学園都市の第六位   作:さかき(ヒロタカリュウ)

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第五章 悲劇では終わらせない_For_a_Girl

  1

 

 第六位は血塗れのまま、高級マンションの駐車場の上に倒れていた。

 アスファルトには多量の血液が流れ込んでおり、体の周辺には水溜りのように赤のそれが、アメーバの拡大図イメージのような不可思議な紋様を作り上げていた。

 意識は、まだあった。

 相討ち術式によって一度絶命するも、数秒して復帰した。

 不老不死とは言えど、その身に溜まるダメージは本物。傷は彼の不老不死の性質として時間経過とともに常人より圧倒的に早く修繕されつつあるが、左肩周辺を切り裂かれ、16階という高さから自由落下よりも早い速度で叩きつけられたのだ。トマトのように潰れているのが普通だが、能力を含め様々な要因によってここまで生存している。そんな中で、意識を保っていることだけは奇跡的だった。

 

 糸が切れたように体は動かなくなった。

 

 

 しかし。

 

「まぁまぁ、という所かね」

 

 更なる絶望が、彼を襲った。

 気が付けば彼の前にはエイワスが存在していた。

 

 三角柱の破壊はなんだったのか。

 相討ち術式による攻撃は、自身が一度死んだことから成功しているはずだった。

 にもかかわらず。

 湧き出る疑問を知ってか知らずか、エイワスは言った。

 

「本来なら私という存在が明確に死亡、とまでは行かなくとも、この肉体は破壊され、数年は出て来られないようになっていたことだろう。アレイスターは計画の大幅な修正を求められ、君はその間にミサカ00000号(フルチューニング)を探し出し、助けられたかもしれない」

 

 ただ、とエイワスは気軽な調子で言う。

 自分の生き死にをまるで気にしていないかのようだった。

 

「アレイスターは、思ったより慎重にセキュリティを構築しているらしい。心配性なのかもしれないな。ともあれ、どうやら私が思っていた以上に、私の防壁は堅牢に構築されていたらしいんだよ」

 

「チッ……クソが……っ!」

 

 彼は電気信号によって忠実に動く右手で起き上がろうとするが、それ以外の部位が動かなかった。そうしている間にも、エイワスは続けた。

 

「ここまで精一杯戦ってくれた君には悪いんだけどね」

 

 うっすらと、エイワスは笑う。

 その頭の上に、輝く天使の輪が生じる。

 内部に白い芯を秘める、青ざめた輝きのプラチナの輪が。

 主観的な価値によって興味を持ち、興味によって人の前に現れる金髪の怪物は、最後にこんなことを言った。

 

「……どうやら、私には変形機能があるらしいぞ?」

 

 ゴバッッッ!! という爆音が炸裂した。

 彼の意識を消し飛ばしかねない衝撃が迫った。

 

 

  2

 

 金髪の怪物、エイワスは二本の足で歩き、ありきたりな携帯電話を耳に当てていた。

 建設中のビルの、むき出しになっている鉄骨の端だった。月を見上げながら歩くエイワスは、細い細い足場になど一瞥もくれない。価値がないし、興味もないから。理由はそれだけだった。

 

「そんなに不思議かね、アレイスター」

 

 エイワスはどこで手に入れたのかもわからない携帯電話に向かって、ゆっくりと言った。相手は少しだけ黙り、それから返答する。

 

『その気になれば、移動に足など必要あるまい。あなたにしてみれば、意思疎通に関しても同様のはずだ。確かに不可解ではある。効率的とは思えない』

 

「二本の足で立ち、文明の利器で会話をする。……それなりに価値の見出せる行為じゃないか。もっとも、効率優先でガラス容器の中で逆さまに浮かぶ男には、解せぬ風情かもしれないがね。……つい80年ほど前は、当たり前のように君も同じ事を行なっていただろうに」

 

『……昔は昔だ』

 

 効率と価値。

 限りなく人外に近い人間と、限りなく人間に近い人外。二人の怪物を分ける差異は、そこにあるようだった。

 

 

「そうそう、昔と言えば、君が50年以上もかけてこんな酔狂な街を作り、ようやく発現させることに成功した、あの第一位だがね」

 

『思った通りには進んでいないという話か』

 

「まぁ、誤差範囲を含めて何とか許容できるんじゃないか? とはいえ、思った以上に幼い精神だったな。これは現在の第六位のほうも同じだが。……第一位は自らを悪だと蔑んでいたが、それは善に対する強烈な渇望の裏返しであると、本人は気付いていたのかね。彼が背中を追う今代の幻想殺し(イマジンブレイカー)は、そもそも善悪に属するから行動しているのではなく、自身の内から湧き出る精神活動に従った行動が、他人からは勝手に善と評価されているだけなのにね」

 

 エイワスは月を見上げながら、薄く薄く微笑んだ。世界を滅ぼす事よりも、束の間の世間話の方が価値や興味があるとでも言っているかのような表情だった。

 

「もしかして、君は彼らに憧れているんじゃないのか?」

 

『……、』

 

「一口にヒーローと言っても、様々な分類がある。……誰に教えられなくても、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする者。……過去に大きな過ちを犯し、その罪に苦悩しながらも正しい道を進もうとする者。……誰にも選ばれず、資質らしいものを何一つ持っていなくても、たった一人の大切な者のためにヒーローになれる者。そのいずれもが、何度叩きのめされても自分の足で立ち上がるような者達だ」

 

『……エイワス』

 

「そんな三種類のヒーローは君の持っていないものを備えているようだ。故に、君が憧れるのも無理はない。何せ君は『あの時』、崩れ落ちて嘆く事しかできなかったんだから。……今回の彼はどうかね?」

 

エイワス(・・・・)

 

 もう一度、アレイスターはその名を呼んだ。

 男性にも女性にも、大人にも子供にも、聖人にも罪人にも見えるその人間の声色が、ほんの一瞬だけ、チリっとした(いびつ)な感情を含んだ。喜怒哀楽を全て含んだような普段のものとは、何かが違った。

 

 エイワスの顔色は変わらなかった。

 或いはそれにすら、エイワスにとってみれば興味を向ける価値が無かったのか。

 

『使えるもの何でも使わせてもらう。昔からそうだ。例えあなたがその対象であっても。あなたは私のプランに誤差があると笑うが、私からも言わせてもらおう。……その絶対的優位こそ、永劫に続く保証などどこにもないのだということを』

 

「別に、望んで力を持ち、努力によって維持しているのではないのだが。……君のそのプランとやらが、既に矛盾を内包していることには気付いているかね?」

 

『……、』

 

「第六位の行動一致率」

 

 電話の向こうで、アレイスターは僅かに黙った。

 エイワスは知ってか知らずか、勝手に続けた。

 

「現時点で69.79%といったところか。君はこれを良い傾向だと思っているかもしれないが、果たしてどうかね。プラス方向とマイナス方向、二つのベクトルだけが差異ではないからな。そのうち、君の思いもよらない方向から、何かが引き起こるかもしれん」

 

『…………』

 

「……まぁ、いいだろう。また価値と興味が湧いたその時に、私はここへ現出しようか」

 

 

  3

 

 暗部の新組織での仕事を形だけ終わらせ、帰宅した心理定規(メジャーハート)によって彼が発見されたのは、日が沈み出した頃だった。

 夕日と同じ色の、血塗れの姿で倒れている第六位の前で彼女は慌てに慌てた。挙句正規のルートから救急車を呼ぼうとした心理定規(メジャーハート)を止めて、彼はいつのまにか元通りになっていた自室に戻った。体のほうも、かなりの時間倒れていたことで外傷は殆ど癒えている。こびりついた血の塊をシャワーで洗い流し、心理定規(メジャーハート)はその間に落ち着かない気分で夕食を済ませた。

 

 その後、本題に入った。

 心理定規(メジャーハート)が掴んだ情報はゼロだった。彼女はしおらしくなりながら「お金(オシャレ費用)は必ず返すから……」と言い出したが、面倒なのでそちらはチャラにして規定通り報酬も入れた。結果が出せなかったとはいえ、彼女とて努力はしただろう。それに、欲しい情報は既に掴めていたのだ。金銭自体に困っていることはないので、駄々をこねる必要はない。

 

 

『ロシアに行け』

 

 敗北を喫し、薄れゆく意識の中で、一方的に投げられた言葉の数々を思い出す。

 エイワスは言った。

 

『正確には、そこから独立したエリザリーナ独立国同盟か。あの辺りを探していれば、自ずとミサカ00000号(フルチューニング)に出会えるだろう』

 

『禁書目録という言葉を覚えておくといい。それから、これも渡しておく。いずれ役に立つことだろう』

 

 そうして渡されたものは、一枚の紙切れ。

 厳密に、それが紙であるかどうかは分からない。いいや、紙であるはずがなかった。折り曲げても折り目のつかない紙など聞いたことがない。ともかくそれは、薄く正方形の紙のような何かだった。そこには、何らかの設計図らしきものが描かれていた。

 円柱の先のそれぞれに、十字の何かがくっついている。

 それについての素材や、完成した時の利用方法も乗っていない。ただ漠然と、完成図と製造過程における構造の解説のみが記されていた。

 どんな道具なのか、そもそも道具ではないのか。検討もつかなかった。

 

 魔神から受け取った札と同様、そちらについてはポケットに突っ込んで保留にしておく。

 

 

 ロシアへ行くという話をすると、何を思ったのか、心理定規(メジャーハート)もついてくると言い張った。

 今回、別行動した結果彼が血塗れでいたのが原因だろうか。

 

 ともかく彼女は、あれこれと理由をとっつけて同行を主張した。第六位は渋々それを了承することになった。

 

「ところで、あっちへ行くためのアシみたいなものはどうするの?」

 

「日本とロシアだからな。戦争中だが、独自のルートから空路で向かう。空は快適だが、降りた瞬間から地獄だろう」

 

「まあ、ついていくからにはそれなりの覚悟はしているつもりよ」

 

「……それじゃ、迷子のガキを探しに行くとしようか」

 

 

 

 

 どこかで、ツンツン頭の少年は呟いた。

 

「……待っていろよ、インデックス」

 

 

 どこかで、白髪(はくはつ)超能力者(レベル5)は呟いた。

 

「……このガキだけは、絶対に救い出してやる」

 

 

 どこかで、何の取り柄もない元無能力者集団(スキルアウト)の少年は呟いた。

 

「……行くぞ、滝壺。お前を必ず光の世界へと連れ戻す」

 

 

 たった一人の少女を救う為に、彼らは足を進め出す。

 

 悲劇では終わらせない。

 それぞれの想いを抱え、多くの主人公達が一ヶ所に集う。

 別々の道を進んでいた彼らの道が一点で交差するその時。

 世界で最も苛烈(かれつ)な戦場を舞台にした、本当の物語が始まる。

 

 




活動報告にも書きましたとおり、次回更新は間が空くかもしれません。
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