1
彼はそのままの足で、とある研究者のもとに垣根帝督の身柄を預けた。
実験に協力するという条件で研究成果の技術を提供してもらえるそうだ。
「木原ってのは信用ならねぇが、まぁ素材が素材だからな。上手くいってよかった」
独り言を零しながら、彼はいつもよりも軽やかな気分で帰路についていた。
重大な案件を一つ乗り切ったのだ。これがサラリーマンならパーッと酒でも飲みに行くところだが、彼は精神年齢こそそこらの大人と同じようなものの、体についてはまだ高校生程度だ。そして、コーヒー以外の飲料を口にすることはないし、飲酒の隠れた趣味もない。
しょうがないから、この気持ちを広く知らしめるために、
もうじき夕飯の時間だ。いつもならキッチンで料理でもしているだろう。まだ材料は残っていたはず。
そう考えながら部屋に入ったが、彼女の姿はキッチンにはなかった。
滅多に入らないトイレに行ってみるも、電気はついていないし、扉を開けても中には誰もいない。
風呂も同じだった。
「まっすぐ帰れっつったのに、どこ行きやがった……」
念のため、他の部屋も確認する。
1603号室に、背の低い人影があった。
彼は安堵しつつ声をかけた。
「おい、こんなとこで何……」
「きゃあああ!?」
何故か黄色い声と平手が彼を襲った。
「見てないわね」
寝床として1603号室を
どうやら風呂上がりだったらしい彼女はネグリジェ姿のまま、頬に紅葉を装飾した第六位の話を聞いてそう答えた。
別に彼女の裸を見たか見ていないかの話ではない。
念のために、入れ違いがないよう
「携帯とかに連絡はしたの?」
想像以上に動揺していたらしい。あるいは人と深く関わってきたことがなかったせいか。ともかく彼は先日登録した彼女の携帯へ通話してみた。
しかし、やはり応答はない。
「……クソったれ」
その事実が、大きく彼にのしかかった。
2
二週間ほど経過した。
あれこれとツテを辿って情報を収集してみたが、
そもそも彼女に関することなんて、彼女からしか聞いたことがない。
あるいは暗部にも、情報はないのかもしれない。
ミサカネットワークの送信機能がないため、位置をネットワーク内に流すこともできない。
繋がりが絶たれていた。
二週間だ。
綺麗な水さえ飲み続ければ生存は出来るだろうが、食事は採れているのか。
無駄遣いしないようにと、小遣いすら渡さなかった自分を恨めしく思った。
選択を間違えた。
優先順位を履き違えた。
そんな後悔が、彼の中で渦巻いていた。
「何が
そんな彼の調子に、
なにしろ、初めて会った時と違い、少女が居ないだけで第六位は格段に弱々しくなっていたのだ。
彼女はカレンダーの日付を見ながら、話題を逸らすように言った。
「……義手、取りに行かなくていいの? 今日じゃなかった?」
壊滅した『スクール』に代わって、彼に雇われた形の
といっても、最近の彼があまりにもだらしなくて心配しているのだ。最初は全く食事しないのでそこまで参ったかと思ったものだが、どうやら彼の体は不老不死で、食事を摂る必要はないという。
人が飲まず食わずでここまで生存しているのがあまりにも奇妙で、オマケに本人の精神状態はよろしくない。まだ会って二週間ほどであるにもかかわらず、相手を心配する程度には心も開けていた。
「……そうだったか」
生気のない目で、彼は顔をあげた。
そして、やはりやる気の感じられない足取りで、ゆっくりと部屋から出て行ってしまう。
ないとはわかっていても、そのままどこかで野垂れ死んでしまいそうだ。
「……どうしようかしらね」
彼女は彼女で、やることがある。
先日壊滅した暗部組織を統合した新組織への合流……というのは、暗部へ潜るための利用手段。
彼女に下された指令は、
3
木原病理との共同研究は終了した。
粗悪品な生命維持装置と接続した垣根帝督に特定の電気信号を与え、指定した
そうして練り出した新物質を利用した兵器。
彼の右腕には、それがあった。
厳密には、真っ白な二の腕部分のみが。
予備が一つだけ腰の鞄に入っているが、わざわざ取り出す必要はないだろう。こちらについては冷蔵庫あたりで保管することにする。
機械義手の肩パーツに接続された二の腕は、直後音もなくその先端から白い何かを吹き出した。
それはやがて肘を形成し、前腕を形成し、拳を構築した。
白く発光する前腕部には、金色の文字列があった。
Equ.DarkMatter。
手に入れたものに比べて、失ったものは大きい。
いいや。
「これから取り返せばいいんじゃねぇか……」
吹き出た前腕の調子を確かめる。
強度は既存のどの物質よりも優秀だ。
噴出点の構築も抜かりない。
木原は仮面として開発したようだが、彼の場合はこちらのほうが使い勝手がいい。
第六位は研究所を出て、まっすぐ帰宅することにした。
やるべきことは山積している。
4
さらに三日ほど経過した。
十月十七日。
気が付けば同じ一号室に住み着くようになった
互いの行動予定については、前日に話し合った。
「『ドラゴン』?」
半日前のことだ。新組織発足に合わせて動くという第六位に呼ばれて、
彼は義手を取りに行った時に、何らかの心境の変化があったらしい。部屋を出た時のような頼りなさはなく、むしろ目的のために何かをするような、あの日と同じ雰囲気があった。
そんな彼から切り出された一言に、オウム返しのように彼女はそう返した。
第六位は要領を得ない
「『
「やったのは彼だし、手の甲に表示されていたであろう情報を確認したのも彼だけよ。私は見ていないから」
これは面倒臭せぇな、と彼が呟き、
「呼んだのはあなたのほうでしょう?」
「まぁ、知らねぇなら軽く説明しておく。『ドラゴン』ってのは、その真実解明を追求しようとした時点で消されるような、学園都市の最重要機密コードだ。俺とは別次元にぶっ飛んだ隠蔽の仕方だからな、俺もそいつと顔を合わせたことはない」
人なのかどうかすらわかんねぇがな、と彼は付け加えた。
「ふうん?」
「『グループ』のほうにも情報を流したが、ヤツらが辿り着けるとも思えねぇ。俺はこっちを探る。いざとなりゃソイツを手土産にアレイスターと交渉だ。お前はお前で、その新組織とやらに潜って能力で情報収集しろ。特に、『
「ただでさえ一緒に居るのも嫌になる連中に、こちらから接触しろっていうの?」
探りを入れただけで消される、と言われながら、
「嫌とは言わせねぇぞ。俺の口座からお前の『オシャレ代』とやらで幾ら消えたか教えてやろうか」
「うぐっ……調子に乗りすぎたのは悪かったわよ。見合った分の働きはするから。……たぶん」
そんな感じで、
身支度を終えた彼も、闇へと潜る。
それに辿り着くのがどれだけ困難かを身を持って知っているからこそ。
自分の手で決着をつける必要があった。
「『ドラゴン』か」
彼は一度、確認するように呟いた。
やることは単純明快だ。
『ドラゴン』に接触し、知的生命体であるなら、直接情報を聞き出す。
それが無理なら、その正体、存在、なんでもいい。ダシにして直接統括理事長に問い詰めればいいのだ。
「……『ドラゴン』」
もう一度、呟く。
覚悟は決まった。
直後。
彼の目の前に、
ヒロイン?は少しの間交代です