1
10月9日。
学園都市の創立記念日である今日は、その内部に限り祝日となる。
朝から学生は街に繰り出し、世間では平日である今日を自由に過ごして青春を謳歌することだろう。
珍しいことに、第六位も朝から外出していた。
ただし、傍らにいつも一緒にいる少女、
彼女は週に数回程度の調整を、カエル顔の医者の病院で行っているのだ。
彼女が他の『
第六位は朝から
「『
普段とは違う口調で、機械的に彼は電話相手と通話していた。
『紹介料を肩代わりしてもらっておいて何だが、下準備が面倒ったらありゃしねえ。……ったく、ムカつくぜ。名前も顔も知らないテメェに指図されてるようなこの状況も』
相手は男だった。特に親しげな雰囲気といったものはない。にも関わらず、ずかずかと踏み込んでくるような口調だって。
「親船最中の行動予定は昨日送った通り。狙撃可能な地点も、リストアップしたものは既に送信している」
『今向かわせているところだ。さっさと次の場所を教えろ。予定は詰まってんだよ』
「ああ、そうだな」
『テメェがどこ誰で、何を企んでるのかなんて知らねえし興味もねえ。だが、この垣根帝督を出し抜ける、あまつさえ利用しようだなんて思うなよ』
電話相手の言葉は無視して、彼は淡々と情報を流した。
「『ピンセット』は第十六学区の素粒子工学研究所、北東エリアに保管されている。他の組織が防衛に当たるようだが、第二位の能力なら簡単に迎撃できるだろう」
『素粒子工学研究所ね。ま、そんなとこだろうと思ったよ』
「伝えることは以上だ。結果が出たら報告しろ」
『指図してんじゃねえ』
彼はそこで通話を終了する。
ポケットから手のひらサイズの端末を取り出し、何かの作業をして情報を入手しているようだった。
彼は少しした後に端末を公衆電話の上に置き、ふう、と一度息をついてから呟く。
「……始めるか」
指が新たに取得した番号をダイヤルしていく。
抗争が始まるまで、もう猶予はない。
2
昼食で混む前にファミレスに入っておきたい学生たちが、慌ただしく学区内を闊歩している中。
第六位は昼前から目的のホテルを探し回っていた。
大抵なんでも揃う代わりに、第七学区というのはかなり広い。南西に常盤台を始めとしたお嬢様学校グループで敷地を独占する『学舎の園』が存在していながら、その巨大な敷地がざっと7つ程度収まるぐらいには広い。
そんな第七学区も、学校が多い区画や、学生寮が立ち並ぶ区画など、建物をリスト化し、ある程度の区分がなされて分散している。
第六位である彼が居るのは、学園都市内部でも数少ないホテルが立ち並ぶ区画だ。
と言っても、外から中に来た人間はもっと別のところへ行くだろうし、中の住民がわざわざホテルを利用することも多くない。そうした顧客、主に学生は、第三学区の個室サロンへ赴くことが多い。サロンに比べてホテルを利用するのは成人を迎えた大人が多く、学園都市の人口を鑑みても、そうしたホテルが少ない傾向なのは頷けるだろう。
そして、ホテルが少ない分、目的地も簡単に見つかった。
暗い赤で地味目な装飾のなされた外装の建物は、ホテルというよりは「長時間休憩できる個室」という意味合いが近しい施設だった。中に入ってみると、一階の7割近くはレストランになっているらしく、少し小洒落ている。
フロントで偽造した身分証を提示し、チェックインを済ませて予約していた七階の九号室へとすんなり入った。
「……さて」
彼は呟くと、バッグをテーブルに置いて、その中からノートパソコンを取り出した。そこそこ高級そうなソファに腰掛け、パソコンを起動して何らかの作業に入る。
「『ピンセット』は予定通り『スクール』に回ったか。『アイテム』のほうも崩壊寸前……あん?」
モニタを眺めながら取得した情報を追っていくが、そこにあったものを見て彼は眉を
「浜面仕上が麦野沈利を撃破、ね。誰だか知らねぇが、根性のあるヤツも居たもんだな」
適当に称賛しながら、マウスホイールをくるくると動かす。
「垣根帝督は『メンバー』を退けたか。アレイスター直属っつっても、まあこの辺の怪物にゃ敵わねぇわな」
彼はその後も情報を確認して行ったあと、ふと時計を見て作業を止めた。
「……そろそろか」
呟くと、ポケットからグレーの紙切れを取り出し、指を添えて何かを詠唱する。
こぽり、と水っぽい音が彼の体から生じた時だった。
こんこん、というノックの音がドアから飛んで来た。
「……空いてるぞ」
扉が開く。
異質な空間への訪問者。
それに向けて、彼は目も向けずこう切り出した。
「待ってたぜ、お嬢さん」
3
709号室への訪問者は、14歳くらいの少女だった。
部屋に入った彼女への第一声に対して、作り物のような小さな笑みを浮かべたまま、少女は言葉を返した。
「その呼び方はやめて頂戴」
ジロリ、と第六位の眼球が動く。
金髪に真っ赤なドレス。身長も体型も見た目の年相応な少女には背伸びをしているようにも見える。
彼が予測した通りの人物だ。
予測も何も、この部屋に呼んだのは彼なのだが。
ドレスの少女──『
香水の匂いが鼻を刺激する。
彼は作業を終えてノートパソコンを閉じると、警戒心を解いたと言わんばかりにだらりとソファにもたれかかった。
「何か、俺に聞きたいことは?」
「名前を伺っても? 自称第六位さん」
「テュールでも藍花悦でもお好きなように。っつーか、自称とは失礼だな。俺はこれでも正真正銘の第六位なんだが」
「……まあ。暗部に居る私の個人回線を解析して連絡してきた以上、只者ではないと思っていたけど。能力が効かないのはともかく、『心』も読めないのはどうして?」
「結界魔術を応用した防壁、でわからないなら理解は諦めろ。お前が俺の何を警戒しているのかは知らないが、心が読めない代わりに教えてやる。俺の目的は一つ。垣根帝督だ」
彼女はその言葉にジトっとした目で、口に手を当てて言った。
「……そういう趣味なの?」
気持ち悪いものを見るよう視線だった。
「殺すぞクソボケ。厳密には垣根帝督から出力された
「と、言われてもね。
「んなことはわかってる。第二位は一時間かそこらで『
「……どこからそんな情報を手に入れたの?」
「おいおい、第六位が
彼の説明に、少女は肩をすくめた。
「ならなおさら、私があなたに渡せる情報なんてないわ。大体、彼にばれたら消されそうだし。面倒ごとは御免よ」
「お前が何の情報も持ってないポンコツ野郎だってのはわかってるっつったろ」
「なっ、ポンコツとは言ってなかったでしょう!? さっきから失礼すぎよ!!」
「喚くな。お前がやるのはこれからだ。報酬は支払う。お前は暗部に居ながら、その能力で垣根帝督に関する情報を片っ端から集めろ」
「……」
「ま、暗部で奴隷生活をするよかマシな額を出すし、情報収集の際に何かをやらかしても、俺がなんとかしてやる。ついでに衣食住も保障。こんなオイシイ条件が他にあるか?」
「逆においしすぎる条件の裏が怖い所だけど、まあ悪くはないかしらね。彼が第一位を倒してしまったら、私の暗部生活も終わってしまいそうだし」
「んじゃ、交渉成立だ。これから詳しいことを話すが、このことは誰にも……第二位のヤツにも話すんじゃねぇぞ」
「わかってるわよ。学者さんとお話ししてた、とでも誤魔化しておくわ」
なんだそりゃ、と言いながら、彼は閉じたノートパソコンを再び開く。
作業は大詰めだ。
4
案の定、病院の待合室で彼女はぶー垂れていた。
「全く。もうちょっと気を遣って欲しいもんだよ。他の『
彼が病院に顔を出して一瞬だけパッと満面の笑みを浮かべた後、ぶんぶんと首を振って先程からこの調子だ。
「今日はいろいろ忙しいんだよ」
「オマケになんだが香水臭いし! 誰!? あなたどこの誰と何してきた!!」
「喚くな。……ったく、一人でも姦しいんだからな」
空腹なくせに文句を言い続ける彼女の手を強引に引いて、
「さっさと飯行くぞ。時間がねぇんだ」
そうして、ファミレスへついた頃だった。
地震のような重低音が大地に響き渡って、荒い風が一瞬だけ吹いた。
「……始まってんじゃねぇか」
「え? 何?」
「なんでもねぇよ。金は渡すから、飯食ったらまっすぐ家に帰れ。危ないことが起きたら、必ず出るから電話しろ。いいな」
「え、ちょっと!? ミサカ本日二度目の置いてけぼり? そんなのってないよ!!」
恐らくそこでは、学園都市の怪物がぶつかっている。
高揚する心を押さえつける。
辿り着いた先は、スクランブル交差点。
そこには、黒と白のぶつかり合いと、壮絶な破壊があった。
「ォォォおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」
爆発的に広がる翼を携えた第一位が、第二位を簡単に叩き潰していた。
(暗部の指示役に混じって組織を動かせることもわかった)
(……
彼の目標は、もうじき達成される。
5
圧倒的な破壊と殺戮があった第七学区の一角。
スクランブル交差点には、警備員や学生たちが溜まっていた。
学園都市の創立記念日ということもあり、祝日である今日が野次馬でごった返すのは仕方ないとも言えるのだが、その光景が
ただし、その誰もが、その異様さに目を逸らすことすらできない状況にあった。
その隅。
第一位によって惨殺された第二位の肉塊の周辺は、学生ではなく警備員に囲われている。
金髪アロハにサングラスの土御門元春は、『グループ』から来た仕事を遂行するため、警備員のさらに外側にいる野次馬に混じって現場を見張っていた。
しかし、なにやら様子がおかしい。
土御門がその違和感を感じ取ったときに、既に人の波は動いていた。
人払いという魔術。
その地点から無意識的に離れたくなるという意識を植え付け、人の流れを操る術式を、土御門は思い浮かべた。
その瞬間。
彼を置いて第二位の肉塊から客観的に見て不自然なほどにさっさと離れていく学生や警備員の中で、ただ一人だけ『中心』に近づく人間に気付く。
土御門はさり気なく周りに混じって一度離れようとしたが、しかし『それ』と交錯する瞬間に声をかけられた。
「『グループ』の土御門元春だな」
肉塊に近づく人物──第六位は呟きながら、野次馬の学生や警備員とは違って意識的に周囲に溶け込もうとしていた土御門の隣で立ち止まった。
「お前は?」
サングラスの内側で、眼球だけを横に動かして彼を見据える。
「誰でもないさ。……第二位の回収は『グループ』から引き継いで俺が担当することになった。見ての通りここ一帯には『人払い』を発動してある」
「なんだと?」
いきなり現れた誰とも知れない男に暗部の情報や『人払い』について口々に出され、露骨に警戒する土御門。拳銃も色紙もすぐに取り出せるようにと、藍花からは見えないほうの手を懐に忍ばせる。
「俺個人が信用できねぇなら、『仲介人』にでも聞いてみろ。話はつけてある」
グループ、人払い、仲介人。
しかし、土御門にとって見れば確証は無い。今ここで電話をしたとして、何を言ってるんださっさと仕事しろ、なんて言われるのは気に障る。
「……」
言っても退かない土御門に彼は苦笑しつつ提案した。
「強情な奴だな。なら、手土産にコイツを持っていけ」
「……『ピンセット』か」
懐から銀色のグローブを取り出し、土御門の胸に押し付けるように突き出す。彼はそのまま血だらけの垣根帝督の前にしゃがみ込みつつ続けた。
「今日、俺とアンタは出会わなかった。お前は一方通行と垣根帝督の戦闘の隙をついて『ピンセット』を入手し、『グループ』の隠れ家に帰った」
「……、」
「ソイツの中には、第二位が解析した『
「……何故、コイツをオレに?」
「口止め料だよ。お前が俺のことを話せば消されるだろうが、お前だけそんなペナルティじゃ可哀想だしな」
どうでもよさそうに言いながら、彼がポケットから取り出した端末を弄くった。どこに待機していたのか、すぐに黒塗りされたゴミ収集車が到着し、白を基調とした制服を着用した作業員が垣根帝督の回収を始める。
「……あんた、何者なんだ」
「消されたいなら勝手に調べろ。どうせ何も出て来ねぇが」
ゴミ収集車に乗り込みつつ適当に言い放ち、彼は去って行った。
彼らが会話したのは、数分にも満たない。
しかしその異様さに、土御門は暫く『仕事』で見慣れているはずの黒塗りの収集車を眺めていたことに気付く。
そして足元に目をやれば、アスファルトからは血の跡も垣根帝督も全て消え去っており、スクランブル交差点には相変わらず野次馬と警備員に溢れていた。
お待たせしました。15巻の内容を加速気味に詰め込んだせいか、5700文字に。まあ、毎話一万文字とか書いていらっしゃる方々にはそんな程度かと鼻で笑われそうなものですね。会話パートで地の文を書ける能力が欲しい。
裏話をいくつかこじつけてみました。心理定規の容姿について恐らく細かい指定(髪やドレスの色)は原作にはなかった気がしますが、某所で見かける絵などを見るに金髪+赤ドレスのイメージが強いのかな?私のイメージにもぴったりです。
原作読んでないとちんぷんかんぷんかもしれません。なにしろ私も時系列には苦しめられました。
1→2の間には、かなりの間が空いています。ここは何か挟もうかなとは思ったのですが、特に書くものが思いつかなかったので止む無く場面転換に逃げました。
原作沿いの長いプロローグはここまで。次回から動きます。きっと!