真・ごとき転生 スウォルチルドレン   作:サボテン男爵

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毎度誤字報告等ありがとうございます。
今回は番外編。ごとき氏と関わったことのある、彼ら彼女らのお話です。



番外編 extra days

真円を描く月が空の頂点に位置する宵闇の中を、一人の青年が駆ける。

民家も見えぬ夜の農道において、青年実業家にも見える青年の姿はどこか浮いていた。

更に加えれば、右腕を荒々しく引きちぎられ、疾風のように疾走するその様は文明開化の世にあっても“もののけ”という言葉を連想させるであろう。

 

さもありなん。

青年の名は鬼舞辻無惨。

1000年の時を生き、数多の死と悲劇と鬼を生み出してきた始祖の鬼なのだから――

 

「おのれ――何故この程度の傷が治らん!?」

 

端正な顔を苦々しく歪め、無惨は吐き捨てる。

右腕の欠落。

肉体質量の大幅な欠損。

現代医学ですら回復不能な傷であっても、始祖の鬼たる無惨ならば一息に再生することができる。

しかしながら、つい先刻理不尽に奪われた腕は回帰する気配を見せない。

己の機能からすればこの程度の運動で発するはずもない荒い息は、焦りの為か。

あるいは――

 

――今日は別に、変わったことなど何もない当たり前の一日であった。

朝昼は忌々しい日の光に触れぬよう、屋敷の中でゆるりと過ごし――

夜になれば、気まぐれとばかりに散歩に出て――

ほんの少し遠出して農村に足を伸ばし――

ふらりと立ち寄った民家の中にいた人間をほぼ皆殺しにし――

残しておいた一人に自らの血を流し込み、鬼に変えようとした。

 

結局あの子供は鬼の血に耐え切れず破裂して果てたが、それは別にいい。

あまりの脆弱さに眉を顰めこそしたが、増やしたくて鬼を増やしている訳ではない。

己を完全生物へと昇華させるため、仕方なく増やしているだけだ。

 

自身の気まぐれで一つの家族が消える。

この1000年、数えるのも億劫になるほど繰り返された些事だ。

些細な出来事をいつまでもうじうじと気にする異常者共も、その場に居合わせていない。

踵を返し民家を出ようとしたところで、紅い衣の青年が駆け付けてくるのが見えた。

つい先ほどまで存在した一家の家族には見えないが、客人だったのかもしれない。

脇にどいて通してやると、血だまりを前に立ち尽くす。

 

ちょうどいい――そう思った。

さっきの脆弱な人間よりは随分と頑丈そうだ。

己が血を打ち込むために触手を伸ばし――当たり前のように躱された。

眉を顰め警戒心を3段階ほど上げ、思い通りにいかなかったという事実に目を鋭く細める。

 

しかし青年が紅白の球から奇妙な生き物を繰り出した瞬間、無惨の意識を9割撤退という思考が占めた。

残った一割は、“今この場で撤退することが自分にとって致命的な事柄を招かないか?”という思考。

どちらにせよ自己保身の為である。

 

――加えてこの時間帯ならば、自分は基本不死であるという常識が無惨の足を止めた。

同時にこの千年で見なかった“未知の存在”に、警戒と同時に期待も抱いた。

ひょっとしたら、探し求める“青い彼岸花”に通じる何かを目の前の男が持っているかもしれない。

 

これが数百前――人の形をした怪物と遭遇してしまい、殺されかけたトラウマが色濃いころの無惨ならば、この選択肢はとらなかったであろう。

しかしながら人の一生を何度も費やすほどの時間と、その間にあの怪物の同類が現れなかったという事実は、この怪物の警戒をわずかに緩めるに足るものであった。

 

黒い円錐台が積み重なったような体とピンク色の顔を持つ、女性的な生き物を観察する。

何かあってもすぐに対処できるよう、一挙一動を見逃さないために。

 

「ゴチルゼル、サイコキネシス」

 

人を超えた動体視力を持つ無惨は、動きは見逃していなかった。

紅い青年が静かに――されどよく届く言葉を、指示を発する。

ゴチルゼルと呼ばれた奇妙な生物は体に青白いオーラを纏い、微動だにせず不可視の力場を放った。

 

片腕のみで済んだのは、“生きるという一点”に関しては非常に高度な直観力の賜物。

無惨は体に未知の負荷がかかった瞬間にその場を飛びのき、右腕だけが間に合わず根本から捩じ切られた。

 

舌打ちをしつつも、所詮は腕の一本。

意識するまでもなく瞬時に再生を――

 

「かいふくふうじ」

 

無惨は己の中の何かが、致命的に阻害されたのを感じ取った。

同時にこの瞬間、この場に残るという選択肢を完全に放棄する。

“己を殺せるかもしれない億に一つ”と相対するなど、他の鬼にでもやらせればいい。

 

そんな意識の元脱兎の如くその場から離れ、夜の闇に紛れ今に至る。

 

「ちぃっ! あいつらはまだ来んのか!? 使えん奴らめ――」

 

無惨は忌々しそうに未だ己の下に駆け付けぬ配下の鬼を罵倒する。

無惨の異能の一つたる、配下の鬼との情報共有。

そのネットワークを通じ、比較的近辺にいる鬼を足止め兼、あの紅い男の能力把握の為の使い捨てとして呼びつけていたが、来るのが遅いと憤慨する。

 

配下の鬼を擁護するのなら、無惨が逃亡を開始して未だ数分。

この時間で駆け付けられる近辺に鬼はいなかったのだが、そのような理屈は鬼の王には通用しない。

自らが絶対のルールであり、従わない者こそが間違いなのだ。

事が終わって生き残っていれば、手ずから処分してくれると暗い怒りを燃やし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――っ!!??」

 

声にならない叫びをあげる。

逃走を続けていた体が、強制的に縫い留められる。

闇夜も見通す鬼の超視力を向ければ、そこには先ほどの紅い衣の男と、付き従うゴチルゼルとかいう生き物。

よくよく見れば、月明かりによって地に刻まれた自らの薄い影が伸び、あの生き物の足下と繋がっているのが分かる。

 

「貴様ぁ!! 誰の許しを得て私の体を縛るか!?」

 

振るう腕と共に鞭のように放たれる触手。

特異的な能力に頼らず、現在地球上に存在している生物で最大規模ともいえる身体能力を活かした、純粋無垢な暴力。

音を超え、大気が歪む。

人の反応速度の上限を大きく上回り、人の肉体強度ならば豆腐のように砕く一撃。

それにも関わらず――

 

「まもる」

 

半透明の壁によって、不可避の一撃は冗談のように無力化された。

轟音と共に衝撃が拡散する中で、ギリィと無惨は歯を食いしばる。

先ほどから男が見せる、異様なまでの対応能力。

 

無惨の能力を知る者は少ない。

配下の鬼には“呪い”という形で口封じをし、己が力の一端を目にした鬼殺隊の異常者共は悉く鏖にした。

つまり目の前の男は、初見で鬼舞辻無惨という大災を見切り、いなしていることになる。

 

ほら、今だって――

 

横殴りの触手という、分かりやすい陽動の裏に隠した本命の不意打ち。

足の裏から伸び、地中を伝ってその脳髄を抉らんと突き出した触手を、軽く首を捻る事で躱して見せた。

その拍子に目深に被っていた帽子が落ち、男の顔立ちが露わになる。

底冷えするような、紅い紅い瞳。

幾百年振りか――認めがたいし認めないが――無惨の体が強張った。

 

「ピィーカァー――」

 

いつの間にか男の肩に乗っていた黄色い獣が、跳びあがり帯電する。

ぬいぐるみと言われても納得できそうなその姿に、無惨の生存本能はおぞましいまでに刺激され、足元の触手を切り離す。

 

「ヂュュューーー!!」

 

雷が、疾る。

鬼殺隊の剣士が使う雷の呼吸ではない、本物の雷。

古来より、神の力に例えられる閃光。

闇夜を拭うように迸る雷光は無惨の触手を打ち、一瞬の内にプスプスと異臭と煙を上げる炭化物へと置き換える。

 

触手の切り離しが遅れていれば、本体である自身も感電していた。

日光ならざる雷光とはいえ全身を灼かれれば、不死の鬼たる自分でも最低数秒は隙を晒すことになっただろう。

 

「何なのだ……」

 

その事実に戦慄と恐怖、理不尽への怒りを覚え声へと変えて出力する。

 

「何なのだ貴様は!?

 私は鬼の王――鬼舞辻無惨なのだぞ!!

 ああそうだ。

 私は限りなく完璧な生き物。

 千年の時を生き、人を超え、いずれ鬼をも超える存在。

 なのになぜ貴様のような、訳の分からぬ輩に脅かされねばならんのだ。

 一体なんだと言うのだ?

 先ほど私が殺した一家とお前に、どれほどの関わりがあるというのだ?

 友人か? 家族か? 恋人でもいたのか?

 だからどうしたというのだ。

 死んだ人間の為に行動するなどバカバカしい。

 放っておいても人は何時か死ぬ。

 何時か寿命が来るのなら、私の手にかかろうと何も変わらない。

 敵討ちなど何の価値もない。

 そんなことをせず、自分の為に生きるべきではないか。

 ああ、そうに決まっている。

 私の時間を割いてまでわざわざ丁寧に説いてやったのだ。

 理解したのならばさっさと帰れ

 そして二度と私の目の前に現れるな――」

 

「いや……」

 

紅い青年は、ここで初めて“会話の為”に口を開く。

 

「一宿一飯の恩義はあったけど、お前を追ってきたのは……」

 

青年は淡々とした、波のない口調で語りかける。

 

「お前が俺を攻撃してきたからだけど」

 

その返答を聞いた無惨は言葉に詰まり、腕を組み、首を傾げ、体の中にある無数の脳を巡らせて考え込み――

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん、やはり私は悪くない」

 

「チャー……」

 

数秒の間に無惨の脳内で結論つけられた超理論に、呆れたように半眼で耳を畳む黄色い獣。

その傍らで、紅い青年が再び紅白の球を放る。

 

「グラードン――ゲンシカイキ」

 

夜闇は逃げ出す。空気が熱を帯びる。大地がひび割れる。

終末を連想する光景の中、鬼の王が最後に見たのは――

赤い大陸そのもののような怪物と――『おわりのだいち』。

鬼舞辻無惨の全細胞は『おおひでり』の下で一瞬にして沸騰し、一片も残らず死滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえブッダ。私さ、最近考えていることがあるんだけど――」

 

ブラック企業ですらも顔を引きつらせる長期無休勤続。

その記録に一端の終止符を打ち、下界に休暇滞在する聖人男性二人。

その片割れたる神の子――イエス・キリストは、相方である目覚めた人――ブッダへと深刻そうに語りかける。

 

「うん? どうしたの、改まって」

 

立川にあるアパートの一室で読書中だったブッダがイエスへと視線を向ければ、顎を撫でる救世主の姿が。

 

「私もさ、救世主たるもの“変身”の一つくらいできなくちゃって思っているんだ」

 

「……ああ、ブログとかの? 上手い返信の文章が思いつかないの?」

 

ポンと手を打つブッダに、イエスはいやいやと手を振る。

 

「そっちじゃなくてさ。ほら、姿が変わる方の」

 

「ああ、そっちの……」

 

変身のワードでブッダの脳裏に浮かんだのは、かつて菩提樹の下で修業中だった己の下に現れた魔王・マーラ。

彼の場合は肉体的な変身ではなく幻術の一種であったが、色々とお世話になったなぁと懐かしみつつ、イエスに告げる。

 

「でも変身なんて、神話世界じゃ特に珍しくもないよね? ほら、オリュンポスのゼウスさんとか特に有名だしさ。イエスだってその気になればできるんじゃないの?」

 

「う~ん、頑張ればやれるかもしれないけど……今回はそういうのとはちょっと趣が違って……」

 

「……? というと?」

 

「ちょっと前、スウォルツ君から聞いたんだけど」

 

休暇中に知り合った、数多の世界を股にかける異邦人。

その姿を思い出しつつ、ブッダは頷いて見せる。

 

「異世界の救世主は、こう――特撮ヒーローみたいな格好いい鎧を全身に纏う変身をするそうなんだ」

 

予想の斜め上の回答をしてくるイエスだったが、ブッダはとりあえず無言で続きを促す。

 

「それもさ、フォームチェンジっていうの? 幾つも形態があるみたいで……」

 

「……それで?」

 

「ほら、ゲームだってラスボスは何形態かあるのが常識だろう? 私もかつては死から復活した訳だけど、この現代じゃちょっとインパクト不足かなって。いずれ来る最後の審判の時に生身一つだったら、ちょっと皆をがっかりさせるんじゃないかって心配で……。その時の為に今からレパートリーを増やして、色んな需要に対応できるよう救世主として努力すべきだと思うんだよ」

 

「イエス、前もそんなこと言ってなかった?」

 

熱弁をふるう友人に頭を抱えつつも、同時に「またか」という感想を抱く。

 

「でも鎧って言ったって、私たちは別に戦士って訳でもないんだから」

 

「えっ、でもブッダって確か格闘技凄かったよね? カラリパヤットだっけ?」

 

「まあ多少嗜んではいるけどさ。ほら、別に変身までしなくても後光を増やすとかじゃダメなの?」

 

「う~ん、あんまりピカピカしてると逆に安っぽくならない? 眩しいし」

 

「じゃあ付き添いの天使さんたちに頼んで、演出を工夫してもらうとかは?」

 

「ただでさえ最後の審判って大舞台なのに、必要以上の苦労をかけるのもちょっと気が引けるんだ。もし失敗とかしたら思い詰めて、一生もののトラウマになるか堕天しちゃいそうだし」

 

「あー、熱心というか、思い込みが激しいところがあるからねぇ。ウチもあまり他所様の事は言えないけど」

 

よく訪ねてくる四大天使たちの巻き起こすトラブル。

自らの苦行を拡大解釈した上で倍プッシュしてくる神仏たち。

その辺りを考えれば、イエスの心配も見当はずれではないとブッダは考える。

 

「だったらそういう道具を作ってもらうとかかなぁ。ほら、ヘファイストスさんとか」

 

「ふふん、それがね……」

 

イエスが自慢げにポッケに手を突っ込み、あるものを取り出す。

 

「それは――」

 

「スウォルツ君から貰ったブランクウォッチだよ! 今は空の器だけど、うまく使えば変身の為のアイテムになるんだってさ。スゴイだろ?」

 

「イエス……」

 

ブッダは思わずジト目になっていた。

 

「君さ、ひょっとして“ソレ”使ってみたかっただけなんじゃ……」

 

「へっ!? い、いやぁ~、そんな事は……なくもないけど……」

 

「あのねぇ、君は――」

 

ピンポーン!

 

「あっ、お客さんみたいだね、ブッダ! ちょっと出てくるよ!」

 

返事を待たずにドアへと早足で移動するイエスに、ため息を抑えつつも後を追うブッダ。

ガチャリとドアを開けると、赤い軍服のような服装の、マスクとヘルメットを被った青年が立っていた。

 

「あ、お隣の西さんじゃないですか? どうしたんですか?」

 

当初はコスプレ染みた格好に戸惑ったものの、今ではすっかり見慣れた隣室の住人が何やら荷物を持って立っていた。

 

「どうも。実は午前中スウォルツが訪ねてきたんですが、お二人とも留守だったでしょう? それで差し入れを渡してほしいと頼まれておりまして」

 

「わっ、わざわざありがとうございます」

 

差し出された箱を受け取ると、ずっしりとした重みがイエスの腕に加わる。

 

「野菜の詰め合わせとマンモスの肉だそうです。いや~、相変わらずスウォルツは冗談が多い奴ですな」

 

「ははは、そうですね……」

 

冗談でも何でもない事をイエスとブッダは知っていたが、この場ではそれを告げずに苦笑いで濁しておいた。

 

「あっ、良ければお茶でもどうですか?」

 

「そうですね……せっかくなのでいただいていきます。ああブッダさん、そう言えば牙流馬(がるま)が、また今度話を聞かせてほしいと言っていましたよ」

 

「勉強熱心ですね。私でよければ」

 

「ははは、きっと喜びます――む、ハト?」

 

座日寺の住職の倅である牙流馬の話になったところで、バサバサという羽ばたきと共にアパートの手すりにハトが降り立つ。

するとそのハトは翼を広げ、神々しいまでの光を放ち始めた。

 

『我が子イエスよ――さあ、その肉を父に捧げるのだ……。焼肉の準備とかもしてくれると嬉しいぞ。ホットプレートはあったか? なければ私の奇跡でちょちょいと――』

 

「ちょ、父さん!? いくら美味しいお肉だからって、降臨するなら場所と時を考えてー!?」

 

「こ、この光は……? そうか――宇宙とは、人とは、ニュータイプとは……今なら分かる。なぜ1+1=2なのか。いや、2になると思っていたのか――ああ、刻が見える……」

 

「ちょ、西さん!? 西さーん!? イエスのお父さん、ちょっと後光ひっこめてくださいー!?」

 

世界は今日も平和です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お~い、帰ったぞ~」

 

「ああ、お帰りなさいカズマ……ってどうしたんですか? 結構な大荷物ですが」

 

屋敷のロビーに入ってきた茶髪の少年――冒険者の佐藤和真に、紅い瞳の小柄な少女――紅魔族出身のアークウィザード・めぐみんは訝し気に声をかけた。

 

「ちょっと色々と取引をな」

 

「また無駄遣いしたんじゃないだろうな?」

 

「金は血だ。貯めすぎても腐るだけ。適度に使って社会に還元するのがコツなのさ」

 

「むっ、カズマはときどき妙に含蓄のある言葉を使うな……」

 

感心したように金髪の女騎士・クルセイダーのダクネスが唸る。

実際は昔ネットで見たのをそのまま引用しただけなのだが、そんな事はおくびにも出さずに「そうだろう?」とニヒルに笑って見せる。

そんなカズマに水の女神たるアークプリースト・アクアが白けた視線を向けていたが、華麗に無視していた。

 

「おっとアクア」

 

「何かしら、拾った知識でマウントとってイキってるカズマさん」

 

「“例のブツ”が届いているんだけど、いらなかったなら今度返しておくよ。虹の実ワインだっけ?」

 

「先人の知識を自分の中で噛み砕いて人に伝えていけるカズマさんって、私とっても素敵だと思うの!」

 

「アハハ、ありがとうマイゴッデス。食糧庫に樽であるぜ」

 

「やたっ! ちょっと行ってくるわ!」

 

そのままビューと駆け出していく水の女神を見送り、カズマはポツリと一言。

 

「水属性の癖に、まるで風だな」

 

「脊髄反射で生きている感がありますからねぇ」

 

「だな。ああ、そうだめぐみん」

 

「はい?」

 

「実は贈り物があるんだ」

 

カズマはテーブルで杖の手入れをしていためぐみんの下に行くと、小箱を取り出し彼女の前で開けて見せる。

 

「ほら」

 

「へっ? これって……」

 

小箱の中に鎮座した美しい指輪を見ためぐみんは一旦カズマの顔をみて、もう一度指輪に視線を落とし――それを数回繰り返したところで固まる。

そしておや? と首を傾げるカズマの前で……

 

「あ、あわわわわわわわわ……」

 

なんか急に挙動不審になってあわあわし始めた。

 

「あ、あわわわわわわわわ……」

 

しかもダクネスにも伝染(うつ)った。

こっちは顔を赤くしたり青くしたりと七面相だ。

 

「か、カズマ……コレってあ、アレですよね?」

 

「……? アレも何も、見ての通りだが」

 

「う、嬉しいのですが、こういうのはまだちょっと早いというか何というか……」

 

珍しくうじうじとしているめぐみんの様子に、カズマは小首を傾げる。

 

「早いか? できるだけ早く必要だろうと思ったんだけど。きっと喜んでくれるだろうって」

 

「そ、そこまで覚悟を決めて……いえ、だったらですね。せめてもうちょっとムードとかを考えてほしいと言いますか。さすがにダクネスを目の前で負け犬に貶めるのは、私としても些か忍びないのですよ」

 

「めぐみん!? お前そんなことを考えていたのか!?」

 

「いや、何だよ負け犬って。もしかして指輪の事か? めぐみんとダクネスじゃ求められる役割が全然違うんだから、別に必要ないだろう?」

 

事もなげに言うカズマに、ダクネスは愕然と項垂れる。

 

「か、カズマ……? ま、まさかここまではっきりと序列が出来上がっていたとは……いくらめぐみんに靡いているとはいえ、何だかんだで目があるものだと……フ、フフフ。思い込みの激しい哀れな女を笑うといいさ……」

 

「それお前にとっちゃむしろご褒美じゃないか」

 

「あの、カズマ……私は大概のダメさは受け入れる、広い心を持つ出来た女だと自負しているのですが。いくらダクネスが罵倒を喜ぶ特異的な精神構造をしているとはいえ、先ほどからの心を抉るような鬼畜発言はさすがにちょっと引くと言いますか」

 

「いやさ、鬼畜って何のことだよ? ダクネスが魔力切れを起こしたところは見たことがないし、別に必要ないだろう」

 

カズマの発した一言に、二人の少女はキョトンとした様子で顔を見合わせた。

 

「少し確認したいのですが、この指輪は一体どういうものなので?」

 

「うん? ああ、説明してなかったな。“女神の指輪”っていうマジックアイテムで、これを装備してから移動すると魔力を回復する優れ物なんだ。爆裂魔法ですぐに魔力が空っぽになるめぐみんにはピッタリだろう?」

 

「まじっくあいてむ」

 

「スウォルツと取引してきたとき、『こういうのもあるけどどうだ?』って紹介されてさ。ただでさえ爆裂魔法ジャンキーのめぐみんを助長させるようなアイテムはどうかと思ったんだけど、サービスしてくれるって言うからさ。ご厚意にあずかることに……どうしたんだ? めぐ――」

 

「死ねい! 全人類の半分の敵!」

 

「ぐぼぉっ!?」

 

杖の石突で思いっきり鳩尾を突かれたカズマは、さすがに嘔吐いた。

 

「そりゃあ勘違いしたのは私ですけれども!? アレだけ思わせぶりな台詞を無意識に吐くとか、天性の結婚詐欺師か何かですか!? あろうことか他の男の名前まで出す始末! どれだけ空気を読めていないんですか! 私のドキドキと乙女の純情を、利子と熨斗付きで返してください!」

 

「ちょ、めぐみん!? 杖でポカポカ叩くのはアークウィザードらしくないし地味に痛いからやめてくれ! 死んだらどうするんだ!?」

 

「その時はアクアに生き返らせてもらいます!」

 

「俺の命が軽い!?」

 

もっとも定期的に調子に乗って死亡し、その度にアクアの魔法によって生き返っている以上、カズマの叫びにあまり説得力はなかった。

 

「まあまあ落ち着けめぐみん」

 

杖を振りかぶるめぐみんを羽交い絞めにするダクネス。

それでもじたばたと暴れるめぐみんであったが、さすがに体格差と筋力差の前には抜け出すことは出来なかった。

 

「確かにカズマの言動は気を持たせるようなものだったが、悪気はなかったんだろう? 勘違いして浮足立った私たちにも非はある。何、立派なお土産を貰ったのは事実なんだ。ここは“広い心を持つ出来た女”として、矛を収めるべきだろう」

 

「くっ……品行方正だったダクネスが、いつの間にこんな皮肉めいた言葉を使うようになるなんて……それでも聖なる騎士ですか。というかその微妙に勝ち誇ったようなドヤ顔がイラっと来るんですが。別に何も勝っていないでしょうに」

 

「勝ち負けばかりで物事を判断しているとつまらない大人になってしまうぞ。おいカズマ、立てるか?」

 

「お、おう……ていうか、あー……」

 

フラフラと立ち上がったカズマは頭に手を当て先ほどの一連の流れを振り返し、何が問題だったのかを察する。

 

「あー、つまりアレか? アレと勘違いさせちゃった訳なのか、オレ?」

 

「アレなのですよ」

 

「アレなのかー……。うわぁ、何やってんだオレ。こんな無自覚勘違い系主人公みたいな展開になるとか、ついにオレの時代が来たのか。エリス様ありがとう」

 

(え、あの、感謝されても困るのですが……)

 

困ったように頬を掻く女神が発する天の声が聞こえた気がしたが、気のせいかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

この世界ならそういうこともありうるのだ。なんせ顔見知りな訳だし。

 

「また訳の分からないことを言って……めぐみんに叩かれすぎておかしくなったのか? ――うん? どうした顔を背けて……もしかして照れ隠し、だったのか?」

 

「ソ、ソンナコトナイデスヨー?」

 

「ほほう? どれどれ……これは珍しい。図太さばかりが取り柄かと思っていましたが、ベッドの中以外でも照れることがあったのですね」

 

「そこは赤裸々にしないでー!?」

 

「ふふ……まあそんな顔をさせたことでお相子としましょう。叩いて悪かったですね。贈り物ありがとうございます。大事にしますよ」

 

沸点も低いが矛をおさめるのも早い。

そんな年下の女の子にキュンとときめいてしまうカズマであった。

 

「あー、コホン。ところでカズマ? 他にどんな物を仕入れてきたんだ?」

 

ちょっといい空気になりかけたところで、わざとらしく口を挟んでくるダクネス。

よく見れば何かを期待するように、チラリチラリと荷の方に目をやっている。

 

「うん? ああ、そうだな。ちょっと奮発してちょむすけ用の高級猫缶とか、ゼル帝の餌とか……後はオレ用の食料とか備品類だな」

 

「ほほう……うん? 何ですかこの……初めて見る円盤形の物は」

 

「カップ麺。昔のオレの主食だよ」

 

ゴソゴソと荷を弄っていためぐみんが、取り出したカップ麺に興味を示す。

 

「食べ物なんですか? コレ」

 

「オレの故郷の偉大な発明品だよ。保存がきくし、お湯を入れて数分間で、ものすごく美味しいって訳じゃないけどそれなりに美味しいものが食べられる。時々妙に食べたくなるんだよなぁ」

 

「何と、遠出の際に便利ですね」

 

「あっ、そうだ。スウォルツと一緒にめぐみんの友達の子もいてさ。今後遊びに来るって言ってたよ。えーと、“にゅるにゅる”って名前だっけ?」

 

「惜しい。“にゃるにゃる”ですよ」

 

「そうだったそうだった」

 

相変わらず紅魔族は変な名前だよなーと、カズマは内心考える。

また杖で叩かれそうなので、口には出さなかったが。

 

「その、カズマ――これで全部なのか?」

 

「なんだよダクネス、人の荷物にそこまで興味を示すなんて珍しいな……あっ、そうだ。アレがあったんだった」

 

荷物の底の方を漁り、カズマはビンを一つ取り出す。

 

「えっと、それは?」

 

「飴。ソウル・ソサエティって所の特産品で、幽霊でも食べられる一品なんだって。なんでかおまけしてくれたんだよ」

 

「……それは珍しいが、その、他には?」

 

「うん? これで全部だけど」

 

「え」

 

「え?」

 

ショックを受けたような、愕然としたような顔になるダクネス。

 

「いや、さっきから本当にどうしたんだよ? 言っておくけど別に禁制品も変な品もないぞ。ウィズの店に行った訳じゃないんだから」

 

小首を傾げるカズマに対し、めぐみんが小さくため息を吐く。

 

「生真面目なダクネスは自分からは言い出せませんが、自分だけにお土産がない事にショックを受けているんですよ」

 

「なっ、そ、そんなことは……ってああ!? めぐみん!? これ見よがしに指輪を嵌めたりして――!?」

 

「あー、そうだったのか。その、ダクネス……オレさ」

 

「あ、ああ……」

 

カズマはダクネスの前に立ち、神妙そうな顔を浮かべ――

 

「お土産って心待ちにすることはあっても、強請(ゆす)るようなものではないと思うんだ」

 

「普段色々間違っている男から正論を言われると、こんなにムカつくのだな」

 

ダクネスはカズマの襟首をつかむと、メリメリと吊り上げる。

 

「ギャー! ダクネスのいやしんぼ!」

 

「ええい、誰がいやしんぼだ! というかちょむすけやゼル帝にはあるのになぜ私だけには何もないんだ!? もう少し気を使え! それともアレか!? そういうプレイなのか!? それなら許すが!」

 

「開き直りやがったこの女!? ってか顔を赤らめるのはやめろー! さすがに引くぞ」

 

「私だって傷つくときは傷つくんだ! しまいには泣くぞ!? そして貴族令嬢を泣かせた罪でしょっ引いてやる!」

 

「権力乱用はんたーい! くっ……いたいけだったララティーナがこんな悪徳貴族みたいなことを言い出すなんて……一体誰の影響なんだ!?」

 

「よーし、今から姿見の前に連れていってやろう。その寝ぼけ眼にしっかりと下手人の姿を焼きつけてやる」

 

「姿見……く、オレを風呂場に連れ込んで一体何をするつもりなんだこのエロ女騎士め!」

 

「何故そんな発想になるんだ!? 他の部屋にもあるだろうが!!」

 

「がじゅまさぁ~ん!!」

 

カズマとダクネスが愉快なじゃれあいをしていると、バタバタという足音と共にアクアが飛び込んでくる。

その剣幕にダクネスは一旦カズマを床に降ろし、そこにアクアが突っ込んできた。

 

「うわっ、きったな!? 涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔で突っ込んでくるな! せめて浄化してからにしろよ!」

 

「女神からでた液体なんだから実質聖水じゃないの! そんな事よりカズマさん。私の、私のお酒が……」

 

「……? オレが確認した時は何も問題なかったと思うけど、どうかしたのか?」

 

「うっかり指ポチャしちゃって……」

 

「……………………」

 

水の女神アクアの固有能力の一つである浄化。

水以外の液体ならば、僅かに触れただけで水にする規格外。

宴会などで穢れたことを考えている時ならば十全に機能しなくなるのだが……今回はそうではなかったということだろう。

 

「ごめんアクア。ダクネスがさ……どうしても今からオレと一緒に風呂に入りたいって言うから、ちょっと手が離せないんだ。まったく、めぐみんの前だっていうのに困ったやつだ」

 

「言うに事欠いて私を言い訳に使うとかいい度胸しているな」

 

「……私としては怒るべきなのか、突っ込むべきなのか、呆れるべきなのか。ここまでくると一周回って迷いますね」

 

「ダクネスとお風呂なんていつでも入れるでしょう!? そんなことより私のお酒ー!」

 

「そんなこと……」

 

ガックリと肩を落とすダクネスを尻目に、カズマは優しくアクアに語りかける。

 

「だったらアクア、今からオレの言う通りにするんだ」

 

「さすがカズマさん! 何かいい考えがあるのね!?」

 

「ああ、いいか? 今から自分の部屋に戻ってベッドで横になって、明日の朝まで眠っているんだ。お前の知力なら起きたら全部忘れている」

 

「わーん! カズマさんのバカーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アクセルの町は今日も賑やかです。

 




《ちょっとした設定集》

○転生ポケモントレーナー
出展:ポケットモンスターシリーズ
ポケットモンスターの世界の転生者。伝説の超マサラ人。
バトルの腕はピカイチであり、未来予知じみた状況対応能力を誇る。
また各地を逃げ回る準伝説ポケモンと追いかけっこを繰り広げた為、逃げる相手の追跡は得意。
ウルトラホールを利用し様々な世界を旅しており、その際ごとき氏とも知り合っている。


○西
出展:シャアの日常
赤く輝く流星が目撃された翌日、とあるアパートの一室に現れた記憶喪失の謎の青年。
たまたま手元にあった麻雀牌型の判子『西(しゃあ)』から、西と名乗っている。
隣の部屋の住人が仏や神の子だったりするが、まあそういうこともあるだろう。


○紅魔族の少女
出展:この素晴らしい世界に祝福を!(?)
『にゃるにゃる』という名を持つ“神様”転生者。
めぐみんとは同級生の女の子。でも彼女の爆裂魔法は苦手。
『紅魔族一の遊び人にしてトリックスター』との口上を持ち、人から顔を覚えられにくいという特徴がある。
その実態は《削除済》。また、ごとき氏との関係は《削除済》。


○名店の味「KURAKAGE」
トリコ世界の食品メーカーが満を持して世に送り出した、世界ランク9位のシェフ倉影が経営するラーメン屋「KURAKAGE」の味を比較的再現したカップラーメン。
以下、実際に食べた某冒険者の感想。
「今まで食ってきたものの中で一番うまいのがこのカップラーメンという事実に、オレはどう反応したらいいんだろう? というか確かにとんでもなくうまいんだけど、オレが求めたカップラーメンとは違うというか。あの安っぽい味が懐かしい」





以上、番外編extra daysでした。
本編中でチラリと描写のあった、彼ら彼女らの日常譚(?)。
ここでの登場人物は、また出てくる事があるかもしれないし出ないかもしれません。
出オチした方もいますが、出会い頭の事故のようなものだと思って貰えば。
長く生きれいれば、そういうこともありますよね。
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