学園都市の第六位   作:さかき(ヒロタカリュウ)

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第六章 それは特異点であり分岐点_Turning_Point_Ⅱ

  1

 

 魔神オティヌスが統括する魔術組織『グレムリン』へ参入した。

 彼が宣言をすると、オティヌスは満足そうに頷き、幾許かの時間を与えられた。

 

『学園都市でやるべきことがあるだろう。それが終われば速やかに合流しろ』

 

 他人に何かを命令されるというのは気に食わないが、しかし少量の暇を与えられたことはいいことだ。少なくとも、状況もわからず今すぐついてこいと言われるよりは。

 

 

 魔神が消えた後。いつのまにかそこは、彼が学園都市の第七学区に持つ高級マンションの、自室のベッドの上だった。

 

 古臭い木製の感じは一切しない自室。

 

 奇妙な感じは否めないが、しかしともかく今はあの日からどれだけ経過したのかを探りたい。そう思いテレビを点けてみると、やはりというべきか、大戦に関するニュースが流れていた。

 

『二日前に終結した第三次世界大戦について、学園都市の被害はほぼ皆無との──』

 

 彼自身、戦争をしているという実感は無かった。

 世界が騒いでいるのに乗じて、人探しをしていただけだ。

 見出しやテロップ、アナウンサーの言葉から得た情報を整理すると、今日は11月2日であるらしい。そして、丁度『あの日』に終戦を迎えたようだった。

 自分をここまで運んだ存在についても気になるが、魔神は『回収した』と言っていたので、恐らく彼女がここまで連れてきた、ということなのだろう。どうやって学園都市を突破したのかは知らないが、全能者に方法を聞いても仕方がない。彼はそちらについて考えるのを諦め、ミサカ00000号(フルチューニング)心理定規(メジャーハート)の行方を探すための身支度を行うことにした。

 

 隻腕のままでは何をやるにしても作業効率が悪い。彼はひとまず、物置部屋として利用している1607号室へ向かった。

 鍵を一号室に忘れたので、左手に能力を出力し、鍵を壊す勢いでこじ開けた。

 彼が何もしなくとも、誰かが翌日には修繕しているだろう。

 

 

 目的のものは部屋の奥の巨大な冷蔵庫内に、入れた時のまま存在していた。

 

 『Equ.DarkMatter』。

 

 太い円柱のようなそれは、人の上腕部を模した義手。

 彼は衣服を脱ぎ、手慣れたように左手でそれを引っ掴み、冷たさに顔をしかめながらも、機械化された肩のジョイントに接続する。

 肩部に張り巡らされた人工神経を介して命令を送る。右腕の生成。真っ白な上腕は、即座に肘、前腕、拳を構築した。

 

「……問題ねぇな」

 

 右腕から、何者かが突然語りかけてくるようなことはない。

 

「……そんで、ミサカと心理定規(メジャーハート)はどこで何してんだ?まさかまだロシアに──」

 

 そうして服を着直し、独り言を零しながら1607号室から出るため、玄関に踏み出そうとしたその時だった。

 

 

 ベコベコに壊れたドアがある玄関に、一人の少女が佇んでいた。

 今、まさに探しに行こうとしていた少女だった。

 呪いだかなんだかを受けているという話だったが、何事もなく二本の足で立ち、彼の前に居るという事実は、彼の想像以上の安堵感をもたらした。

 

 どう声をかけようか少し考えていると、件の少女──ミサカ00000号(フルチューニング)の方が、唐突にこう言った。

 

「初めまして、学園都市の第六位さん/return」

 

 酷く違和感があった。

 厳密に何がどう異なっているのかは判断ができない。

 ともかく、それがミサカ00000号(フルチューニング)自身ではないことは、雰囲気からも言葉からも理解できた。

 顔も同じ。

 表情も同じ。

 声も同じ。

 しかし何かが違う。

 

 だとすれば、これを喋っているのは一体誰だ?

 

 そんな彼の心の中の疑問に答えるかのように、少女は続けた。

 その存在を主張した。

 

 

「ミサカネットワーク、その総体としての『大きな意識』です/return。よろしくねっ☆/return」

 

 バチンとウィンクを決めた少女。

 

 どうやら、この身に起きる異常事態は体質か何からしい。

 

 

  2

 

 ミサカネットワーク。

 『学習装置(テスタメント)』を用い、脳構造を綺麗に均一化した妹達(シスターズ)間のみで行われる、脳波リンクを応用した電気的ネットワークシステム。

 個としての意識と、それを統括し、同時に全てを内包する意識。

 ミサカ00000号(フルチューニング)はその受信機能のみを有しており、第六位は知らないが、彼女を『調整』する過程で得た技術から、冥土返し(ヘブンキャンセラー)と呼ばれる医者は一方通行(アクセラレータ)の命を繋ぐ代理演算専用のミサカネットワーク電波受信機を開発したという。

 

 その『総体』を名乗った彼女は、無遠慮に倉庫じみた部屋の中に侵入して「汚いなあ/return」などと呟きつつ、埃を被ったダンボールの上面を丁寧にはたいてから座った。そして足をバタバタさせながら、今度はマシンガンのように喋り出した。

 

「本来、私はネットワークの途切れたこの子の情報を受信できないんだけどね/return。でも/backspace、送信機能がない分、どうやら意識がないときにこっちから降りれば(・・・・)制限なく行動できるみたい/return。片道切符みたいなものかな/return。他の妹達(シスターズ)には無い利点だね/return」

 

「……あ?」

 

 あまりに多くの情報が一気に流入し、生返事を返す第六位。

 少女の唇は止まらず言葉を紡いだ。

 

「ネットワークという形をしている以上、この機能もそこまで万能じゃない/return。上位個体(ラストオーダー)の命令文に対して『イエス』と承諾してしまう(・・・・・)他の末端とは違って、この子は返事を返せないから、承諾しないし拒否しない/return。だから私みたいな異物も宿れるって訳/return」

 

 本人が目覚めたら私も消えちゃうけどね、と少女は付け加えた。

 『総体』とやらはそれで説明したつもりらしい。

 彼はイマイチ理解できなかったが、ミサカ00000号(フルチューニング)が他の個体とは事情が異なることは知っている。その辺が都合良く合わさった結果、『ネットワーク全体の総意』の出力機として彼女の体を扱うことができた……ということなのだろう。

 乗っ取りという単語に既視感を覚えるが、あの時何者かに体を預けた自分もこんな感じだったのかと改めて思うと背筋が凍えるような思いだった。自分の意思を離れたところでその身が動くのだ。

 

「アンタも気になっているであろうこの子の様態だけど/return」

 

 その言葉に、第六位の眉が微かに動いた。

 

「外の技術に対抗する力なんて、当然だけどこの子にはない/return。今は問題なくとも、放置すればこのクラスタは完全に崩壊する/return。完璧な形でこの子を救いたいなら、今以上の努力をするべきよ/return」

 

「どういうことだ?」

 

「それを自分の頭で考える訳ですよ/return。いつまでも他力本願じゃあ、いざって言う時に困るよ?/escape」

 

「……」

 

 苦い顔をした第六位、テュールとは対照的に、『総体』を名乗る少女はニコリと笑った。

 

「まあ、なんていうか、ありがとね/return」

 

「……あ?」

 

 何の話か。

 いままでの話とは完全に別であるということはわかる。

 

 自己完結する前に、総体は言った。

 

この娘(・・・)を助けてくれて。私一人じゃあ、あの時はどうやっても救えなかった/return。本来は道端で死亡するはずだったこの娘を、アンタだけは救ってくれた/return。だから、ありがとう/return」

 

「……」

 

「でもね/backspace」

 

 そこで、総体は一度言葉を切った。

 ミサカ00000号(フルチューニング)の身体に宿る彼女は笑みとは打って変わり真剣な顔を作り、

 

「だからこそ、中途半端だけはダメ/return。アンタがこの先何を目的としてオティヌスっていうのについていくかは知らないけど、必ずこの娘(・・・)を幸せにしてやりなさい/return。それが、助けた責任ってヤツよ/return」

 

 一体どこでオティヌスの話を聞いたのか。

 一瞬そう考えたが、彼女はオティヌスによってログハウスが消えた後を狙って接触してきた。実はあの空間が『ログハウスで二人しかいない』ように見せかけていただけの自室であるなら、あるいは外から話を聞いていてもおかしくはないかもしれない。

 

「……んなことは、わかってる」

 

「なら、あの金髪の娘にも会って来なさい/return。そろそろ買い物から帰ってきているだろうし/return」

 

 どうやら再び人探しに出かける必要はなくなったらしい。

 必要なことを言い終えた『総体』は、今までのトーンとは180°異なる明るい声色でこう言い放った。

 

「つーわけで私もアンタの部屋行っていい?/backspace 家探しっていうか?/backspace ガサ入れっていうか?/backspace ぶっちゃけ男の子の部屋って興味津々/return」

 

「テメェその顔と声で滅多なこと言ってんじゃねぇ!!」

 

 

  3

 

 心理定規(メジャーハート)は、第六位が所有するマンションの最上階の一号室に居た。そろそろ肌寒い時期であるのにわざわざ空調で環境を整えてまで真っ赤なドレスを着用している。彼女はそんな中、高級ソファに腰掛けながら、ワインのような何か(きっとノンアルコール)を片手にテレビを眺めながら優雅に過ごしていた。

 どこかのスーパーだかコンビニだかのレジ袋はテーブルの上にほったらかしで、なにやら既に食べた後のお菓子の空箱も入っていた。

 部屋に入ってそんな光景を目撃した第六位は、真後ろに位置するリビングの入り口から、低く声をかける。

 

「……オイ」

 

「あら? 目が覚めてどこかへ行ったのかと思ったけど、帰ってきたのね」

 

 心理定規(メジャーハート)はこちらも見ずに答えた。

 

「随分快適な暮らしをしているようじゃねぇか。人様の部屋で」

 

「あなたが許可を出したんじゃなかったかしら? むしろ……ッ!?」

 

 言いながら振り返った心理定規(メジャーハート)は、第六位の姿を捉えた途端、驚愕の表情を浮かべながらギョッとした。

 

「あん?」

 

 彼は訝しげな表情を作ると、隣室に寝かせたミサカ00000号(フルチューニング)(厳密にはそれに宿る『総体』)が後ろで何やらやっているのか、と同じく振り返ってみる。しかし、玄関への廊下が続くだけで、別段驚くような何かは発見できなかった。

 

「……あなた」

 

 いつもより低いトーンで声をかけられ、彼は疑問符を浮かべながら再び彼女を見据える。

 ドレスの少女は彼を睨みながら言った。

 

テュールじゃないわね(・・・・・・・・・・)。あなたは誰?」

 

「……はぁ?」

 

「だって、その髪!」

 

 彼女はらしくもなく、大声を張り上げた。

 

 急に髪の話などもちかけられても、とテュールは相変わらずちんぷんかんぷんだったが、思わず目を上にやって、その短髪を掴みながら、理解した。

 

(は……? なん……、)

 

「不老不死であるあなたが、白髪になるはずなんてないでしょう(・・・・・・・・・・・・・・・・)!」

 

 彼の頭髪は。

 東洋人の象徴であるはずの黒髪は。

 

 

 どこぞの凶悪な能力者を彷彿とさせるような、真っ白な髪色へ変貌していた。

 

 

  4

 

 第六位は思考する。

 

 普通に考えれば、髪が何の変哲もなく急に脱色するなんてあり得ないはずだ。

 特に意識をしていなかったので、彼自身いつから変わっていたかはわからない。しかし、ロシアではいつも通りだったはずだ。そして、目が覚めたのがあの謎の空間。普通に考えれば、あの時、あるいはその間に脱色が起きたはずである。

 

 ただ、一概にそうとは言えない。オティヌスも『総体』も指摘しなかったことを鑑みれば、ミサカ00000号(フルチューニング)の体を二号室で寝かせて一号室へと入ったあの瞬間に起きた可能性も捨てきれない。

 

 だが、原因はなんだ?

 

 

 考えに考えた結果、彼が出した答えは『保留』だった。不老不死の仕組みすら、彼はその全てを理解しているわけではない。既に人間と呼べるかすら曖昧なその体は、逆説的に言えば何が起きてもおかしくはない。

 

「本当に本物なのね?」

 

 疑り深い心理定規(メジャーハート)だが、心の中を覗かせる訳にはいかない。彼はいつも通り、未元物質(ダークマター)で対精神系能力者用の不可視防壁を張りながら答えた。

 

「俺以外に俺が居たら教えて欲しいもんだね」

 

「案外、近くに居るんじゃないの?」

 

「……、どういう意味だ?」

 

「なんでもないわ。それより、これからどうするの?

 

「……俺は、一度学園都市を出る」

 

「ええ? どうしてまた?」

 

 心理定規(メジャーハート)に当然の疑問を当然のようにぶつけられながら、第六位は一度考えた。

 

 グレムリンの存在。

 

 魔神がこれからどういう方法で槍とやらを作るかは聞かされていない。秘匿するべき組織なのか、広く公開するべきなのかも知らない……が、こういう場合は秘匿する方が正解だと彼は経験則で知っている。暗部と同じだ。関わらせるとロクなことにならない。

 

 だから、彼は嘘をつく。

 あくまで真実を含んだ、これ以上踏み込めないラインの嘘を。

 

「ミサカが魔術による呪いとやらを受けているらしい。今のところ命に別条はないが、何が起こるかはわからない。ひとまず、解呪のために幻想殺し(イマジンブレイカー)の入手を第一に行動するつもりだ」

 

「……それは、私達がついていくべきではないことなのかしら?」

 

「お前には頼みがある」

 

「なに?」

 

「垣根帝督の情報だ」

 

 その言葉に、少女は目を見開いた。

 

「噂、目撃情報、なんでも構わねぇ。第二位の本体はどうなっているのか、どこで何をしているのか……なんて高望みもしねぇ。だが、ヤツに関する情報を、集められるだけ集めろ」

 

「……わかったわ」

 

 心理定規(メジャーハート)は静かに答えた。

 

「別に、これで終わりじゃない」

 

「え?」

 

「ミサカに怒られるのは癪だからな。アイツが目覚めた頃には、また帰ってくる」

 

 彼はそれだけ言って、玄関へと向かった。

 

 目的地は、アイスランドの地下。

 そこが、オティヌスから言い渡されたグレムリンとの合流地点だ。

 

 

 

 

 何もかもが奪われた。

 降って湧いた力を得たがために、己が人生を棒に振った。

 なんたる不幸か。

 それを取り戻すために、再び天より舞くる力を手に入れようとするのは。

 果たして何の皮肉か。

 

 これは、そんな物語。




あらすじさえも伏線……のつもりでした。



お待たせしました!右手です。でも私は左利きです。
次回より新約に入りますが、何かが明確に変わったりするわけではありませんので、あしからず。

総体との会話を何度も書き直したり、データが吹き飛んで不貞寝しているうちに、こんなに時間が経っていました。

出そうか出すまいかとしていた第六位の身体的特徴もちらり。禁書の世界では日本人=黒髪というわけでもないのですが、私のイメージでは黒なので黒髪だったことにしました。

これまで出してきた伏線を新約10巻にぶち壊されないかなと戦慄しながらも、こっちはこっちでやっていきます。待ってろよトール!俺たちの禁書はここからだ!
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