1
目の前の光景が信じられなかった。
0から1が生じたかのように、金色に発光する何かが突然目の前に現れた。
喜怒哀楽を全て含んでいるようで、けれども人が持つ感情とは別次元のようなものを抱えたような表情をした、フラットな顔つき。それには金色の長い髪があった。
宙空を浮遊する異物は、流暢にクリアな日本語を吐いた。
「初めまして、でいいのかね」
当然、見たこともない奴だった。
だが、彼はそれを知っている。
検討がつかないからこそ、それ以外にはあり得ないと直感した。
彼は驚きを隠せないまま呟いた。
「『ドラゴン』……」
「その呼び名も間違いではないがね。天使という記号にも対応している。しかし、巷で囁かれている地球外知的生命体だの聖守護天使だの、あるいは近代西洋魔術結社群におけるシークレットチーフの真なる者、などという仰々しい呼び名に比べれば、ずっと本質に近しい。しかし、より一層私という存在について的確に表現するならば、以下のような単語を選ぶべきであろう」
『ドラゴン』は簡単に告げた。
「かつて、クロウリーと呼ばれた変わり者の魔術師に、必要な知識を必要な分だけ授けた者──『エイワス』、と」
エイワス。
それが、この異物の名だ。
2
常人ならば、その異質さに腰を抜かしているかもしれない。金髪のエイワスという者はそんな存在だった。
だが、彼は──第六位は、冷静さを取り戻して、いつもの調子でこう言った。
「好都合だ」
「ふむ」
学園都市の最重要機密コード。
『ドラゴン』というコードで匿われているそれがどうして自ら姿を現したのか。
そんなことはどうでもいい。
気まぐれに現れる程度に次元の異なる存在だと理解した。
しかし、理解できないことは山ほどある。
今知りたいことは、何故ではなく、それが何であるか。
「エイワスとか言ったな。……お前は何だ?」
「そうだな。ヒューズ=カザキリに関することは知っているかね?」
「……ミサカネットワークを利用しAIM拡散力場に指向性を与えて、虚数学区・五行機関として展開した人工天使、か」
エイワスはそれを聞いて興味深そうに手を顎へやったが、本当にそう思っているのかいちいちわからない。
「私はそのヒューズ=カザキリを製造ラインとしてuy顕idvif……おや?」
話を続けようとしたエイワスの言葉がブレた。
クリアに話していた音に、突然ノイズが流れたようだった。
怪訝な表情をする第六位だが、それはエイワスのほうも同じらしく、喉に手をやって声の調子を確かめていた。
本当に声が喉から出力されているのかも疑問に思ってしまう。
「しまったな。この『程度』の意味すら表現できないのか。この世界はヘッダが足りないな」
「厳密には異なるが、それ以外に表現する言葉がない。ここでは現出した、とでもしておこうか。私の存在について、物質の結晶化に
「つまり、お前はヒューズ=カザキリ……過飽和状態のAIM拡散力場から構築された、『最適化したAIM拡散力場の塊』って訳か」
「厳密には結晶化の例えも本質とは言い難いが、概ねその通りだ。流石というべきかね」
エイワスは、少なくとも表面上は笑っているように見えた。
気味の悪い笑みだった。
「さて、こうして興味本位で現出した訳だが……どうかね。君は私を利用して何かをしようとしていたようだが。アレイスターの『プラン』でもご破算にさせてみるかね?ここで私を殺害して、アレイスターに一泡吹かせるのも一考かもしれないな。……と言っても、彼の『プラン』には既に綻びが生じているようだが」
「へえ?」
自分がその中核であるくせに、エイワスは何でもない事のように言った。
「アレイスター自身はイレギュラーな現象が発生するたびに、それを計画へ有利に組み込み、リカバリーしていると思い込んでいるようだが、小さな亀裂は少しずつ広がり始めている。このままでは、計画の実行者であるアレイスターの予想もしていない事態に発展するだろう。そう……」
何故だか、無性に嫌な予感がした。
聞いてはいけないことを勝手に教えられそうな。
しかしエイワスは続けた。
まるで、矮小で浅ましい人間の精神を追い詰めること事こそが、この退屈な世界で唯一楽しめる娯楽であるかのように。
「──そう、計画の要となっている
胸糞の悪い話だった。
よりにもよって、救出するべく
しかし、彼が揺れ動くことはない。
そちらについては、どうせ第一位が死んでも対処するだろう。
だから、彼はそれを一蹴した。
「そんなことはどうだっていい。俺が知りたいことは一つだ」
エイワスは表情を変えずに、歓迎するように言葉を返す。
「私に辿り着き、知識を求めるか。いいだろう。私ばかりが勝手に語っても面白くはないからな。餞別だ。好きなことを教えよう」
ヤケにあっさりと承諾されてしまったが、第六位は気にしなかった。例え解答が得られなくても、与えられた解答が嘘の塊であっても、第三者の意見は参考になるはずだ。
彼は意を決して切り出した。
「……
「ふむ」
感心したわけでもなんでもなく、相槌を打つようにエイワスは呟いた。
一瞬あって、それは再び口を開く。
今度こそ、決定的な一言。
「『モニター』か。そのまま、文字通りだろう。
「……、」
第六位は、声も出せなかった。
エイワスは状況の観測装置だと言った。
だが。
彼は一蹴したが、その前にこうも言ってなかったか?
つまり。
否応無くそれを受信してしまう
「……ッッ!!」
言葉の破壊力は決定的だった。
トリガーを引かれた火薬は彼の中で爆発した。
3
超能力を解放する。
自宅の中であろうがお構いなしだった。
床が抜け落ちるのにも構わず、
出力は、ざっと惑星の半分を消し飛ばす程度。
強度の問題はない。
角度もスピードも完璧だった。
AIM拡散力場の塊であろうが、視覚化しているということは物質の塊。数瞬後には、エイワスの肉体は粉々に消し飛ぶことだろう。
だが。
破壊の化身となった右腕が、エイワスに接触する一瞬前だった。
ドバッ!! と。
何かが彼の上半身を斜め一直線に貫いた。
青色の何かが見え、刀で袈裟斬りにでもされたのかと思った時には、左肩から大量の鮮血が噴き出し、鼻からも口からも純血は溢れ、彼の体は簡単に吹き飛んでマンションの外壁を突き破った。そのままたっぷり十数メートル滞空したのち、ゴドン!! と派手な音とともに、マンションの駐車場の地面に叩きつけられた。
「ご、ぁ……」
筋肉で保護できる領域を超えている。
痛みを誤魔化すために絶叫したくとも、まともに声も出せない衝撃だった。
骨が何本折れたかわからないが、体の構造上、有る程度は勝手に修繕されることだろう。
我を失ったはずなのに、奥底では冷静に処理している傍らで、いつのまにかすぐ側に来ていたエイワスはのんびりとした調子で言った。
「しまった。これはこちらの落ち度だな。危うく殺してしまうところだった。アレイスターめ、sn構bozl用ウイルスに何か細工をしたらしい。
いよいよ言葉がおかしくなってきたエイワス。
しかしわざわざ第六位も聞いていない。外的ダメージの全てを無視して立ち上がると、彼は右手から真っ白な一枚の翼を展開し、無数に分裂させ、その全てをエイワスめがけて突き刺すように放った。
「垣根帝督の能力か」
青ざめたプラチナのような輝きすぎる翼で自動迎撃しながら、エイワスは言った。
「残念ながら、そこらの能力とはrgg時ri代piregjが違う。君のは精々オシリスの頃のrsg力nopheだ。その中でも貧弱だがね。その程度ではホルスを生きる私にhosef敵qierdんよ」
言葉通り、100以上の白い刃は全て潰えた。
「そもそも、君は
次元が違っていた。
戦術や努力でどうにかなる話ではない。
体の内から出力される能力をどう利用しても、あの翼を突破できる気がしない。
(なら……)
彼は再び、右手の噴出点に能力を注ぎ込む。
反作用を利用した突撃は行えない。
それをやるには、あまりにダメージが蓄積しすぎている。平衡感覚が麻痺しているし、足腰もアスファルトに打ち付けられて酷く損傷している。
だから彼は歩いて近づいた。
歩いて歩いて歩いて、
右の拳を突き出した。
攻撃を認識した翼が稼働し。
彼の右腕の肘から先が、弾け飛んだ。
「こんなものかね。まあ、今はまだまだというところか」
つまらなそうに呟くエイワス。
だが、その指先から光の粒子となって消えかかっているのを認識すると、表情を歪めた。
「……ふむ」
原因は何だ。
心当たりがあるとすれば、今しがた叩き潰した少年以外に他ならない。
彼は無様に地べたに這いつくばっていた。
だが、その顔は微かに笑っていた。
「よぉ、エイワス」
倒れたまま、彼は言う。
「北欧神話のテュールって知ってるか。コイツは伝承では勇敢なカミサマって話でな。フェンリルっつぅ狼の怪物に
それは『スノッリのエッダ』と呼ばれる、北欧神話の伝承の一つだった。
彼の口は続ける。
「そうして隻腕になったテュール神について記された文献は少ない。なにせそのあと、ラグナロクで解放された番犬ガルムと相討ちになった、で締めくくられているんだぜ。おかしいだろう。どっから出てきたんだよその犬コロは」
既に肘や膝のあたりまで消失が続くエイワスは黙っていた。
「そこで俺は、一つ考えついた訳だ。番犬ガルムをフェンリルに据えた、『右腕の破損をトリガーに、その原因となった相手と相討ちになる術式』だよ」
学園都市製の超能力で歯が立たないのなら、魔術。それさえも効くかどうかは曖昧で不明瞭だったが、幸い効果はあったらしい。
「なるほど。不老不死の君は、相討ちし絶命したあとも生存できる。まさしく君だけの魔術というわけか」
彼は魔術使用の反動か、先程よりも多量の血液を体中から流しているが、やがてある程度体が修繕されたのか、ゆっくりと立ち上がった。
その右腕から、
「
エイワスの消失は間も無かった。
「汝の欲する所を為せ。それが汝の法とならん」
エイワスは歌うように呟いた。
体が半透明に透けて、頭部の中心に三角柱のようなものが見え隠れした。その表面はキーボードのようにガチャガチャガシャガシャと蠢いている。
第六位は懐に差してあった、どこかの暗部組織から奪った拳銃を右手で引き抜き、その三角柱へ向けた。
それに気付きながら、エイワスは肘までしかない両腕を広げ、まるで歓迎するように笑いながら言った。
「なるほど、ならば示してみたまえ。汝の法を」
銃声が駐車場の一角に響いた。
水晶が砕けるような音と、人間が倒れる鈍い音の二つだけが残った。
フェンリル=番犬ガルム説は、あくまでも一説です。