1
「記憶喪失というのは、分類すると原因や症状からそこそこに種類がある。心因性、外傷性、薬剤性など諸々だね? 君がそのどれでもないのは、前にも話した通りだ」
カエル顔の医者はノートパソコンに表示されているデータを睨みながら言った。
「逆向性健忘だとかいう話なら耳タコだ」
足を組んで退屈そうに、第六位は言葉を返す。
「ああ。つまり君は、原因不明の記憶喪失の状態にあるというわけだね」
「ざっと25年近くも今のまま生きて来たが、それよりも前に何をしていたのかはさっぱりだ」
「それでも諦めないと?」
「当たり前だ。俺が俺であるために、記憶は必ず取り戻す」
「結構。その言葉が聞けてよかったよ」
そこでカエル顔の医者はパソコンから目を離して彼と向き合いながら、
「幸い、原因不明と言えど症状は既存のものに近しい。不老不死の性質として脳細胞が死滅しないはずの君がどうして物を忘れるかはわからないけど、記憶の書き込みが現在もできる以上、そう不思議とも言えないね?」
「新たにわかったことだけを言え。俺はこのあとも忙しい」
「そうだね」
医者は区切って、簡単に答えた。
「ふとした拍子に戻るかもしれない、と言えばいいだろうかね、道はまだ長いけど、希望は見えてきただろう」
「……ああ、そうだな」
第六位は、脳裏では別の解決口を考えていた。
不老不死のほうとは違って、憶測の域を出ないレベルでの推論。
即ち、
(『
『ふとした拍子』がいつかはわからない状況で、それでも割と楽観的に思考できているのは、つまりそういうことだ。
(
それは、過去に実験で手に入れたもう一つの法則だ。
診察室を出る間際、彼はボソリと何かを詠唱した。
彼の指先に、ライターから生じる程度の小さな炎が発生する。同時に、ぶちゃり、という水っぽい音が彼の右脇腹から聞こえた。
超能力者が魔術を行使した反動で、血管が破裂したのだろう。
(……、)
激痛が走っているはずだが、彼は涼しい顔で火をもみ消して廊下に出る。
『超能力者に魔術は使えない』。
これは、彼が『混合能力者創造実験』で得た一つの結果だ。
だがそれは、「使えば人体が著しく損傷し、即死する危険を孕む」という結果論を短い言葉で述べただけで、『もしかしたら一発で即死するかもしれないレベルの反動』に耐えることさえ出来れば問題ない。
彼は不老不死という体質から、普通に考えれば体内の生命力が無限に循環し、生命力を魔力に変換し魔術を発動する、というプロセスがうまく働かないはずだった。
しかし、それはただの魔術師が不老不死の体を持つというケースだ。
彼の場合、超能力という異物が混じっているせいか、はたまた不老不死の性質がそもそも歪んでいるのか、それらの制約を無視して魔術を行使できる。
そもそも、怪物がが怪物たるのに理由は必要ないのだ。
(ポピュラーな魔術は問題なく扱える。能力よりも便利なこの法則なら、不老不死だの記憶喪失だのを誘発させるモンもあるかもしれねぇ)
そうして彼は義手である右手を開閉しつつ、
(能力の噴出点を設置できるってことは、義手も俺の体の一部。なら、
「ん? 早かったね、何だったの?」
と、そこで思考がストップする。トイレに行っていたであろう、化粧室のほうから
彼は横目で彼女を捉えつつ、
「お前の人格を矯正できねぇか打診してたトコだ」
対する
「もっと蔑む感じの方がお好み?ネットワークに
「おいコラまた余計なモン取り入れようとすんじゃねぇ!!」
「……病院では静かにね?」
そうして、その一部始終を、背後の医者に見られていた。
「……チッ。牛乳はなしだ」
彼は忌々しげに舌打ちすると、八つ当たりのように呟く。
「ええっ!ダメだよ!ミサカと約束したじゃん!」
「冗談だよ。……世話んなったな、オラ行くぞミサカ」
「勘弁してよねホント。リアルゲコ太、またね〜」
「次も必ず来るようにね」
2
時刻は既に正午を過ぎ、学園都市のビル群の壁面にでかでかと飾られている時計は午後2時を指していた。午前で授業を終えた学生たちがちらほらと街中をうろついているのを目にする。
二人は適当に入ったレストランで遅めの昼食を摂り、その後第七学区のセレブ御用達なスーパーマーケットへ赴いた。
主に
因みに、料理をするのは
味は良好で、気が向くと彼も食べる。
暇そうに試食品の緑茶を飲む彼を他所に、
「やっぱり牛乳はムサシノだよね」
「どれも変わんねぇから早くしろ」
「変わるし!! あなただっていつもと違うコーヒーだったら怒るじゃん!」
「喚くな。俺の血の50%はカフェインだからあのコーヒーじゃなきゃ体調崩すんだよ」
「何その設定!? ミサカそこまで酷いカフェイン中毒初めて聞いたよ!」
値段を気にせず、約一週間分程度の食材を詰め込んだところで、はっ、と何かを思い出したように彼女は振り向く。
「あ、そういやミサカさぁ、ケータイ欲しいんだよねケータイ。今さほら、はんでぃあんてななんとかってサービスで、ゲコ太のキーホルダーが貰えるんだよ」
「携帯かキーホルダーかどっちが欲しいんだよ。……買いモンが終わったら行ってやる」
「よっしゃー、あなたってこういう時は優しいよね」
「俺はいつでも聖人君子だよ」
3
買い物は予想以上に時間を喰った。
なにしろ、セレブ御用達らしく30000円以上お買い上げで福引の
大量の買い物袋をぶら下げたまま街を歩くわけにもいかず、一度家に戻って荷物を置いた。
たがだかゲコ太ストラップのどこがそんなに楽しみなのか、コロコロと表情を変える彼女に振り回される形で地下街に入り、二人は携帯電話のサービス店へ向かう。
「んー、どれだっけなぁ」
先程からごにょごにょと何かを呟いているのは
「おー、あったあった。えっと、『ハンディアンテナサービス』を男女でペア契約するとストラップが貰えるんだって。あなたも入ってね」
「そういうのって書類が必要なんじゃねぇの?そもそもお前、ID持ってたっけか」
「ふっふっふ、こんなこともあろうかと、リアルゲコ太に頼んでおいたんだよ」
「IDの偽造工作なんて医者にやらせんなよな……」
「偽造じゃないもん。ちゃんとしたIDだもん。……っと、ここだよここ」
しばらく歩くと、コンビニのおおよそ半分程度の面積を持つ小さな店に辿り着く。
詳しく話を聞いてみると、なにやらペアを証明するためのツーショット写真が必要であるらしい。カップルなのにツーショットも撮ったことねえのかこのリア充野郎、みたいなことをオブラートに包んで言われたが華麗にスルー。先に
「もうちょっとおしゃれしたらよかったかなぁ」
「いつもと変わんねぇだろ」
「変わんない変わんないって、乙女心を何だと思ってるのさ」
「へぇへぇ。……移動するのも面倒だし俺のスマートフォンでいいよな?」
彼は面倒臭そうにポケットから薄型の端末を取り出し、使ったこともないカメラ機能を起動する。
「オラ、来いよ」
「ぐぬぬ、こうまで無自覚に物事を進められるとミサカでもちょっと傷つくなぁ」
「ごちゃごちゃうるせぇ。時間かけすぎて登録無効とかになったら時間の無駄になんだろうが。さっさと撮るぞ」
「そ、そんな急かさないでよ。うぅ……」
ぱしゃり。
「なんで目ぇ逸らしてんだよ」
「あなたちょっと顔赤くない?あれぇ?」
ぱしゃり。
「虚空を
「あなた表情硬すぎだよ」
ぱしゃり。
「目ぇ瞑ってんな」
「あなたこそ」
……。
「……」
「……」
ツーショット写真との戦闘は苦戦を強いられた。
数十回目の撮り直しを削除すると、二人は一度呼吸を整える。
何故かヒートアップしていたらしい。
「こんなんじゃダメダメだよ。ペアの親しさが感じられない。相手のダメ出しするのはやめよう」
「そうだな。これからは自分を磨いていかなきゃならねぇ」
恥もプライドもかなぐり捨てた二人は、謎の悟りを開いていた。
「思い切ってさ、ほら、こ、ここ恋人っぽくしてみようよ。腰に手、ま、回してみて」
何いきなりテンパってんだ、と怪訝な目を向けつつ、彼は提案された通りに彼女の腰あたりに腕を回す。
「こうか?」
「っ!! く、くすぐったい! そこ脇腹!」
「はぁ? この辺か?」
「ひゃあ! どこ触ってんの!!」
「おいコラ誤解されそうなこと喚いてんじゃねぇ!」
イチャコラしてんじゃねえよリア充野郎、とオブラートに包みながら店員に突っ込まれたのはそれから数分後のことだった。
苦労した甲斐があったのかなかったのか、
4
外へ出ると空は黒で、雨が降っていた。天気予報など見ない二人がわざわざ傘を常備しているはずもなく、近くにコンビニもなかったので仕方なく濡れて帰ることにした。
「なぁ、悪かったって」
「……ふん」
彼にそのつもりはなかったのだが、体を
(だー、面倒臭せぇな……)
(ちょっと接近しようとしたらコレだよ。はぁ……)
両人とも別方向の溜息を吐く。雨も相まって空気が暗かった。
「……」
「……」
「……」
「……へくちっ」
「……」
「……」
「……オラ、ジャケット貸してやるから」
「……うん」
同じジャケットを重ね着するという謎の雨対策を施してやると、少しギクシャクした空気がどこかへ消えた。やがて
マンションまであと15分ほど。
帰ったら二部屋分の風呂を焚かねぇと、と彼は考える。
その瞬間だった。
黒塗りのワンボックスカーが、ガードレールを突き破って二人へ襲いかかった。
アイディアがさくさく出て筆もさくさく進んで予想より早く更新できました。文字数は気付けば4700。もう文字数にこだわるのはやめます←
「不老不死だけど超能力っていう異物があるから、代理なしで魔力精製・魔術発動ができる」というのはかなり強引な解釈です。話の展開上、魔術使用の際に代理が必要というのはあまりにも面倒で不自由な設定なので、このあたりにどうしてもオリジナル要素が生じていますが……目を瞑ってくださると幸いです。
フルチューニングはなんというか私の趣味丸出し感がありますが、少しでも可愛らしく書けられたらいいなと思いますね。
さて、いよいよ次章で第六位の能力が登場します。