学園都市の第六位   作:さかき(ヒロタカリュウ)

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第五章 神の領域_Odin

 作戦通りに、第六位とミサカ00000号(フルチューニング)は、マンションの隣の車道で待機し突入準備中だった『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』を奇襲した。

 

 ミサカ00000号(フルチューニング)のビリビリで無線機ごと周囲一体を丸焼けにしたあと、彼の肉弾で全てを叩き潰す。

 

 車の後部座席で呑気に寝ている女が、一つだけ無線機を持っていたので、そちらは壊さずに持っておくことにする。

 

 車内を捜索していると、一枚の紙切れが出てきた。

 黄色い衣装を纏い、派手すぎる化粧やメイクを施している女の写真だ。

 

「なんだコイツは。おいミサカ、打ち止め(ラストオーダー)ってのはこんな格好してんのか?」

 

 写真を受け取った彼女は目を細め、信じられない、という表情を作ると、

 

「はぁ? ミサカのこと馬鹿にしてんの? 上位個体(ラストオーダー)って言っても背格好は小学生ぐらいだし、こんな奇抜で気持ち悪い格好をしている……訳、」

 

「おい!?」

 

 全てを言い終える前に、ミサカ00000号(フルチューニング)は何の前触れもなく倒れかかった。慌てて受け止めると、予想していたより重く感じる。能力に頼って負荷を和らげるほどではないが、恐らく全身から力が抜けているのだろう。

 

「なんだ、一体……?」

 

 ひらり、と彼女が持っていた写真が落ちる。

 改めて見ると、嫌悪感を覚えるようなビジュアルだ。

 彼がそう認識した瞬間。

 不可視の何かが、頭に入っていく感覚があった。

 

「ッ……!?」

 

 目を見開き、しかし冷静になる。思考能力が一秒一秒に薄れて行くが、彼は即座に判断する。

 

 直後、彼は能力を低出力で解放し、左手の拳を勢いよく自分の頭(・・・・)に叩きつけた。

 

 そして。

 彼は一度『絶命』する。

 

 先に命を落としておくことで(・・・・・・・・・・・・・)、謎の攻撃を受け流したのだ。

 

「……なる、ほどな」

 

 右へ傾いた首をこきりと鳴らしつつ、数秒して意識を取り戻した彼はそう呟いた。

 

 彼は一度受けたそれを、素早く理解した。

 

(嫌悪感……敵意か、はたまた悪意か。悪感情を向けた相手を昏倒させる能力……いいや、『魔術』か)

 

 ほぼ正解に近い推論を建てると、一度客観的にそれを吟味する。

 

(コイツがそういう感情を引き出すためにわざわざそんな格好を取っているとも考えられる。うまく行けば、さっきみたいに写真だけで人間を無力化できるわけだしな。……ってことは)

 

 彼はずれ落ちそうになったミサカ00000号(フルチューニング)を抱き上げ直し、もう一度車内を見る。

 

 後部座席で寝ている女。

 厳密には、気絶しているのだろう。

 

(……あっちもミサカの状況と同じ。足手まといを一番安全な後部座席右側に座らせるのは暗部らしくねぇが、まぁあれだけでけぇ音の中で起きないってことは、この推論もあながち間違っちゃいねぇはずだ)

 

 彼は思考を区切ると、目の前で自分にもたれかかっている女を見下ろし、呟いた。

 

「問題は、コッチの足手まといをどうするかだな」

 

 2

 

 嗅覚センサーを無力化できるのは、せいぜい10分程度。

 匂いを匂いと認識するのは人間側の都合だ。分子配列を一度破壊したところで、すぐに体表面から新しい物質が剥がれ落ちていく。そして嗅覚センサーはそれをいち早く察知するだろう。

 当初の作戦通りとはいかないが、やはり一度この地点から離れるべきだろう。

 そう判断した彼は、ミサカ00000号(フルチューニング)をおぶってさっさと移動した。目的地はない。未だに情報不足が続いているからだ。結局、先程奇襲した連中も、『モニター』というものが何を指すのかはわかっても、どういう意味合いが含まれているかはわかっていなかった。

 或いは、本当に仮名として使われているのかとも考えたが、ここで議論しても仕方がない。情報の確度が低い状態で作った推論など、その信憑性は高が知れている。

 

 目的地は特にないと言ったが、厳密に言えばある。それは背中の彼女を預けるための冥土返し(ヘブンキャンセラー)の病院なのだが、電話で聞いた限りでは避難しているそうなので、その目的地がどこなのか定められない状態なのだ。

 

「……この静寂も、さっきの女の影響か」

 

 戦闘による興奮が冷めてからようやく気付いたが、どうやら一般市民にも悪意の術式による被害が広まっているようだった。

 道ゆく人が時たま倒れているし、ふと目に入ったレストランの内部はどれも機能していないどころか、火事場泥棒でも起きたのか、襲撃されたような跡のある店まであった。

 

「この様子じゃ、確かに病院も閉鎖されちまうだろうな」

 

 ふらふらと街を歩いた。

 途中、手負いの『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』に出くわしたが、ミサカ00000号(フルチューニング)を背負っていても問題なく迎撃できた。

 車両の中に嗅覚センサーに対処するための薬品があったので、適当に被っておく。どうせ雨に濡れているのだから、服が濡れようと同じことだ。

 気絶している彼女には少し四苦八苦したが、今も浅く息をしていることを考えると問題はないのだろう。

 

 そうして、行く当てもなく歩きついた先は、

 

 どこかもわからない、まっさらの平地だった。

 

 

  3

 

「……?」

 

 確かに、特に意識することなく歩き回っていたが、それで迷子になるほどこの街での生活は短くない。そして、第七学区近辺など、彼に言わせれば庭同然だ。

 それでも、周りを見渡してみれば、右と左も人工的に耕されたとでもいうかのように平らだった。

 地面はアスファルトやコンクリートのはずで小さな凹凸が存在しそうなものだが、そういった僅かな隙間さえ存在しないほどの平面。まるで電子空間上で全てゼロに整えられたような世界だった。

 

 そして、何よりも異様なのは。

 

 彼の前方10メートルほどに、一体どこから現れたのか、奇妙な格好をした少女が(・・・・・・・・・・)立っていた(・・・・・)ことだ。

 

「……、」

 

 写真の奇抜な女とは違った。

 そんな奇抜さとはそもそも次元が違う。目の前の少女は、革製の黒装束で最低限秘部を隠し、右眼に眼帯をし、魔女のような帽子を被っていた。

 思わず滑り落としそうになるミサカ00000号(フルチューニング)の体をしっかりと背中に預けさせつつも、彼は警戒心を募らせていく。

 そして、そんな警戒を知ってか知らずか、女はただこう言った。

 

「ここに学園都市製が迷い込んでくるのは予想外だったな」

 

「あ?」

 

 今のは独り言だったのか、少女は改めて告げる。

 

「はじめまして、『隻腕のテュール』。私は『魔神オティヌス』という者だ」

 

「……魔神、だって?」

 

「知識は無いのか? お前の体から際限なく噴き出す生命力と魔力は、その辺の魔術師を軽く凌駕しているが」

 

 それは不老不死のせいだ、と返すことも出来なかった。

 指一本でも動かせば、攻撃されるのではないかと思った。

 原理的に死亡しないはずの彼が、そんな常識を踏み越えて死の恐怖を肌で感じていた。

 腰に差した9mm程度では、当たっても殺せないような錯覚さえ覚えた。

 

「警戒を解けと言うつもりはないが、まぁ安心しろ。馴れ合いをするつもりもないが、まだお前は私の敵じゃない」

 

「……」

 

「一から十まで全て言うのも面倒臭せぇな。掻い摘んで説明するからよく聞け」

 

 オティヌスは語った。

 自分が魔神であること。

 魔神とは、魔術を極めた結果、神の領域に足を突っ込んだ者であるということ。

 魔神の力には無限の可能性があり、成功する可能性も失敗する可能性も五分五分だが、その制約こそあれなんでもできる(・・・・・・・)ということ。

 『主神の槍(グングニル)』完成を目的としていること。

 その槍があれば成功100%を抽出できること。

 

「そして、そのための組織を編成している訳だ」

 

「お前が私に協力すれば、魔神の力でお前の望みも叶えてやろう」

 

 どこまでが本当で、どこまでが嘘かわからない。

 

 あるいは、ひょっこり現れた第五位あたりに精神操作でもされているのかもしれない。

 でなければ目の前の女も、雨の降っていない平地も、説明ができない。

 

「まだ理解できないか。或いは理解を放棄したのか」

 

「……魔神っつーのは、おおよそなんでもできるんだったか」

 

 彼は自分でも驚くことに、一つの確認作業を行なった。

 

「ああ」

 

 協力すれば望みが叶う可能性。

 上っ面の条件だけを眺めてみれば、明らかにおいしそうな交渉。

 葛藤は短かった。

 

「……だが、俺にはまだ学園都市でやるべきことがある」

 

「問題はない。今は準備期間中だ。槍の製造に不可欠な黒小人(ドヴェルグ)も見つかっていないしな。これから引き入れるところだ」

 

 魔神はそこまで言うと、短冊のような細長い紙切れを突き出した。

 

「これは?」

 

「通信術式のための札だ。お前でも魔力を込めれば使えるだろう。一度きりしか使えないから、合流したいときに使え」

 

 接触する手段はこちらからだけ。

 と一瞬思った彼だが、よく考えればこの奇妙な空間の説明もできていない。きっとオティヌスという少女には、こんな札がなくとも、意思疎通をする手段はあるのだろう。

 

「……貰っておく」

 

 気味の悪さを飲み込んで、なんとかその一言を絞りだすと、背負っているミサカ00000号(フルチューニング)を片手で抱え、紙切れを受け取ってポケットに突っ込んだ。

 

 そして。

 

 世界が割れた。

 

 4

 

 気が付けば、彼は突っ立っていた。

 突っ立っているのに今気が付いたというのは奇妙な感覚だが、しかしこうして学園都市の地面に足をつけていると、先程の数十分の記憶が、夢や幻覚ではないかと思えてくる。

 背中には気を失ったミサカ00000号(フルチューニング)の温もりが感じられた。

 

「んにゃ……はれ?」

 

 と、彼女も目を覚めたらしい。

 徐々に彼女の体に力が入り、体感的に重量が軽くなっていくのがわかった。

 

「やっと起きたか」

 

「あれ? ……ミサカ寝てたの? ええっ、あなたの背中で!?」

 

「グースカ寝てた、つーか気絶してたよ」

 

 うわあああああ、といちいちうるさいリアクションをかましてくる彼女の声を聞いて、彼の中でようやく言いようのない安堵感が湧いてきた。

 

「お、降ろしてっ!? 早く、降ろしてよ! ほら、重いし? 重くねーよ!!」

 

 錯乱した挙句一人漫才まで始めてしまったミサカ00000号(フルチューニング)。能力がなくとも気にもかからない程度の重さしかないのだが、ついに頭をぽこぽこ叩き出したので太腿から手を離してやる。彼女は両足をぴたりと閉じて内股になりつつ謎の抗議の目線を送るが、彼は気にもしなかった。

 

「ともかく、気絶してたのは事実だしな。一応冥土返し(ヘブンキャンセラー)のとこで見てもらってこい」

 

「はー、心配性だねあなた。まあ、仕方ないから行ってきてあげるよ。だから自販機でミルクコーヒー買って」

 

「はぁ? まだ開けてねぇ牛乳もコーヒーも家にあんだろ」

 

「ミサカは今飲みたいの!『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』とかいうののせいで家でゆっくり飲めなかったじゃん!」

 

 請求先は俺なのかよ……、と呟きつつ、二人はカエル顔の医者の病院へ入っていく。

 既に避難場所から戻って病院としての機能も復旧しているらしく、ミサカ00000号(フルチューニング)の気絶についても学園都市を中心に同時多発的に起きたもので、後遺症などもないとの結果が言い渡された。

 

 

 そしてジャケットの左ポケットには、依然として細長い紙切れが垂れていた。

 

 

 

 4

 

 『妹達(シスターズ)』を利用した虚数学区・五行機関の形成は無事に成功。

 虚数学区及びヒューズ=カザキリの起動による、魔術に対する一定の阻害効果を確認。

 第六位の行動一致率は現時点で98.4%。修正点はなし。

 第一位の能力の成長は進行中。第一次段階クリア。

 幻想殺し(イマジンブレイカー)は依然として存在。

 『ドラゴン』の現出は確認できず。

 本日の一件を『0930事件』として処理。

 

 『プラン』は問題なく進行中。

 




0930編、完。
原作の本筋に驚くほど絡みませんでしたが、本文中で語られていないところはだいたい原作通りということになりますね。
猟犬部隊との戦闘は、少し冗長な気もしたのでさらっと書きました。濃密な戦闘シーンが書けるのはもっと後ですかね。

次回からは暗部編。『彼』が関わってきた実験も行間という形でいくつか書いていければいいなと思います。

御坂クローンたちはどうしてこんなに可愛いんでしょう
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