第一章 開戦の朝_Beginning_《0930》
学園都市第六位の
彼、ないし彼女、ここでは便宜上彼としておこう。
彼についての人柄や能力の詳細について知っている者は、少なくとも学生の中には居ない。
極一部の研究者は当然知っているが、それでも、それは情報の一端でしかない。
そんな彼の、全てを知る人物は、しかし学園都市には確かに存在する。
第六位本人、などという冗句を語るつもりはない。
その人物は、これまた『表』を生きる多くの学生たちは知る由もない者。
学園都市の統括理事長。
或いは、魔術の天才。
アレイスター=クロウリー。
彼を知る者は、学園都市の中では50人も居ないだろう。
無論、アレイスターが第六位を識っている通り、第六位もアレイスターを知っている。
異物を管理する者は、また異物以上の怪物でなければならない。
アレイスターは今日も、ビーカーの中で逆さになりながら、学園都市を視る。
第六位について、語れる情報はそれほど多くない。
便宜上彼としたが、蓋を開ければ、彼はきちんとした男性だ。
生物学上男で、中身は女だとか、そんな複雑な話もない。
ブラジャーなどといった女性用下着を身につける変態でも、女装趣味を持った変態でもない。
さて。
夏も終わりに差し掛かる頃のこと。
彼は一人でに、街を駆け巡って、一人の少女を救った。
彼は現在、第七学区のとある高級マンションでその少女とともに生活している。
そのマンションは、本来は『通勤時間短縮を金で買う教職員』用のもので、部屋が値段相応に豪華なのはもちろんのこと、第七学区の様々な学校に近く、駅やバス停といった公共交通機関にも近い、かなりの利便性を持ったマンションだ。
しかし如何せん料金が高く、他の住居人はほとんどいない。『彼』はその最上階の全ての部屋を借りており、適当な部屋に彼女を住まわせようと考えていたのだが、結局は一番端っこのいつもの部屋に住み着いている。
そして朝から、マンションの一角は騒がしい。
「でさー、ミサカ思うわけよ」
ふかふかのソファを本来とは反対向きに座りながら、見た目で言えば(一部を除き)16、17歳程度の少女がその方向の床に居る男に話しかけている。
言葉のキャッチボールは成立しておらず、ただ彼女が喋り続けるだけだ。
「舌を火傷した時ってさー、砂糖を舐めれば一時的に収まるじゃん?ならさ、アツアツのコーヒーに砂糖大量にぶっこめば、猫舌なミサカでもいけるんじゃね?ていうかまだ残暑とかあるんだからホットコーヒー以外の飲み物置けよ!」
少女は不満爆発という風に、ソファの後ろ、すぐ近くの壁に持たれて作業をしている『彼』にたたみかけた。
彼は無言を貫いていたが、彼女のよくわからない攻め口が終わると、ぽつりと返す。
「……
因みに、冷蔵庫の隣には、熱量を維持するためのホットコーヒー専用の保温庫がある。
一般的には出回っていない品だ。
「うるせー!! ミサカはあなたと違ってご飯食べるし牛乳飲むし寝る子は育つんだからね!!」
「うるせぇのはお前だペチャパイ。日本人は牛乳飲んでも対して意味ねぇんだよ。はい論破」
「~~~っ!!」
「ネットワークから無駄な情報拾ってないで、もっと有意義に過ごせよ」
さて。
この状況に少し説明を加えよう。
数週間前に第六位である彼によって『救われた』彼女。
それは、
天井亜雄によって最適化された、
有り体に言えば、クローン人間だ。
結局、計画は失敗。彼女が発現したのは
以降、生産されたミサカ00001号は
ネットワークを切断、と言ったが、何の手違いか受信する機能だけは残っていた。
つまり、『
ただし前述した通り残っているのは受信機能だけで、こちらから何かを発信することはできない。
なので、彼女はたまにネットワークで拾った情報をドヤ顔で語ったりするのだが、『彼』に適当に言い負かされる。
まあ、その『反論』も最近適当になってきているのだが。
彼女を救ったのは実験凍結後なので、死者の思念を受信し、調整も栄養も絶たれた彼女は文字通り死にかけていたのだが、今はこうして元気なのだから問題ないだろう。
一方彼が床に座って何をしているのかと言うと、
「おい、ミサカ」
「なに? 牛乳買っちゃう?」
「違ぇ。そっちの
「はいはい」
先程言い争い(?)があったとは思えない素直さで、
「肘の関節でいいの?」
「ああ」
がしゃん、と金属音が響いて、部品がはまった。
彼には右手がない。
厳密には、右腕が肩口から生えていない。
上半身を肌けさせた彼の右半身は機械だ。学園都市の技術によって、右胸と背中側の右肩甲骨あたりまで、表面的には
因みに、彼女が黙って従うのは、先日とある事件が発生したからだ。
辛口の彼に仕返しをしてやろうとした
そうして機械部分をびりびりした瞬間、冗談抜きに彼の心臓が止まった。
流石に彼女は焦った。
命の恩人であり、生活を賄ってもらっている身だ。
IDももたない彼女は、例え財布から黒光りするチタン製カードを抜き取って逃亡しても生き残れないだろう。
しかし、焦ったのも束の間。
停止した心臓が一人でに動きだし、彼女は機械義手の右手で思い切り叩かれた。
能力を使わなかったのは彼の優しさだと信じよう。
そんな、精神的にも肉体的にも恐怖した彼女は、彼にビリビリすることにトラウマを覚えているのだ。
彼が不老不死であり、食事も睡眠も必要がない(なぜか喉は乾く)ことを知った今でも、トラウマが消えることはない。
一度停止した心臓は、すぐに動きだすらしい。
臓器が破裂したら、すぐに修復されるらしい。
彼はそういう風に、致命傷だけが自動修復する身体になっているのだ。
しかし、致命傷でない腕は再生しない。
右腕が機械義手なのはそのためだ。
彼は肩部分にパーツAをセットし、二の腕から先は交換可能なパーツBを使い捨てるように使っている。
その見た目は、学園都市の技術なら完全な人肌にできるが、彼の場合はいかにも機械まるだしという風なものだ。
「しっかし大変だねー、機械義手ってのも」
「そうでもねぇよ。
「へえ、左腕にもしないの?」
「アホか。両手を機械にしたら、不具合が起きた時に治せねぇだろ」
「あー、そっか。でもミサカも手伝うよ?」
彼女は前述したようなトラウマ(会ってまだ数週間なのだが)もあり、基本的に普段口が悪い分、手のことになると素直になる。
しかし彼はそんな
「余計なお世話だ。それより、
そうして冷蔵庫と、それからぐぅ、ぎゅるぎゅると腹の虫を鳴らす目の前の女を交互に見やって、
「ついでに、備蓄もねぇし買いモンでも……」
「牛乳は!?」
彼の言葉を遮って、猫が驚いて飛び跳ねたかのようにぴょんと立ち上がり、彼女は食いついてきた。
彼はやれやれと肩を竦め、彼女を訝しげな目で見てから言った。
「……まだ言ってんのか。1パックだけだぞ」
「やったぜ、夢は大きく!」
「現実は小さくってか?」
茶化してみると、ビリビリじゃなくて拳が飛んできたのは言うまでもない。
そうして、彼の何気ない一日は始まる。
フルチューニングの外見は、目つきが悪くなくて、目にクマがなくて、胸が小さい(成長しなかった)番外個体をイメージしていただければ。
変な言い方ですが、腰や他の肉付きは年相応です。