

そう感じる彼女だったが、逆にグレイブスは動きこそM4を案じ、気に掛けているように見えるが、彼の眼中にM4は映っていない、その視線、意識ですら彼女を認識していなかった。

グレイブスの意中にあるのは周りでくるりくるりと踊るIOPと正規軍のお偉い上層部の皆様のみだが、傍受装置に聞こえてくるのは全く他愛のない話し声ばかり、もしかしたらと思い、グレイブスはM4から左手を離し、右手で腕を上げて彼女を一回転させるその一瞬で腰に付けた集音機を裏口の辺りに向け始めた瞬間、焦ったようなROの声を拾う。

 

≪まさか………っっ!M4!!その男から離れてください!!!男が付けてるその仮面には私達の認証システムのパスを欺く為のジャミング装置が付いてます!!!!≫

 

「ッ!!!!」

(気付いたか……!)

 

「え………!?……でも……………っ!?」

 

≪ビンゴです!!亡霊が餌に引っ掛かりました!!≫

 

「………………」

(餌………なるほど、この舞踏会はもともと俺達を誘うためのフェイクって事か……)

 

一瞬だけ思考が停止したM4を最も近い人間に向けて突飛ばし、武器を構え始めた人形達の姿を見ながら会場内にいる人々の間を縫って追跡を容易に行わせないように立ち回る。

 

「141、作戦は失敗だ、脱出の指示を頼む」

 

≪え!?そんないきなり……………っ、わかった!まず二階はダメ!そこをまっすぐ行った所に配膳用のキッチンルームがあるはずだからそこに入って!≫

 

≪でもキッチンルームにも人形が配備されてるかも知れないから注意して≫

 

「了解、キッチンルームに侵入する」

 

丁度、配膳用の扉を開けてきたウェイターの膝を蹴ってへし折り、背後から追ってくるハンドガン集団に投げ飛ばす。

 

「ッッ!!」

 

「ここは私達が!残りは奴を追って!」

 

キッチンルームには激しく動揺したシェフ達がおり、グレイブスは手にしたフルーツナイフでシェフの一人の手首を綺麗に切り払い、精密に頸動脈を軽く裂いた。

 

「ひぃぃぃい!!!」

 

「………………」

(これでもう少し減らせるか………?)

 

≪キッチンルームの非常用ドアを開けた先には輸送用ガレージに出るの、そこを抜ければ外に出れるよ指揮官≫

 

「了解だ45、お前たちも離脱しろ、向こうで合おう」

 

≪分かった!行こう45姉!≫

 

≪うん、無事でね指揮官≫

 

「ああ………」

 

頭を反らし、飛び交う弾丸を躱す、グリフィンの141部隊のハンドガン達はグレイブスよりも素早く、障害物がなければすぐにも追い付いてくる。

グレイブスは非常用ドアを開け、ガレージに出てシャッター開閉ボタンを押してシャッターが開くまでの時間を稼ぐために振り返り、迎撃体制に入った。

 

(弾道は確実に俺の頭部を狙っていた、つまり俺を生きて返す予定は無いと言うことだ……SMGやARの部隊が来る前に脱出したいところだが………)

 

非常用ドアを蹴破って来たハンドガンのP7を始めに無力化し、壁に投げ飛ばす。

 

「にぎゃっ!!」

 

「っー………」

 

次々と入ってくる人形達に対して武器を持たないグレイブスは圧倒的に不利だが、遮蔽物を瞬間的に利用して放たれる弾を避け、こちらを狙うチェッキンから武器を奪い捨てて弾除けにしながら組み伏せる。

 

「ッッ………強い……!」

 

俊敏に動き回って射線から姿を消し続ける仮面の男を追いながらP×4ストームは苦虫を噛みちぎる。

 

(落ち着いて……相手は1人……そして多勢で優勢に見えているその現状が最も負けやすい!)

 

ストームは以前に教わった事を心の中で復唱し、焦らず背後に付くHG部隊にサインを送って広々としたガレージに駐車してあるバンの裏に隠れたターゲットをゆっくりじっくりと追い詰めるように 指示する。

それが自分のマスターであるとは気付かずに。

だが時既に遅く、バンの裏を確認したときにはシャッターは既に開いており、男はとっくに逃げていたのだ。

なるべく急いで街の郊外まで逃げてきたグレイブスは45と9に落ち合うために合流地点を目指すが、その間にグレイブスは幾つかの疑問を整理していた。

 

「………………」

(あの時、ROは亡霊という単語を使った……まさかクルーガーが?いやそれは無いだろう、ならなぜオレたちの存在を……?餌に食いついたとも言っていたが、明らかに今回に関してはゴーストの動きを予測出来ている何者かがIOPや正規軍にいるのか………もしくは……)

 

チラリと背後に視線を向け、突き当たりの裏路地に滑り込む。

そして同じように裏路地への曲がり角を曲がってきた何者かに蹴りを繰り出すが躱されてしまう。

蹴りを躱したのはRO635であり、M16に託されてずっと戦闘に参加せずグレイブスを追ってきていたのだ。

 

「………………」

 

「逃がさないっ………!」

 

両手に構えた銃の銃口がこっちに向けられる前にグレイブスは銃身を右手で抑え、左ジャブをRO635の顔面に命中させて武器を叩き落とす。

 

「ッッ………!」

 

「っ……………」

 

遅れずROも拳を構えてグレイブスに立ち向かう。

繰り出した右ストレートは簡単に受け流され、間髪入れず蹴り込まれた強烈な右キックはROの腹に深々と沈んだ。

 

「かっ………は………!?!?」

 

「………………」

 

一瞬で崩されたROになす術はなく、降りてきた彼女の綺麗に纏められたお下げの髪を鷲掴みにして顔を引き上げ、今度はもう一度腹部に膝蹴りを入れて追撃する。

そしてしっかりと握った髪の毛を引きずり回し、コンクリートの壁に彼女の顔を叩き付けた。

 

「アグッ……あ……ヒグ………ッッ!!」

 

かなりの勢いで顔面を叩き付けられたにも関わらずROは裏拳を繰り出す、だが簡単にグレイブスに抑えられ、脚を払われ左腕をへし折られると同時に地面へと投げ倒される。

 

「ウッグ………カヒュッッ!!……アア!!」

 

「………………」

 

投げ倒されるもすぐに喝を入れて地面を蹴り払い、折れた左腕を抑えながら起き上がると、外れた左腕の骨格をはめ治し、動かして見せた。

 

「フー!フー!フー!!」

 

「……………………」

 

彼女の目からは闘志が溢れ返っており、己が不利だと言うことを微塵も感じさせない立ち振舞いをする。

 

「貴方が………亡霊……?」

(一言目で……一歩後ろに………)

 

「………………………」

(一言目で一歩下がる………)

 

「ハァ……ハァ……正直に言って貴方には何の恨みもありません………ですが……任務なので」

(二言目で……息を荒く抜いて呼吸を整える……)

 

「………………………」

(二言目で呼吸を荒くして油断を狙い、本命は呼吸の調整……俺が教えたことを完全にマスターしているな)

 

RO635は目の前にいる仮面の男の正体には気づいておらず、ましてやそれが、かつての己の指揮官であることなど知りもしない。

 

「フゥー……」

(私の信号を追って皆が追い付くまで残り約5分……何とか………)

 

「………………」

(ROの援軍が到着するまで……あと5分程度か……)

 

まず先に動いたのはグレイブス、鋭いローキックをROに向けて振り抜く、彼女は蹴りを受けることなく寸前で回避。

そして攻勢に出ようと踏み込んだ瞬間にグレイブスの左ジャブが顎を打ち弾いた。

 

「んっ………グッッ……!!」

 

「……むっ?」

 

激しく打ち抜いたはずだが、彼女の踏み込まれた右足は動かず、素早い貫手がグレイブスの脇腹に目掛けて差し込まれたが、グレイブスは貫手を簡単にいなし、すれ違い様に右手で彼女の小指を折り曲げると同時に左手で首もとを圧えながら不安定に踏み込まれた右足を蹴りあげ、今度は後頭部を床に叩き落として直撃させる。

 

「ッッ………アウッッ…………」

 

「……………………」

 

意識が途絶えたROを放って合流地点に向かうと、逃走用の車と共に45と9の姿が見えた。

 

「遅かったね」

 

「………待たせたな」

 

「大丈夫だった?」

 

「ああ、何とかな……さぁ、帰還するぞ」

 

 

~同時刻~

ー≪裏路地≫ー

 

 

RO635は腫れ上がった小指に巻かれた包帯を見ながら、怪我の具合を案じるAR小隊を見上げる。

 

「すみません、ターゲットを逃しました………」

 

「気にするなRO、今はとにかく帰ろう」

 

「でもまさかROがここまでやられるとはね……」

 

「………もしもあれが本当に亡霊部隊の中で普通クラスの実力者であるなら、指揮官と同レベルの実力を有している隊員が何人もいると考えた方がいいかもしれない……」

 

「え……そんなに強かったの?」

 

後頭部に響く痛みの中で仮面の男との格闘戦を思い返す。

 

「ええ……筋力においては私たち戦術人形には遠く及ばない、でもあの常人離れした技量と体幹力(スタミナ)、何よりも驚異に感じたのはあの冷静さです、まるで私達人形よりも冷淡で淡白な機械的な感覚……呼吸すら感じさせない余裕でした」

 

「……それって………」

 

「はい、あの男の雰囲気は………指揮官と酷似していました」

 

「だがあり得ない、もし本当に指揮官なら私達が気付かない訳がないだろう?実際にROが拳を合わせて指揮官だと実感がないんだろ?」

 

「それはそうですが……」

 

「もしも………もしも本当に指揮官だったら……?」

 

M4はもっとも彼女自身が恐れていることを思わず呟いてしまった、そしてその恐怖をさらに増幅させる。

 

「もしも指揮官が亡霊部隊の人間だったなら………?わ、私達は……指揮官と本当に殺し合わなきゃいけないの………?そ……そんなの………いや……いや………!」

 

「おいM4、落ち着け……大丈夫、そんな事にはならないさ、絶対に大丈夫………指揮官と敵対なんてしない!」

 

だがこの時には既にM16は覚悟を決めていた、最も愛した人間にそのトリガーを引くことを、躊躇なく指を掛けることを決意していたのだ。

 

 

~離脱中の141分隊~

ー≪車内≫ー

 

 

「………ねぇ指揮官、さっきグリフィンの141が私達の存在について呟いていたって言ってたよね」

 

街灯の灯りで暗転と光転を繰り返すグレイブスの顔をバックミラー越しに見つめながら45は口を開く。

 

「それがどうかしたか?」

 

「もしも確実にゴーストの存在がバレて、本格的に敵対したら………指揮官は彼女たちをー」

 

殺すさ

 

「っ………」

 

バックミラーに映る指揮官の顔は前を向いたままその発言に眉ひとつ動かさず、どこまでも冷たい声と瞳で45の問いに答えた。

 

「何者かなんてどうでもいい、彼女達が俺達ゴーストに攻撃したその時点で家族であろうと敵は敵、俺の殺傷対象に変わりはない、そこに個人的感情は一切存在しない………そして45、9、お前たちも分かっていたことだろう?だが道を決めるのはお前らだ、もしも二人がグリフィンに寝返り、ゴーストを裏切ったとしても俺は憎まない、それは正しいのだから」

 

「………そんな事しないよ、私達が指揮官を裏切るなんて万が一にも、あり得ないよ」

 

「………そうか」

 

現に45と9は揺るがない、グレイブスと同様にグリフィンを根滅させる程の決意と精神を持っていた。

 

「俺達はゴーストだ、この世に存在してはいけないし、世界に認知されてもいけない」

 

「うん、分かってるよ」

 

「私達は亡霊、負を持って負を殺し、残酷をもって冷酷を従える」

 

不信感と不安感が広がるグリフィンの141とは全く真逆であり、三体の亡霊はその不気味な眼差しが暗闇の中で淡く黒く鈍い残光を残していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~乖離次元ネットワーク内部~

ー≪?????≫ー

 

 

世界から隔離された電子世界の中で、『彼』はシステムで構築された玉座に座りながらプログラミング投影画面から使役した鉄血の人形達を眺めながらあることを思いだし、幾多も流した電子の涙を再び零れ落とす。

そして、画面越しに見えるこの世の世界を睨み付けながら呟いた。

 

「私は………救ってみせる……この世界を終わらせ、彼を殺すことで……彼を無限救済の苦しみから解放する………!」

 

 

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