真・ごとき転生 スウォルチルドレン   作:サボテン男爵

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番外編 after days

 クロスベルの路地裏を横切った先にある、年季の入ったアパルトメント。

 紙袋を抱えた少年が、ソッと一室の扉を開け慣れた様子で入り込む。

 少年は深々と帽子を被り眼鏡をかけているが、詳しく観察すれば分かる端麗な容姿は、世のマダムの興味を引くこと請け合いだろう。

 

「先生、ただいま帰りました」

 

「ああ、お帰り。何か面白い事はあったかね?」

 

 年季の入った椅子に深々と腰を掛けた男性が少年に問いかける。

 年齢は20代後半から30代半ばといったところだろう。

 眺めていたクロスベルタイムズを横にあるテーブルに置き、視線を動かした。

 

 対する少年は、少し困ったような顔をした。

 

「それがですね。ちょっとばかり予想外のお客さんが見えています」

 

「いよう、邪魔するぜ。探偵屋」

 

 少年の背後から姿を見せたのは、白い長髪に薄い色彩のサングラスをかけた、赤いコートの男。

 探偵屋と呼ばれた男――とある掲示板では記憶探偵を名乗る彼は、興味深そうに喉を鳴らした。

 

「ほう、君がここに来るとは意外だな。『劫炎』の。いや、異界の神と呼んだ方がいいかな?」

 

「劫炎で結構だ。いちいち日常の場で神なんて呼ばれたら、堅苦しくて仕方ねぇ」

 

 面倒くさそうに髪を掻きむしる男――マクバーンを前に記憶探偵は立ち上がった。

 

「ワトソン君、帰って早々で悪いが、コーヒーを頼めるかね? ああ、君は紅茶の方が好みだったかな?」

 

「コーヒーで構わねぇさ。しかし緋の小僧、今はそんな名前だったんだな」

 

「先生が決めた偽名ですよ。あと、今の僕は起動者ではないから緋の小僧は正確ではないですね」

 

 アナザーワールドから喚び出されたセドリックは、苦笑しながら肩を竦める。

 記憶探偵とマクバーンがテーブルを挟んで腰かけ、セドリックがコーヒーを運んできて話を再開する。

 

「それで今日は何の用なのかね? 自分探しの旅に出たと聞いていたが」

 

「間違っちゃいねぇが、言い方がアレだな……まあいい。探偵屋、アンタにも話を聞いておきたくてな」

 

「ふむ、まあ吝かではないが……」

 

「そういや東方で、仮面ライダーとかいうのに会ったぜ」

 

「……彼か」

 

「何だ、知り合いだったのか?」

 

「いいや、直接の面識はないさ。ただ情報としては知っていただけだ」

 

 記憶探偵がコーヒーを一口飲む。

 

「それって、先生と同じ――?」

 

「出典は違うだろうがね」

 

「ありゃ面食らったぜ。バカでかいニガトマトを被ったかと思うと鎧になったんだからな。最初はツァイスの生態兵器かと思ったもんだ」

 

「何なんですかその状況!?」

 

「ハハハ、さしずめニガトマトアームズといったところか。是非とも直に見てみたいものだ」

 

 セドリックが思わずツッコミ、探偵が笑う。

 

「――で、だ。アンタも“理の外”の存在なんだろう?」

 

「君相手に否定しても仕方ないか。その質問は肯定しておこう。――もっとも、このゼムリアで一般に“理の外”と呼ばれるモノとは、また別枠になるがね」

 

「そもそも“理の外”自体、全然一般的じゃないんですけどね」

 

「ワトソン君、それは野暮なツッコミというものだよ?」

 

 茶目っ気を込めてウインクする探偵に、セドリックは肩を落とした。

 

「そういや、スウォルツやオーフィスの居場所は知っているか? あいつらからも話を聞きたかったんだが」

 

「いいや、居場所は知らないね」

 

 連絡を取ることは可能だが、この場ではその札は伏せておくことにする。

 

「そうか。お前の紹介で結社に来たからひょっとしたらと思ったんだが……本題に入る前に、こいつはちょっとした好奇心なんだが――アンタは何を目的にしているんだ?」

 

「私はただの私立探偵。そう大層な目的などないさ」

 

「抜かせ。帝国とも共和国をはじめとした各国に伝手を持ち、結社や裏の勢力ともかかわりのある男がただの探偵なんて事があるか」

 

「これは随分と評価されたものだね」

 

 探偵はおどけたように肩を竦め、あっさりと答えて見せる。

 

「敢えて言うのなら、そうだね――英雄伝説の結末を見ることさ。例え、どんな結末であろうとも」

 

「へぇ……その過程でクロスベルが滅びることになっても、か?」

 

「ああ」

 

「ちょ、先生!?」

 

 平然と返す探偵に、セドリックが声を上げる。

 

「はは、アンタも大概にズレたヤツってことだ。あのピンク頭の嬢ちゃんとは偉い違いだ」

 

「ユウナ君か。私は別に、クロスベルの出身という訳でもないのでね。破滅を敢えて見過ごすつもりはないが、彼女ほどのこだわりはないよ」

 

「ユウナさんが聞いたらどう思いますかね」

 

「耳に入らなければいいだけさ。口を噤んでおいてくれたまえよ、ワトソン君」

 

 セドリックの呆れたような視線を、探偵は軽く受け流す。

 

「故郷であるせいか、ユウナ君は些かクロスベルを贔屓し過ぎているところがある。確かにクロスベルが帝国と共和国から搾取されていたのは事実だろうが、同時に二大国がバックにあるという信頼があったからこそ、ここまでの経済的発展を遂げたという一面は否定できない。――そもそもクロスベルは、先のディーター大統領が引き起こした事件の責任をとっていない」

 

「手厳しいですね」

 

「客観的な意見だよ。神機という武力をもって他国に自分たちのルールを強要しようとしたという事実は、帝国による占領によって有耶無耶になっているだけさ。むしろ帝国に占領されていなければ、他の国がどんな行動に出たことか。この先クロスベルが独立したとしても、まずは信頼を取り戻すところから始める必要がある。はっきり言って属州だった時よりもよほど茨の道だ。なんせ、責任をとってくれる親はもうどこにもいないんだからね」

 

 探偵は、空になったコーヒーカップをテーブルの上に置く。

 

「さて、少々話が脱線してしまったが本題に入るとしようか、劫炎の。ああ、ワトソン君。込み入った話になりそうだから、看板をclosedに変えておいてくれるかね?」

 

「はいはい、分かりましたよ先生」

 

「わりぃな、営業妨害するつもりはなかったんだが」

 

「かまわないさ。私にとっても興味深い話になりそうだ」

 

 

 

 

                      ◇

 

 

 

 

 闇の地下都市――ヨミハラ。人界の常識も法も通用せぬ異界。

 その中にそびえたつビルの一角で、欲望に満ちた都をガラス越しに見下ろす男。

 多国籍複合企業体創始者にして強大な吸血鬼――エドウィン・ブラックは部下の魔界騎士・イングリッドからの報告に耳を傾けていた。

 

「例の変種の雌オークたちは、日々その勢力を増す一方です」

 

「ふむ……」

 

「兵隊として運用していたオークたちはほぼ全滅。連中に捕らえられるか、都会デビューを諦めて実家に帰るか、この事態をやり過ごそうと逃げ出すか。個体として見るのなら大した能力はなくとも、使い捨てしても惜しくない、数を揃えることができる兵力が失われたのは痛手です」

 

「オーク以外の被害状況は?」

 

「はい。雄オーク同様――いえ、それ以上に性欲が強く雄オーク以外にも被害は拡大しています。特に能力の高い男性魔族が狙われる傾向が強いようです。雌オークたちは対魔忍たちと手を結んだようで、高位の魔族も次々と奴らの餌食に……。捕まった魔族は感度3000倍に改造された上、雌オークが常連の娼館で男娼として働かされている事例も確認できています」

 

「そうか……予想外の事態に発展したものだ」

 

 ブラックはヨミハラの夜景を見下ろしながら、自らの顎を撫でる。

 

「所詮はオークと放置しておいたのが仇となったか。これは少し、本腰を入れて駆除する必要があるかもしれんな」

 

「それですが、その……」

 

「なんだね? 続けたまえ」

 

 言いよどんだ部下に、ブラックは先を促す。

 

「……先ほど能力の高い魔族が狙われていると説明しましたが、その――ブラック様が狙われているとの情報も入っています」

 

「ほう――」

 

 ブラックは意外そうに――続いて面白そうに笑みを深めて見せた。

 

「ククク……まさかこの私が、オーク風情から情欲の対象として見られる日が来るとはな。侮られたものだ。――この認識は、改める必要があるな」

 

「いえ、その件ですが――駆除の件は私どもに任せて頂き、御身にはゆるりと報告を待っていただければ!! 必ずやご期待にっ――!?」

 

 イングリッドの言葉が止まり、冷や汗が褐色の肌を濡らす。

 ブラックが背中越しに放つ、冷たく鋭い殺気を受けたが故に。

 

「ふむ……残念だよ、我が騎士。ああ、本当に残念だとも。まさか君まで、私を侮っていたとは……」

 

「――いっ、いえっ! け、決してそのようなことは! 害獣駆除の如き雑務に、貴き御身を晒す必要はありません!」

 

「言葉にする必要もない事実と思っていたが、この際だ。はっきりと言っておこう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はオークになど絶対に負けん!!!!」

 

 

 

 

 

 ピコーン

 

 

 

 

                       ◇

 

 

 

 

「ありがとうございましたー!!」

 

 元気のいい挨拶に返答を返し、商売道具の片付けに入る。

 まだまだこの業界に入って短いが、それでも少しずつ慣れてきたという自覚が楽しい。

 

「あの……」

 

 片付けに集中していたためか、彼女が近くまで来ていることに気が付かなかった。

 今回の仕事の被写体――アイドル・南条光に。

 

「ええっと、どうかしたのかな?」

 

「すみません。勘違いかもしれないですけど、どこかで会ったことありましたっけ?」

 

 上目遣いで告げられた台詞に、ドキリとする。

 青春の甘酸っぱい恋の予感とかではなく――図星であったが故に。

 もっとも、それを言葉にするわけにはいかないのだが。

 

「あー、そうだね。前にプライベートでライブに行かせてもらったことがあるから、もしかしたらその時に僕の顔を見かけたんじゃないかい?」

 

「ううん、そうだったかなぁ……あの時の――いえ、急に変な質問してごめんなさい。写真、楽しみにしています!」

 

 お疲れ様でした、と言葉を交わし合い、彼女は離れていく。

 自らも片づけを終え、その後はレストルームの自販機でコーヒーを買う。

 一服していると、見知った顔から声をかけられた。

 

「うっす、調子はどうだ? カメラマン」

 

「――っと、お疲れさまです、プロデューサーさん。いい感じですよ。みんないきいきしていますから」

 

「そりゃあ重畳。隣いいか?」

 

 プロデューサーは煙草に火をつけ、大きく吸い、吐く。

 煙草の匂いが、鼻をくすぐる。

 

「最近はやれ禁煙だの副流煙だのと、喫煙者には厳しい世の中でなぁ」

 

「時代の流れですかね」

 

「だな……しっかし、あの時のヤツが今じゃカメラマンとは、世の中何が起こるか分からんもんだな」

 

 かつて自らが起こした事件。

 内々に処理され、闇に葬られた――しかし忘れてはならない罪。

 

「あなたが言ってくれたからですよ」

 

「あん?」

 

「『やったことは許されんが、写真そのものは粗削りだが悪くない』って」

 

 それからは必死で勉強した。

 生まれ直しても前世と変わらず適当に生き、適当に仕事をして。

 チートを得ながらも使うべき敵などおらず、持てあました挙句悪事に走った。

 そんな自分、多分生まれて初めて必死に何かに取り組んだ。

 

「両親からは『今の安定した仕事でいいじゃないか』って諭されましたけど、どうせ一度大失敗しているんです。だったらもう、ちょっとやそっとの失敗は怖くないって思い切って挑戦したんですよ。……拙い演技の上ですけど、あの人に勝って。そうしてあの娘に振り返ったら、とってもキラキラした顔をしていて。――あの顔は本来僕に向けられるべきものではないけど、それでも素敵な顔でしたから。今度はちゃんと、正面から残せるようにって……」

 

「……お前さん、よくそんなこっ恥ずかしい台詞素面で言えるな」

 

「冷静に指摘しないで下さい。自分でもそう思っているんですから」

 

 さてと、と椅子から立ち上がる。

 

「なんだ、もう行くのか?」

 

「ええ、次の仕事がありますので」

 

「そうかい……まっ、ウチのアイドルたちを上手に撮ってやってくれや」

 

「ええ、必ず」

 

 カメラを片手に、歩き出す。

 ヒーローでない自分には、誰かを笑顔にすることはできないかもしれないけど。

 それでもアイドルたちの笑顔を、誰かに届けることは出来るのだから。

 

 

 

 

                       ◇

 

 

 

 

「なかなか忙しそうじゃないか、義兄上」

 

 ロード・エルメロイⅡ世は、小悪魔な義妹の来訪にあからさまにため息を吐いて見せた。

 

「おいおい、可愛い義妹を前にその態度はいただけないと思うよ。それにこの国では、ため息を吐いたら幸せが逃げるというじゃあないか。――いや、それとも征服王との再会で幸福は使い切ってしまったかな?」

 

「レディ、見ての通り今は仕事が溜まっているんだ。からかいに来たのならまた今度にしてもらってもいいかな?」

 

「ああっ! ロンドンからはるばる会いに来たというのに、義兄上が冷たくて私の胸は張り裂けそうだよ!」

 

 よよよと泣く――真似をして見せるライネスに、エルメロイⅡ世はこめかみを抑える。

 するとケロリとした顔で、ライネスは臨時オフィスの机に腰かけた。

 

「しかし電話では聞いていたが、大概珍妙な事態になったものだね。電話で事情を聞いたときは、ついに義兄上の頭がオーバーフローを起こしてしまったのかと、高名な魔術医師に治療の予約をしてしまったものだよ。もちろん請求先は義兄上宛で」

 

「おいっ!? さすがに聞き捨てならないぞっ!?」

 

「フフフ……冗談だよ。冗談。しかし冬木大迷宮の利権さえ確保できれば、治療費どころかこれまでの借金くらい簡単に返せそうじゃないか?」

 

 からかうような顔から一転、ライネスは真顔でそう言った。

 

「魔導の大聖杯と真なる聖杯の恩恵を受けた神秘の迷宮。魔術協会も聖堂教会も、こぞって興味を示している――いや、自らの管理下に置きたがっている。実際当事者の義兄上にも、あちこちから声はかかっているんじゃないかい?」

 

「そこまで察しているのなら分かるだろう。下手に欲をかけば、四方八方からの袋叩きだ。そもそも私の本業は政治家ではない。おとなしく意見役兼調整役として、いい顔でもしておくとするさ」

 

「そうか。義兄上の七面相が見られると期待していたのだがね」

 

「まったく……安心するといい、レディ。確かに私は征服王との再会という本懐は果たしたが、約束を違えるつもりはない。いずれその時が来るまで、ロード・エルメロイⅡ世の名は預からせてもらうよ」

 

「そっか……ウン、それならいいんだ」

 

 ほんの一瞬だけホッとしたような顔を見せたライネスであったが――

 それをわざわざ指摘するほどの無粋さを、エルメロイⅡ世は持ち合わせていなかった。

 

「話は変わるが、アニムスフィアのロードがこの冬木の異変に相当な興味を示しているらしい。オルガマリーからの情報だから、間違いはないだろう」

 

「――それについては警告を受けている。『星見には注意しろ』とね。わざわざ念押しして警告されたからな。おそらく、頭を抱えるだけじゃ済まない厄介ごとだろう」

 

「へぇ、お優しいお友達がいるようじゃないか。――おっと」

 

 ライネスがヒラリと机の上から落ちたレポート用紙を拾い上げ、何気なく目を通す。

 

「なになに……『電脳世界への魔術回路を用いた干渉の可能性について』。何だね、これは?」

 

「ああ、冬木の魔術師――間桐の家から提出されたレポートだ。時間が出来た時でいいから、意見を貰いたいとね」

 

「可能なのかい、コレ? いや、可能だとしても魔術師の本分からは外れる気がするが……」

 

「検証は必要だが、着眼点は面白い。まあ君の言う通り、従来の魔術師とは違った意義になるだろうし、時計塔では評価されない項目だろうがな。そうだな――さしずめ“メイガス”ならぬ“ウィザード”といったところか」

 

 

 

 

                        ◇

 

 

 

 

 西京寧音は困惑していた。

 

「ここではかつて、“力の大会”と呼ばれる戦いが行われたそうだ」

 

 ステラ・ヴァーミリオンに修業をつけ、一通り形が整った後――

 突如何者かからの――いや、知っているけど知らない誰かからの襲撃を受け、銀のオーロラをくぐったかと思えばあからさまに地球ではない場所に降り立っていた。

 

「文字通り、宇宙の命運を決める戦いだったという――ふふ、今でも戦いの残り香をはっきりと嗅ぎ分けることができる。お前もそうだろう?」

 

「まあな」

 

 挑発するような声音の言動に、素直に返す。

 今立っている場所は、元は荘厳な闘技場だったのだろう。

 尤も行われた戦いの激しさを物語るように、原形などほとんどとどめていなかったが。

 

「――で、アンタは誰だい? くーちゃんのそっくりさん」

 

「そうだな。ま、夢みたいなものさ」

 

「つーことはここは夢の世界って訳かい」

 

「実際に夢だっただろう? こうやって決着を付けることは」

 

 自らの好敵手――新宮寺黒乃と瓜二つの“彼女”は獰猛に嗤う。

 

 夢――好敵手との戦い――決着。

 かつて焦がれて、あと一歩のところまで迫り、フラレてしまった苦い過去。

 

 寧音の知るくーちゃんと彼女は、よく似ているが細部は違う。

 髪はざっくばらんに切られ、服装は見慣れたスーツではなくタイトなジーンズと無地のシャツの上から黒コート。

 霊装は2丁拳銃ならぬ、銃口に凶悪な刃が取り付けられた2丁剣銃。

 新宮寺黒乃の限界を遥かに超える、肌を刺すような魔力の放射。

 何より目を引くのは、時計に置き換えられた右目。

 

 それでも寧音の魂は認めてしまった。

 彼女もまた“くーちゃん”であるのだと。

 

「やれやれ、うちも大概業が深いというか……恋焦がれすぎてこんな夢まで見るなんてねぇ」

 

 困惑は既になかった。そんな余計なものは捨て去った。

 自らの霊装である1対の扇子を顕現させる。

 同時に自覚する。自分は今、鬼のように嗤っているだろうと。

 

「――よしっ、じゃあ戦ろっか」

 

「ああ、私もずっと待っていたよ。この瞬間を」

 

 興奮で体中の血潮が沸騰するようだ。

 内から吹き出す魔力は、今なら簡単に限界を超えられそうだ。

 

「夜叉姫と世界時計(ワールドクロック)のカード、か。KOKの試合だったらスタジアムが溢れだすところだねぇ」

 

「フッ、良かったじゃないか。観客がほとんどいない分、今回は粗相をしても気にならないだろう?」

 

「……やっぱうちのことここまでムカつかせてくれるのは、くーちゃんくらいだわ」

 

「お褒めにあずかり光栄だな。――ああそれと、一つだけ訂正しておこうか」

 

 懐かしそうに、自嘲するように、彼女は笑った。

 

「今は時計ではなく災害――《時空災害(ワールドディザスター)》滝沢黒乃だ」

 

 黒乃が銃口を向け、寧音が扇子を開き――

 

 時間と重力が衝突した。

 

 

 

 

 

                        ◇

 

 

 

 

 

「やっほー、調子はどう?」

 

 魔王セラフォルー・レヴィアタンは、魔王サーゼクス・ルシファーが療養中の病院へと赴いていた。

 

「ああ、数日休ませてもらったからね。明日には公務には復帰するさ」

 

 ベットの上で下半身をかけ布団で覆った状態のサーゼクスは、手元の書類から目を離しセラフォルーへと片手を上げ返答する。

 その姿を見たセラフォルーは顔を顰める。

 

「もー、ちゃんと休んでなきゃダメじゃないの」

 

「心配してくれるのはありがたいが、傷は癒えているよ。それに早急な対応が必要な案件も多い」

 

 サーゼクスは1枚の書類を手に取る。

 

「陥落したアグレアスもそうだが、冥界封印への対応が急務だ。列車の運行や人間界との交易を主としていた業界への混乱とダメージが大きい。政府としての補助も必要になるだろう。しばらくは国庫の中身が寂しくなるな……尸魂界からの使者は?」

 

「ここ、防諜防音は問題ないよね?」

 

「ああ」

 

「使者とは交渉中。あっち側からしたら、もう戦争の目的は全部達成しちゃった訳だからね。停戦、もしくは終戦の為の条件のすり合わせ中。……今回の件に限れば、こっちが一方的に攻撃された展開だから国民感情を納得させるのが難しいけど。相手の手際を褒めるのもなんだけど、鮮やかにやられちゃったわね」

 

「現代の戦争、というやつだな。開戦の時点で終戦・戦後までを想定して最低限の労力と被害で事を進める。いつかのコカビエルのように、戦争を起こすためだけに戦争を起こすような輩でなかったのには助かった」

 

「――相手側からの条件を確認して思ったけど、内通者がいるわね。こっちの事情に詳しすぎる。多分、尸魂界と一緒にこの戦争の絵を描いた誰かがいるわ」

 

 サーゼクスの顔が僅かに険しくなる。

 

「それは、冥界政府へのダメージが目的で?」

 

「いえ、むしろこの戦争を冥界側にもできるだけ有益な形で終わらせるような意思を感じるわ。アグレアス防衛の面子も素行に問題があったり背後関係が怪しかったりするのが多いし、結果として彼らは一掃されている。幾つか公共事業の案も上がってきているし、さっき言ってた人間界関連の仕事で出てくるだろう失業者をそっちに回せそう」

 

「タイミングが良すぎるな」

 

「手際もね。他にも尸魂界側から“妊娠作用を促す作物数種”の提供を打診されているわ。終戦の条件としてね」

 

「それは……実際に効能が期待できるなら是非ともほしいが」

 

「サンプルは貰っているからこっちの研究所で検証中。あと人間界との行き来も完全にできなくなった訳じゃないけど、今までみたいに観光気分で大人数の移動は難しいわね。だからこそ、通行許可を与える悪魔の人格や背景の調査を強化すべきだと議題が上がっているわ」

 

「やれやれ、冥界政府にもとんだ狸が住み着いていたようだね」

 

「狸……ああ、日本の言い回しね。化け狸の転生悪魔なんていたかしらって思っちゃったわ」

 

 サーゼクスは苦笑して、書類から手を離す。

 

「何にせよ、少しばかり肩の荷が下りた気分だよ」

 

「だったら明日まではちゃんと休んでなさい。この機を逃したら、しばらく休みなんて取れないんだから」

 

「そうさせてもらうよ」

 

「それにしても――」

 

 セラフォルーがジーっとサーゼクスの顔を見る。

 

「えっと……何かな?」

 

「うーん、ちょっとショック受けてる?」

 

「……分かるかい?」

 

「まあ、それなりに付き合いは長いから。例の死神の男の子?」

 

「“力”は私にとって、数少ないセールスポイントの一つだからね。だからこそ、押し切れなかった事実は些か歯がゆいさ」

 

「――サーゼクスが入院させられるほどの実力者か」

 

「ああ、そうだな。お互い全力ではなかったとはいえ、強かった」

 

「あのまま戦っていたら、どうなった?」

 

「私も魔王だ。負けるなどと、そうやすやすとは口にできないよ。ただ――」

 

 サーゼクスは窓の外に視線を向ける。

 

「勝てたとも、言い切れない」

 

「随分と評価しているわね」

 

「少し話をしたが、イッセー君とそう変わらない年齢のようだ。――少なくとも、私があの年頃の時にはあそこまでの力はなかった」

 

「末恐ろしい話ね」

 

「リーアたちの前に現れた相手も、相当な手練れだったと聞いた」

 

「まだ全盛期には及ばないとは言え、二天龍を一撃で二枚抜きだからね。外見からすると、“破面(アランカル)”って種族じゃないかと思うけど。あっちの情報は少ないから、はっきりとは言えないんだけどさ」

 

「リーアたちが倒されたと聞いたときは肝が冷えたが、捕虜になった訳でも命に別状がある訳でもない。正直胸をなでおろしたよ」

 

 サーゼクスは同僚の魔王に向き直った。

 

「セラフォルー」

 

「何?」

 

「君は妹さん――ソーナ君がもし、他の種族に無理やり転生させられて奴隷扱いされたらどうする?」

 

「勿論そのクソッタレをぶっ殺すわ」

 

「だろうな。私だって家族がそのような目にあわされたらそうする。――そして彼も、そうだった。大切な人が、無理やり悪魔に変えられそうになったそうだ」

 

「そっか……じゃあ恨まれても仕方がないね」

 

「ああ、そうだな。仕方がない。……悪魔の駒を開発した時、アジュカは言っていたよ。『悪魔の駒は画期的な発明だが、同時にこれまでにはなかった劇薬だ。本格的な運用を始めれば現段階でも予想できる問題はあるし、想定外の問題もでてくるだろう』と」

 

 小さく息を吐くサーゼクスに、セラフォルーは頷く。

 

「でも使うことを選んだ」

 

「ああ、そうだ。理由は幾つかある。一つは言わずと知れた人口問題。悪魔の出生率の低さは、長寿故の人口爆発を防ぐための種族的特性という意見が有力だが、一度に多くの人民が失われた場合にはその特性が裏目に出る。それに、悪魔の中に新たな価値観を取り込むという目的もあった」

 

「多神話時代の到来、だね」

 

「異形の世界もグローバル化が進んでいる。もう三大勢力の内輪だけで済まされる時代ではなくなった。――しかし古い悪魔は頭の中が未だ神代で止まっていることも多いし、自力で意識改革をすることも難しい。リーアを人間界の学校に通わせているのも、これまでの悪魔にはなかった価値観を身に着けてもらいたかったというのもある」

 

「でもその割にはリアスちゃん、結構古い悪魔寄りっていうか、偏った思考だよね。……まあ原因はサーゼクスちゃんだろうけど。あの子もアレで、結構お兄ちゃんっ娘だから」

 

「言うな……私とて複雑なんだ。兄としては嬉しくもあるし、成長を願って送り出した身としては残念でもある」

 

「このシスコンめ」

 

「君に言われたくはないよ。コホン……話を戻そうか。後は現金な話ではあるが、魔王として日が浅かったかつての私には、具体的な結果が必要だった。誰の目から見ても分かりやすい、且つある程度早急に結果を出せる政策が」

 

「だね」

 

セラフォルーが同意する。

 

「あの頃はまだまだ政治基盤も貧弱だったからねー。とにかく国民からの支持を集めなきゃならなかった。その点じゃ、悪魔の駒政策は分かりやすかったわ。今でも現政権の代表的な政策が何かって言われたら、悪魔の駒の名前が出てくるだろうし」

 

「ああ――苦しい言い分になるが、どんな政策にも穴もあれば問題もある。ならばリスクを承知の上で、進むことも必要だろうと。問題にはその都度対処していけばいいだろうと、リターンの魅力に目を眩ませて」

 

 深々とため息を吐く魔王。

 

「その選択が、今回の結果に繋がってしまった訳だが」

 

「『魂の比重のバランス崩壊による、世界の終わり』か。確かに想定の斜め上の問題だったよね」

 

「軽いギャンブルのつもりが、いつの間にか身包みをはがされていたような感覚だよ。アジュカに検証を頼んでみたが、世界の仕組みそのものに関わる事だけに、それこそ天界のシステムを完全解析するのと同等以上の労力が必要だろうという話だった。加えて一度悪魔社会に普及させた悪魔の駒を撤廃するためには、それを超える労力が必要になるとも」

 

「悪魔の駒を開発した天才でも、か」

 

「悪魔の駒も、双方の同意抜きでの転生を出来ないように改造できないかと聞いてみたことがある。技術的には可能だが、イタチゴッコになるだろうと言われたよ」

 

「ま、そーだね。同意が必要なら、よりえげつない手で同意を迫る悪魔が出てくる。人質をとったり、精神的に追い詰めたり。そういうのに限って、『ちゃんと同意の上ですよ。そうじゃなきゃ悪魔の駒は使えない仕組みでしょう?』なんてほざいてくるのよね」

 

「彼方を立てれば此方が立たぬ、か。他の問題――大王派や国内国外への不穏分子への対処にかまけていたのも相まって、結局は現場レベルでの対応に留まっていたのが現状だ。焼け石に水レベルの結果にしかならなくとも、やっておくべきだったか。あの死神の少年からも言われたよ。『今のままでいいと、アンタは本当に思っているのか?』と。分かっている――ああ、分かっているさ。今のままじゃダメだってことくらい、ずっと前から分かっている」

 

 力なく天井を仰ぐ魔王。

 その表情は、国民には決して見せない弱々しいもの。

 

「かつて反政府軍として、私たちは当時の政権を打倒した。自分たちならもっとうまくやれると、自惚れてもいた。――だが現実は、上に立つというのは何とも難しいな」

 

「理想と現実は遠く、か」

 

「リスクとリターンを天秤にかけて、何が悪魔の未来にとって有益か判断し続ける。判断した後も、本当にこれで良かったのかという疑念が常に頭から離れない。一つ解決しても、また別の問題が生まれる」

 

「サーゼクスちゃんは真面目過ぎるし、博愛主義すぎるからね。表面上は余裕を取り繕っていても魔王の業務、実は結構いっぱいいっぱいでしょ?」

 

「ここだけの話、自分でもあんまり向いていないんじゃないかと思うことは多々ある」

 

「だったらいっそ全部放り出しちゃう? 今なら家族を連れて人間界にでも逃げちゃえば、追ってこれる相手は少ないわよ」

 

「それはダメだ」

 

 冗談交じりのセラフォルーの言葉に、サーゼクスはきっぱりと首を横に振った。

 

「私には魔王の位の簒奪者としての、責任と義務がある。悪魔の未来を少しでも良いものにする責任が。向いていないという理由で簡単に放り出せるほど、軽い席ではないよ」

 

「そうやって自分から貧乏くじを引きに行くんだから」

 

「耳が痛いな……セラフォルー、君は日本のアニメーションの『ドラ〇もん』を知っているかい?」

 

「そりゃあまあ。有名だし、映画とかこっちでも公開されているでしょう?」

 

「時々ね、私に超越者としての力ではなく、あの不思議なぽっけと道具の数々があればと――そんな益体もないことを考えることがある。そうすれば、どれだけの問題を解決できただろうと」

 

「……気持ちは分かるわ。私だって同じようなものだし。魔法少女は私にとって、みんなを笑顔にできる解決者の象徴。だから形から入って……早々はうまくいかないんだけどね」

 

 でもさ、とセラフォルーは続ける。

 

「多分、それはダメなことなんだよ。他人を見捨てられない気質と、実際に見捨てないで済むだけの力が合わさってしまったら――きっと最終的には不幸なことになっちゃう。“個”の意思で何もかもを決められる状況は、とても歪なものだと思う」

 

「――そうかもしれないな。結局は持てるもので何とかするしかない、か。今の戯言は忘れてくれ」

 

「はいはい。あと私に弱音を吐く分はいいけど、甘えるのは奥さん相手にしてね? 勘違いで嫉妬されて刺される醜聞とかに発展したら、さすがに魔王として――まあある意味悪魔らしいのかもしれないけど」

 

「尤も男女関係のトラブルは、悪魔と言えどギリシャ神群には到底及ばないがね」

 

「違いないわ」

 

 二人の魔王は顔を合わせて笑った。

 

「――今回の戦争は実質的に敗北だ。だが負けやバッドエンドを迎えたところで、簡単に生涯が終わるわけではない。冥界も、良くも悪くも変化を余儀なくされるだろう。冥界の封印は痛手だが、逆に言えば他の勢力も冥界に手を出すことは難しくなった。これを機に内政を進めて、国内の問題を片づけていくとしよう。これからもよろしく頼むよ、盟友」

 

「はいはい、わかりましたよ盟友。……そう言えばちょっと聞きたいんだけど」

 

「何だい?」

 

「例の死神の子、サーゼクスの目から見てどうだった? こう、人格的に」

 

「そうだね。短い邂逅だったが、拳を合わせれば伝わってくるものもある。芯の通った青年だと感じたが……」

 

「そっかぁ、じゃあちょっと残念だったかも」

 

「……? 何の話だい?」

 

「あなたと戦えるだけの実力があって人格的にも問題ないなら、ソーナちゃんのお婿さん候補にどうかなって。年齢的にも近いみたいだし。出会い方さえ違えば、お見合いとかセッティングできたかもしれないけど……」

 

「私と妻も元々敵対する陣営だったから、全くありえない話ではないだろうが……ただ彼には彼で思い人がいるようだったからな。というよりあまり他所の家庭の問題に口を出したくないのだが、婿の条件が私以上の実力者というのは厳しすぎではないかな? 自分で言うのも何だが」

 

「半端な男にソーナちゃんは任せられません!」

 

「そもそも妹の嫁ぎ先を心配する前に、自分の――」

 

「あ゛っ?」

 

「いや、うん、まあ今のは失言だった。忘れてくれ」

 

 ギロリと睨みつけられらサーゼクスは、シュンとした。

 その様子を見たセラフォルーは一転、柔和な表情に戻る。

 

「それにしても――悪魔の駒が問題になった以上、今スカウトしている相手に眷属になってもらうのは諦めるしかないか」

 

「ああ、そうだが……なんだ、眷属を増やすつもりだったのかい? 初耳だね」

 

「うん! もうすっごい魔法少女を見つけたの!」

 

 興奮した様子で、セラフォルーはサーゼクスに詰め寄る。

 

「神器持ちの人間なんだけど、サイラオーグ君と似たタイプなの! 魔力は大きくないけど、総合的な戦闘力は準魔王級から魔王級! にも拘らず、むやみやたらと力を振るうこともせず、状況次第では戦い抜きで事件を解決するセンス! 政治的な感覚や交渉術も優れていて、戦いの場以外でもすっごく頼りになるの!」

 

「ほほう……そのような人材が埋もれていたのかい。興味深いね」

 

「でしょでしょ! 魔法少女は副業で、普段はジムを経営しているんだけど……」

 

「ふむふむ……ふむ?」

 

「名前は高田厚志さんって言って――」

 

「すまないセラフォルー。まだ戦いのダメージが抜けきっていなかったようだ。耳の調子がちょっとおかしい」

 




《ちょっとした設定集》

〇エドウィン・ブラック
ノマドの創始者にして、強大な吸血鬼。
近々「パンツ脱がないラスボス」から「パンツ脱がされるラスボス」にクラスチェンジするかもしれない。


〇滝沢黒乃
王馬の面倒を見ることになった際、ごとき氏が「抜刀者の訓練なら抜刀者もいた方がいいだろう」と、原作で教師をやっていた人格者という安易な考えでアナザーワールドから召喚してしまったSSR。彼女は自身の詳しい経歴を語らないが、姓は結婚前の滝沢のままであり、魔人として人の枠を超えてしまっている。王馬の教導の見返りの一つとして“西京寧音”との再戦を望み、「あっちがOK出すなら……」いう条件で承諾された。アナザー黒乃。


〇高田厚志
“魔法少女プリティ・ベル”よりキャラのみ参戦。
職業ボディービルダーの、筋骨隆々とした35歳の日本人男性。笑顔がトレードマーク。
リィン・ロッドという神器を宿した、現役魔法少女である。その実力・人格を買われ魔王セラフォルーからスカウトを受けている。



以上、「あの人は今!」的なお話でした。ごとき氏が訪れた世界の、その後のお話。
アナザー黒乃は元々落第騎士世界で寧音先生足止め役の候補でしたが、さすがに黒乃理事長本人に迷惑がかかり過ぎるだろうということで、こちらで登場。この後は王馬君の先生になります。スパルタですが。
サーゼクスは原作を見ていると基本爽やかな人格者で、妹が絡むとちょっとタガが外れることもあるお兄さん。でも実際冥界を治める以上、相応に苦悩も挫折も経験してきているはず。前回は死神寄りの視点でしたので、今回は悪魔サイドの視点もあわせて描写に挑戦でした。
プリティ・ベルの電撃参戦は、まあキャラのみでw あっちの世界観まで混じりだしたら完全にカオスですので。
次回は別の作品の執筆をする予定ですので、少し間が空くと思います。

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