1
九月三十日。
今日は、学園都市内部の学校は全て午前で授業が終了する。
その理由は単に翌日から衣替えがあるというだけで、午後は冬服の受け取りなどを一気にするらしい。
学園都市というだけあって、この街の学生は多い。総人口230万人の実に七、八割が学生なのだ。中学や高校の一年生は、入学時に購入した冬服をそのまま着ればいいので、午後の授業がないラッキーデイといった感じでしかない。
ただし。
朝起きても学校に行かないような青少年たちには、そもそも関係がないのだが。
「ミサカ甘いもの食べたいんだけど。お腹空いたよ」
「さっきのでけぇ腹の音聞きゃそんなことはわかる」
億劫そうに答えた第六位は、人通りのない殺風景な街を退屈そうに眺める。
「乙女になんてことを言うんだ……。まあつっこむ気力もないから置いといてさ。ほんとにお腹空いたんだけど」
家を出た
……言うまでもないが、シャツは彼の私物だ。
ミサカネットワークから何を拾ってきたのか、『男物のシャツを着るのはポイントが高い』だとか言い出して、それ以降はサイズが合わない癖に無理して着用している。
そして隣の彼、第六位は、黒のパンツに白いTシャツ、そして彼女とお揃いのジャケットを羽織っている。
誤解しないように言っておくと、無理矢理にお揃いにしようとしたのはこれまた
彼はお腹空いたお腹空いたとうるさい女を横目で面倒臭そうに見つつ、
「こんな朝から第七学区内でクレープの売店だのアイスクリームの売店だのがやってるわけねぇだろ。
「それは暗に『ファミレスの中でなら甘いもの食べてもオッケー』と言っているのかね?ミサカ期待しちゃうよ?」
食べること自体は否定されなかったところをついて、イチゴのショートか、はたまたチョコレートのアイスかと頭の中でシミュレーションを始めだす彼女だが、
「太るぞ」
「〜〜〜っ!」
しかし、そんな期待と計画を、彼は真正面からへし折った。
「はー。ほんと羨ましいなあその体。ミサカにちょうだいよ」
しかしすぐに復活したのか、彼女は改めて彼の体をまじまじと見ながら言う。
「呪いだかなんだかの異能だから、
対する彼は、実体験なのかは定かではないが適当に反論していた。
見た目高校生ほどであるのに何十年も生きていると、それはそれで独自の悩みがあるようだ。
「まあまあ。ミサカは寿命が短いからさ、そうやって長い年月を暇しながら生きていくのって、やっぱり羨ましいもんだよ」
「……」
彼はそれに返すことなく、思考にはまる。
しかし。
もちろん、そんな理由で彼女を見殺しにしていいことにはならない。
「……オラ、ついたぞ」
「んにゃ? おお、気付いたらもうファミレスじゃん!」
電気を駆使すれば未来へも行ける!などと意味不明なことを喚きながら、
彼も肩を竦めつつ、彼女についていった。
2
「ドリンクバー二つで」
店内はやはりというべきか、客がほとんど居なかった。
彼は入るなりバタバタと近づいてきたウェイトレスにそう告げて、勝手に手近な席に着く。客も居ないので特に困らないからか、ウェイトレスはそちらについて特に言及せず、かしこまりました、セルフサービスですので云々と言ってさっさと戻って行った。
「ミサカそういう態度よくないと思うよ。女の子には優しくしなきゃ」
「うるせぇな。店員と客にどんな距離感を求めてんだ。気を遣われたきゃもっと女らしくなってみろ」
「んん?それはもしや、今のミサカが女の子らしくないとおっしゃられているのかしら?」
彼はなにやら変なスイッチが入ってしまったらしい
「はいはい。飲みモンは?」
「んぇ? あー、ミサカメロンソーダの気分かな」
「入れてきてやるから、それまでに注文するモンも決めておけよ」
そう言って彼は、彼女が手に持つコップを奪い取り、せっせとドリンクのサーバーに向かって行ってしまった。
彼女はその背中を眺めつつボソリと零す。
「そういう不意打ちの気遣いは、ミサカずるいと思うなぁ」
3
ファミレスを出たのはそれから30分ほど後だった。
彼女は別に暴飲暴食でもないのだが、何故か朝からハンバーグステーキを平らげた後、欲望に負けてイチゴのショートケーキを恨めしそうに(後半は顔が綻んでいた)食べて、結局満足して店を出た。
一方彼は食事を必要としないので、飲み物だけだ。無論、必要としないだけで、摂取することは可能だが、消化を辿って吸収されたエネルギーが身体機能に活かされることはない。何かを食べたら消化後排泄されるだけであって、そのプロセスは結局のところ無駄だ。彼はそんな無駄を嫌う。意味のある無駄は許容できるが、意味のない無駄は許容できないのだ。
例えば待ち時間。
彼にとってしてみれば
だが、食事の必要がないのにわざわざ金を出して食事をしてトイレに時間を割くのは、本当に意味のない無駄な訳である。
因みに睡眠時間も彼にとって無駄かと思うが、寝なくても死なないだけで疲労は残る。疲労がたまりにたまって過労死に繋がるようなことはないが、自発的に睡眠すれば疲労は取れるので、これはある意味意味のある無駄だ。
因みに、疲労を取るための睡眠時間は、一般人のそれよりも少ないという点もある。
……と言っても、食事と違って睡眠を好む彼は、下手をすれば一般人よりも多く寝ている時もあるのだが……それは置いておこう。
そして、今日
4
「ミサカの調整が終わったらどうするの?」
「家に帰って寝る」
「はー、好きだね惰眠。確かに、のんびり昼寝するのもいいかもね。……いやでも待って。ゲコ太から解放されたらまずは牛乳でしょ」
「覚えてたか」
「今なかったことにしようとしたね?やめてよ。ミサカの昼食と夕食はどうなんのさ」
「面倒臭せぇな……」
頭をポリポリ掻きながら、彼らは進む。
カエル顔の医者、通称
5
「悪りぃ、世話になるな」
第七学区のとある病院には、
患者のためなら何でも用意するその医者は、例えば秘密裏に存在するクローンの少女も救う。
「人を助けるのが医者、ひいては僕の仕事だ。来るたびに謝るくらいなら、少しは彼女をもっと気にかけてやるんだね?」
「おいミサカ、どこへ行ってもあることないこと愚痴ってんじゃねぇぞ」
「およよ、言われなき文句が急に飛んできたぞ。……あぁでも、ミサカお腹空いてイライラしてたときに何か言った気もする」
「お前はいつから食いしん坊キャラになったんだ。……ほら、さっさと行ってこい」
「はーい」
とてとてといつもの受診室へ入っていく
そんな彼女を二人して見つつ、カエル顔の医者は言う。
「義手の調子はどうだね?」
聞かれた彼は右手の前腕を捻じったり関節を曲げたりしながら、
「肘関節のパーツが緩い。限界まで曲げて傾けると軸を支えるパーツが外れやすいのが気になるな。局地的に分解して組み直す時に、片手じゃセットできねぇ構造も面倒臭せぇ。課題はまだある」
「ふぅむ……そうか。ああそうそう、彼女の調整が終わったら話をしよう。少し待っていてもらえるかな?」
「はいよ。待ってるからさっさと行ってやってくれ」
「ああ」
調整にかかる時間はおよそ30分、長くても1時間ほど。
中でどんなことをやっているかは知らないが、彼にとっては暇で暇で仕方が無い時間だ。
となると、彼が取る行動は一つ。
彼は「くぁ……」と気の抜けた欠伸をしつつ体を伸ばして呟いた。
「……寝るか」
彼が
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「わざわざマジックペンを借りてきてんじゃねぇよ……」
彼は化粧室で入念にラクガキされた顔を洗って、借りたタオルで拭きながら文句を垂れる。因みにゲンコツを食らった
彼が顔を拭き終えたタイミングで、丁度
「さて、そろそろいいかな?」
「ああ、すまねぇ」
タオルを乱雑にベンチに投げ置いて、数分前の
中はずいぶんとごった返していた。『
彼は特に断りもなくパイプ椅子に座った。
カエル顔の医者も特に言及することなく、対面の椅子に座る。
単なる医者と患者で片付けられない、奇妙な『慣れ親しんだ空気』があった。
「さて」
傍らのノートパソコンに、恐らく特殊な位置付けにある『彼』への配慮だろう、わざわざ金庫から取り出したUSBメモリを差し込んで、医者は内部の情報を出力させていく。
USBの中には、ダミーであるファイルやフォルダが大量に存在していた。
その中から『本物の情報』へのファイルを選択して行き、わざわざ一つ開くためにパスワードを入力していく。
少なくとも、義手だのサイボーグだのはここまでデリケートではない。
カエル顔の医者はゆったりと言う。
「しかし、君とも長い付き合いになったものだね。十年単位で患者と過ごすのも僕にとっては初めてのことだ」
「
「それでいいさ。こんなに長くなっているのは、逆説的に僕の手腕が足りないということでもあるからね?」
「……、」
そうして、厳重にロックされて情報を開いて、医者はこう切り出した。
「では、診察……と言っていいかはわからないけど、話を始めようか。君の
徐々に増えていく文字数。均一化が難しい……。
原作とは漢数字の表記が異なりますが(三○日→三十日など)、これは縦読みである紙媒体とは異なって、漢数字が横読みだとなぜか読みにくい(私だけではないはず)ことへ対処した結果です。
日付だけは漢数字、妹達の検体番号や従来の日常的数字などはアラビア数字(二三○万人→230万人など)で表記するよう区分しています。読みにくかったらまた教えて頂ければ幸いです。
……カエル顔の医者の口調がよくわからない。